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琥珀と銀狼  作者: シロ
第二章
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第2話 束の間の旅路

宮中→宮殿

修道女にも結婚の自由がある

食べ物など、表現は今と通じるようにしている

ガタッガタッと馬が荷台を引っ張る音がする。

御者台で手綱を引いているのはユズである。もちろん1人ではない。


 なんで私が御者やっているんだ?


幌馬車の荷台の方から、賑やかな声が聞こえる。


「おもしろいもんみれたなぁ」

「ほんとほんと、笑える」


男の声が2つ。ツボにはまった様に笑いながら話している。


「そんなことを言ってはだめだと思います。お姉様を心配していらっしゃるサラン様に失礼です」


幼い声もする。男を非難するように言っている。


「マリーちゃん、普段、つんつんしているユズが、おろおろしてるところなんて滅多にないんだ。素直に笑っておけばいいんだって」


大変失礼な事を平気で言っている若い方の男に向けて、御者台に置いていたコップを投げつけた。

軽くゴンと頭にぶつかる。


「痛てぇ」

「ふん。ジルウィートさん、馬車から吹き飛ばしてあげましょうか?」

「え!?俺?アルさんも笑ってたよ」

「師匠いちですので。食事抜きで対応致します」

「なんと!弟子、それはひどいのではないか?」

「うるさいです」


軽口をたたき合う。

この2人はユズにとって、遠慮なく話せる少ない人物である。

1人はアルベルト・ベルラン。ムーランの弟子にして、ユズの第2の師匠である。

もう1人はジルウィート・ウラン。第3騎士団に所属しているのだが、ムーランとアルベルトの知り合いの様である。詳しくは知らない。

単独で任務がある時や合同の練習をしたりする時、必ずこの男はユズの所に来る。その内に年も近いこともあり、いつの間にか仲良くなったらしい。

本人談なのでどうでもいいが、他の騎士達がやっかむ中でジルウィートだけがユズを気づかい隣にいてくれた。変わったやつである。


「マリーさん、そのお姉さんっていうのどうにかなりませんか?」

「何を言うのですか!お姉様はお姉様ですっ!」


腰に手をやり胸を張っている。

マリーはこの中で一番小さいが、一緒に荷台に乗っている大人2人よりもずいぶん大人気に見えた。



今回の任務はマリーの故郷へ行き、宮仕えを続けるというのを宣言してくる事である。簡単そうに思えるが決してそうではない。

たった5才という幼い年で、宮中に女官の下である下女として売られてきたマリー。身分の高い者はいろんな趣味、嗜好を持つ。そんな貴人が宮中にもいるということだ。しかし、あまりにも幼いマリーを見つけたルイが、自分の侍女として引き入れマリベルに世話を頼んだのである。

その両親から宮仕えを辞めさせ、領主の使用人として働かせると申し出て来た。たとて売られたとしても3年勤めると、後は自由意志になる。まだ10才のマリーにとっては、自分で続けることも辞めることも決められない。

反対の意思がなければ、侍女を辞めなくてはいけなくなるのだ。その為に彼女の両親へ続ける意思を仕えている主か主の代理が共に行き伝えるのである。


それともうひとつ。承知の上(・・・・)だ。

伝承を見た時から、何となく予感はあった。そのためにムーランは、あの冊子を見せた。

いつしか通らねばならない道だ。2つの存在は明らかになったのだから…。


ルイは絶対に命を大切にしろと言った。守るべき者を間違えるなとも。それは誰と間違えるのか、分からない。


アルベルトとムーランはどんなに離れていても意思疎通が出来るので、必ずその都度、連絡を入れる事も約束させられた。



話は戻る。ジルウィートとアルベルトが何故笑っていたかというと、それは宮中を出て王都の街から外に出ようとした時の事である。

王都の修道院から出て来たサランに捕まり、ちょっとした騒動になった。

ユズはあの夜に修道院を出て王都に来てから、一度もサランとは会っていない。手紙は送られて来ており、彼女の状況は分かっていた。ただ、同じ王都にいるものの、あまり会わない方が良いとルイとムーランに判断されていて、たまに返事を送るのにとどめていたのである。


しかし、偶然にも会ってしまったのだ。

そこから大変だった。


「どうして会いに来てくれない?結婚式にどうして手紙だけで来てくれなかった?なんで名前を変えたのか?どうして自分に何も言わず王都へ行ってしまったのか?ちゃんとやれているのか?辛くないか?ひどい事をされてないか?」


