表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀と銀狼  作者: シロ
第1章
3/24

第3話 本当の名前

馬に乗った青年が大きくため息をついた。何度目のため息だろうか。

出来ればこのまま、何もせず馬で草原を駆けていたい…。

そんなことを思っていた。


青年が仕えるこの国、現国王たる王子2人が跡目争いをしている。周りの貴族達や官職に就く者を巻き込んで、派閥を組み始めていた。派閥同士で小競り合いを起こし、それに乗じて国中で人攫いや強盗が横行し始めていた。


 何故、兄弟で協力しようとしないのか。陛下も止めもしない


王都より一番離れた町や村、修道院から子供や女を攫い売り捌く夜盗が増えた。近くの町やその領主に属している衛兵では、取り締まる事すら出来ない無法地帯になってしまっている。

国王陛下の命で、王宮騎士総隊長である青年自ら派遣されたのだ。青年はどの派閥にも属していない。中立の立場を貫いている。

そのためか面倒事やあらゆる件に、指名される事が一番多かった。


 ほんと、何とかしてくれ…、自分の子供だろっと言いたい


「総隊長様、前方に見えるのが唯一シスターが在中している修道院です。夜も更けております。今晩はそこで休ませてもらいましょう」

「あぁ、そうだな。まさかこんな所まで来るとは思わなかったぞ」

「仕方ありません。陛下はあなた様を、信頼されているのですから」

「そんなもんいらん。俺は外戚だぞ…、これ以上、孤立するのはごめんだ」


青年の後ろから2人の騎士が話しかける。顔立ちが良く似ており双子の様だ。

前にいる青年を護衛するように付いている。青年の前には4人の騎士達が先導していた。

嫌な夜だった。

夜も更けているのにもかかわらず、生暖かいまとわり付く様な風が吹いている。時期はずれとも思える。

先導している騎士達も馬から降りて、前方に見える修道院を、目指して歩いている。

胸騒ぎがする。何とも言えぬ感覚が、全身を駆けめぐる。

青年は小走りで修道院の入口に辿り着く。

壊された扉が見えた時には、「皆、走れ」と号令を出していた。そして扉の前に、青年は愕然とする。目の前に娘がいた。


美しく輝く白銀の髪。僅かに緑みをおび、存在感を示している。瞳は暗闇の中で琥珀色に光る。


何よりも無表情で無機質な目。まるで虚空を見つめているよう…。冷ややかな切れる様な美しさが、その場を圧倒した。

虚空を見る瞳が真っ直ぐに青年を見据える。どくんっと心臓を鷲掴みにされたように目を逸らせなかった。

頭の中に、ある伝承が浮かび上がる。


「…琥狼(コーロン)だと…」


かつて500年程前に存在していた者。伝承でしか残っていない。誰か伝えたのかも残っていない。

その存在が、まったく同じ容姿がそこにいる。

しかし、異質であった。目の前にいるその娘は、少女と女の間だろうか…、手には剣を持っている。

血が付き、滴り落ちている。剣も美しい青。澄んだ海の様に、また深みのある濃い空の色、紺碧のよう。

その場で始めに動いたのは、床に座り込んでいた女だった。

黒い長い丈の服を着ており、シスターだと思われる。


「どうか、ご容赦下さいませ。この子が助けてくれなかったら私共は殺されておりました。子供は攫われていたかもしれません。どうか…、この子を、殺さないで下さい」


青年の前に走り寄り、おでこを床に付ける様に頭を下げる。

はっと我に帰る。そして、この惨状を目の当たりにした。

今にも縋り付く勢いのシスターに頭を上げさせると片膝を付いた。もう一度、目の前の娘に視線を合わせる。

何も言わぬ娘は、青年とシスターをずっと見ていた。そのまま振り返ると歩き出す。そして床に横たわっているまだ若い女の前まで来ると、両膝を付き体を半分抱き起こした。

ほんの一瞬だったが、無機質な目に感情が宿った様に見えた。


「サランはもうすぐ結婚するはずだったのですか。シスター見習いに上がるはずだったのですか」


誰に聞くというわけでもなく問いかける。青年の前にいたシスターが娘に振り返り答えた。


「そうよ。王都で式を挙げ、修道院本部へ移る予定だったわ」

「…、予定だった」


その場にいた者が、娘の行動に度肝を抜かされる。

誰ひとり止める事おろか、動く事も出来なかった。


左腕でサランと呼んだ女を抱える。右手は娘の左目に当てていた。右手に琥珀色の丸い光が、目から吸い出される様に出てくる。


「代償は左眼」


右手の手のひらに浮く、光る琥珀の球体。それをゆっくりとサランと呼んだ女の胸元へと近付けると、スーッとそのまま胸の中へと溶けるように消えていく。

やがて動きを止めた胸が上下にゆっくりと動き、鼓動し始める。

両手で抱え直すと、ゆっくりと立ち上がる。

そのまま前にある部屋へ入ると、中で布のかすれる音がした。

時間などほんの少し。出てきた娘は何も抱えておらず、さっきの女は部屋で寝かされているようだ。

やっと体が動いた青年は娘の前まで歩いていく。

