第3話 永劫の終わり
「私に話しがあるんじゃないのか?アル」
部屋の奥で本を読んでいたムーランが顔を上げた。
机の上には、魔導書や魔術書が多く積み上げられている。実験器具が乱雑に並べられた台には、希石と呼ばれる鉱石が置かれていた。
それぞれ、赤や青や緑に輝いている。
「…僕には教えてくれないんですか」
アルベルトはムーランの部屋に作られている研究室の中にいる。諜報部隊を指揮するムーランだが、任務がない時はだいたい研究室にいることが多い。
アルベルトもジルウィートも諜報部隊に所属している。ジェス村の件終わった後は2人とも、ルイの直属を兼務することになっている。
「そんなことはない。私は混乱しているのだよ。アル、私は愚か者で何も分かっていなかったことに、押し潰されていたということだ」
力なく笑うムーランに、いつもの豪胆さはない。
「何を分かっていなかったんですか?」
「私のすべてさ」
「それはどういう…」
「アル、もう永劫はない。今、この時を生き、そして死んでいく。本来、あるべき者の姿に戻った。聞きたいのはこれだろう?」
「…」
ユズの心を取り戻した後、アルベルトは自身の変化に気付いた。
何百年と生きた体は成長が遅い。ほぼ変わらずに生きてきた。しかし、その成長速度が今までと違う。
「心配しなくても呪いが解けたといって、体がすぐ朽ちて消えたりせん。アルは私と出会い、同じ永劫となった時、その時から進むだけよ。何も変わりはせん。今までお前が身につけた力もすべて、そのままだ。ただ、死ぬ体になったという事を忘れるな」
僕はジルやユズ達と同じになったんだ。置いていかれることない。同じ時を同じだけ生きる体に戻ったんだ。望んで今までいたことに後悔はない。自分で決めたことだ。でも、僕は彼女と同じ時を、今からずっと生きていけることが嬉しい。
…ムーランは呪いと昔から言っていた。それが解けたのはいいが、その理由はわからない。
「ムーランさま、ちゃんと教えて下さい。僕は永劫が終わったといえど何も変わりません。あなたは僕にとって師匠であり姉にように大切な方であります。ムーランさまが何故呪いを受け、永劫の時を何のために使っておられたか。知りたいのです。そして、少しでも役に立ちたいのです。それは僕のわがままでしょうか」
今まで共に暮らすようになってからアルベルトは、理由を一度だけ聞いたことがあった。しかし、ムーランは自分の呪いという事以外は話してくれなかったのだ。アルベルトを巻き込む必要はないと言った。
弟子として従うことは当たり前だ。しかし後は自由だった。何をせよとも言われなかった。
「お前は昔から、本当に優しい子だ。変わらんな」
「僕は子供ではありません」
「あははっ、そうだな。宮中の女にモテていると聞いてるしな」
「そ、それは関係ありません。僕など、その対象にすら入らないほどの男ですよ」
「ほぉ、それはおもしろいな」
ムーランは外を眺めながら笑っていた。
「アルベルト、まだ詳しくは話せんがいずれはちゃんと聞かせる。だから一つだけ頼みがある」
「何でしょうか」
アルベルトの側まで来ると、耳元でボソっとつぶやくようにムーランは言った。
「あれは———だ。だから、守ってやってくれ」
「!?」
驚いた。それ以上だ。そして、ムーランが後でこの真実について聞かせてくれるなら、アルベルトもそれまでは待たなくてはならない。
「分かりました。僕が生きる全部の時間をかけて」
「すまないな。アル、ありがとう」
これからのアルベルトの生き方が決まった瞬間だった。
⚫︎
夜王は窓の外を眺めながら、古の約束を思い出していた。
つまらぬ者なら、すぐにでも終わらせてやろうとも考えていたのに、今回ばかりは感謝さえしている。
目を覚ましたら自慢しなければなりませんね。見届けず眠りについたことをさぞ、残念がるでしょう。小細工はしていたみたいですが、代償もなしにしておきます。ただし、貸しは高いですよ。この世が終わろうとも、まぁ、離れる気はありませんが、ククッ…
自分をここまで惹きつけ、何事にも変えがたい喜びを与えた。
早く伝えたいですねぇ。悔しい顔が目に浮かぶ…創造神。
空のさらに上、人間など知る由がない場所。その場所に思いを馳せる。
⚫︎
宮の居間に入ると、すでにマリーがお茶を並べていた。キールとキーグは鍛錬場へ、ルイの代わりにその足で出かけて行った。
両腕に抱えられていたユズは、奥の長椅子に降ろされる。その横にルイが座ったのを見て、立ち上がり場所を移動しようとすると腕を引っ張りれ『座れ』と目で訴えられた。
前にも似た様な場面があった…気がする。
そんなことを考えていると、ユズの後ろに夜王が立っているのが見えた。
「マリー、今いる者を居間に呼んでくれるか?」
「はい。呼んでまいります」
トレーを手に持つと、マリーは居間を出ていく。
「私が呼んできます」
「座ってろ」
まったくと愚痴られてしまった。
「ルイさま、伝令の方から至急の取り次ぎを求められてます」
先ほど居間を出たマリーが戻って来る。少し困った顔をしており、判断出来ない相手からなのだろう。
マリーは幼いけれど、伝令が誰付きであるぐらいは見れば分かる。至急という用件を待たせるか、すぐ対応するかでも相手が限られていた。
「通してくれ」
「かしこまりました」
マリーが部屋を出ると、ルイは応接室へ移動する。
護衛であるキールとキーグは今不在のため、ユズはルイと一緒に応接室に行くと後ろに立つ。『ここにいろ』と言いたげだが、こればかりはそうはいかない。夜王もユズの隣に立っていて、完全に普通の臣下のフリをしている。
「……」ルイも後ろを見たが、何事もなかったように伝令を呼んだ。
「失礼致します。国王陛下より言付けを預かっております」
部屋に入るなり伝令は片膝を床に付け、頭を下げた。
「至急というのは、何用だ」
「今すぐ、ユズ殿に国王陛下がお会いになりたいとの事でございます」
「…」
伝令はルイの後ろにいるユズを見る。
「今すぐ?」
「はい、至急にとの仰せでございます」
ユズは一度だけ国王陛下と会ったことがある。ルイと一緒に王都に来た時にだ。少し顔を見た程度だけなのだが、指名をされたのはもちろん初めてだ。
もちろん断るなんて出来る訳はないのだが、ルイは考えこんでいる。仕える主であるルイが返事をしなければ、ユズも話すこともない。
「私ともう一人、後ろに仕えている者も同行させるがよいか」
「はい。ユズ殿だけとは聞いておりません。では、お待ちしております」
もう一度頭を下げると、伝令は応接室を出て宮を出て行った。
「あ、あの…、たぶんザールの町とジェスの村は、人が住めない状態ですよね…それに対する…」
聞いてはいなかったがあれだけの爆発が起きたのだから、咎められてもおかしくない。
「それはない。あの件に関しては、ユズに感謝しておられたぐらいだからな。別の用件だろう」
「え…そうですか…」
思わずユズは身構えてしまっていた。
「急ぎとはいえ、ゆっくりでいい。体が痛くなったりしたら必ず言え」
「…分かりました」
銀の巫女の話しは後ですることになり、応接室を出て王の間へ行くためにルイの宮の扉を開け衛兵に声をかける。
そのまま一階へは降りずに、渡り階段を使い王宮の王の間へ向かった。




