表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

scene002_01

「君はまだ狙われている」


初対面の男性から真剣な顔でそう告げられたら、誰でも困惑するだろう。


黒インガの襲撃により、営業停止を余儀なくされたPALCO周辺の大通り。


その手前、辛くも被害を免れたものの、閑古鳥に占拠されてしまったカフェの中で、私は見知らぬ男性から警告を受けていた。


店内から大通りを見やると、キープアウトと印字されたテープの向こうで、重装備の警備員たちが慌ただしく作業している。


犯人は倒されたけど、あの人たちにとって事件は何ひとつ片付いていない…いや、そもそも何が起きたのかすら把握できていないのだろう。


私だって。


ターゲット、つまり誰よりも当事者だったにも関わらず、私には犯人の目的・意図・背景の何もかもがわからない。


…そう、ターゲットだったのは間違いないと思う。


私にだけ向かってきたロボット、助けてくれた睦月、そして何より黒インガの「ヨシノ」という言葉。


黒インガが名指ししてこなければ、いくらか現実逃避のしようもあったかも。


けれど、面と向かって名前を呼ばれてなお偶然に期待できるほど、私は楽観的じゃあない。


それでも、まだ「終わったんだ」という安心はあった。


駐車場の2階から見下ろした黒インガは、鉄製の騎士に貫かれて完全に沈黙していた。


それで、事件の幕は降りたんだと、そう安心していた。誰だってそう思うはず。


人生で初めて直面した命の危険、極度の緊張状態。そこから解放されて、埃の溜まったコンクリの床にへたり込んでいた私に、今度は生身の人間が声をかけてきた。


深緑のジャケットに包まれたがっしりとした体躯、無造作に掻き上げた癖毛、精悍な顔つき。日常で見かけたら、アウトドアマンだろうかという印象こそあれ、不審に思うような出で立ちではない。


しかしシチュエーションは、ただでさえ人の立ち入らない廃屋。非日常にも程がある体験に混乱していた私にとって、警戒しない理由は無かった。


そこにきて、追い討ちをかけるような「まだ狙われている」という宣告。


困惑する。


でも、明らかに怪しい見知らぬ男性と、アイスコーヒーを挟んで向かい合っているのは、それなりの理由があった。


彼は、睦月の現オーナーなのだ。




1時間ほど前。


黒インガと死闘を演じた睦月は、私以上にびくともしなかった。


ややあって、その様子に気づいた私は、その場における唯一の味方の異変にひどく狼狽えた。


放っておくわけにはいかないけど、女子高生に持ち運べるような重さでもない。

そもそも、持ち出したとしてメンテナンスの当てが無い。


どうしたものかと、しっかりして睦月などと声をかけていたとき、


「睦月は心配いらない。それより、ここに居ては危険だ」


そう言って現れたのが、彼だ。


「だ、誰!?」


「その警戒心は正しい。しかし、悪いが今は悠長にアイスブレイクしてる時間は無いんだ。じき、新手がここにやってくる。逃げるぞ」


手短にそう言われて、私は動くことが出来なかった。


腰が抜けて、立ち上がれなかったのだ。


情けなくも何とも無い。あれだけのことがあって、むしろ今までよく倒れなかったものだと、我ながら思う。


「あ、足が…」


「なんだ、動けないのか?」


まるで生まれたての子鹿のような私の様子に、彼は真剣な顔で辺りを見渡すと、その場に片膝をついて黙り込んだ。


「…どうしたの?」


気分でも悪いのかと思い声をかけた瞬間、今度は勢いよく立ち上がった。男ではなく、睦月が。


不意のことだったので、小さく悲鳴をあげてしまう。そんな私に


「大丈夫だ。俺が操作している」


そう言いながら、男がゆっくり腰を上げた。


「あなたが?」


「ああ。睦月は、俺のインガ…IMGアバターだ」


「どういうこと?」


「すまない、話は後にしよう」


と、睦月が私を担ぎ上げ、男と共に勢いよく走り出す。


「あなた、何者?」


「それも後で話そう。口を閉じてるんだ、舌を噛む」






そうして旧市街から抜け出した私たちは、落ち着いて話せる場所を探し、現場近くのカフェに入ったのだ。


そして、冒頭の通り「狙われている」と。


「……ごめんなさい、あなた…」


「陽計だ、陽計啓介。名乗り遅れてすまないな。君のことは知っている。染井ヨシノさん、だね?」


「え、ええ。でも、なんで?」


ヒバカリと名乗った彼は、間の抜けた私の問いに微笑み、


「それは、なぜ君の名前を知っているかってこと?それとも、なぜ助けたのか?いや、睦月を連れている理由?」


「いや、えっと…」


「もしくは、なぜ君が狙われているか?」


思わず、息を呑む。


「全部、です」


「だろうね。だが、すまない。君が狙われている理由は、俺にもわからない」


「そう…」


「しかし、誰が君を狙っているのか、それは知っている」


瞬間、脳裏に四本腕の怪物が浮かんだ。


ヒバカリさんが睦月を動かしていたように、あの黒インガにもオーナーがいる。もちろん、そのことには気づいていた。


でも、いざ「自分を狙っている人物」と認識して考えると、また違った怖さがある。


蜘蛛型ロボットでPALCOを襲撃し、黒インガで旧市街まで私を追いかけてきた、黒幕。


はっきり言って、私は誰かに狙われる謂れは無い。


清廉潔白とは言わないけど、誰かの恨みを買うなんてこと、ないはずだ。


「誰、なんですか?」


名前を言われてもわからないだろうけど、知らないよりは良い。


それぐらいに思っていた私は、ヒバカリさんの答えに言葉を失った。


「…君の、お父さんだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