第46話 瀬戸内ダンジョン 攻略戦その12:決着!!
「人同士で殺し合うだと? お前ら原始ザルと我ら神聖なる帝国民が同じ人のはずが……。え!?」
倒れている状態から上半身を起こし、悲痛な叫びを放ったアヤ。
その声を聴き、馬鹿にして差別発言をしていた黒騎士だが、アヤの顔を見て動きを止めた。
「ま、まさか。いや、そ、そんな筈は無い。姫は、アーヤ姫様は十年前の転移事故でお亡くなりに……」
「ん? 姫? アヤは、お姫様なんかじゃないよ?」
有らぬ事を呟く黒騎士に対し、これまた天然な答えを返すアヤ。
しかし、これで黒騎士に隙が生まれた。
……ん。あ、まだ生きていたんだ。良かった。なら、タイミングを合わせて。
俺は視線の端で、もっそりと動くモノに気が付く。
視線を向けて瞬くと、向こうも俺に気がついてくれた。
また魔力を込めて回復している間に、己の中にある「光」の存在を、俺ははっきりと感じた。
「馬鹿な、そんな馬鹿な。サル共の中で姫が、姫様が生きて居らっしゃるはずも無い! だ、だが、そのお顔は亡きお后様にそっくり。ま、まさか?」
「どうしたの、騎士さん? もう戦うのは辞めようよ。アヤ、人が傷つくのは嫌なの!」
混乱状態の敵な黒騎士に対し、優しく戦うのを止める様に話しかけるアヤ。
その聖少女っぷりに、さしもの黒騎士も剣先を床に向けた。
……卑怯というなら言いやがれ。今だ!
俺がサムアップをした瞬間、銃声が数発ボスフロアーに響く。
「ぐわ! だ、誰だぁ」
狂気から正気に戻りつつあった黒騎士。
背後から銃撃を受けたことで、そちらに振り向く。
「アタシを舐めんなぁ!」
胸から下を切断されていたマイさん。
しかし、彼女は全身義体。
脳殻さえ無事なら、即死は無い。
にやりとニヒルな笑みを浮かべたマイさんは、更に拳銃を黒騎士に向けて撃った。
「このバケモノがぁ!」
動けないマイさんを切り殺すべく、俺に背を向けて走る黒騎士。
俺は最大のチャンスを生かすべく、大声を張り上げて立ち上がった。
「うぉぉぉ! オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」
加速呪の二倍掛け。
有効時間は十数秒にも満たないが、その間の俺の動きと思考速度は数十倍にもなる。
俺の視覚は、加速と脳内酸欠で白黒になる。
俺の叫びに気が付いたのか、ゆっくりと俺の方に振り返ろうとする黒騎士。
しかし、その緩慢な動きでは俺のスピードに敵うはずも無い。
……空気が重い。けど、ここで勝負を付けなきゃ!
俺の周囲では、空気が粘っこく感じる。
そして、少し動く度に空気の渦が起きる。
……今は余分な事は考えるな。目の前の敵を倒せ!
俺の思考の端では、アーヤ姫とアヤの事を黒騎士が呼んだ事が引っかかる。
しかし、歪んだプライドと差別心でいっぱいな侵略者。
黒騎士と、話し合うのは不可能だろう。
会話は出来ても理解し合えない敵。
今は殺し合う関係。
そして、俺が倒すべき相手。
振り返り、俺に向かって剣をゆっくりと突き出す黒騎士。
彼の剣先が音速近くなり衝撃波の波を作るのが、俺の視界に入るが既に遅い。
俺は、黒騎士の突きを簡単に避ける。
手の中に心の中の「光」を集めた。
そして、真言を詠唱する。
「オンハラレイキャ・ゴズディバ・セイガン・ズイキ・エンメイ・ソワカ!」
そして呼ぶ、神剣の名前を。
「神剣クサナギよ。わが敵を切り裂け!!」
手の中に金色の剣が、再び生まれた。
俺は、手の中の金色な神剣をスラリと横薙ぎする。
「ふぅぅぅ」
超加速状態が終わり、視界に色が戻る。
俺は黒騎士の横を高速、いや殆ど音速で通過し立ち止まった。
そして、大きく深呼吸をした。
ビュワァとボスフロアー内に突風が吹く。
そして、その後ドスンと重い音がした。
俺は、背後を振り返る。
そこには下半身だけの黒騎士があり、直ぐに力を無くして膝を付き、倒れた。
更に向こう側には上半身だけになり、呻く黒騎士があった。
「ど、どうしてぇ!? ひ、ひめぇ」
腹の切断個所から大量の紫色な鮮血を吹き出している黒騎士。
なおも動き、何か呟く。
「死ね」
俺は容赦なく、神剣で黒騎士の額を兜面防越しに突き刺した。
そして捻り上げ、上に切り上げて頭部を縦に切断した。
……これ以上、何かをさせてたまるか! 殺せるときに殺さなければ、アヤが危ない!
