第7話 それぞれの想い①
移転先に着いた場所は、集落の見える何もない所だ。
しかし、空気が張り付くように感じる。生きる命の音がまったく聞こえない。
不気味だ。
少し先に見えるのが、たぶん、ジェスの村だ。
「一緒に来た騎士達はどうした」
「ザールに飛ばした。先にあっちの住民の避難を優先させた」
村に向かい歩いている途中に、ムーランに尋ねた。キールの姿も見当たらない。
「あっちはキールに任せたからな」
「そうか」
村の入り口に着くと、馬借が『あっ…』と口を開けたまま腰を抜かしている。
あれは…。
「尋ねるが、その馬と幌の荷台は私の部下が預けたのか?」
「は、はい」
そう答えるのが、やっとのように見える。
「マリベルはここで待機だ。怪我人がいたらすぐ治療を頼む。他の者はキーグの指示に従い、村の者を誘導し避難させろ」
「御意」
墓場に縄で縛られた男達がいた。その後ろには小屋が建っていて、入り口の引戸は壊されていた。
「アルの硬化魔法が働いているな。こいつらに話しを聞こうじゃないか」
ムーランは男達に近付いていく。
小屋の中から、杖をつき腰を曲げた年老いた男が出てくる。
「あなた様方は、マリーちゃんの…」
不自由の足を地面に付き、頭を下げる。
ルイは老人の前に行き、片膝をつけると頭を上げさせる。
「ご老人、マリーを知っているということは、3人の私の部下も知っているか」
「はい。私共を助けて頂きました。その縛られている者から」
「マリーは?」
「中で眠っております。旅で疲れた様子でしたので」
「詳しいことを教えてくれ」
陽も傾き、周りは暗くなっていた。
老人の話から、だいたいは予想は出来た。ムーランも男達の記憶を見てから、話しを聞いたようだ。その後の事は、伏せておこう。
話しはもう、出来なさそうだしな。
老人とマリー抱えたキーグには、先に避難させるようにと任せた。ルイとムーランは村長の家に行き、地下へ通じる部屋の片隅を見ていた。
「吸うなよ。一応、元は消したが残留分まではどうにもならんからな」
ポンっと自分の羽織っていた上着を投げて寄越した。
「お前は?」
「私を誰だと思っている」
「アル達は大丈夫だったんだろうか」
「ここにユズの脱ぎ捨てられた服がないのだから、どうにかしたんだろ。あいつでは、まだこれは消せん」
「……」
ここに微量に残る匂いの後。
そして、地下にいる若者達。
「おい」
「怒るな。見ろ、ガラスの壁が砕け散っている。これはユズだな」
地下へ降りると、一ヶ所、壁が壊れていた。ガラスで出来た壁だ。砕け散るというより、爆ぜた後だ。
「こいつらはもうダメだな。まともな生活は出来ん」
虚な目で、ただそこにいる若者たち。
奥に円陣がある。
「魔法陣だな」
ルイが赤く光っている円陣を見ながら、『なんのだ』と問う。
「だいぶ粗いな。転移用に置かれたものだ」
その時だった。
ゴーと激しい轟音が響く。
慌てて外に出ると、暗かった空が一気に明るくなる。
突風が吹き、周りの物を巻き上げていく。
「ザールの町の方向だ…、始まったな」
轟音が鳴り響くたびに、大地が揺れる。立っていられない程だ。
「ルイさま」
ザールの町の住人の避難を任せていたキールが、息を切らせながら走ってくる。
「避難は?」
「今回の無関係な者のみ完了しました。しかし、大変な事態になっております」
キールは剣を片手に持ったままだ。
「外には大量の死霊が徘徊しております」
再び大地が揺れる。空に炎の雨が振り落ちようとしていた。
後から追うものがある。炎は氷に掻き消されてゆく。
死霊達は、炎で焼かれ氷で凍らされて崩れ始める。
「ルイさま、集まった者はすべて、西の修道院へ転移させました。私たちも…」
「お前達は避難しろ。俺はユズ達の所へ行く」
「何を言っておられますか!」
「任せるしか、ありませんでしょ!」
マリベルとキールに必死に止められる。
「お前に何かあった時、一番取り乱すのは誰か分かっているのか」
ムーランがルイを見据える。
「だからと、俺だけ安全な所にいろというのか!無能でここにいるわけじゃない。…守りたいんだ。どんな時も側にいてやりたいんだ。好きな女を守ってやる自由も俺にはないのか!」
叫んでいた。
心の内を誰に見られようが、どうでもよかった。
初めて思うがままに、自分を曝け出した。
ある者の姿とルイが重なる。
『ーーは私の最愛の女だ。彼女を守るのは私だけだ。愛しているーーを守る自由も、私にはないというのか!』
マリベルとムーランの中に、鮮やかに蘇る。
助けられなかった、親友の大切な人。
助けられたのに、制約に縛られ守れなかった愚かな自分。
ルイの言葉が、その記憶を思い起こさせる。
「あははっ…。お前は良く似ている」
ムーランがつぶやく。答えるようにマリベルが空を見上げた。
「本当ですわ。まるで生き写し…」
「何がだ?」
「いいえ、何でもありません」
何もなかったように、平然とした顔に戻っていた。
「仕方ないな。主の言葉は絶対だからな」
諦めた顔でムーランが言った。「ほとんど魔力尽きたがな…まったくだ」とぼやきながら。
そして、誰も引き返す者はいなかった。
守るべき者を間違えるな。
守るべき命は、他の誰かじゃない。
ユズ、お前そのものだ。
今、そこへ行くから……。
ルイの想いが『そら』を舞う。