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琥珀と銀狼  作者: シロ
第3章
17/24

第1話 目覚め

明るい日差しが窓から入ってくる。

数日前の出来事が嘘のようだ。


しかし、まだ終わっていない。

ベットの上で眠っている娘がいる。

左の額から、左目の横、左頬にかけて大きく包帯が巻き付けられていた。布団を軽く掛けた中、身体中も包帯で巻かれている。


回復術が追いつかず、時間をかけてしか治す方法がない。


あの日から、ずっと眠り続けている。


今はルイを始め、ジェス村に行った者たちは、国王陛下に呼ばれ、謁見中である。

ここに眠る娘、ユズを心配して、キーグだけは彼女の付き添いとして残っている。ユズを主と認めた悪魔の夜王が残ると言い出したが、存在があまりにも大きいので、陛下の許可を頂くという名目で連れて行った。


ムーランもやっと普段と変わらぬまで元気になった。どうして、そこまで自身を見失うまでになったかは分からない。


ベットの側にある椅子に腰掛けると、キーグはユズの頭を優しくなでた。


「早く起きないとマリーが泣き止まないぞ。掃除をしながらも泣いている」


ジェスの村に着いてから翌朝まで眠っていたマリーは、ザールの町とジェスの村が壊滅したことを後で知ったのだ。そして、ユズが今も眠り続けている姿を見た時、大泣きして自分のせいだと責めていた。


『マリー、ユズが聞いたら怒るぞ。誰も悪くない。一番頑張ったユズが、目を覚ましてくれなくなってしまう。だから、元気でいろ』


ルイがマリーの頭をガシガシとなでると、笑って言った。


本当はキーグは知っていた。

ルイが一番自身を責めていたことを。

ユズの心を取り戻す時に、一時的だが意識を失った。その時に、ユズの心に触れたのだと。その内にあるモノを見たルイは驚いた顔をして、そして、悔しさを噛み締めたようにもしていた。だから、夜王の支配領域に届けば引っ張り出せると言った意味を理解したことも。


『俺は何もしてやれなかったよ。キーグ…。自分が無力すぎると思わなかった』


顔を背けていたが、足元に涙が落ちていた。あんな姿を見たのは初めてだった。弟のように小さい頃から、いつも一緒に育ったルイ。キーグにとって、兄のキールも同じ、大事な守るべき主。そして、それは一生変わることもない。


そんな主が、何よりも大切にしている存在。

もちろん、簡単に何事も進まないことも分かっている。守りたいと思う者は、誰しもが恐れる。だから、始めは反対もした。

自ら危険の中に突っ込んでいく必要などない。なのに、平気でそれをしてしまう。


父君、母君が亡くなった時も、兄上たるロイがルイの周りのモノを奪っていってしまった時も、ただ黙って見ていただけだった。

取り戻そうと思えば、どういう形でも出来たのにしようとしなかった。ありのままを受け止めて、全てを諦めていたように見えた。


だが、今は違っている。

恐れる存在は、そうではないと断言した。

手元に置くことを強く望み、誰の言葉も聞かなかった。


排除しようとする者から、無理矢理でも従わせようとした者から、主は守ることを決めたのだ。


誰からも奪われないように、守ることを。


しかし、今、眠っているユズを危険と分かっていて行かせることになった。他の方法が見つからなく、了承させてまで、危険と知らせても、行かせたくなくても。何を選んでも、結果は変わらなくとも。


「ルイさまも、仕える者も、ユズ、お前がここにいるのが当たり前になった。なのに何故、まだ眠っている。戻って来たのなら、早く起きろ」


暗くなってしまった、笑わなくなってしまった皆を、元に戻せるのはユズだぞ。と擦れた小さい声で言った。



⚫︎



その夜は心地の良い風が吹いていた。

あの時に見た彼女の心の中にあった闇、底の見えない暗い闇。しかし、闇にある氷の壁は僅かに溶け出している。けして心地の悪いものではない。優しさが溢れる、ただ、とても寂しくて悲しい、孤独…。夜王の領域でしか救えない。その事実にやるせなさが支配したが、逆にまだ自分が守れるものがあるかもしれないと感じていた。


