第3話 ジェスの村の闇
植物の種類や収穫時期などは、都合にあわせてます。
今に通じる表現にしています。
幌馬車は王都から出発後、4日目の昼頃にジェスという村が見える場所までたどり着く。
マリーの生まれた村はザイン領の中にある。
レインリッド王国の北西に位置しており、属国であるカザス、ザラ、イズールとの国境地になる。ザイン男爵が治める地で、ザールという比較的大きな町に館を構えている。ユズがいた修道院はこのザイン領の最西端なり、ジェスはザールと修道院の間だ。小さな村で、田畑の僅かな恵みが村人の暮らしを支えていた。
「見えてきました。あの村が私の村です」
マリーが馬車の荷台から乗り出し、村の方向に指をさしていた。まだ幼い頃に村を出たが、しっかりと記憶に残っているようだ。
修道院から案外近い場所にいたんだ。
もしかしたら彼女の両親と会っていたかもしれないと考えたが、だとしても分かるものでもない。今はやらなければならないことがあると考えを頭の片隅においやった。
村の中はちょうど田畑の収穫時期からずれ、落ち着きだした頃だった。収穫した小麦や野菜を、村の一画にある納屋に運んでいる村人がまだいる。
「あれ?あの子は?」
小麦を運んでいた村人がマリーを見て、なにか考え込んでいる。馬車を村の入り口で馬借をしている男に金を渡し世話を頼んだ。この時のユズやジルウィートは小隊礼装を着ていた。詰襟に紋様が施してある。宿場の衛兵もこれを見たので、何も言わずに通してくれたのてある。
馬借ともなると、いろんな場所へ荷を運ぶ。馬を貸すこともあるため、紋様や色で役職や身分の見分けが出来るらしい。ユズの着ていた礼装の色と紋様を見て、頭をこれ以上下げられないぐらい下げていた。
もし、知らずに良からぬことでも考えようなら、恐ろしいことになるだろう。
「もしかしてマリーちゃんかい?」
杖を支えに腰を曲げた老いた男が声をかける。
「おじいちゃん!」
マリーは小走りに老人のもとへ行き抱きついている。
「大きくなったねぇ」
感慨深げにマリーの頭をなでている。そして、一緒にいたユズ達に目を向けた。
「失礼、マリーちゃんの家族の方かな」
アルベルトが老人に問う。
「いや違います。隣に住んでましてなぁ、赤子の頃は良く世話をしたものです。ホホ…」
穏やかな笑みを向ける。ユズとジルウィートは老人に向かい頭を下げる。すると、老人は驚いてマリーに抱きつかれたまま深く頭を下げた。
「滅相もない。私どものような者に、そのようなことはしないで下さい」
「マリーさんがお世話になっている方に、失礼な態度は出来ませんので。あの、マリーさんのご両親はいらっしゃいますか?お会いしたいのですが」
おやおやと目をまん丸にして、老人は少し笑っている。でもその目は辛そうに思える。
その時だった。少し離れた場所から、コソコソと話し声が聞こえてくる。
「あの子は人柱だろ。なんで戻ってきた」
「もしかして、返されたのか。そんなことになったら村は男爵から罰を受けるぞ」
「いや、そろそろ人選される頃じゃないか?」
「…ああ、そういう頃か」
不穏な会話だ。
男爵というのは、ここの領主のことを言っているのだろうか。
人選とは、どういう事だろうか?
人柱ってなんだ?何かの生贄にでもしたいというのか?
