9
”あさ”。
きのう、せかいのすみっこへかえっていったおひさまが、まっしろなすがたになって、はんたいのすみっこから、こちらへやってきます。
『きょう』という、あたらしいひの、はじまりです――。
”そら”がまだ、としおいたくらさをけして、おさないあおさをつけるさらにまえの、なにもない”まっしろ”なころ……。
タカくんたちさんにんと、そのほかのなかまたちは、ながーいたびをおえて、すなはまへととうちゃくしました。
きのう、タカくんが、”うみ”でのエサとりをはじめるために、とびたった……あの”りく”でした。
いつぞやかに、タカくんが”もり”をたんけんしていたらたどりついた、ひとやすみするのにちょうどいいきがはえているばしょの、すぐちかくでもありました。
「どっこいせ」
「おっとと……」
カメさんは、すなはまにつくとすぐに、タカくんにせなかからおりるようにいいました。
カメさんにそうやってせかされたこと、そして、すなはまにしんちょうになっておりたことで、タカくんは、ちょっとだけよろけてしまいます。
けれど、きちんとあしですなをつかみ、”りく”にたつことができました。
「ゴホッ! ゴホッ!」
カメさんは、”うみ”のほうにむかって、つよくせきこんでいました。
そのせなかを、ペンギンさんたちが、よーしよーしと、さすります。
カメさんは、とってもながくいきているどうぶつです。
つまり、とってもとしおいている、ということです。
そんなカメさんが、いちにちのはんぶんものあいだ、タカくんをせなかにのせつづけていたのです……。
たくさんのペンギンさんたちでも、タカくんのからだをささえつづけることが、たいへんだったのですから、つかれてしまうのも、ムリはありません。
「だいじょうぶですか、カメさん。……ご、ごめんなさい」
タカくんも、カメさんのからだをしんぱいして、こえをかけました。
そして、あやまりました。
すると、せきがやんだカメさんが、タカくんのほうへ……ゆっくりと、ふりかえります。
とても、やさしいえがおを、していました。
「なにを、あやまることがあるのです……? むしろワシは、キミに、かんしゃしたいぐらいじゃよ。キミとであえたことで、もういちど、”うみ”をぼうけんすることが、できたのじゃから……。もういちど、”うみ”のひろさを、しることができた……。そして…………うつくしい、ほしぞらも。キミとであっていなかったら、ぜんぶ、みれなかったものじゃ」
「…………」
「ほっほっほ。そんなかおをしなさんな。こう、げんきにうごいていても、としじゃからな……。”とし”にはだれも、かてますまい……」
カメさんは、さみしいことばをいいましたが、でも、ぜんぜんさみしそうなようすでは、ありませんでした。
それどころか、”うみ”のむこうがわからさしこんでくるひかりに、めをキラキラとかがやかせ、”そら”をみあげては、うっとりとしたかおをしていました。
……タカくんは、しずかに、あたまをさげました。
「コレ。よかったら、もっていってよ!」
タカくんがあたまをあげたそのとき、よこからはなしかけてきたのは、ペンギンさんでした。
まえにだしている、ペンギンさんのりょうてのうえには――ちっちゃなちっちゃな、けれどとってもきれいな、かいがらがのっていました。
「きのう、エサとりをしていたついでに、みつけてきたんだ。さいしょは、たべるためにとっておこうかなっておもったんだけど……あのときは、おなかいっぱいで、たべそこねてさ。つぎは、”たからもの”としてとっておこうかなっておもったんだけど……よーくかんがえてみれば、ボクたちは、いつでもコレをとることができるなっておもって。そんなのは、”たからもの”でもなんでもないや。もっと、”たからもの”としてふさわしいだれかがいるんじゃないか…………ってね!」
「…………」
タカくんは、ペンギンさんのてのうえから……そっと、くちばしで、かいがらをつかみました。
ペンギンさんは、まんぞくそうに、うんうんと、うなずいています。
「それは、もうキミのものだ。たべるなり”たからもの”にするなり、すきにしてくれていいよ」
「……っ。ありがとう、ペンギンさん」
「あはは。いいっていいって」
ペンギンさんは、すこしだけ、てれくさそうに、ほっぺたをてでかきました。
すると、
「ボクもー!」
「ワタシもー!」
ドタドタと、ペンギンさんのほかのなかまたちも、つぎつぎに、タカくんのもとにちかづくと、りょうてのうえにのっけた、きれいなかいがらを、おいていきます。
あっというまに、タカくんのまわりは、きれいなかいがらでいっぱいになり、ちょっとした”おたからのやま”になりました。
……しかし、
「それじゃあ……ちと、もってかえれませんなぁ。ほっほっほ」
カメさんのいうとおり、タカくんは、それだけおおくのものを、くちばしにくわえてはこぶことができません。
ペンギンさんたちは、うでをくんで、う~~ん、とかんがえました。
「ん……?」
タカくんが、かいがらのやまからめをうつして、かおをあげると、そこにカメさんのすがたが、ありませんでした。
タカくんが、どこへいったんだと、キョロキョロあたりをみまわすと……いました。
カメさんは、タカくんたちからすこしはなれたところで、のっそりのっそり、あるいていました。
カメさんのむかうさきには、すなはまにながれついた、”うみ”からはぐれたモノがいくつかありました。
カメさんは、そのうちのひとつをくちにくわえると、また、もどってきました。
ペンギンさんは、まだ、う~~ん、う~~~~ん、とまゆをまげて、しかめっつらになってかんがえこんでいます。
そのペンギンさんのかたを、ポンと、たたきました。
「コレを、つかってみては、どうかね?」
