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琥珀と銀狼  作者: シロ
第二章
10/24

第6話 激突

ー 数日前 ー


執務室の机で肘を付いて、目の前の仕事を見る。

どうしても手がつかない。


旅は今のところ順調だとは報告を受けていた。

アルベルトとジルウィートは適応力に優れている。実力も言うまでもない。何よりもユズと気が合う。


 俺もそうなりたいのに。


ルイがいるとユズは身構えてしまう。

どこかで線引きをしているのが、良く分かってしまう。


はぁーと気が付くと、溜め息ばかりついていた。


「アピールが足りませんわ」


驚いて顔を上げると、マリベルがトレーにお茶を乗せてドアの前に立っている。そのまま入って来ると、机の上の書類を横に避けるとお茶を置く。


「アピールって、何のことだ」

「私に隠してる、おつもりで?全部、聞こえてます」


無意識に声にしていたらしい。

子供の頃から、ずっと仕えてくれるマリベル。ちょっとした仕草も、癖もすべて把握されている。まったく頭が上がらない。

心配なこともある。今だに結婚していなくて、それをいうと問題ないと返ってくる。


「隠してなんかないぞ」

「ルイさま、いろんな意味で自由がない身分でいるからと諦めていませんか?」

「そんなことはないさ。兄上が行ってしまってからは俺が…」

「私はいつでもルイさまの味方なのですよ。ロイさまはもう関係ありません。もっと、ご自分を出して下さい」

「そうもいかんだろ…」


見ているだけが、こんなに辛いとは思わなかった。

今まで、こんな気持ちにすらなったことはない。


 義姉上に抱いたあの気持ちすら、今は理解できる。まだ子供の自分が、初めて目にした小鳥の雛のように思い込んだもの。


あははと、乾いた笑いがもれる。バカバカしくて、昔の自分が愚かでしかない。


「いえ、違いますわ。守られるだけの方を、ルイさまは求められてません。ルイさまはちゃんと前を向いて進んで下さい」

「……、前か…」


 考えていることも、お見通しか。俺が求めるのは、地に足をつけ、何事からも逃げない心の強いものだ。それだけだ。


少し冷えかけた茶に口をつけた。



⚫︎



マリーの故郷であるジェスの村に着いたと連絡が来たので、安心して訓練の指導として鍛錬場に出向いていた。

ただ、ムーランが先読みして分かっているのはひとつだけ。村ですぐに何か起こるとは思わないが、胸にずっと引っかかっていることがある。


第2王子と領主の男爵の存在。


鍛錬場の端にある休息場で、訓練をしている騎士を見ながら考え込んでいた。


「ルイさま、すぐ宮へ戻り下さい」


走ってきたキーグが、床に膝を付き頭を下げて言った。


「何事だ」

「アルベルト殿から報告があり、すでにジェスの村は危険だということです。村人と付近の集落の住民の避難を要望しております」

「ムーランはどうした」

「人員の確保と、安全と思われる場所への通路を開いておられます」

「戻る」


キールとキーグを伴い宮へと急ぐ。


「4人は今はどうしている」

「現在、連絡は途絶えています。ただ、マリーは無事だと分かっております」


分かりやすかった。3人はもう戦闘状態に近いということだ。

不安がルイの体を支配し始める。


「俺もいく。準備を」

「!」


キールとキーグは驚きながら走っている。


「ルイさまはこちらに。我々が向かいますので」

「だめだ」


決意はゆるがない。


 もう見ているだけは、ごめんだ。

 届かなくなるのは、嫌だ。


そして、ムーランと選んだ信用が出来る騎士達、ルイ、キールとキーグ、マリベルがジェスの村へと向かった。


ムーランの転移術。移動先の緻密な計算が必要となる。

高等魔法術、膨大な魔力と技術を伴う。

同時に数ヶ所に転移術を行使できるのは、宮廷魔術士を名乗る者の中でも僅か2人(・・)だけである。



⚫︎



さっきまでいた部屋は瓦礫に変わっていた。

刀悟・香川が持つ剣の一振の威力で、部屋は館ごと跡形もなく崩壊したのだ。


「住人は避難済みか。手回しが良いことだな」


両手で持つ大剣、刃が広く長い剣を片手で持ち、地面を引きずらせながら歩いている。


「あんたじゃないからな」


へっと回りを見て辟易するジルウィートは、足元の足を蹴る。

崩壊した建物を中心に、円形に地面が盛り上がり始めた。


「ここに来てから、気持ち悪い事ばかりだ」


アルベルトの目の前の地面から、半身を出した者がいる。元“者”だろか。眼球は抜け落ち骨だけの者や、かろうじて人間の形を成している者。


死霊、アンデッドとも言われる。一気に地面から湧き出てくる。


「……」


空を切る音とともに、アンデッドの体は砂の粒に変わり消えていく。青く輝く剣。海の澄んだ青のようで、空の深い濃い紺碧のよう。

無表情で一言も声を出さない。唐突に現れた剣をユズが真横に振り抜く。さらにもう一度、反対側にいるアンデッドに向かい真横に剣を振る。円の半分を占めていたアンデッドが砂粒となり消えていく。


