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琥珀と銀狼  作者: シロ
第3章
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第5話 告白②

言葉が出てこなかった。

ユズには両親という存在の大きさを知らない。

見たこともない。それほど小さい頃に父親は亡くなったと聞いた。

母親は…、何も分からない。

向こうの世界にいた頃、ユズには偽りの家族があった。親という者に縁がない子供達が集まる家。そこが唯一の家族であり帰る場所だった。


だから小さい頃は、羨ましかった光景を目にした時、何も感じないよう感情を隠していた。 それをわざと見せつける人も何もかも、気がつくと他人事と同じように機械的になっていた。


ただ、手にある幸せを大事にしないのは、許せない。


この世に来て、人と関わることが増えて忘れていたことが胸の中で主張し始める。

それが分からない自分が歯痒く苛立たしい。



⚫︎



エリザは過去を語って聞かせた。


彼女の大切な人はもういない。

エリザが生涯で一度だけ心から愛した人。


しかし、彼女の夫はこの国の国王陛下であり、3人の子供がいる。


「カザス王国」属国としてレインリッドと繋がる国。

そして、隷属化したのは今から20年程前の出来事。

カザスの王太子による、レインリッドの王太子殺害。

現国王の兄、ハルバード・レインリッド。


大切な人の意志に従い、当時王子のオリハード・レインリッドと結婚して子を成した。


…オリハード・レインリッドの兄で、本来国王になるべき王太子ハルバード・レインリッド。

この人物がエリザの大切な人で、ルイの本当の父親である。ルイの育ての父である、ライン・フォンシード。育ての母でありエリザの姉、ミリザ・フォンシード。この2人もエリザの大切な人達、4年前に彼等も魔獣討伐の際に亡くなった。


エリザは、全てを受け入れ愛を与えてくれるオリハードに恩も何も返せるものはない。彼女の愛をオリハードに与えることも出来ない。心の中にいるのは、ハルバードだけなのだから。しかし長い年月を隣で過ごし、やがて心は形を変えてオリハードへと向く。


「私の愛しい人はあの方だけ。でもね、この長い年月を私と過ごして来た陛下も大事。だけど大切にしてしまうと怖い…、この手から消えていってしまいそうで。私は…大切な人を不幸にしてしまう」


だから名乗ることは許されない。

ルイの母だと言ってしまってたら、大切な人との子であるルイを不幸にしてしまうと。


「ルイはあなたを何よりも大切にしている。あなたがどんな存在であろうとも変わらない。今さら母親として、ルイの気持ちを叶えてやりたいと思ってるの。ユズ、すぐに受け入れて欲しいなんて言わない。だから、少しでもいい…ルイとのことを考えて、未来のことを…」

「…」


ルイはユズにとっては命の恩人だ。

あの修道院の出来事は、彼の手腕で上手く事実を曲げてある。

琥狼という存在もまだ根強く恐怖としてこの世に響いていて、広まってしまえばユズは死んでいたかもしれない。


そして、ルイはユズには居場所をくれた。

大切な仲間を与えてくれた。


仕事ではなく義務でもない。

ずっと、接していれば分かる。


「王妃さま、私はまだ…私には何も答えることは出来ません。これから先、どんな出会いがあるか、わかりません。ルイさまにとって、新しい未来がこの先にあるかもしれません」

「すぐ終わりにしないでユズ。ゆっくりでいいの、大丈夫よ。私は信じているの。あなたは、私に希望をくれると」


再びユズの手を握りしめたエリザは、優しい笑みを見せた。



自室に戻ったユズは、椅子に座ったまま何も考えられずにいた。


 私はどうすればいい…?


エリザが話したルイの出生。エリザが失ってしまった大切な人達。

現国王の兄がルイの父であり、エリザが母であること。

エリザの姉夫婦が育ての両親で、彼は義父のライン・フォンシードの役職と公爵家の当主を継いだ。


そして、ユズに想いを寄せている…。


 あーだめだ。

 考えようとしても、真っ白になってしまう。


『あなたがどう判断するか楽しみですね』夜王の言葉が思い浮かぶ。頭の中がぐちゃぐちゃで、何ひとつ考えがまとまらない。

いつの間にか開けたままの窓の外は、真っ暗に変わっている。


コンコンと扉を叩く音がする。


「はい」

「僕だよ。話しがあるんだけどいいかな」


訪問の主はアルベルトだった。

少し困った様な顔をして、扉を開けたユズを見ている。


「どうしたんです?」

「それはこっちのセリフだよ」

「え?」

「戻って来たと思ったら部屋から出てこないし、灯りもつけない。食事にもこない。あの女がしたこともあるし、心配なんだよ」


夕方頃に戻って来たと記憶していたが、その後は何も手も付かず頭がいっぱいだった。


「ごめんなさい。考えごとをしていて、気が付いたら今でした」

「今でしたって…話してよ。何があったの?」


部屋に入って来たアルベルトは、扉を閉め椅子に腰掛けた。


「その…上手く話せないので。アルに心配させて、すみません」

「違う、王妃から何を聞いたの?僕だって、ムーランさま同様にすごく長生きだったんだよ。それなりに事情も知ってる。だから話して」

「だった?」


アルベルトはムーランと同じく長い時を生きている。何故かは知る者もいないと聞いていた。しかし、アルベルトは「だったんだよ」と過去として話していた。


「うん。僕はもう普通に生きて死ぬ体に戻ったんだ」

「戻った…?」


笑顔で話すアルベルト。

何でもないように、世間話でもするように普通に。


「アルそれは…」

「深く考えることじゃないよ。僕は望んで長い生の道を選び、それが終わっただけのことだよ」

「どうして私に?」

「何故だろうね?聞いて欲しいと思った。僕のことを知って欲しいと思った。これじゃダメかな」


『自分のことを知って欲しい』そう言ったアルベルト。押し付けではない。また彼もユズに、ユズのことを知りたいと願った。

エリザも同じではないだろうか?とふと浮かんだ。

彼女の告白を聞いた時は、何も言えず答えも見つからなかった。

『大切に想えば、その人を不幸にしてしまう。失ってしまう』エリザにとってユズは大切な人ではないはずだ。陛下やルイは、エリザにとってこの世で一番大切な人達。彼女が真実を語ってしまえば、2人をもまた失ってしまうかもしれない。


『だから知って欲しかった。自分は何も言ってはいけない。だから、知って誰にも伝えられない想いを聞いて欲しかった。そして、母親として息子の願いを聞き届けたかった』


もしかしたら、エリザ自身も分かっていなかったかもしれない。長い時の中、自らの胸の中にだけ閉じ込めて来た。思えば思うほど、言葉として声に出せない。

「不幸にしてしまう」というそれが、エリザの心を押さえフタをした。抑圧した全てがユズという第三者に向かっていった。ルイが想いを寄せ、側にいたいと願うこの娘であるユズに。


そしてまた、ユズ自身もそうなのだと。手にある幸せを大事にしようとしない者を許せない、という気持ちが、自分に向けて思っていたことなのだということに。


知ろうとしなかった自分が、「分からない」という言葉で片付けてしまった自分に対するものだということを。

ユズの側にいてくれる、仲間であり家族のような存在。これだけ多くの幸せを今までユズは手にしていたのだ。それを大事にしていなかったのは、ユズ自身なのだ。


 私は自分のことを知って欲しい。

 そして、知らなくてはいけない。自分のことを…。



「アル、聞いてくれますか?」

「もちろんだよ。ユズ、聞かせて」

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