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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
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神殿の宴会

3ー037


――神殿の宴会――


 塀に囲まれた神殿の敷地内には木が青々と茂っており、その中に様々な建物があった。

 

 神殿の仕事を行う従者の宿舎や行政機関が有り、実質的にこの台地の官僚機構が集まっているそうである。

 ここには学校も有り、地方の神社にも学校が併設されているという。教育にはかなり熱心な事が伺える。

 そこで優秀と認められた子供たちはここに集まって更に高度な教育を受ける。

 巫女を多数輩出する家系が力を持つのは台地の安定には必要なことなのだろう。それ故に名門家族が中央に集まり、一つの階級を構成しているのだろう。

 

 貴族階級か〜、まあそう云う仕組みが出来るのは必然だよな〜。


 この学校で巫女候補を絞り込み大地の神殿に送り出す。それにはあの翼竜が使われ翼竜の操縦者もまた巫女の仕事らしい。巫女となった者は更に能力の向上を目指し神殿の学校で更なる教育を受けるそうだ。


「巫女の仕事は台地の操縦だけでは有りません、天上神ヘイブとの交信以外にも台地同士の交信を可能とし、シャーマンと呼ばれる狼人族の巫女達を通じた交信は交易を行う大きな助けとなります。

 交易は翼竜を使役し狼人族との交易によって大地から資源を輸入し、台地を維持する大切な役割も有るのです。同時に私達は兔人族の優れた文化を彼らにも伝えているのです」


 翼竜による交易システムは資源を持たない台地の民にとっては重要なものだろう。狼人族にとっても優れた技術を持つ兔人族の商品により自らの技術も向上していくメリットがある。

 台地の上に定住している兔人族と、一定期間ごとに移動を強要される狼人族は技術、文化の進行状況で大きな差ができるのは当然の事となる。

 それを緩和するのが翼竜を使った交易というわけだ、なかなかに緻密なシステムだと言えなくもない。

 彼らをこの様に配置した龍神とは一体何者なのであろうか?


「龍神様との交信が可能な者はまた翼竜との交信も可能なのでございます」

 エストレアに来襲した翼竜からは二人の兔人族僧兵と一人の市民コモンの死体が見つかっている。

 魔獣器官を持つ兎人族であり、頭の中に異物が埋め込まれていたが、その謎はこの大陸に来て解明された。問題は頭に異物を埋め込んだ神殿を支配している者だが、その存在こそがこの社会形態を作り出した者なのだろう。


 コタロウは巫女長に頼んで図書館を見せてもらうことにする。そこには台地が作られて以来の記録や伝承、そして技術科学に関する様々な本が整然と並べられていた。


「これは…すごいですね~」


 天井まで伸びる本棚にぎっしりと並べられた本は、分野別に並べられている。コタロウの目がキラキラと輝きを増す。カルカロスの街にも図書館は有るが、台地の図書館はそれ以上に素晴らしいものであった。


「40年に一度は図書館を移動いたしますので、その都度整理を行っておりますから蔵書はその状態を良好に保っております」

 本を壊さないよう気をつけながらそっと取り上げる。紙の本はきちんと装丁された立派な物であった。兔人族の言葉で描かれたそれは写本の物も多いが、中には印刷された物も有った。

 羊皮紙が無いのは兔人族が肉を食べないせいであろう、カルカロスに有る本も相当古いもの以外は紙の本だ。


「庶民が読む本も数多く存在いたしますが、図書委員会で選別を行い装丁を施して保存しております。文化、科学、技術こそが台地の優位性を保つための重要な物であり、狼人族にも紙の文化は伝えております。彼らの伝承や記録も我々が収集しここに残してあります。」

「立派なお仕事ですね~、狼人族の集会所には少なくない本が有りましたがここの図書館は桁が違っていますね」

 コタロウの言葉に巫女長は嬉しそうな顔をする。


「はい、この技術と文化の伝承こそが兔人族をして大地の狼人族に対する優位性を保つ唯一の方法なのです。我ら台地の民が大地の民に上に君臨するためには龍神様の威光と共に進んだ技術が必要なのです」

 

 体力的、魔力的には兎人族は狼人族に及ばない。万が一全面戦争になれば蹂躙されるのは兎人族だろう。幸いなことに狼人族にとって台地ダリルに侵攻する理由は無い。

 この場所は兔人族にとっては安全な場所だろうけど狼人族にとっては肉が食べられなくて暮らしにくい場所なんだものね?