「死者にたいする、哀れみはないのか」

「哀れみ?」


冷ややかな声。氷のような目。周りを一気に凍らせていくようだ。



⚫︎



今まで感情があまり出せなくとも、それでも無愛想な程度くらい表情があった。

しかし、アルベルトとジルウィートのすぐ近くにいるユズを初めて見る。ただ顔に目や鼻や口がついているだけ。

色を失くした左目は凍てつき、右目の緑はガラス。

刀悟、琥狼(コーロン)と名乗った男とは比にならない威圧感にアンデッド達が後退り始める。


思わずアルベルトはユズの腕を掴んでいた。どこかへ彼女ごと消えて無くなるのではないかと不安になる。

ゆっくり振り返ったユズは、ほんの僅か笑みを浮かべた。

そして目を閉じる。


再び開く。そこにあったのは、白銀のうっすら光る瞳と赤みをおびた黄色。黄金のよう。甘く溶けるのではなく、凍てつく琥珀の瞳。


掴んでいた手を、ユズは自分の手で離した。

そのまま前に進んでいく。ユズを食い入る様に見ていたジルウィートの方と向く。


「あとは、お願いします」


前を向き直ると、そのまま、もうひとりの琥狼の刀悟の方へ歩みを進める。


そこにあったのは、2人の知らないユズであり、琥狼に変わり始めた姿だった。



⚫︎



 怖い。

 また同じ目で見られるだろうか。

 あの修道女見習いのように。

 ちっぽけな勇気が、自分を破滅させるかもしれない。


 彼らの笑顔も優しさも、もう見れないかもしれない。

 あんなのほっといて逃げれば良かったんだ。

 そうすれば私はずっと…。

 ずっと、いられただろうか。


 今はどうでもいい。

 そんなことは、後からいくらでも後悔したらいい。



⚫︎



瓦礫を踏み鳴らす音。

少し前を、こちらに向かい歩いてくる一人の娘。

少女では似付かわしくない。女ともなりきれない。

そう娘だ。


琥狼と呼ばれるようになった自分と同じ目。

片方は色を失くしているのに、それを思わせることなく存在を主張していた。

自分が炎なら、娘は氷だ。

相反する者。


この娘の威圧力は、刀悟を超えていた。呼び出したアンデッドが恐れをなしている。


おもしろいと思う。500年前にこの大陸を無にした時のように、それ以上に胸が高鳴る。自分を何かの神の使いと勘違いし、崇め奉った人間達をこの世から消し去った。

あの愚かな人間に感じた優越感は、自分という存在が最強の王となりたる者だと分かり愉快だった。


人間を消し、大陸を焦土化させた代償は激しい消耗。取り戻すのにこんなにも時間がかかると思わなかった。起きてみれば、この地にまた人が増え、国が栄えている。

ならば、根底から崩してやろうと始めたのが、この遊びだ。

王の器にもならぬ腑抜けた王子、虫ケラの如き下らない事をする人間に手を貸してやった。悪魔も巻き込んでやったら、まさか、頂点たるモノを騙るとは愚かで笑ってしまった。


干渉している者の気配はあったが、楽しめると放っていた。


 まさか、こんな大モノが釣れるとは。

 思い知らせてやろう。また絶望を与えてやろう。


刀悟の目の前まで来ると、まるで蔑むような見下すような目で見ている。あの瞳で見られると、ぞくぞくと背中に寒気が襲う。そして、娘の足元から霧が流れてくる。霧はこの周辺を一気に真っ白に変え、視界を奪う。

霧は徐々に薄れ、一気に消えた。正確には娘の体に取込まれて、吸収されたようだ。


「ほぉ」


姿を現した娘は別人となっていた。先に色を変えた琥珀色の瞳が、さらに輝きを増している。

何よりも力が漲ると分かる、それがあった。

風になびく長い髪。緑みをおびた美しい白銀。


氷の微笑。口だけを孤に歪める。誰をも魅了する美しさ。


「失礼があってはいけません。さぁ、全力をもって、お相手をさせて頂きます」


先ほど見た青い剣。それを構えると、一気に間合いを詰められる。


キーンと剣と剣が激しくぶつかり合い、何度も切り返す。

反動で猛烈な突風が吹き荒れる。

体に纏う闘気が反発しあい、地響きを起こし大地を揺らす。


大きく後ろへ飛び退く。


「それでは、この私も久々に私の全力を駆使して、お嬢さんの相手をしようではないか」


琥狼と琥狼。激突が始まる。


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