第5話 告白①
連れて来た巫女『ユリア』は国王の客人という扱いを受けた。彼女には2人の護衛が付くことになり、部屋も宮殿の客室を当てがわれ、王妃がユリアの面倒を見ることになったのだ。
そして呼び出された日、夜王は陛下にもルイにも巫女が何を祀ったということを言わなかった。神代の頃、銀の湖の周辺にその巫女がいた集落があったとしか話さなかったのだ。
ユズに話してはくれたが、他に誰にも言わなかったという事はきっと理由があるはず。ユズもまた、その事実は口に出さなかった。
王都に来たユリアはとても明るくて、気さくな少女だった。年齢でだけならユズと近いかもしれない。
ユリアの容姿は、誰もが振り返る少女だった。少し明るめの茶色の長い髪に、愛くるしい目。美女というよりは可憐な少女だろうか。
だからこそ、彼女は過ちを犯してしまう。
自分だけが特別であると。王と謁見した際にルイに一目惚れをしてしまったのだ。護衛にルイと、アルベルトとジルウィートを付けろと国王陛下その人に言った。ありえないことだ。彼は騎士団をまとめる軍部のトップ。
例え、国王の客扱いだからと、指名して良い相手ではない。ユリアは知らなかったとは言え、それも国王に願う事も非常識だ。
「すまないがルイ、お前に少しの間だけ護衛を頼む。近衛も付ける。王妃の護衛が抜ける分は、ユズにその任を付けることにする」
国の頂きたる王に言われれば従うしかない。
しかし、この判断が間違いであったことに気付くのは少し後になった。
存在せぬ巫女に振り回されて、ルイは一番大切な者と離れてしまうことになる。彼女はルイから離れ、進むべき道へと歩んでいく。
たった一人の幼稚な考えしか出来ない少女の手によって、回っていた歯車に杭を打ち壊されようとしていた。
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ユズが王都を離れる少し前、王妃の護衛として陛下に側に仕えるよう、命を受けている時だった。
「ユズ、一緒に来て欲しい所があるの」
王妃エリザ・レインドットは少し疲れた顔をして、ユズに言った。
「王妃さま、お疲れの様子です。お側にいるのですから先にお休みなられて下さい」
「いえ、だめよ。ここまで騒ぎを起こすとは思わなかったわ。あなたに苦しい思いをさせるとも思わなかった…、ごめんなさい」
大きく溜め息をつくと、エリザはドレスのスカート部分を軽く摘む。コツコツとヒールの音が鳴り、エリザの部屋の扉をノックする音がする。
「どなたかしら」
「ユリアでごさいます」
ユズは無言で扉をあけると、頭を下げながら横に控えた。
「あら、ユズさん、まだいたんですの?私にあんな酷い事をなさる人を王妃さま、お側に置かない方がいいんではないのですか」
蔑むようにユリアはユズを見て、少し口角を上げている。
「巫女殿、私の従者は何もしておりません。ご自分でなされたことを、私の従者の仕業にしないで下さいませ」
エリザは嫌悪を隠さず、ユリアを見下した。
宮中に来てからのユリアの態度は、けして良いものではなかった。国王の客人という身分を鼻にかけていた。最初こそ、笑顔を絶やさずにいたが、気に入らない者の悪口を周りに話し、自分でしたことを全て他人の仕業にして同情を集めていた。
稚拙な行動だ。
ルイを護衛にさせ宮中を連れ回し、アルベルトとジルウィートを小間使いにした。彼らは身分はもちろんこと、その容姿も言うことはない。
護衛というより、ルイを自分の恋人の様に接しさせていた。
今もユリアの後ろにルイ達はいる。苦虫を潰したような顔をしたルイをエリザは何とも言えない気分で見ている。
「巫女さま、申し訳ありませんでした。気付かぬこととは言え、ご気分を損ねさせてしまいました」
無表情のままユズは膝を床に付き、深く頭を下げた。
「知らない?あなたが、フォンシードさまの臣下で、王妃さまの護衛をしていること全部がおかしいのよ。どこの誰かも分からない卑しい生まれのあんたは、さっさと出ていきなさいよ!周りが何て言ってるか知ってる?フォンシードさまに迷惑をかけているの。お側にいるのは私だがふさわしいのよ」
ユズを起き上がらせると、頬にバシッと平手打ちをした。
「お前、何を…」
手を出そうとしたジルウィートにルイが手で制する。
「巫女殿」
「ユリアと呼んで下さいませ」
頬を赤くして、目をうっとりとさせていた。
「巫女殿、陛下にも許可を取って、今をもちまして護衛の任は降りさせて頂きます。私だけでなく、この2人もです。本来付くべき第1の所属の者を回しておきます」
頭を下げると、ルイはユズの頬に手をあて「大丈夫か?」と声をかけた。
しかし、ユズは一歩下がりルイの手から離れると顔を上げた。その瞳は感情もこもらない。それは冷たい、何もうつしていない。
「ご迷惑をおかけ致しました」
それだけ言うと、エリザの後ろまで移動する。