ユズの顔にかかった髪を、そっと指で触れた。

閉じた目は、まだ開くことはなかった。ただ、青白かった顔色が少し赤味を付けたように見える。

ゆっくりと上下する胸の動きが、生きていると実感させ、届かなくなったのではないとルイを少し落ち着かせた。


ふぅと息を吐くと、椅子から立ち上がり窓にかかるカーテンを少し開けた。

丸い月が、こちらを見ている。

そんな不思議で、普段なら思わないことを感じていた。


あれから10日が過ぎた。


ルイの宮の中は、静かだった。暇さえ出来れば誰かがユズの部屋に来ている。陛下からも、治療に専念させよと言葉を頂いた。

ユズが動けない分、夜王が掃除をしたり、簡単な任務を代行している。


「俺ら、後から殺される?」


ジルウィートが驚きのあまり、顔を引き攣らせていた。その夜王も、今は出て来ていない。信用はしているが、今ひとつ何を考えているか理解できないところが多かった。


「琥狼って、何だろうな」


ふと、思った。

琥狼だった男は、体があの時にいた死霊と同じ様に砂粒になり消えていった。

もう蘇ることはないだろう。


髪の色や瞳の色に、意味はあるのだろうか?


直接、聞こえた声は誰だったか?

伝承の一節が少し変わったように思えた。


ユズの枕元に置いてある銀の首飾り。

また淡い緑色に光っている。ほのかに光る飾りは、眠りを邪魔するのではなく見守っているかのようだ。


「あの時、手を離してしまった。何よりも危険な場所へ行かせてしまった。俺は何も出来なかった。こんなにも大切なのに…」


無事に戻って来たと夜王は言った。でも目を覚まさずに、ずっと眠ったままだ。

眠っているユズの顔が見れなくて、丸い月をただ見つめていた。

どれくらい見ていただろうか。そろそろ窓のカーテンを閉めようと手を伸ばした。


「…ルイさま」


小さな小さな声。でも、しっかりと聞こえた自分の名前。ベットに慌てて戻り、ランプの火を灯した。


うっすらと目を開けて、ルイを見ている


待ち望んだ瞳が、ルイを見ていた。


「…おはよう。ユズ」


ユズの顔に手を当てると、頬を優しくなでた。

堪えていなければ、涙が落ちそうだ。


「おはようございます」


擦れた小さい声。でもはっきりと聞こえる。

ルイは、ユズの手を握ると自分の額に押し付けた。


「良かった…本当に良かった。目を覚ましてくれて」



⚫︎



握られた手が震えていた。

温かい感触が伝わってくる。


 あたたかい。


まだ何だか全部がぼやぁとしていて、幻を見ている様だった。


「生きてる?」


不安になって、思わず聞いてしまった。

握られていた手の力が強くなってくる。


「ああ、ちゃんと生きている」


ルイの顔がぼんやりと見える。

目に涙があった。

それが頬を伝い、ポツリとユズの腕に落ちる。


「…すみません」

「謝る必要はない」


嬉しいだけだとルイは言うと手を離して、涙を拭き取っている。


「水飲むか?」

「はい」


起き上がろうとすると背中に手をまわし、ゆっくりと起きるのを手伝ってくれていた。予備の上掛けの布団を丸め、背もたれとして置くと、水差しからコップに入れ渡される。

口に含むと、冷たくて、乾いていた体を潤してくれるようだった。


「…み、みんなは?」

「待て、後でゆっくり説明するから。今は無理をするな」


どうしても聞きたかった。


「みな無事だ。心配はいらない」

「良かった」


少し気が抜けたかもしれない。

自然と頬が緩んでいた。


口に手を当てているルイの姿が目に入ったが、瞼がどんどん重くなる。

意識を保っていられなくなり、いつの間にか眠ってしまっていた。




「……ユズ?」


コップを持ったまま動かなくなってしまったユズを見て、びっくりする。顔を覗き見ると、目を閉じていて寝息が聞こえていた。


背中に置いた上掛けを取ると、傷に触れないように寝かせる。


「…あれはダメだ」


ルイの顔は真っ赤に染まっていた。



翌朝、全員がユズの部屋にいた。

