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琥珀と銀狼  作者: シロ
第二章
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第1話 紡がれた糸と賭け

渡り階段を降り、王宮1階の大広間へと入っていく。

騎士棟(西宮)3階から直接繋がっている階段。庭を通って大門を通ると目立つので、いつもここから通っている。

この容姿をくれた両親には感謝しているが、限度というものがあると思っている。もう少し野生的であれば良かったなぁと愚痴をぼやくと、双子の護衛に呆れられた。


黒く長めの髪を後ろで軽く束ね、濃い青色の瞳、端正でどことなく女性的な顔立ち。騎士として鍛え抜かれた体躯。

誰の目から見ても一目置かれる。どうしても表舞台に出るので、相手になめられのである。


大広間に入ると、伝達をしている各府官女達の視線が重くのしかかり、後ろから双子の兄のキールが軽くつついている。

つまり、にこやかにしろという事らしい。

軽く片手を上げ、やや引き吊りつつ愛想笑いをする。2階の王の間へと足早に階段をあがった。

王の間に繋がる扉の前にいる護衛に声をかけると、軽く頭を下げられ重い扉を押し大きく開いた。


「お呼びでございましょうか」


片足を床に付き、片手は立てた膝に乗せる。反対の手は片足の付いた横に置く。


「世話しいときにすまぬな」


玉座に座るそのお方は、一国を統べる威厳に満ちた顔をしながら、その目は少し優し気なまなざしをしている。国王陛下その人である。

玉座の両側にいる近衛の騎士に「さがれ」と声をかけ、立ち上がるとルイの前まで歩み寄る。


「ゆっくり話がしたい。ついてくるが良い」


言うと玉座から右側に見える扉に向かい歩き出す。

ルイもまた立ち上がると後ろから付いていく。扉の前まで来ると、付いてきた護衛のキールは扉の前に立つ。

中に入ると、陛下はすでに長椅子に座り寛いでいた。

侍女がテーブルにお茶を2つ置くと、ルイの方を見て、頬を少し赤くしながら外へ出ていく。


「……」むっとなる顔色を変えないように、横を向く。


「おまえも座れ」


向かい合わせに座ると、陛下は大きく溜め息をつく。

どうしたものかと思うが、こちらから聞く訳にいかない。


「あの娘はどうだ?脅威になるか?」


 脅威か…、500年前とは違う。もし同じなら、俺はここにいないな。


本気で心配している様には見えない態度で、心ここにあらずと言えよう。


「その娘が私の元にいるという時点で、その様に思っていらっしゃらないでしょう。本題はなんでしょうか」

「分かるか…、さすがだな」

「誰でも分かります。お顔にでているじゃありせんか」


ルイは呆れながら部屋を見渡す。

護衛や側近を外させた事も、意味があるようだ。


「あれのことはもう知っておろう」

「ええ…まぁ…」


答えに詰まる。口には出さないが、たぶん息子のことだろう。


「なら、話は早いな。その件でお前の臣下を派遣してもらいたいのだ」

「臣下を?」

「そうだ。困った事に、お前の侍女にマリーという子供がおろう。娘を使用人として仕えさせたいから、宮使いを辞めさせたいと申し出てきた」

「それは困りましたが…」


何かを含んだ言い方である。

マリーの両親は、ルイの侍女となったことを知らないのかもしれない。彼女はまだ10才だ。しかしここに来て5年にもなる。幼い子供を外に出すとは、色んな意味合いがある。


「今頃ですか?」

「だいたい想像がつくだろう」

「給金が上がり、家へと送られた分がある程度貯まった。次により高値に売りつけようとしている。ってところですか」


 まだ幼い子供を売り、さらに食い物にする親なのか。


「それと両殿下とどういう関係が?」


直球で聞く。回りくどいのはいらない。


「とある貴族から、使用人という名の奴隷を買っている」

「…」


とある貴族、言わずとも予想は簡単につく。

思わず陛下の顔を見据えてしまう。

陛下は額に手を当てると、さらに溜め息をついた。


また面倒な事をしてくれると悪態をつきたくなる。まだ先の事とはいえ、跡目争いを始めている2人。

おまけに、人攫いや強盗が横行している。派閥まで作り、大事になってきている。

その最中に当人がやらかすとは、かなりの迷惑だ。


「どちらもですか」

「分からん…、上手くごまかしているようだ。どちらかが動いているのは掴んでいるのだが、恥ずかしながら分からんのだ」


 分からない?そんなことがある訳がない。


