01 結婚式場から見た結婚には夢がない
結婚式で起こったできごとです。
リンゴーン。リンゴロン。と教会の鐘がなる。
真っ白いドレスを着た綺麗な花嫁さんが幸せそうな笑顔を振りまいて素敵な花婿さんと二人で階段を下りてくる。
この二人は衣装を着る寸前まで取っ組み合いの喧嘩をしていた。理由は新郎が口を滑らせたことが原因だった。
「君のすっぴんを初めて見たよ」
たったそれだけのことだった。
そのすっぴんが美しいと思ったのか、ブサイクだと思ったのかはしらない。
でも、花嫁の癇に触ったようだ。
いきなり花婿に掴みかかり、顔面に爪痕を三本残して、満足してウエディングドレスを身につけた。
が、新郎は納得いかなかったのだろう、さんざんごねて、結婚しないと言い出した。
せっかくお客様方も二人の幸せな姿を見に来たのだからと新婦が説得して、二人を並べ立てることに成功した。
教会の裏手の生け垣に囲まれた向こう側に孤児院が併設されている中規模の中でも大きい部類の教会。
時には結婚式、時には葬式を執り行う。
併設された孤児たちにも時折仕事が割り振られ、綺麗な衣装を着て、花嫁さんのヴェールを持ったり、花嫁と花婿が歩く場所に花びらを振りまいたりする仕事が与えられる。
その日は、いつもよりいい食べ物が配給され、小さな子供達はいつも、結婚式が執り行われるのを楽しみにしていた。
だが、少し大きくなり、裏方の仕事を手伝うようになると、孤児院の子供達には結婚を夢見る者達はいなかった。
結婚式、葬式の裏側、それは壮絶なものだった。
誰かが何かを持ってくるのを忘れたと言い始め、それが伝播したかのごとく、あれもないこれも忘れたと言い出し、果ては花婿のせいにしたり、花嫁の迂闊さを呪う言葉を吐いていたり、互いの両親の悪口を言い合っていたりする。
それが、定位置に着くと、皆一斉に黙り込み、挙式が開始される。
花嫁や花婿が感極まって涙を流すことが多々あるが、あれは、明日からの生活を思って、絶望しているのではないのだろうかと思ってしまう。
幸せそうな笑顔の裏には、相手を許せないほどの亀裂を作っている場合もあるのだろう。
サインした誓約書を届け出さずに持ち帰ることも稀にある。
今日も今日とて、一組のカップルが朝早くからやって来て、互いに幸せそうに笑い合っていた。
珍しく忘れ物もなく、割と完璧に近い状態で結婚式が挙げられると、孤児院の子供達が思い始めていた頃、一人の女性が花嫁の元を訪ねてきた。
その女性は今にもはち切れそうな程大きなお腹をしていて、花嫁の友人だと言ったが、孤児たちはこれは揉め事の始まりで、最悪の状況になると思った。
一人の孤児が神父の元に、一人の孤児は新郎の元へとお腹の大きな人が花嫁に会わせろと申し出てきたと伝えに言った。
神父と新郎は慌ててやって来たが、孤児たちだけではお腹の大きな人を抑え込むことができず、お腹の大きな人は花嫁のところに辿り着いてしまっていた。
神父が穏やかな顔で「ご友人ですか?」と尋ねると「ええ。昔は親友だったんです」と花嫁が笑顔で答えた。
孤児はそっと新郎の顔を伺い見ると、これは真っ黒だとため息を吐いた。
花嫁は「その大きなお腹を抱えて態々(わざわざ)私達の結婚式に来なくても良かったのよ」と憐れむような顔をしてお腹の大きな人に言い、お腹の大きな人はその言葉に逆上していると孤児たちは思った。
「可哀想に、思った男に相手にされず、子供が出来たと知られた途端に捨てられるなんて、本当に可哀想だわ。私が助けられることがあればいいのだけれど・・・」
孤児たちは、この花嫁は全部知っていて、親友だった女を貶めているのだと理解した。
「ねぇ、あなた」
新婦が新郎を呼び寄せる。
「まだウエディングドレスを着てなくてよかったわ。結婚前にウエディング姿を見られるとよくないらしいから。本当に、彼女は可哀そうよね?」
新婦がちらりと新郎を見る。
新郎は花嫁に向かって何度も首を縦に振って「本当だね」と真っ青な顔で答えている。
お腹の大きな人は、新郎に向かって「この子はあなたの子よ」と言ってはいけない言葉を言い、新郎と神父は聞かなかったことにして、神父が「花嫁のお支度が遅れてしまいます。ご用意をお願い致します」と言って、お腹の大きな人を花嫁の前から連れ出した。
孤児たちは自分の仕事を着々とこなし、別の孤児は憲兵を呼びに行き、結婚式の邪魔をする人としてお腹の大きな人を教会から連れ出してもらった。
この辺は憲兵となぁなぁにお付き合いしていただいている。
教会としては、問題なく結婚式を終えることが大事で、兵士たちもそれを理解しているので、約半日(結婚式が終わった頃)ほど拘束した後、身元引受人がなくても解放する。
身元引受人が居ても、結婚式、披露宴が終わるまで解放しないという約束が出来ている。
その日の新婦はそれはそれは嬉しそうな笑顔で結婚式を終え、披露宴も完璧な笑顔で乗り切った。
新郎がかすかに震えてていたような気がしたのは、決して孤児の見間違いではなかっただろう。
孤児たちはその後のことは解らない。
知る機会がないので。
新郎新婦が幸せならいいのにと思う。
今日も結婚式の鐘がなる。
今日はどんな揉め事が起きるのか、何時か、一冊の本にまとめたいと孤児は思った。