表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
98/221

遁走する竜人

3ー041

 

――遁走する竜人――

 

 眠っていたコタロウを起こしたのは僧兵長のゼンガーであった。 

 その後ろから腹に大怪我をして血を滴らせた男とそれを支える女がエンルーを連れて姿を表す。昼間見た彼女の両親のようにみえる。

  

「竜人様…」

 かなりの深手らしい、どうやら刀か槍で刺されたような傷に見える。

「エンルーを…よろしくお願いい…たします」

 ゼンガーの所まで来るとエンルーをコタロウの方に押し出して男はバタリと倒れる。

 

「竜人様!私を連れ出してください」

 コタロウに抱きついてきたエンルーは小声で叫ぶ。

「子供達を連れてきたカゴは元の場所にございます…すぐに追手がかかりますのでお急ぎください」

 ゼンガーは平伏したまま呟くように話した。

 

 え?なになに?どういう事?

 

 全く思考が追いつかずうろたえるコタロウ。あの怪我して倒れている人はエンルーのお父さんだよね。お母さんは涙を流しているよ、絶対エンルーと別れたくないって顔だよね。

 ゼンガーが頭を上げると腕を上げ指を指す…そっちは庭の有る方だけど?

 

「であえ〜っ!であえ〜っ!竜人様がご乱心遊ばしたぞ~っ!」

 大声で叫ぶと後ろに置いてあった刀を掴んで柄に手をかけた姿勢で構える。同時に廊下の方からバタバタと足音が聞こえる。

 

 なに?なに?なーにっ!?一体何が起きているのー?

 

 全く状況が理解できずに固まっていると入り口を蹴破って僧兵達が飛び込んでくる。

「おのれ竜人を語る痴れ者が!巫女の子供を拐かそうとするかーっ!」

 ゼンガーは怒鳴りながらも刀を抜こうとはしない。

 

 いや、おかしいでしょーっ!拐かすのだったらわざわざここに連れてこないでしょー。

 

 僧兵達は一瞬動きを止めるが倒れている両親と、エンルーを抱いているコタロウを見ると刀を抜き斬りかかってくる。

 しかし狭い部屋の中である。刀を振り回すことは出来ないと判断したのだろう、腰だめで刀身をコタロウに向けて突き出してきた。

 

「ひええ〜っ!あぶない~~っ!」

 

 慌ててエンルーを庇って身を翻すがその背中に刀が突き刺さる…と思ったのだが固い竜の皮は容易に刀を受け付けなかった。

 コタロウは尻尾を振り回して僧兵達を跳ね飛ばし、そのままエンルーを抱えて窓を突き破ると庭に飛び出した。

 

「逃すな、追えっ!巫女には傷一つ付けるなー!」

 後ろからゼンガーの声が聞こえる。コタロウは庭に飛び出すと羽を広げて飛び始める。

 コタロウが壊した窓から僧兵が飛び出しジャンプを繰り返しながら追いかけて来る。

 

「まいったな~っ、兎耳族の人のほうがボクより早いんだよな~」

 エストレア大陸ですらコタロウの飛行速度は兎耳族の大人のジャンプより遅いのである。今回の相手は兎人族である。

 周囲は真っ暗では有るが獣の目を持つ兔人族やコタロウには星あかりだけでも見ることができる。

 兔人族のジャンプ力は恐ろしいものが有り、木の上を飛行しているコタロウに向かってジャンプして斬りかかってくる。

 

「だめだよ~っ、あぶないよ~~っ」

 と言いながら、刀が当たる直前に体をぐるんと回して尻尾で僧兵をぶん殴ると、明後日の方に吹っ飛んで落ちていく。

 

「ひえええ~~っ、竜人様~っ!」

 エンルーも一緒に悲鳴を上げてコタロウにしがみついている。仕方なく高度を上げると流石に僧兵でも飛び上がっては来れなくなる。

 

「はにゃにゃああ~~っ」

 ああ〜いけないな〜、エンルーが目を回している。

 