しかし何よりも、国王直属の諜報部隊は優秀だ。『分かりませんでした』など、そんなお粗末な結果を報告などしない。

ルイを呼び寄せ、侍女であるマリーの件を調査させ内密に処理しろということらしい。王族たる者がかかわったら、名も名誉も地に落ちるだろう。

下剋上の世の中だ。もしもの事だとて考えるだろうし、最悪、切り捨てることもあるかもしれない。

しかし、気になる点もある。何故、ルイの臣下にこだわるのか。陛下直属を出せば、すぐ片付くはずである。


「マリーがこちらの侍女だとしても、どうして私なのですか?」


今までいろんな大義名分を付けて、面倒事を押し付けられた。陛下だからこそ、ルイも素直に応じてきたのだ。

マリーの件とて動かなくても、報告だけもらえれば済むというもの。

陛下はルイの顔を見て、気まずそうにした。


「ロラウドに…、いや息子を誑かしていた男がいた。世間知らずな息子に、一度その甘い蜜を吸わせればどうなるか…。今の現状がそれよ」

「その男とは」

「長身で、銀の髪をしていたそうだ」


バンっとテーブルを両手で叩いていた。

叩いた手が、じぃんと痺れている。


「……、そんな事が出来る訳がないでしょう」


恐ろしく声が冷たくなる。

感じたことない激しい苛つきが、握りしめた拳を震わせる。


 彼女をこれ以上、傷付けるな。


「それしかあるまい。騎士をどれだけ出したとしても意味がない」

「……」


見開いた目は怒りを通り越し、次第に表情が消えいく。


「ならば私も同行します」

「ならん」

「何故です」

「お前に何かあっては…」

「それほど危険なところへ、部下を向かわせることは出来ません」


今までとは比にならないと言っているのだ。

あの存在があるからこそ、ルイに頼ったと物語っている。


お前(・・)にしか頼めぬ。あの娘(・・・)にしか出来ぬ」




足早になっていく。

体中の血が煮え、それでも足りない。

今まではただの茶番だったのだ。

長い時間をかけ、この瞬間を待っていたように思える。

全部、一本の糸に繋がっていた。


こんな事が出来るのは、この世に1人しかいない。


「キール、先に戻っていろ」

「分かりました」


どうしてとは聞かない。弟のキーグも同じだ。

ルイの側近となり護衛になった。絶対的な信頼を寄せているし、もう家族とも言えるだろう。それ程の時間を共にすごしたのだ。いつもちゃんと分かっているからこそ、今は何も言わない。


王宮の西側に建つ西宮の3階に戻ると、応接室の反対の扉をバンっと乱暴に開ける。

そのままカッカッと足音をたてて中に入ると、ドサッと長椅子に座った。


「ご機嫌が悪い様だな」


足を組み片肘をテーブル、手は顎に、優雅に茶を飲んでいる女がいる。この部屋の主である、宮廷大魔術師だ。


「気長なことをするんだな」


視線を外すことなく、両手を組み顎をのせる。

刺々しく、今にも食らいつくしそうだ。


「何のことだ」


飲んでいたカップをテーブルに置くと、少し緩んだ目元はルイを挑発しているように見える。


「お前が仕組んだんだろう。先読みはいつからしていた?何年かけて今を視た?あいつを利用するためか」

「…」

「教えろ」

「だから何をだ」


知らぬ存ぜぬを通しているムーランに、ポツリとつぶやいた。


「やっと少し、笑う様になったんだ」


息を吸い込むと、目線を下げながらゆっくりと吐く。



ルイがユズをこの王都に連れて来て、半年以上はたつ。

寒い時から暑い時に変わっていた。あの存在だ。監視の意味合いもあったが、そんなものは初めだけだった。する意味もなかったからだ。

ユズはあまり感情を表に出さない。いや出せないのかもしれない。言われた事には丁寧に答えるが、自分から話す方ではなかった。周りからは無愛想などと言われている。

また、突然連れて来たユズを侍女ならまだしも、側近として迎入れた。護衛の任につけたのが他の者の気を触ったようだ。

もちろん実力を伴う。知らない他の所属の騎士から、練習の名のつく試合を申し込まれていた。

結果は言うまでもない。あたり前だろう。

キールとキーグでも場合によっては、一本取られるぐらいなのだから。

一番はこの部屋の主であるムーランと、その弟子のアルベルトにしごかれても泣き言とをあげない。そもそも付いていける者は、ごく僅かだ。


そんなユズが、日常のたわいないことだったのだが、初めて声をあげて笑ったのだ。お茶の味が甘いだの違うだの、くだらない会話。それを見て、目にうっすら涙をためて声をあげて笑った。幼さを残す、可愛らしい年相応の感じで。そこにいた皆が驚いて目を丸くした。笑った本人も、周りの反応の方にびっくりしていた。