穏やかな話ではない。
老人はこんな反応をしなかった。そして、ねっとりとした視線を感じる。話をしている内に、村人たちが周りに集まって来た。
「この村、ちょっと、おかしいな」
ユズのすぐ横にジルウィートが来て、小声で呟いた。
視線を感じる方向を遮るように立っている。
アルベルトも気付いたらしく、老人に抱きついているマリーに気を配りながら、ジルウィートの反対の位置に移動していた。
「目は大丈夫か?」と2人とも左側に、神経を集中させているようだ。
「ありがとうございます。ある程度は見えていますし、問題はありません。それよりここは、若い者と子供の姿が少ないですね。声もない」
「気持ち悪いな」
「アルさん、そっち変なのがいる」
建物の裏側に村人とは違う、片手に小刀を持った人相の悪い男達が数人いる。動くことはないが、常にこちらの動きを監視してるみたいだ。
マリーと手を繋いだ老人が、家に案内すると村の外れの方へ歩き始める。
「この子を連れて、早よう、ここを出なされ」
ボソっと一緒に付いて歩き出したユズ達に、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で言った。
『……』やはり何かあるようだ。
村の外れは小さい村とはいえ、建っている家は少ない。墓地があり、世話でもしているのか掘建て小屋がそこにある。
老人はその中に入って、壺の上に板を置いた椅子を勧める。
4日という馬車の旅は、子供の体では疲れるのだろう。マリーはいつの間にか老人の膝の上を枕にして眠ってしまった。
「教えて下さい。この村は何をやっているのですか?マリーさんの両親も出てくる気配はしませんし、人柱などと聞き捨てならない話し声がありました」
もしかしたら、さっきの人相の悪い男達が近くにいるかもしれないので、小さい声で問う。眠っているマリーの頭をなでながら老人は、ぽつりぽつりと口を開く。
「今の領主様に代替わりしてからなのです。この村から若い女が数名、最初に連れていかれました。その内、男も小さい子供も選ばれた者が、領主様のところへ連れて行かれました。そして生きて戻って来た者は、ほぼ屍のようになっておりました。ここにある墓のほとんどが、治療のしようもなく亡くなった者の骸を弔っています」
『…』
「マリーちゃんの両親もここに眠っています。子供達は人柱と称され、人買いに連れていかれます。村の為、いや、男爵の懐を肥やすためだけに」
ある程度は任務を受ける時に聞いていた。
しかし、これはもうこの村だけではなく、この周辺の貧しい集落も同じ状況だと思える。
「この村の長は?」
「…、男爵様のご子息がしています。私たちは逆らうことも出来ません」
「男爵の息子かよ。囲まれてる、どうする?」
ジルウィートが掘建て小屋にひとつある窓から外を見て、片手の5本の指を一本ずつ折り曲げていく。全員で5人だと伝えている。
「外の人達に、案内を頼みましょうか」
「言うと思った。だけ…」
言葉を遮るようにユズが、マリーを見つめながら2人に言う。
アルベルトとジルウィートは、表情を変えることなくユズを見つめている。
「お願いがあります。何があっても私のことは優先しないで下さい。この先、どんなことが起ころうとも自分の命とマリーさんと、この村人を守って下さい」
立ち上がると、壺の上に置いて座っていた板を持つ。
入口から意識をそらさない。
「それはだめだ。僕はお前が大事だ。それはこれが終わったら嫌という程、教えてやる」
「俺も」
「…本当に困った人達です」
入口の建て付けが悪い引戸を、強引に蹴破って入ってこようとする男達がいる。ヒュッと何かが飛ぶと、壊した引戸に突き刺さった。頬に一筋の傷がはしる。目を見開き、動きを止める。
「それ以上、動かないで下さい。脅しではありません。私達はあなた方に対して、手を抜くことは致しません」
老人とマリーを、後ろへ隠し、ユズは男の前まで歩いていく。
目を細め、無表情のまま立ち止まると突き刺さった板を引っこ抜いた。
「女だからと甘く見られては困ります」
そのまま目の前の男の首元に板の端を当てる。後ろにいた男達は手に小刀を持ったまま、ユズ達を睨み付けた。
男を前にして家の外に出る。ジルウィートがどこからか持って来た縄で男を縛り付ける。そして、残りをアルベルトへと投げ渡す。
「死にたくないなら、動かないことだな。悪いが、お前ら如きに遅れは取らない。そこへ座れ」
残りの4人をアルベルトが縄で縛り、小刀を奪う。
墓石に縄を引っ掛けると、硬化の魔法をほどこす。
「言い忘れてたけど、この人は魔術士だからね。命が惜しければ逃げようなんて思わないことだね」
1本の小刀を受け取ると、ジルウィートは墓石に伸びている縄に向かって投げつけた。カーンと硬い石にでも当たったような音がして、小刀は地面に落ちた。
刃は無惨にも、ぼろぼろに砕けていた。
「あなたには村長の所へ、案内してもらいましょうか」
口を歪ませると、ユズは板を背中に当て前を歩かせる。
「手が滑ると、この板があなたの体を突き抜けますから、ご注意下さい」
男は顔中に汗をかきながら、頭を何度も縦に動かした。




