第4話 波の始まり
こういう展開は絶対だ!ってみたいな人を登場させたかったので、これから頑張ってもらおうと思います。
「失礼します」
陛下の前まで来ると片膝を付き頭を下げる。
礼儀などよく分からないユズなので、頭を下げるだけで精一杯のようだ。
恐る恐る少し顔を上げるが表情に変化はないので、ほっと息をついているのが見えて、可愛くて笑ってしまいそうになる。
「陛下、急ぎと伺いましたが、どのようなことでしょうか」
ルイもユズと同じ姿勢になり問う。夜王は立っているだけだ。知らない者から見れば不敬になりかねないが、人払いがしてある。
夜王にとってはユズが主だ。たとえ陛下であろうと悪魔である夜王には関係ない。
人払いがしてあるのを確認しているのも、気付いての行動だろう。
「固くならんで良い。ユズよ、お前には無理をさせてしまったことを詫びなくてはならん。そして生きて帰って来たことに、嬉しく思う」
玉座から降りると、ユズの前に来る。
びっくりしたユズは、どうしていいか分からずにただ見上げていた。
「本当に良かった」
「い、いえ、そ、そのように言って頂けて、身に余る光栄です」
そうかとユズの頭を大きな手でなでていた。
「奥で話そう」ルイの顔を見て陛下が言った。
ルイがよく通される王の間の右端に作られている居間だ。侍女が茶をテーブルに並べると、礼をして部屋から出ていく。それを見ると、陛下は話し出した。
「数日前に商人が、私に話しがあると訪ねてきた」
商人は王都より西、エンレインの森の西側にある集落エインから来たという。
エンレインの森の周りの丘陵地帯を抜け、普段なら各集落を巡って商売をしたり仕入れをしたりしながら王都リッドまで辿り着く。しかし、今回はどこも寄らず王都まで急ぎ来たらしい。
この商人がエインという集落に着き、滞在して数日後のことだ。エンレインの森で凶暴な獣を従わせた不思議な女が現れた。そして、その女にエインの集落の人々が「森に現れ、凶暴な獣さえ従わせることの出来るお方。大昔、銀の湖にいたという巫女さまが再び姿を変え降臨された」と守り神だと言い出した。さらに、巫女さまと敬い始め、その女も自らを巫女だと名乗り、名を『ユリア』と語っている。
また巫女を名乗る女は集落にいた商人に、争いが起きれば大変なことになる。しかし、守るためには自衛はしなければならない。あなたも商いをしなければならないでしょうと言い、有益な情報を持っているから、この国の王に会わせて欲しいと頼まれた。
怪しいこと、この上ないが、この女は彼らが聞いたことのない物や、即、戦力に繋がる話しをしたのだ。
商人からすれば、益があれば動くが何とも言い難い。
初めて耳にすることばかりで、判断もつかない状況。
しかし、不思議と縦に頭を動かしまった。この女を助けてあげなくてはと、勝手に動いてしまった。
王都に来てから、どうしてこうなったか分からないと伝えられた。
「ということでな。最近、宮中でも話しておる巫女のことだと思うのだが、私は少し違和感がある。ユズ、私はお前の意見が聞きたい」
「…」
話しを聞いていたユズは、何も言わず考え込んだいた。
「凶暴な獣を従わせるですか。それは魅了ですかねぇ。まぁ、お粗末なもんです。魔眼の出来損ない。その集落の人間も商人も、それの影響で一時的にその巫女もどきに心酔しているのでしょう」
椅子に座らず、ユズの後ろに立っていた夜王が言った。
「魅了。しかし、それは強い力だと聞く。その現れた女が使えるものなのか?」
陛下は夜王に空いた椅子をすすめ、自分の前に置かれた茶を渡した。椅子には座った夜王だが、茶には手を付けず言う。
「お気になさらず、夜王と呼んで下さってもかまいませんよ」
「では、夜王殿と」
続けて欲しいと言うと夜王は話し出す。
「魔眼の最上位、魅了眼を使えるのはユズですよ。相手を屈服させる。強制力は完全です。巫女もどきの使うモノなど、貴方たちなら抵抗すら容易いでしょう」
「え?!」
考え込んでいた時、話しに自分の名前が上がったからか、ユズは夜王を見て固まっている。