「エンルーさ~ん、カゴがあるのはどっちかわかりますか~?」

「目が回る~~」

「今は神殿の上空にいます、よく見て~」

 神殿の各所に火が灯り始め、その形が見えるようになる。

 

「……あ…そこ…」

 弱々しい力でその場所を示す、流石にこんな激しい動きにさらされて平気でいられる子供はあまりいないだろう。

 目を凝らしてみると確かにカゴが置かれている。

 一気に降下してカゴを掴もうとするとカゴを守っていた僧兵が飛びかかってくる。

 タイミングを合わせてぐるっと回って尻尾で僧兵を吹っ飛ばす。

 

「ひやああああ~~っ!」

 エルラーの悲鳴が聞こえるがとりあえず我慢をしてもらおう。

 カゴを足で掴んで飛び上がろうとする。周囲にいた一般人の僧侶がへっぴり腰で声を上げているが邪魔をしようとはしない。

 彼らを無視して飛び上がるとそのまま上空に上がっていくが、思ったより巨人の僧兵の数が少ないみたいだ。

 

「どっちに逃げれば良いでしょうか?」

「あ……あっち……」

 力なく指で示すが指先が宙を舞っている、いけないな〜、目が明後日の方を向いている〜。

 

 とりあえず適当な方向に飛んでいく事にする。エンルーを抱いたままではあまり早く飛ぶのはうまくない、彼女が風邪をひいてしまうしカゴが壊れる恐れもある。僧兵の展開が遅いみたいだから、このまま飛んで行くことにしよう。

 カゴの置いてあった場所は台地の真ん中辺りだから後方と思われる方に向かって飛んでいく事にした。

 幸いにも方向が正しかったので20分程で台地から外れる事ができた。そこには台地が通過した後の荒涼たる大地が広がっている。

 

「な~んにも無くなっちゃうんだね~」

 台地に耕された後の土地には所々に台地から落ちてきた木や台地のかけらが落ちているだけで木も草も生えてはいない、まるで雪の降った後の様だ。

 

 しばらく飛んでいると空が薄っすらと明るくなってきて周囲が見えるようになってきた。

 どこまで飛んでいっても同じ様な地面が続いているようなので適当に降りる。

 おそらく近くには獣一匹住んではいないだろう、逆に言えば危険な魔獣もいない。食い物もないがもっとも安全な場所だ。


 最初にそっとカゴを降ろしてから地面に降りる。

 土はふかふかでズボンとコタロウの足がめり込んでしまい、お腹と尻尾の場所で止まる。

 まあ…足が短いので仕方がないのかも知れない…。

 どうしようかと考えたが、とりあえずエンルーはカゴの中に降ろすことにした。

 幸いな事にカゴの中には乗ってきた時のままの水筒や毛布も残っていたしベルトも無事だったようだ。

 

「さて、エンルーさん。状況を教えてくれませんか?台地から逃げ出してきたのですがそれで良かったのでしょうか?」

 何しろいきなりのことであったので、状況に流されてしまったが果たして良かったのであろうか?

 

「はい…私は巫女長に連なる家系から命を狙われていたのです」

 ああ〜っ、やっぱりそれですか〜。

 

 つまるところ家系同士の権力争いのようなもので、優秀な巫女は歓迎されるが、優秀過ぎる巫女は巫女長の立場を危うくするので疎まれるのだろう。

 最初の予定ではエンルーが魔獣に襲われて死んだことにして狼人族に保護を頼むつもりだったらしい。

 

「しかしそんな事をすればティグラさんのように狼人族の中で暮らすことになるのですよ」

「兔人族の固定都市ベルファムが有ると聞いています。出来れば狼人族に送ってもらうつもりでした。巫女であれば決して粗末にはされないと聞いていましたから」

 それで今回の洗礼に乗じて護衛の僧兵の皆さんに狼人族の村に届けてもらう算段になってたらしい。

 ところが神殿で翼竜に襲われ、僧兵の二人が死んでしまったので途方に暮れてしまったという事だ。

 

