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05 自分の葬儀を予約に来た彼女

 まだ十代だと思える若くて綺麗な女の人が、教会の内部を見て歩いている。

 椅子の背を少しずつ触れながら、ヒールの音をコツコツとたてている。

 

 一人で来られる方は珍しいと孤児は思いながら、神父へと女性が見学に来ていると伝えに行った。


 神父は慌ても急きもせず、ゆったりした歩調でその女性の元へと歩み寄った。

「気に入られましたか?」

「ええ。小さすぎず、大きすぎず、ちょうど私の親族と友人達が入り切ることができて、墓所の空きも素敵なところを見つけました」

「墓所?」

「ええ」

「どなたかが亡くなられましたか?」

「いいえ、まだ・・・、これからなの」


 神父は答えに詰まった。

 一瞬、この人が誰かを殺すつもりなのだろうか?とちょっと怖いことを考えてしまった。


「どなたかが亡くなる予定なのですか?」

「ええ。・・・・・・わたくしが」

 神父は声を上げそうになったが、必死で抑え込んだ。


「残念なことに、余命幾ばくもないと診断が下ってしまいました。なので、動ける内に自分の墓所と葬儀を行う場所を決めてしまいたかったのです」


「それは、残念なことです」

「ええ。まだ人生はこれから長く続くと思っていたので、どうやって諦めればいいのか迷ってばかりです」

「痛みや苦しみが酷いのですか?」

「それが、自覚症状が何もないから、なおいっそう嘘のような気がして、困ってしまっています」


「痛みや苦しみがないなら、今のうちにやりたいことをするべきではないですか?」

「やりたいことが多すぎて、どれにも手がつけられないのです」

「では、まず遺影を描いていただきませんか?何枚も何十枚も。元気な姿のあなたを思い出してもらえます」


「フフッ。そうね。それはいいわね」

「次に棺を選びましょう」

 孤児の一人が棺のパンフレットを持ってくる。


「今からご用意されるのなら、この枠の部分をオリジナルで注文することができます。バラの絵柄を彫ってみたり、文章を入れるのもいいかもしれません。あなたはどんな物を望みますか?人生で一番長く眠るベッドです。お好みのものを探さなければなりません」


「人生で一番長く眠るベッド・・・」

「はい。素敵なベッドを選んでください」

「二〜三日の間に考えて持ってきますわ。神父様、私は早ければ三ヶ月後。長ければ一年後のお葬式の予約です。お願いできますか?」

「もちろんです。私共も精一杯尽くさせていただきます」

「ありがとう」


 三日ほど経つと、また彼女がやって来て、今度は両親と三人でやって来た。

 まるでドレスをねだるように「墓所はこの場所がいいの」とねだり、両親はまだ状況を飲み込めていないのだろうけど、最後の望みとして、受け入れ、彼女が望んだ一角を予約した。


彼女は「みんなには内緒ね」

 と言って枠の部分を彫る図柄を私に渡して、棺も自分の好みのものを選んだ。

「遺影は今、家で描いてもらっているの」

 そう、楽しそうに言い「両親も一緒に並んで描いてもらっているものもあるのよ」とそれは嬉しそうに言った。


 葬儀の間に流す曲を決め、葬儀をとり行う神父は私をご指名下さった。

 開始の時間を決め、この後ドレスショップに行って、長い眠りに着るドレスも探しに行くのと言っていた。

 

 ご両親は悲しそうな顔をしながらも、娘が決めていく葬式の予約のお金を払って、帰っていった。


 神父から見て、彼女にどこにも死の影など見えなかった。

 彼女は時折やって来ては、墓所の周りを花畑のように飾り立てた。

 色とりどりの季節ごとに必ずなにかの花が咲くように。


 彼女の姿が見られなくなり、久しぶりに見た彼女は、酷く濃い死の影にまとわりつかれていた。


「神父様、ありがとう。神父様のおかげで、最後の時を無駄に生きずに済んだわ」

「そうですか?」

「ええ。私の葬儀の予定、そろそろたててくださいね」

「残念です」

「ええ、本当に残念だわ」


 両親が迎えに来て、彼女は連れられて帰っていった。

 神父が生きた彼女を見たのはそれが最後だった。


 約一ヶ月後、彼女の葬式の日が決まった。

 孤児たちは教会内を彼女が予約したとおりに準備を進めていく。

 彼女が用意した選びに選びぬいたのだろう。眠るのに邪魔にはならず、でも可愛らしさがあるとても彼女に似合うドレスを着せられて、安置され、枠に彫られた文面を皆が読む。

「お父様、お母様、私を愛してくれた沢山のみんな、本当にありがとう。今日という素晴らしい日を迎えられて私は幸せです」

 と彫られていた。


 その棺を見て多くの人が泣き崩れ、遺影の弾けるような笑顔に、逝くのが早すぎると泣き、棺の中のドレス姿に皆「早く起きなよ」と声をかけた。


 彼女が言った通り、この教会の大きさで葬儀に来られた人々はピッタリと収まった。

 

 神父はいつもより長い、彼女との思い出を話し、彼女が賢明に生きたことを語った。


 どれだけ時間を伸ばそうとしても、終わりの時間はやってくる。

 花がいっぱい飾られ、棺の蓋が閉められて、墓所へと運ばれた。

 人々の涙が枯れることはない。

 沢山の花が飾られ、彼女は地中深くへと埋められた。

 その周りに新たな花が植えられ、可愛らしい女の子が眠るのにふさわしい寝床になった。

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