娘は真っ直ぐに青年の顔を見つめる。娘の左眼は色を失っていた。失ってもなお、淡く白銀に光っている。


「お前は何者だ」


この言葉しか思い浮かばない。


「…」無言のままだ。


娘の手には、もう剣は握られていなかった。そのまま両膝を床につけると、頭を下げた。何も抵抗しないと態度で表している。


「お願いします。騎士様、この子をクリスを、罰しないで下さい」


入り口の近くでシスターが泣きながら訴える。助けて欲しいと…。固まり震えていた子供達は娘の側までくると、青年の前に両腕を伸ばしキッと前を睨みつける。ただ目の前で首を落とされた男を見た若い修道女見習いだけは、錯乱したまま戻らず「化け物」と繰り返しぶつぶつと小言をしゃべっていた。


「ありがとう。でも、みんな下がっていて」


子供達が振り返り娘を見るとそれぞれ抱きつき、わんわんと大声で泣き始めた。それぞれの子供達のあたまをなでてやっている。


 …姿が、変わってる…。これが、さっきまでこの場を圧倒した娘か?


白銀の長い髪、琥珀の瞳は消え失せ、赤茶の短い髪に緑の瞳をした少女がいた。やや大人になりかけで、まだ幼さを残したクリスと呼ばれた娘がそこにいた。

しかし青年の心臓がまた、どくんと大きく鼓動する。

鷲掴みされた様な、あの感覚とはまた違う。


「ルイ様」


いつの間にか、双子のご護衛騎士がすぐ後ろにいた。


「す、すまない」大きく息を何度か吸うと、気持ちを落ち着かせる。


 しっかりしなければ。俺は何のために、ここに来たのか。

 ちゃんと考えねば。


「ムーランを呼べ」


首にかけていたそれを手で引き千切ると、後ろの2人に渡した。呼べばすぐ来ると。と。

青年ールイは、子供達と同じ目線までしゃがむと、


「大丈夫だ。何もしない。だから、話をさせてくれないか?」


怖がらせないように、少し笑みを浮かべながら子供たちに言った。少しの間、娘の側からルイをじっと見ていたが、ゆっくりと立ち上がるとシスターのいる入り口の方へ歩いていく。

もうあの圧倒感はない。ひとりの娘がここにいるだけだ。

だが紛れもなくあの姿は、伝承通り琥狼と呼ばれる者。

間違えるはずもない。


 ならば…、あるはずだ。


「本当の名は、何というのだ?」



本当の名前はと聞かれ戸惑う。忘れる訳はないが何故この青年と思われるこの人は、そんな事を聞くのかと思う。


そして今まで何をしていたのか、もちろん覚えている。どうしてそうなったかは分からない。

ただ本能というべきだろうか?そうすべきだと感じた。

結果は、この有り様を見れば分かるだろう。

目の前にいる、この身分が高そうなこの青年達が何故いるのか分からない。


 分からないことだらけだ。


少し頭がぼんやりする。立っているのも苦しくなる。


「もう一度聞く。本当の名はなんというのだ」


クリスより頭二つ程に大きい青年を見上げる。

じっと視線をそらすことなく見据えて、話すのを命令することなく待っている様に見えた。


「…ユズキ」

「それが本当の名か?」

「たぶん伝わらないので、短くしました」

「伝わらない?」

「ええ、通用しない名です。だから、分かりやすい方でいいました」


そうかとつぶやく様にいうと、青年はクリスに近づいた。


「俺は、ルイ・フォンシード。王宮直属の騎士団総隊長だ。

後ろにいるのは直属の部下と第二騎士団員」


前に出るなと手で制し、青年ルイはクリスこと、ユズの肩に手を置いた。まるでクリスという名前は、もう名乗るなと言っているように思える。


「お前をここに置いていくわけにはいかない。分かるな。もちろん処罰もしない。ひとつ聞きたい。さっきの修道女はどうなったのだ?」

「さっきの?」

「左眼を代償にしただろう…」


手を左目に当てる。


 サラン大丈夫だろうか。 


彼女に触れた時に、記憶が流れ込んできた。

幸せそうな表情で寄り添う二人の姿が…。シスターリリーにシスター見習いに昇格したことを話す姿が。それを奪ったと分かった時、自分を責め許せなかった。何とかしたいと彼女を戻したいと強く思った。


"代償を差し出し願いなさい。必ず、その願いは、聞き届けよう"


誰かは知らない。戻してくれるというなら、何でもやる。

疑うこともしない。そうするしかないのだ。

だからユズは左眼を代償にしたのだ。後悔も何もない。


「眠っています。たぶん…」


体がぐらりと傾く。

意識を保っていられなかった。

前のめりで倒れていく。

その時、誰かの腕に支えられた気がした。ゆらゆらと浮遊感がして完全に目を閉じてしまった。


その後、盗賊は駆け付けた騎士達によって討伐された。

修道院側には誰一人、死者(・・・ ・・)はでていないと、報告されていた。

ある者が、事実を置き換えた。

一部の者だけの、真実の記憶だけを残して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