昨晩に目をやっと覚ましたと、ルイが早朝に皆を集めて言ったからだ。

少しだけだっが、ちゃんと会話も出来たし、ジェスの村に行った皆を心配していたことも伝えた。


眠る前に見た、あの彼女の顔を思い出すと、ルイの表情は正直な反応をしてしまう。


 絶対に誰にも見せられない。あれはユズの本来の素なのかもしれない。


ジルウィートが不信そうにルイの顔を見ていたので慌てて「何でもない」と手を左右に振る。


「まぁ、とにかく、起きるのを待ちましょう」


夜王が笑うのを堪えるように言う。

ルイが昨晩、何を見たのか知っているようだ。

指を1本、自分の口に当てると「黙っててやる」と言いたげにルイに視線を送っていた。


 …いつから見ていたんだ。いや、いつからいたんだ。


ルイは平静を保っていることに、必死になることになった。


そして、今朝はユズの目覚めが分かっただけで、宮の雰囲気は一気に変わる。

話し声が聞こえるようになり、バタバタと慌ただしく動き回るマリーの顔が嬉しそうにしていた。


「アルベルトさま?どうなさったのですか?」


ユズの部屋の壁を背に、何か別のことを考えているアルベルトにマリーがトレーに置いた茶を差し出している。


「え?あっ…なんでもないよ。マリーちゃん、ありがとう」

「アルは大丈夫だ。マリー、気を使わせたな」

「ムーランさまも大丈夫なのですか?ものすごくお疲れになったと聞いています」


差し出された湯呑みを手にアルベルトはムーランの顔をじっと見ている。

そして、心配そうにムーランを見上げているマリーに、「大丈夫だ」と言うと頭をなでてやっていた。



⚫︎



話し声が聞こえる。

とても慣れ親しんだものだ。

スーっと回りが白くなり、瞼がゆっくりと開く。


一度起きた時は辺りが暗く、ランプの灯りにルイがいたような気がした。

話しをしたと思う。記憶が多少抜けているが、ちゃんと少しはある。でも、またすぐに眠ってしまったらしい。


ズキっと頭に痛みが走るが、声のする方に目線を向ける。同じようにこちらを見ていた目と視線が合った。


「どうだ?気分は悪くないか?」


優し気な顔でムーランがユズに声をかける。


「お姉さま!?」


勢い良くマリーに抱き付かれ、「つぅ」と顔をしかめてしまった。


「ごめんなさい…お姉さま…」


目にいっぱい涙を溜めていたマリーが体から離れると、わぁーんと大泣きを始めてしまう。


「お姉さま、お姉さま…」


ユズを呼び続け、大粒の涙をぽろぽろと流していく。

右手をマリーの目元にあて、涙を拭ってやると引き攣る顔を我慢しつつ、ユズは笑って見せた。


「マリーさんが泣いていると、どうしていいか分からなくなります。だから、笑って下さい」

「ぐすんっ、はい!」


やっと泣き止んだマリーは、えへへっと可愛らしい笑みを見せた。そして、ムーランに向き直る。


「ムーランさま、大丈夫です」


マリベルもキールもキーグも声にこそ出さなかったが、目が赤くなっている。ルイはキーグの背中をさすりながら、「良かったな」と言っている。


ジルウィートは「遅いんだよ」と顔を背けながら、泣くのを堪えていた。その背中をアルベルトがぽんぽんと軽く叩いている。


「ユズ、本当に良かった」


アルベルトは少し苦しそうな顔をしたが、すぐ元に戻してしまっていた。


「…大丈夫ですか?アルベルトさま」

「師匠でもなく、アルでいいって言ってるだろ?」


いつもの調子だが、何故か心配になる。


「少し体を起こしましょう」


夜王がユズの背に腕をからめ、ゆっくりと起こし始める。少し傷は痛むが、片手をベットに付き支えられながら起き上がった。


「心配をかけて、申し訳ありません。みんなが無事で本当に良かった…」


全員の顔を改めて見ると、ユズは頭を下げた。

すると、「そんなことしなくていい」と言われ、手厚い看護を毎日、受けることとなった。

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