「お、おにーちゃん! おにーちゃん!」
俺の視界に泣き叫ぶアヤの姿が映る。
俺は手の中の神剣を放り投げ、アヤに飛びついた。
「アヤ、アヤね。あの人ともっとお話しをしたかったの。殺し合いなんて、したくなかったの」
「うんうん、俺も殺したくはなかったよ」
俺の胸の中で泣くアヤ。
俺の頬にも涙が流れた。
「でもね、でもね。あの人、アヤの話を聞いてくれなかったの。最後まで人を殺す事しか頭になかったの!」
「うんうん。アヤは一生懸命頑張ったよね。俺は知っているから」
震える小さなアヤの身体を抱きしめる俺。
この暖かくて優しい命は絶対に守るべき存在。
その為なら、俺は手を血で汚すことなど一切気にしない。
「おにーちゃんも殺し合いはしたくないのに、殺し合いになっちゃうの。アヤ、もう嫌だよぉ」
「ああ、俺も殺したくなかった。でも、アイツが生きていたら皆が殺される」
アヤは自分の事より、俺が黒騎士を殺めた事に悲しみを感じている様だ。
「優しいおにーちゃんを人殺しにしちゃったの。アヤ。もう、嫌だよぉ!」
「アヤ、俺は大丈夫だよ。何があっても俺はアヤを守る。その為なら敵を殺しても構わない。大好きなアヤを守る為なら後悔なんてしない!」
アヤを泣かせてしまった後悔。
そして人殺しの後悔。
俺の心は痛みを覚える。
……こんなところで負けていられるか! 敵からアヤを守るのが俺の使命であり、望みなんだから。
「おにーちゃん……」
「アヤ……」
涙で濡れて鼻水まで出したアヤ。
俺も顔が涙でびしょびしょだ。
二人、顔を見合わせる。
そしてお互い、眼を閉じ唇を近づけた。
・
・・
「う、おっほん。お二人さん、ラブシーンの途中なんだけど、ごめんね。そろそろ逃げないとダンジョンが崩壊しはじめたんだけど?」
「え、あ!」
「う、え! は、恥ずかしいよぉ」
マサアキさんの掛け声で、びっくりした俺とアヤ。
アヤは事態に気が付き、耳まで真っ赤になって俺の胸で顔を隠した。
気が付くと、俺たち二人の周囲には痺れから回復した仲間たちがニヤニヤ顔で居たのだ。
いや、ひとりナナコさんだけは涙を浮かべていた。
「……やっぱりアヤちゃんには勝てないのね、ぐすん」
……ジャックさんに抱かれたマイさんすら、イヤらしそうなニヤケ顔なのは、どうかと思うぞ?
「え、えっとぉ」
「細かいところは、また後で聞くよ、ハルトくん。アヤちゃん、転移スクロールを早く起動して!」
「う、うん。マサおにーちゃん」
俺から飛びあがる様に離れたアヤが背嚢の中を探している間、俺は視線を周囲に向けた。
ボスフロアーにの床には、戦闘の傷跡が多数残されている。
しかし、そこには死体は一切残されていない。
黒騎士含めて、全てマナの塵になった様だ。
……黒騎士が出てきた『渦巻き』も一緒に消えたか。
ガタガタ、ミシミシと周囲の壁から異音が響く。
そして壁や柱、床にビシリと大きなヒビが入って来た。
「まだ見つからないの? 早く早く!」
「待って。えっとぉぉ。あ、あったぁ! 直ぐ使うね」
アヤが授業中に発表するように手を上げる。
そこには、赤い蜜蝋で封印されている羊皮紙巻物があった。
「起動! 転移!」
蜜蝋の封印がアヤの手で壊された瞬間。
俺達の周囲が虹色の靄に包まれる。
そして、一瞬の間に暗闇の中へ飛ばされていった。
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