「するとシングとナンスーはどうするつもりだったの?」

「私だけが死んだことにして二人は台地に帰る予定でした、巫女は必要ですから。私は小さい頃から巫女能力が高いので、神殿の権力争いに巻き込まれないように両親が配慮してくれました。私の洗礼が遅いのもその理由からではないかと思っています」

 そう言えばティグラさんもそんな事を言っていたな〜、おそらくエンルーの家は立場の弱い家なんだろうな〜。

 

「しかしもう御両親とは会えなくなりますよ~、それでも良いのですか?」

「生きていればなんとかなります、巫女は遠距離通話が出来ますから勢力図が変われば復権もあり得るのです」

 家どうしの争いと言うことであれば、強力な巫女を立てて争うことは十分ありえるということなのだろう。

 幸いコタロウに救われたお陰で、シングとナンスーだけは台地に帰してやりたいと言う気持ちになったらしい。

 

「そんな事情が有りながらなんで君はボクと一緒に台地に戻ることにしたの?」

「本来二人は台地に戻る予定でしたから、私は最初から戻らない覚悟でいました。でもあの二人では竜人様を台地に導くには力不足でしたから」

 二人の能力ではコタロウを台地に導くのは難しいと考えて危険を承知で同行したのだそうだ。

 

「狙われているのは私です、あの子達がこんな事になった責任は私にありますから」

 なるほどね〜、だから戻ってきた時彼女の両親が浮かない顔をしていたわけだ。

 もう少し時間が有ると思っていたが、まさか帰って来たその日に刺客に襲われるとは思わなかったのだろう、父親がかろうじてエンルーを守って刺されたらしい。

 

「僧兵の半分が肉の誘惑に負けて下の大地に狩りに行ってしまいましたから」

 あれか〜、コタロウが残した肉だけではとても足りなかったんだろうな〜。

 魔獣器官を持ち肉を食った魔獣は肉を求めるようになるが、それは非常に強い渇望らしい。兔人族もそれは同じことのようだ。

 

「するともしかしてあの神殿を攻撃してきた翼竜はあの巫女長の仕業だということなの?」

「それはわかりませんが、翼竜の使役が出来るくらいですから十分ありえると思います」

 刺客に襲われた直後に僧兵長のゼンガーさんがすぐに逃げるように言ってきたそうだ、どうやら僧兵の一部に内通者がいたらしい。

 

「あの人がその様に言ったのですか?なんでそんな事をするのでしょうか?ボクの事をいきなり誘拐犯に仕立て上げた人だよ」

「あの人にも立場がありますから……一部の僧兵の人たちが裏から手を回して私達を逃がしてくれているのです」

 だからあの人がボクに向かって平伏をしていたのか〜、あれがここ台地の習慣かと思ったけどあの人にしてみれば必死だったんだな〜。

 

「実際には台地から様々な方法で放逐されることも有ります、例えば突き落とされるとか、翼竜に乗せて遠くに捨てて来るとか、ゼンガーさんはなるべく穏便な方法で放逐したいと考えている人なのです」

 なんだかな〜、こういうドロドロした話は苦手なんだよな〜。

 

 竜人族は人間同士の争いの中では無敵であり、コタロウはまだ子供だが100歳を超える叡智を持ち、刃物を受け付けない強靭さと強力な魔力を持っている。

 しかし実際には非常に脆弱な種族でもある、自分ひとりの力では子供を育てることすら出来ないほどに弱い種族なのだ。

 

 孤高に生きると言う事は獣になることと同義であり、社会生活を持たなければ知性体として生きていくことは出来ないのだ。

 それ故に竜人族は人同士、国同士の争いを嫌う。戦争などが起きれば迷わずそこから逃げ出すのだ。

 どちらかの味方をすれば必ず反対勢力から世代を超えた恨みを買うことになる。

 

 だから逃げる、後ろを振り返ることもなく逃げる。人の事は人同士の間で解決してもらうのが竜人族の間の鉄則となっているのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