「待って下さい。私、フォンシードさまの嫌がることをしてしまいましたか?…お願いします…。私を一人にしないで」
涙を目一杯に溜めて、上目遣いでルイを見ている。何も知らぬ者が見れば守ってやりたい庇護欲にかられるだろう。
「私の側近に、あなたが何を言うか。そんな権限などない。王妃さま、私共は下がらせて頂きます」
ルイはもう一度、ユズを見ていた。しかし、ユズは表情ひとつ変えずにユリアとルイ達が扉の近くまで行くのを頭を下げて待った。
後を引かれる様にアルベルトもジルウィートもユズを見ていたが、ユズは態度も変えず4人を見送った。
「ユズ…あなた…」
エリザはユズの頬に手をあてる。
ユズの瞳は、まるでガラス玉だった。そう命の消えた瞳と同じ…。
「だめよ!そんな目をしてはいけない。あの方と同じになってしまう」
体中を震わし、ずるずるとユズの体から崩れ落ちて床に手を付き、エリザは号泣していた。
涙は止まらず、周りを気にせずに声を出していた。
「ハルバードさま…」
ユズは慌ててエリザを床から起こし椅子に座らせる。近くにいた侍女にエリザが使っている手巾を渡してもらっていた。
「侍女さま、申し訳ありませんが外して頂けませんか?」
侍女はエリザに向き直ると、頭を下げた。
「承知致しました」
何事もないように部屋を出て行く。
ユズはエリザが泣き止むまで何も言わず、エリザの前で片膝を付いたまま、じっとしていた。
「ごめんなさい。…落ち着いたわ。ありがとう」
まだ少し声は震えていたが、エリザは目の前の娘に昔を重ねていたことに気が付いた。
忘れることが出来ない。
忘れることなんて出来やしない。あの瞬間を。
「申し訳ありません。私は何も言うべきではないと思いましたが、話してしまい、お怒りにさせてしまいました。私はすぐ感情というものが抜け落ちてしまうそうで、あのような目になってしまいます。どうか、ご容赦下さい」
今は心配そうな目をしている。左目の色が薄く、左頬の端にある赤い痣が痛々しく見えた。髪で隠す様にしているみたいだが、これだけ近いとすぐに分かってしまう。
「あなたは悪くないわ。気にしてはだめよ…。本当は場所を移して話したい事があったの。ちょうど侍女も外したし、ここでいいわ」
エリザはユズの手を取ると、自分の手で包み込んだ。
ルイが想いを寄せる、たったひとりの娘。この娘の取り巻く環境は普通ではない。本来なら、この場所にすらいる者ではない。
この娘、ユズが何者であろうとルイと出会ったのだ。そして、運命という言葉がある。この言葉でしか表現出来ないと思った。
『私は側に居てほしいのではなく、いたいと想いました。出来るなら自分だけの存在にしたいと、初めて感じたのです』
修道院から連れ戻ったユズを手元に置きたいと陛下へ願い出てから、どれくらい過ぎた頃だろうか。ルイがエリザの元を訪ねた際に、こう告げたのだ。
母親を亡くしてから、ルイの母の妹であったエリザを母親のように慕ってくれているルイから。
正確に言えば、母親のように慕っていたのがエリザの姉であり、母はエリザ本人なのだ。もちろんルイは知らない。
知っている者は、ほんの僅かな者だけ。
ルイの出生の秘密。
本当ならば、ルイの恋心をエリザと父親である『あの方』と微笑ましく話しをしていただろう。
もう戻れない時間。取り戻すことも出来ない命。二度と会えない大切な人。
たったひとつ。エリザに残してくれた『あの方』に良く似たルイ。母として何もしてやれないもどかしさ。悔しさ、情けなさ。
自分は守られてばかりで、何もしてやれなかった。見守ることしか出来なかった。
だからこそ、ルイの想いを叶えてあげたいと思った。
もちろん、この娘の気持ちも大切にしなければならない。しかし、何故と聞かれて答えが見つからないこともある。今がまさにそう。
この娘には真実を話さなければいけない。
今すぐルイの想いに答えてくれることはなくても、必ずこの娘はルイを幸せにしてくれる。
根拠のない確信があった。
こういう時は、止まってはいけない。その感じたままに動かなければ、二の舞のなる。
エリザが失った時を取り戻せないように。
「私はね、ユズ。陛下よりも、とっても大切な方がいたのよ」
突然の発言でユズはエリザを見上げたまま、目を見開いていた。
「本当はその方と添い遂げるはずだったの。今の陛下が王子の頃の話しよ」
「…それは、私が聞いても良いものでしょうか」
身動きもしないままエリザを見ていたユズだが、話しの内容だけにこれ以上は聞かない方がいいと判断したのかもしれない。
「あなたに聞いて欲しい。そして、あの子…ルイの想いを知って欲しい。勝手なこととは分かっているの。でも、母親として…いえ、私のわがままね」
包み込んでいた手をエリザは見つめると、ゆっくり話しだしだ。
かなり迷走中で、文章も変です。
ご容赦を、お願いします。




