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scene001_03

インガ―――IMG Avatar。


かつて、財善コーポレーションがIMGプロジェクトの一環として開発したものの、費用面の問題から破棄された「具現化されたアバター」。


簡単に言うと、とてつもなく精巧なロボットだ。


リリース前に頓挫したので、一般には存在さえ認知されていないプロダクトだけど、私は知っている。


なぜって、開発者は私の父だから。


しかも、目の前のこれは…


「睦月…?」


一瞬、インガがこちらを見やった。


間違いない、2つのレンズがついた双眼鏡のような頭部、トレッキングウェアのような黄色いジャケットを纏った胴、細く伸びた手足。


父さんが最初に開発して、試験運用だと言って自宅に連れ帰り、少しの間私の身の回りを世話してくれた、あの睦月だ。


「む、むつ…」


瞬間、何かが弾ける音と衝撃があって、睦月の身体が吹き飛ぶ。


ビルの外壁に叩きつけられた睦月には、蜘蛛型ロボットが絡み付いていた。


そのままギチギチと昆虫の威嚇音みたいな音を立て、彼を締め上げる。


肘鉄を叩き込み、胴にしがみ付くロボットを引き剥がそうとする睦月。


しかし、鋼鉄の機体は簡単に壊れることがなく、睦月は捕食されるのを待つ獲物のような格好となっていた。このままでは…。


と、睦月の頭部がこちらを向き、レンズと視線がかち合う。




逃げろ。




そう言われた気がして、走り出す。


とにかく、人のいる場所に行きたい。誰か助けを呼ばないと。


必死に路地を抜けると、大通りに出ることができた。


ビルの前には、救急車とパトカーが何台も止まっていて、怪我人が次々と運び出されている。


多分、あそこにはカオリも…。


雑踏の中に重装備の警務員を見つけ、ハッとした。


振り返ると、どうやらあのロボットは来ていない。


「す、すみません!助けて…」


私の声は、破裂音で掻き消された。


パトカーが爆発したのだ。


衝撃が鼓膜と耳小骨を揺さぶり、それによる目眩と耳鳴りが私の五感を混乱させる。


思わず尻もちをついて、それでも何とか持ち堪えて目を凝らすと、炎上するトラックの前に大きな影があった。


さっきのロボットとは違う、明らかに人型の…まるで、インガのようなシルエット。


なに、あれ。


何が何だかわからないけど、危険であることは間違いない。


ようやく音を取り戻し始めた耳に、絶叫とサイレンが流れ込んでくる。


混乱。


およそ日常で向き合うことのない、命の危険。誰も彼もが、可能性のひとつとしても考えたことのない状況に、理性的な行動を一切取れなくなった。


爆発に巻き込まれ地面に叩きつけられた人達を除き、パニックを起こして逃げ惑う群衆のなか、インガらしき影だけが、悠然とした振る舞いで辺りを見渡している。


―――ミツケタ


目眩が治り、ぼやけた視界がハッキリとした輪郭を取り戻した頃、その影と目があった。そんな、気がした。


嫌な汗が噴き出すのを感じるのと同時に、反射的に踵を返して駆け出す。


状況は何もわからない。けど、ここはダメだ。


あの影…インガは、たぶん私を狙っている。そして、この場に頼って良い誰かは居ない。


ここに居ても、事態は良くならない。


そう直感して、私はとにかく人混みから遠ざかることを最優先に駆けていた。


幸か不幸か、現在地はネオ豊田シティの端に位置していて、すぐそばには旧市街がある。


今は、そこを目指すしかない。


と、背後から再び破裂音。


何が起きたのかわからないけど、振り返っている余裕はなかった。


衝撃に足を掬われそうになりつつ、くず折れそうな膝を何とか前に繰り出し、がむしゃらに走り続ける。


途中、何度か破裂音と衝撃が繰り返されたけど、私の意識は足を止めないことだけに向けられていた。


旧市街に行くには、建ち並ぶ商業ビルの間を抜けて、新市街との境界を越えるしかない。


ビルの隙間を走り抜け、立ち入り禁止の看板が括り付けられたフェンスを乗り越え、目についた廃ビルに逃げ込む。


解放されていた通用口から入って階段を駆け上がり、3階分ほど上がったところで、だだ広い空間に出た。


あたりを見渡すと、埃に塗れた廃車が点々としていて、どうやらここは商業ビルの立体駐車場らしい。


廃車と廃車の隙間に入り込み、息を殺して身を潜める。


…何なの、この状況は。


考える余裕ができたところで、かえって恐怖と混乱が心を満たす。


あのインガ…遠くてぼんやりとしか見えなかったけど、真っ黒で異様な雰囲気だった。


多分、あの蜘蛛型ロボットも仲間だろう。


いきなり襲われたけど、目的も理由も見当がつかない。


特に、あの黒いインガ。


機械とは思えない、気迫みたいなものを感じた。


目があったときの、体の芯から震えが沸き起こる感覚。


得体の知れない人型の物体が、平和な日常では起こり得ない破壊行動を起こして、それは多分、自分に向けられたもので。


身の危険というものを肌で感じたとき、人間はこんなにも情けない状態になるんだ。


大型トラックを吹き飛ばした黒いインガ、それと目が合った恐怖。


瞬間、その光景がフラッシュバックして、言いようのない感覚に襲われる。


それを見計らったようなタイミングで、すぐ近くから何かが崩れる音がした。


マズい…来たんだ。


咄嗟に立ち上がり、一歩踏み出した瞬間―――。


地面が無くなって、コンクリートに叩きつけられた。


一瞬、何が起きたのかわからなかった。反射的に絶叫が口をつき、とにかくパニックに陥る。


どうやら、地面が崩落して、下の階に落ちたらしい。


パニックを起こした頭は落ち着いてなかったし、みっともなく叫び声も上げ続けていたけど、何とか立ち上がろうともがくことは出来た。


そして…今度こそ、もうダメだ。




目の前に、黒いインガが居た。

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