両肩を押さえ、一気に捲し立てられる。どう答えていいか分からなくなり、おろおろとしてしまった。

それを見ていた3人は、ぽかんと口を開け呆気にとられていた。


今に至るである。


まだ後ろで文句を言っている様だが、無視するのが一番だ。

そして、暑い時期とはいえ陽が傾くと気温も下がってくる。


「マリーさん、宿場までもう少しかかるので温かくしておいて下さい」

「幌を荷台全体に覆って下さい。師匠いち」

「お姉様、ありがとうございます。大丈夫です」

「弟子、人使いがあらいぞ」


マリーは上着を肩にかけ、膝掛けをかぶっていた。

幌を手にしていたアルベルトが、御者台にいるユズの方へ半身を出し頭に手を乗せ『こら』と文句をいっている。

横から手が伸びてきて、膝掛けをジルウィートが手渡してくれた。何だかんだというが、この2人はユズに優しい。

気を使わせているのは分かっているが、どう言って感謝していいか分からないのだ。だから態度を変えず接しているし、固苦しい会話もしないようにしている。

それが2人にも分かっているらしいのが、腹立たしい。


薄暗くなる頃に宿場につく。

宿場というのは、近くの領主が管理する宿泊地だ。

変に集落や小さな町に泊まると、強盗や人攫いにあう。

宿泊地といっても建物があるのではなく、広めの土地に区分分けをして火おこし出来る場所と、風呂やトイレが設置してある

だけである。寝床は自分で確保することになるので馬車で来るのが普通だ。獣や魔獣除けの結界と、強盗などのために衛兵が常駐しているので襲われることはない。

目的地はジェスという田舎の村で、ザイン領にあたる。王都から3〜4日かかる距離で、この辺りの管轄は王都リッドの街。

安全を取るなら、宿場を選ぶ方が利口なのだ。

入り口の衛兵がユズの立ち襟の紋様を確認すると、何も言わず頭を下げて通してくれた。

空いている区画に入ると、馬をハーネスから外して設置してある馬小屋へ移動させた。馬の世話は雇われている者がしてくれるので安心である。

その間に、ジルウィートは火を起こしていた。アルベルトは幌馬車の荷台の中を寝床にかえている。マリーはアルベルトを手伝っているようだ。

馬小屋から戻ってくると、ユズは食事の用意を始める。

3〜4日といっても旅である。長持ちする食材しかないので、豪勢な物は出来ない。芋と葉物のスープと、塩漬け肉を焼いて雑穀のパンで挟んだ簡単な物だ。

火を起こした回りに全員が集まり食事を始める。


「師匠いち、食べたらダメです」

「弟子、そろそろ許しておくれ」

「アルさん、俺が食べてあげる」

「ジルウィートさん、あなたの分はそれだけです」

「あははっ、お姉様ったら」


アルベルトの前のパンを取ろうとしたジルウィートの手をユズがパンと叩くと、マリーがおもしろそうに、笑っていた。

これが普通の旅なら楽しいかもしれない。だが、ユズは激しい胸騒ぎでいっぱいだった。何も起こらなければ、それに越したことはない。

その不安を顔に出さない様にしているだけで、精一杯だった。



その夜遅く、アルベルトは寝床から起き上がる。他の3人を起こさないように幌馬車の荷台から外に出る。

ふぅと大きく息を吸う。


 まったく…、あいつは気を張りすぎだ。


長く生きているアルベルトにとって、毎日は退屈の日々だった。ムーランに付いてゆくと決めてから、どれくらいの年月が経ったのだろうか。もう覚えていられないぐらいだ。

年も付いてゆくと決めた日から、ほとんど変わることはない。

どれだけの人の死を、見てきただろう。

少しづつある変化は、それは小さな小さなこと。

ムーランからユズを託されたのは、意外だった。ただの気まぐれかもと思った。だから、それほど感情を出すこともなく、アルベルトは与えられた事をこなすはずだった。

しかし、ユズはアルベルトが簡単に思っていた娘ではなかった。

心の中に深い闇を抱え、恐ろしく冷たい閉ざされた氷の壁を持っていた。異なる世を渡り、固められた氷の壁を、知らず知らずにその身に閉じ込めていく不器用な娘。

それでも、かかわる人を大切にしている気持ちに触れた時、アルベルトは娘の優しさに気付いた。その優しさは残酷にも、己を傷付けることを分かっていない。

感情というものを表に出そうともしない。氷の壁に閉じ込め、出す術を知らない。

いつの頃からか、ユズに家族に対する何かを感じるようになっていた。可愛い妹のように、傷付ける者を許せないと言う思いを持つようにもなった。

だからこそ、ムーランはそうなるのを分かっていてアルベルトに託したのだ。


 まったくもって、どこまで先を見通しているのか…。


御者台から夜空を見上げた。

『今のところは異常なし』とムーランに伝える。


先に待ち受ける難題にどう可愛い妹を守るか、しばらくは頭を悩ます事になった。


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