 その夜はコタロウの為の宴が開かれると言われ、その前に湯浴みを勧められる。しばらく水浴びをしていないので入る事にした。

 女性が付いてきて体を擦ってくれるが、汚れが落ちないので風呂掃除で使っているモップの様な物で体を擦ってもらう。


「いや~~っ、久しぶりに綺麗になりましたね~」


 元の肌の色が薄茶色なのであまり汚れは目立たないがモップで擦ってもらったので肌に艶が出ているような気がする。

 湯上がりに薄い浴衣のようなものを肩から掛けられお腹を帯で縛ってもらう。かなり長い帯を使ったが、コタロウの腹ではあまり紐に余裕が無かった。

 その格好で宴会場に行くと既に人々が集まっていた。


「おおおお~~~っ♪」


 コタロウの前には丸ごと焼かれた大きな獣が置かれていた。

「こ、これボクが食べても良いんですか~?」

「はい、兔人族は肉を食べませんからな、ご遠慮なさらずにお腹いっぱいお食べください」

 神殿長がにこやかな笑みを見せる。何でもコタロウのために家畜を一頭潰したらしい。


「でもお肉を食べないのに家畜を飼っているのですか?」

「肉は食べなくとも畑仕事の使役は行いますのでな、それに乳を搾る魔獣もおりますのでそういった獣ですよ」

 宴に出席している兔人族は皆 市民コモンの姿をしている、僧兵の姿は見られない。おそらく貴族階級の家族なのかも知れないと思えるような、ひどく格調高い服装をしている。


 彼らの前に供される食事は全てが植物製の物であり、芋や根菜、葉物などが主体であり、肉はコタロウの前の獣の丸焼きだけであった。

 しかし意外なことによく焼けた肉には味の良いソースがかかっており、肉料理が無い割には美味しいソースを作れるものだといささか驚いた。

 兔人族の料理に肉は無いが様々に嗜好を凝らした作りのものが有り、飾り付けも見事なものであり、発酵食品も有った。

 酒も出ているようだが酔っ払う者はいない、魔獣器官は毒物を簡単に解毒してしまうからだ。酒は単なる飲料の一形態に過ぎないらしい。

 コタロウにも桶のような大きなジョッキに酒が注がれるが、無論コタロウも酔うことはない。


 いくつか魚の料理も存在していたのには驚いた、台地には多くの溜池が有り、そこで養殖も行っているらしい。

 昆虫等の料理も多く、何でも肉食魔獣の餌としても養殖されているらしい。

 肉食の魔獣に野菜ばかりというわけにも行かないらしく、この昆虫を肉の代用食にしているという。

 魚も昆虫も魔獣器官を持たないから彼らに食べさせても大型化することはないわけだ。

 

 コタロウが連れてきた子供たちも出席しており、両親同伴でコタロウの前に挨拶をしに来た。

「竜人様この度は子供達の命を救っていただきましてありがとうございました」

 深々と平伏をする3組の親子である。子供たちが戻ってきた事を喜んでいるのだろう、とても嬉しそうな笑顔を見せる。

 エンルーの両親も笑顔を見せるがその笑顔がいささか固いことに気がつき、何かあるのかとも思ったがそれ以上は考えなかった。


 訪れた人々と歓談を交わしながら肉を食べるコタロウである。伊達に長い間教授を務めて来てはいない。様々な人々との付き合いもまた普通に出来るのである。

 お肉を半分ほど平らげた所で下げてもらい、その後は酒を飲みながら歓談を続けた。

 まあ、これも付き合いである。


「竜人様はこの後はどの様なご予定でしょうか?」

「はい、出来ればこの台地の生活や産業などを見せていただけたら嬉しいと思います。その後は国に帰るルートを探して大地を探索しようと考えています」

「左様で御座いましたか、それではそれまでの間ごゆるりと我が台地をご見学くださいませ」


 そんな話を続けていると巫女見習いであろうか、巫女装束の少女がコタロウを迎えに来る。

 

