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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
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母の肖像画

3ー036


――母の肖像画――


 分館を出発し、更にトコトコと飛行を進めていくと半時間ほどでひときわ大きな神殿が見えてくる。

 広大な敷地に作られた木製の神殿の建物とその周辺の建物が塀によって区切られている。その周囲には碁盤の目のような区画の中に多くの建物が建っており城下町の様な風情を作っていた。


「あれが台地ダリルの神殿なのですか?」

「左様でございます、あの塀の中全てが神殿なのでございます」

 一応神殿の上空を一周してみると一番大きな建物の前にある広場に人が集まっている。

 広場の中心付近に人が円を描いて立っておりその中には人がはいっていない。おそらくそこに降りろと言うことなのだろう。

 コタロウはそこを目掛けてゆっくりと降りていく。


 広場の周囲に立っているのは槍を持った大型の兔人族の僧兵たちであった。その後ろには兎耳族の人々がひざまずいてこちらを迎えていた。そっとカゴを地面につけると子供たちはカゴから飛び出す。

 コタロウが地面に降り立ちカゴを吊るすベルトを外していると神殿から太った兎耳族の老人と同じく妙齢の女性がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

 おそらく神官長と呼ばれる人間なのであろう。


 その後ろには多くの人がひざまずいていたがその中には夫婦と思われる人達もいる。多分この子達の親なのであろう。

 エンルーたちも横に並んで跪いて神官長を迎えた。


 神官長はコタロウの前で一礼をすると名乗りを上げる。

「竜神様、ようこそコクラム台地にいらっしゃいました。子供たちを救っていただいたことに感謝いたします。私はこの台地ダリルの神殿長ランカールと申します」

「巫女長のアンローラと申します、我が子たちをお守りいただきましたこと、感謝の念に耐えません」

 妙齢の女性は巫女長という役職らしい、神殿長というのはおそらくこの台地の最高権力者なのだろう。


「初めまして〜、ボクは竜人族のコタロウと言いま〜す」

 ニッコリ笑って腹をブルンと振るわせるコタロウである。

 神殿長と巫女長は3人の前に立つと子供たちをねぎらい、コタロウに礼を言うようにと言った。

 コタロウの周囲を囲む兔人族の僧兵達は、同行していった僧兵達がいないことにいささか動揺を感じているのか落ち着きが無い。

 彼らには仲間のことや事情を説明してはいないらしい。もっとも明確な言葉で通信を行ったわけでは無いらしいから仕方が無いことなのかも知れない。

 3人の子供達はコタロウの方に向き直り跪くと感謝の言葉を述べる。


「いや〜っ、無事に着けて良かったよ〜。あの人達はご両親なのなのかな〜?行って帰還のご挨拶をしてきなさいね」

「はい、御志おこころざしに感謝いたします」

 神官長の方を向くと神官長はニッコリ笑って3人に向かってうなずく。

 子供たちはコタロウに一礼をすると走ること無く両親の方に向かって歩いていく。う〜ん、神殿で育てられたらしくよく教育された子供たちだ。


 シングとナンスーの向かった両親はひざまずいて子供たちを迎えると母親が子供たちを抱きしめる。

 エンルーの両親は立ったままエンルーを迎え入れると、そのままコタロウに一礼をしてさがっていく。

 子供が無事に帰ってきたのに嬉しくないのかな〜?そんな感じを受けるコタロウである。

 

「よろしければ竜神様に置かれましては事の次第を伺わせていただければ幸いに存じます」

 巫女長が前に出てきた。この人が実質的な施政を行う人なのだろうか。


「はい、わかりました」

 二人の後ろに付いて歩き始めると槍を持った僧兵二人がコタロウの後ろに続く。

 建物は太い木を使った木造で出来ており平屋で天井が高い。おそらく僧兵の身長に合わせているのかも知れない。

 

「おや、あれは?」

 入り口のエントランスにある大きな空間の天井に大きな竜の絵が描かれている。

 精緻に描かれたその絵は以前に現れたという竜の事を描いたものらしく、竜が飛んできた場面のように見える。

 その横には大勢の兵士を前にしてどこかの山頂をぶっ飛ばしている絵が描かれている。


 明らかに炎のブレスではない、特徴的な一直線に伸びる光の槍。うん、あれって、ヘル・ファイアじゃないの?