カメさんにきづいたペンギンさんは、カメさんのくちにくわえられているモノをみました。
そして、あっ! そうか! と、くもりがかったかおが、パッと、はれました。
ペンギンさんは、カメさんから”それ”をうけとると、すぐにタカくんのもとにちかづいて、いーっぱいのかいがらを、ひとつにあつめだします。
ふたりのなかでは、おもっていることが、いっしょのようです。
しかし、タカくんには、なにがなんだか、さっぱりわかりません。
「……? どういうことなんだ、なにをしているんだ、いったい……。というか、”それ”はなんなんだ……?」
「”うみ”にはえている、くさですじゃ」
「……!」
いつのまにいたのか、タカくんのとなりに、カメさんがいました。
カメさんが、つづくことばのなかで、”それ”をどうつかうのかをいいおえるまえに――「できた!」と。
ペンギンさんは、どうやら、なにかのさぎょうをおえたようです。
タカくんがあしもとをみると……そこには、”うみ”のくさとやらでつつまれた、いっぱいのかいがらがありました。
ひとつになって、タカくんのあしに、くくりつけられていました。
つまり、”うみ”のくさは、いっぱいのかいがらをはこぶための、ちょっとしたいれもののようになっていたのです。
「それくらいであれば、”そら”をとぶのに、じゃまにはならないでしょう」
カメさんは、タカくんからはなれて、ペンギンさんのとなりにならぶと、そういいました。
ザザーン……という、しずかななみのおとが、そのときになって、やけにはっきりと、タカくんのみみにのこりました。
ひとりと、ふたりは、おたがいにむかいあったまま……しばらくは、なにもいわないままでした。
けれど、そこにいつづけるのが、くるしいじかんでは、ありませんでした。
ふたりはもちろん、タカくんも……いまは、じゆうになって、そのおだやかなじかんのなかを、およぐことができていました。
「キミが……これからどこまでとぶことができるのか、ひじょ~に、たのしみだ」
さいしょにくちをひらくのは、やはり、カメさんでした。
カメさんは、ニッコリわらったあと、タカくんに…………せなかをみせます。
「また、どこかで」と、いいのこして。
タカくんを、ずっとのせつづけていたせなかの”いわ”が、そのとき、とってもとってもおおきな”やま”のように、タカくんのめにはうつりました。
「こんどは、おっこちないよう、きをつけてね! ……まぁ、おっこちちゃっても、そのときはまた、たすけてあげるよ!」
ペンギンさんも、ニッコリとわらいながらそういうと、カメさんのあとにつづきます。
ほかのなかまたちも、「じゃあね!」「げんきでね!」と、くちぐちにいうと、ふたりのあとにつづいていきます。
ドボン! ザブーン! …………。
それぞれのおとをならしながら、”うみ”のなかへ、はいっていきます。
「…………っ」
タカくんは、おおきくまえへでると、バササッ! と、つばさをいーーーーっぱいにひろげて、
「ありがとう! ありがとう! ほんっっとうに! ありがとうっ!!」
ポロポロと……ポロポロと……。
なみだをながしなら……。
みんなにむかって、おおきなこえで、かんしゃをつたえました。
それがきこえたのか、タカくんのことがまだきになったのか……カメさんとペンギンさんのふたりは、”うみ”のなかへもぐるまえ、さいごにもうちいど、タカくんのほうをふりかえり――
「こまったときは、おたがいさまじゃよ」
「こまったときは、おたがいさまってね!」
ほとんどいっしょにそうさけぶと、とぷん……と、”うみ”のなかへ、かえっていきました。
「ありがとうっ!! ありがとうーーっ!!」
みんなのすがたがみえなくなっても、タカくんはしばらく、つばさをあげさげして、ふりつづけました。
パラパラと……はねがいくつおちても、タカくんは、かまいませんでした。
”うみ”のむこうがわからやってくるまぶしいひかりが、かぜが、あまりにもあたたかくて、ここちよくて……タカくんのむねから、めから、かんしゃのおもいがあふれでて、とまりませんでした。
せかいは、そんなタカくんを、しずかに…………ただただ、やさしく、つつみこんでいました。
「さて、これからどうしようか……」
おひさまは、きょうもかわらずポカポカと、そらたかくのぼっていました。
きがつけば、もうおひるどきになりそうです。
タカくんは、ポツンとひとり、まだすなはまにいました。
ふしぎと、タカくんのおなかは、ペコペコではありませんでした。
さっきペンギンさんたちからもらったかいがらを、さっそくたべるひつようは、なさそうです。
「…………」
タカくんは、”うみ”をみました。
ずっと、ずーーっとむこうへ、めをこらしました。
タカくんは、”うみ”にたいして、きのうえでみていたときとは、またちがったかんそうをもっていました。
きのうえでみていたときのほうが、もっと、ずーっとむこうがわがみえていたようなきがしていたタカくんでしたが、なぜか『いま』のほうが、くっきりはっきり、”うみ”のあおさがみえているようにおもえたのです。
むこうがわへいってみたいなと、タカくんは、つばさがウズウズするのをかんじました。
……けれど。
それよりも、タカくんは、もっと『いま』のけしきをみていたいと、そうつよくおもいました。
ザッ…………ザッ…………。
なにをいうわけでもなく、タカくんは、あるきはじめました。
あしですなをつかんで、けって、またつかんで……。
ときどき、やわらかいなみにあたっては、とまって……。
ゆっくりと、ゆっくりと、じかんのながれをたのしむように……。
どこへたどりつくかもわからない、おわりのみえない”うみ”と”りく”のまんなかを、フラフラと、あるいていきました…………………………………………。