「お床の用意が出来ました」


 少女に促されるまま廊下を歩いていくとどこからか肉の匂いが漂ってくる。

兔人族は肉を食わない筈である、コタロウは好奇心にかられ匂いのする方向に進んでいく。


「竜人様、寝所はこちらでございます」

 少女の言葉にも耳を貸さず扉の前に立つ。この中から肉の匂いがしているのだ。


「いけません、竜人様!」

 少女が悲鳴を上げるが構わず扉を開く。

 薄暗い部屋の中に何人もの大柄な僧兵達が座っていた。扉を開けたコタロウに驚いたような視線を向ける。

 彼らの真ん中には、さっきコタロウが食べ残した魔獣の骨だけになった残骸が置かれていた。


「こ、これはお恥ずかしい所をお見せいたしました」

 僧兵の上官と思われる人間がこちらを向いて口を拭う。他の僧兵達も一斉にこちらを向き頭を下げる。

 コタロウは一瞬で状況を理解した。


「我らこの様な若く新鮮な肉を食う機会はめったに無く、竜人様より下賜された肉を食する名誉を賜り感謝いたしております」

「そ、そうですか、皆さんに喜んでいただけてとても嬉しく思っております」

 そう言ってコタロウはブルンとお腹を振るわす。途端に兔人族僧兵達の目がギラリと光った。


(肉だ!)

(魔獣の肉が!うまそうだ)

 

 その目を見たコタロウの背筋がゾクリとなる。

 魔獣は魔獣の肉を食べると魔獣器官が肥大化し大型魔獣へと変化していく、大型化した魔獣は更に肉を求め、草食魔獣であったとしても魔獣を襲いその肉を食べて更に大型化していく。


(肉!肉が食いたい!)

(俺たちに肉を!)

 

 ヤンスーカ達が言っていた、台地の上には魔獣が少なく彼らが食うのは年を取ったり病死した魔獣の肉しか食えないそうだ。

 まだ若く肉に対する渇望の激しい兔人族にとっては非常に辛い事だろう。彼らの目の中に見られる強烈な肉への渇望がコタロウをして寒気を催させた。


「そ、それではごゆっくり…」

 そっと扉を閉める。コタロウと変わらぬ大きさの兔人族の僧兵達である、コタロウの食べ残しではとても足りないだろう。


 少女に連れられ寝所に来ると布団が敷かれていた。しかし屋外の石畳で快適に寝られるコタロウである、布団をのけて大の字にひっくり返った。


 少女は入り口の前に黙って座る。


「どうしたの?ボクは寝るから帰って良いですよ」

「どうぞお構いなく」

 少女は小さく頭を下げる。

 

 どうやら寝ている間コタロウに付き添うらしい、ここでは神様にその様な扱いをするのだろうか?

 もっともその様な仔細なことを気にすることもなくお腹を上にして爆睡するコタロウである。


………………………………………


「竜人様……」

 かすかな呼び声で目が覚める。お腹の上で子供が暴れても爆睡できるコタロウにとっては珍しいことである。

 声の方向を見ると暗闇の中で平伏している大きな姿が見えた。


「ゼンガーさん?」


 振り返ると巫女の子供が床に倒れている、その瞬間に目が覚めた理由がわかった。血の匂いがするからである。

 慌てて子供の様子を見ようと思ったが、床に血は流れておらずゆっくりと胸が動いている。


「ご心配なく、一時的に眠ってもらっているだけで傷つけてはございません」

 

 それではこの血の匂いはどこから?動揺しながらも周囲の状況を確認する。

 

「それで?どの様なご用件でしょうか?」

「実は竜人様にお連れいただいた娘エルラーを拐かしていただきたい」

「はあっ?」


 思いがけない発言にコタロウの頭がコテッと傾く。


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