「私は夜王に、そんな力を使ったのですか?」
「…」
突然、あははっと声をたてて笑い出した夜王に、ルイも陛下も本人であるユズも呆然とした。
「そんなわけないでしょう。おもしろいことを言いますね。あなたは確かに私を魅了しました。私も分かっていて自分から捕まったのですよ。強制力どころか何もありません。私の意志でユズの側にいるんです。そもそも、ユズは力を持ちながら、全く使うということすら思い付いていないのですから」
本当に困った方だと、やれやれとため息をついている。
「……」
軽く口を尖らせていたユズ。ルイと目が合うと気まずそうに下を向いてしまう。
どうやら、口を尖らせていた顔を見られたのと、そういうものが使えるという事実を知らなかったことが原因らしい。
「あの時に頂いた代償に、まぁ、あれに自分から魅了させたというのが正しいです」
「代償?あれ?」
ルイが恍惚とした夜王の顔を見て、ユズに「何があった?」と聞く。
「えっ、あっ…、別段、気に止めることではございません」
「代償ってなんだ」
ユズはあきらかに言いにくそうにしていた。夜王も言うだけで、それ以上は答える気はないらしい。ルイにわざと聞かせたようだ。
ルイはユズが目覚めた日から、少しずつ自分の感情を隠さなくなっていた。
消えてしまうかもしれないという恐怖を、この身で痛いほど感じたからだ。
しかし同時に、アルベルトとジルウィート、そして何故か夜王からも宣言されていた。
『この件だけは、身分も力関係もなしで、参戦状態であることを覚悟して下さい』
少し焦りもあったかもしれない。
まだ、先は長いなとルイは自身に言い聞かせていた。
ゴホンっと咳払いがした。
「もっと聞きたいところだが、話しを戻してもよいか?」
『…』
陛下の存在をルイは完全に忘れていた。
久しぶりに見た陛下の笑顔に、ユズが、ルイと陛下の顔を見比べるように目をパチパチさせている。
「申し訳ありません」
ルイも軽く咳払いをする。
夜王は横目でおかしそうにルイの顔を眺めていた。
…こいつは完全に確信犯だな。
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「私が死んだら、どうするんですか?」
「連れて行きますよ。私と永遠にいる場所へ」
「それじゃ、お願いがあります。代償は…」
「まず、お聞きしましょうか」
「私は混じりものだそうです」
「そうですね」
「知っているんでしょうね。あなたなら」
「ええ」
「そうですか…。だったら、」
「今はダメです」
「なぜ?」
「まだ、あなた自身で知らないことを見つけなければいけない」
「見つける?」
「あなたがどう判断するか楽しみですね」
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ユズ達が陛下に呼び出された後、エンレインの森の西側に調査隊が向かうことになった。
そして、巫女と名乗る女を王都へ連れ戻ることになる。
その巫女が魅了という力を持っていたとしても、王都は国王がある場所。
ましてや、王が住まう宮殿に何の対策もとってない訳がない。
だから、巫女と名乗る女を保護という名の監視で連れて来ることも不思議ではない。
ユズが陛下に意見として述べたのは、巫女と名乗る者は異なる世の者である。
その者の言っていることに手を出せば、この国は間違いなく争いに巻き込まれるだろうと。
この世にある物を形を変えて作る事と、この世にないモノを生み出し創り出すことは、全てにもたらす影響は天と地ほど違う。後者を取るなら、自ら罠に飛び込むようなものだ。
調査隊が連れ戻った、2人目の異なる世の者『ユリア・アイダ』
彼女は幼さゆえ自分の望みに貪欲、よく言えば素直。
しかしそれは、波乱を巻き起こす原因になるうる。
そして、『ユリア』が巫女と名乗ったことで、闇にまぎれて僅かに残っていたカケラが、彼女からを少しずつ取り込もうとしていた。
読んでくださっている方に感謝致します。
ありがとうございます。
のんびり更新になりますが、良かったらお付き合い下さい。




