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黒い肢体に、血塗れたように真っ赤な頭部。眼窩のない骸骨のような面は、悪趣味にも程がある気味悪さ。


無いはずの眼が、冷たくこちらを捉えている。


目の前にして初めて気づいたけど、腕が左右に2本ずつ。


異形、化物、奇怪。そんな言葉で言い表しようの無い、圧倒的な恐怖と存在感。


殺される。


もはや、逃げ出すという選択肢すら頭から消えていた。


どう考えても、このインガから無事に逃れることはできない。


諦めるとか死を悟るとか、そんな表現すら当てはまらない。


すくんだ脚は言うことを聞かず、まるで糸が切れた操り人形のように崩れ、私はその場にへたり込んだ。


睨めつけられた蛙に、蛇がにじり寄る。


ゆっくり、一歩ずつ。


そして、


「…ヨシノ」


「!?」


「ヨシノ…迎エ二、キタ、ヨ」


瞬間、右方向から何かが黒いインガに飛びかかり、金属とコンクリートがぶつかる騒音を立てながら吹っ飛んでいった。


見やると、黄色いインガが黒インガを組み伏せている。


「む、睦月っ…!」


良かった、生きてた。


無機物であるインガに、その感想はおかしいかもしれない。


でも、最後に見た彼の姿は明らかに窮地だったし、そもそも睦月は私にとって、一時でも生活をともにした家族だ。


さっき見たときより、あちこち傷や汚れがついているけど、暴れる黒インガを力強く押さえつける様子は、何より逞しく感じた。


でも、安堵する余裕は無い。


自身の胴に馬乗りとなって組みつく睦月に対し、黒インガは背面から伸びる2本の腕を絡み付け、強引に引き剥がす。


そのまま勢い任せに放り投げ、押し倒すように4本の腕で襲いかかり、今度は黒インガが睦月を床に押し付けた。


バキバキと、ヒビが入るような音がする。


何とか抜け出そうともがいている、睦月から。


このままじゃ…。


焦りを感じた次の瞬間、ひときわ大きな金属音が鳴り響くと同時に、腕が飛んだ。


回転しながら壁に叩きつけられ、床に転がるその部品は、黒インガの左腕部。


ボディが破損した衝撃で、一瞬、黒インガのバランスが崩れた。


その隙を衝き、睦月が上体起こしをするように跳ね上がって、敵を突き飛ばす。


立ち上がってファイティングポーズを取る睦月の右手には、刃渡り50センチほどの刀が逆手に握られていた。


どうやら、隠し持っていたアレを力任せに引き抜き、黒インガの腕を刎ね飛ばしたらしい。


一方、黒インガはかろうじて体勢を立て直し、残った右腕で破損部をあらためている。


まるで、信じられないものを見ているかのような仕草。表情も何も無い鉄の身体が、怒りと驚きで震えたように見えた。


一瞬の静寂。


次の瞬間、黒インガは獣のような咆哮を上げ、腕を飛ばした仇に突進していた。


見計らったように身を翻し、掠るだけで致命傷となりそうな体当たりを躱す睦月。


遠心力を活かした蹴りを背面に叩き込み、黒インガを突き飛ばす。


勢いそのまま、つんのめる3本腕の怪物。


辛うじて転倒を免れた巨体に、追い討ちをかけるように睦月が蹴りを放った。


2度、3度と連撃を加えられ、黒インガも抵抗したけど、堪えきれず壁に叩きつけられる。


それでも、まだ終わっていないと言わんばかりに体勢を立て直そうと足掻く怪物。が、睦月がこの機を逃すわけもなく、ダメ押しの一撃として大振りの前蹴りが見舞われた。


派手な音を立て、黒インガの背面が崩落する。空いた大穴に吸い込まれるように、怪物が瓦礫とともに屋外へと退場した。


獣の断末魔がこだまして、やがて砕かれたコンクリの土埃と静寂が駐車場を支配する。


脅威は去ったのだ。


睦月は、ラストの蹴りを放ち崩れた体勢から、膝をついて微動だにしていない。


数分…いや、数秒だろうか。


人型の機械同士が演じた、人には真似できない格闘の余韻に、私はしばらく身動きがとれなかった。


整理がつかない。


あの黒インガは、何者だったのか?


私のこと、ヨシノって呼んだ。迎えに来たよ、そう言っていた。


何が何だかわからない。


目の前の睦月だって、なぜ今になって姿を現し、私を守ってくれたのか。


所詮、機械は人の指示無くしては動けない。


自立型の最新ロボットだって、プログラムされた行動指針から外れることはできないはず。


つまり、今日私が遭遇したインガやロボットたちには、持ち主がいることになる。


もちろん、心当たりなんて、無い。


誰が、いったい何のために…?


堂々巡りする疑問の合間に、直面した恐怖がフラッシュバックする。


怖かった。


本当に、死ぬかと思った。


いや、今も心臓は跳ねるようにして落ち着かないし、浮かんでくる感情や思考は、何ひとつまとまりを見せない。


混乱している。


ただ、ひとつだけ確かなことがある。




私は今日、狙われたんだ。




やがて我に返り、ふと黒インガがどうなったか気になった。


あれほどの化物が、果たして3階…いや、ここは2階か。ここから落下した程度で、斃れてくれるのか?


もしかして、あの崩落した大穴から不気味に顔を覗かせてくる、そんな可能性は?


いやな想像に不安を掻き立てられ、壁の大穴に駆け寄り、階下を確認する。


…ああ、もう大丈夫。


この建物は、かつてのアウトレットモール。


大規模な商業施設は、とても1日で周り切ることができないので、休憩できる場所も必要だったのだろう。


そんな憩いの場として、腰掛けを兼ねた噴水が、おそらくは数箇所に設けられている。


その内のひとつが、この駐車場の真下にも。


噴水の中央には、いきり立つ馬に跨り剣を掲げる騎士があしらわれていて、黒インガは丁度そこに落下したらしい。


要するに、串刺しになっていた。


体液のように流れ出たオイルに塗れ、鉄製の騎士が血濡れたようにグロテスクな様相となっている。


そもそも、睦月が動きを止めている時点で、結果は明らかだった。


相変わらず身体の震えは止まらなかったけど、なんだか久しぶりに、ため息をつくことができた。

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