そんな彼女を見て、少しでもここに溶け込んでくれたようで喜んでいたのに。


椅子から立ち上がるとムーランは、窓側に移動する。


「賭けだった」

「…」


何も答えずにずっと見ていると、窓側にある本棚から古ぼけた冊子を取り出した。中をパラパラとめくり、目を細めている。


「500年前、力を取り戻してもおかしくはないだろう」

「生きているとでもいいたいのか」

「何を言っている。私が生きているのだぞ」


ムーランの年はそのままではない。アルベルトもだ。

魔導士として、この国建立間もない時から存在していたとか。

知る者はもう、おそらくいないだろう。


「私とアルベルトでは、根本的に無理なんだ。50年前ぐらいから気配はしていた。その頃から先読みをしていたが」

「そんな前から」

「もうひとつ…あった」

「あった?」


開いたページを見せる様にテーブルに置く。



世に彷徨う扉よりいでし


2つの異なる琥狼(コーロン)が現れる時


終焉をもたらす混沌か


来世を繋ぐ混沌か


問いかける


是か非


数多ある心が指し示すものが導く


是とするか、非とするか


ひとつにならぬ、ふたつの混沌


数多の心が指し示す


やがて溶かし、真実を見るだろう


どうか願う


違えることなきよう、真実を見間違えぬよう


この世のすべてを託す者よ


声に出してムーランが読む。伝承の一節。

誰が残したのか分かっていない伝承。口伝のみで伝わったものを書き残したもの。書いた者も誰かさえ分かっていない。


「鍵はお前だ」

「?」


 何を言っている?


「修道院で現れる先読みをしていた。しかし、どっちに傾くか分からない。そもそも、現れるかも分からなかった」


 何を言いたいのか分からない。


「お前の存在が、私の先読みに力を与えている」

「待て、50年前は俺は生まれていない」

「すでに分かっていたことだ。確定している先読みに手出しは出来ない。変えてしまったら、死ぬのは私だからな」


椅子に座ると、お茶を口にする。


「不確定なことに、俺が関係しているのか?」


苦笑いをしながらムーランは、ため息をついた。


「お前が生まれたことで、もうひとつの世界から、この世に来ていた何かが繋がりを持った。それを時間をかけて、ここへ引き寄せたんだろう。だから陛下にお前を、関わりがあることに全部に、お前本人を派遣させたんだ」

「…」

「きっとお前、ルイがいれば私の先読みの賭けは、是になるはすだと」


 とんでもない時間をかけて、今を導き出したとでも言うのか。


「それで俺がユズを引き寄せたというのか?…琥狼として、変えてしまったのか。俺が生まれたから、今が始まってしまったのか」

「違う。どんな形であれ、ユズはこの世界にいたはずだ。不完全な者が先にあれに会ったら、どうなると思うか?伝承のことばを用いるなら、終焉をもたらす者になるやもしれん」


強く握りしめた手は、行き場を失う。


 どうすればいいのか、分からない。


「もし、俺がユズとは会わなかったら、見つけられなかったら、どうなっていた」

「陛下は息子を切り捨てていただろうな。そして私の賭けは、失敗に終わっていた」


どうであれムーランの手の平で、転ばされていたようだ。

引き返すことも出来ない。ただ前に進むだけ。


「アルベルトとジルも同行させる。いざという時は、私も出る。ユズなら大丈夫だ。お前が思う程、弱くない。笑える様になるぐらい、ルイや私達を信頼し始めてくれたんだぞ」


 それがどうした。信頼したからって、危険と分かって対面させようとしているんだ。苦しい思いをまたさせようとしているんだ。


「お前の言いたい事は分かる。しかし、現実はこれしかないんだ」

「……」


選択の余地はなかった。

こんなにも自分の無力さに、打ちのめされたことは、なかったかもしれない。


「分かった。でも、条件がある」

「なんだ」


睨み付けながら、ムーランにいう。


「ユズには本当の事をいう。嘘は言わない。承知の上で任務として行ってもらう」




執務室の机に視線を移してから、ユズは何かを考えている様に見える。僅かに体が震えているようにも見えた。


「分かりました。承知の上で任務にあたります。それでは用意がありますので、失礼します」


ユズは執務室を後にする。彼女の顔は普段よりもさらに、表情がなくなっていた。






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