第2話 盗賊
バーン。ガターン。
夜中にさしかかる時間に、突然大きな音がした。
静まり返った空間に、修道院の大きな扉を何かで壊すかのような音がする。
それと同時に、数人の足音が遠慮なく響き渡る。
慌ててベットから起き上がり、部屋を飛び出そうした時、 「ギャー」と悲鳴がすぐ近くから聞こえた。
嫌な予感がした。
止めた足を再び走り出させ、部屋の外に出る。
足に何かがぶつかった。目線を下にさげた…。
「サラン」
胸元から真っ赤な鮮血が流れ出し、目を見開いたまま動かなくなっている。
何かを訴えようとしていた口は、言えぬまま開いたまま。
彼女はすでに、息絶えていた。
すでに二階の窓から侵入していたらしく、礼拝堂の奥から2人の男が両脇にそれぞれ子供を抱え、ゆっくりと降りてくる。子供達の口には布が突っ込まれており、声も上げられない。
目には大粒の涙がたまり、ぼろぼろと落ちている。
「…子供達を返してもらおうか」
サランの開いた目と口を手で閉じさせると、クリスは一歩前に出た。頭の中はひどく冷静だった。泣きじゃくる事も叫ぶこともない。
感情が追い付いていかない。自分の中の何かが壊れてしまったようだった。
そして響くのは、氷の様に冷たい声。一度閉じた目を開く。
何の感情もこもらない、悲しみも痛みも感じない。
ただただ無表情な少女。
「もう一度言う。子供達を返してもらおうか」
子供を抱えた男達の後ろから、もう一人現れる。
スラッとした背の高い男で、目を細めると口をにへらと歪ませる。扉を壊して入ってきたのは、この男の様だ。その後、仲間と合流したのだろう。手際が良すぎる。
片手に持つそれが月の光に照らされ、短い刃には血がべっとりとはりついている。
ぼとりぼとりと血の雫が滴り落ちる。
「まだ子供がいるのか。まぁ、何とか売れそうだ。へへっ」
嫌しい笑みを浮かべる。
滴り落ちた血は、床に血溜まりをつくる。男はその上を踏み付けてゆく。
クリスの視線は、踏み付けられた血に向けられている。
「怖いのなら、始めから大人しくしていればいいのによ。ははっ」
さらに男がクリスに近付く。
ゆっくりとクリスは頭を上げ、男を見る。
男を無機質に見る瞳が、金色に輝いて見える。
それは金ではなく、僅かに赤をおびた黄色。
甘く微笑むのではなく、冷ややかで凍る様な琥珀。
「な…なんだ…」
男の体中に嫌な汗が吹き出る。自分に向けられた、あきらかに急に変わった瞳の色。
感じたことのない恐怖が男にまとわりつく。
男がたじろいだとほぼ同時。礼拝堂の左側にある部屋から「サラン!」と叫びながら、倒れたサランの元に走り寄ろうとしたシスターリリーが男に捕まり首元に短剣を当てられる。
「そ、そこから動いたら、命の保障はしない」
男の声は上擦っている。恐怖が落ち着きを失わせていた。
「離せ」
何もない室内から霧が立ち込める。一気に周りを真っ白に染める。
視界を奪った霧は徐々に薄くなり、そして一気に消える。
その場にいた者の目が、大きく見開き一点を見る。
その先には…
壊された扉から、月明かりが照らす姿。その存在を浮きたたせていた。
緑色を僅かに帯びる、腰あたりまで伸びた美しく白銀に輝く髪。密に溶ける様な、美しい琥珀の瞳。
しかし極寒の様な冷たさが、さらに無機質さを強調していた。
いつ手にしたかなど覚えていない。
しかし、手にはしっかりと剣が握られている。
美しい澄んだ海の色を想像させるそれは、輝々としてその存在を全面に出している。
コツコツと剣を持つ腕を前に差し出し、男に近付く。
放心状態だった2人の男は、抱えていた子供達をバサっと落とすと、「あっ…あ…」と言葉にならぬ叫び声を上げ入口の方へ転びそうになりながら走り出す。
シスターリリーの首元を当てた短剣の刃先が皮膚を傷つけ、血がうっすら滲み始める。
「ど…どけ。わか…って…」
いるのかと全て言えずに男は、ぐはぁと血を吐く。
男の目は驚きで見開いて、羽交い締めにしていたシスターリリーから力なく体が崩れ落ちる。
グサっと男の胸に深く突き刺さった剣が引き抜かれ、血が滴り流れ落ちてゆく。シスターリリーはそのまま何も言えず、座り込んでしまう。
目の前にいる姿を変えてしまった少女に釘付けになり、体が小刻みに震えている。
「こいつだけでも連れて逃げるぞ…い、いそげ」
いつ二階より降りてきたのか、修道女見習いの少女が男達に捕まっていた。見習いの少女はこの惨状に自失呆然となり固まっていた為、男達に捕まっても暴れることはなかった。
振り返った琥珀色の瞳が、僅かに男達の方向に動く。
「えっっ…、なんだ!」
男達の周りにヒューと風が吹く。外ではなく室内の中で。
円形に囲んだ風は、ゆっくりと上へと巻き上げていく。
そして首にまでくると、ヒュッと鋭利の刃物の如くその首を切断した。
「ひぃぃ、」
固まっていた修道女見習いの少女は腰を抜かし、座り込む。
「ば、化け、物」
壁の方へ体を震わしながら、両手を床にして座り込んだまま後ずさる。
「…琥狼だと…」
その時、修道院の入口に青年と数人の騎士達が立ち竦んでいた。