「あれはかつて我ら神都アルサトールに降臨された龍神様の使いとされておる竜人様でございます。当時西と東に別れて争っておりました神都を嘆き、タッテロッサの山の麓をその神の力で吹き飛ばし我らが再び一つにまとまるきっかけをくださいました。

 そこに描かれているのはいつも見慣れた水色の表皮を持った竜人族の姿である。


 やっぱお母ちゃん…こんなとこに来てなにをやっていたの?コタロウの額から一筋の嫌な感じの汗が流れ落ちる。


「そ、そうですか…それで…その竜人様はどうなったのですか?」

「はい、生贄の美女を十人ほど差し出したのですが「人間を食う趣味は無い」とたいそう怒られまして、大型の魔獣の丸焼きを献上した所非常に喜ばれまして、食した後に天にお帰りになったと伝えられております」

 なんかお母ちゃんの闇を見たような気がする、あの人はどこか底の知れないところが有ると思っていたけど、この国の歴史にこんな爪痕を残していたのね。

 

 だいたいお父ちゃんが魔法の練習がうまく出来ずにヒスを起こしていたのにしれっとしていたお母ちゃんである。実はこんな大魔法を平気で使えちゃってたんだ。

 あ、でもヒス起こしていた割にはお父ちゃんだってヘル・ファイア撃っちゃったし、意外と竜人族って誰でもできちゃうのかもね。

 大きな部屋に通されると、そこはテーブルと椅子のある会議室のようだった。

 背もたれの有る椅子が置かれていたが竜人族には尻尾が邪魔なのでいつものように尻尾をクルリと丸めてその上に腰を下ろす。


「こ、これは失礼いたしました。いま椅子を用意させますので」

「いいのいいの、ボクに合う椅子はあまりなくてね〜、いつもこうやって座るんだよ」


 足、結構短いしね…。


「恐れ入ります」

 

 出入り口には僧兵二人が立っている。これって神殿長の護衛なんだろうな〜。

 少しみやびな感じの服を着た兔人族の巨人が立ち会う。神官長たちと比べると流石に大きさが違う。

 ゼンガーと名乗る兔人族は僧兵のまとめ役だという。隊長みたいなものらしく少し年寄りだがボロックのように引き締まった体をしている。

 ボクもあのくらい痩せた方が良いのかな〜。

 神殿での出来事を一通り報告をすると皆かなり驚いていた、これまで翼竜に襲われた事は無かったらしい。

 

「それで…神殿の近くに埋葬していただけたと…?」

「はい、ボクが到着した時にはヤンスーカさんは既に瀕死の状態でした。エンリーヤさんは神殿の魔法陣を守るようにして事切れていました」

「彼らは彼らの命をかけてその使命を果たそうとしたと、神殿の懐に抱かれて眠りに付けたのですな」

「狼人族の皆さんが救出に駆けつけてくれました、あの人達を助けられなかったのはとても残念です」

「とんでもございません、巫女の子供たちを無事にお返しくださっただけで感謝の言葉もございません」


 その後コタロウがどうしていきなり顕現したのか問われた。

 まあ、山一つぶっ飛ばした竜の仲間となればこの国の勢力図を一気に覆しかねない、そんな内紛がなければ良いんだけどね。

 一応そういった状況がわからない以上単なる迷子という事で押し通すことにしてきたのだ。

 納得したのかどうかはわからないが、それ以上聞かれることはなかった。むしろ竜人族が大挙して訪れる事のほうが脅威なのだろう、なるべく会いたくないという雰囲気がふんぷんと漂っていた。

 魔獣の驚異のない場所では竜人族の必要は無いからねえ。


 それよりあの竜の絵の事がものすごく気になっていたが、お母ちゃんの黒歴史に踏み込む事にはいささか躊躇を覚える。

 お母ちゃんは子供達だけでなく人間たちにも同じ様に優しい。というか水汲みに行って井戸端会議するのが好きだったし、結構あちこち顔が広かったんだよね。

 だからこんな場所でヘル・ファイアぶっ飛ばしたとすればかなり違和感が残ったのだ。


「我が台地にも竜神様の使われた光の魔法を使えるものは多数おりますが、あの竜神様より伝承されたとされております」

 兔人族のゼンガーさんがその様に言っていた、なんとヘル・ファイアはお母ちゃんによってこの大陸に伝承されたらしい。

 海岸に流れ着いた狼人族のヘル・ファイアで、村ひとつ消し飛ぶところだったんだよね、本当にお母ちゃんはロクな事をしないな〜。


「コタロウ様は伝承に比べると随分小柄な様にお見受けいたしますが、その御姿が普通なので御座いましょうか?」

「いえ〜、ボクはまだ子供ですからね〜、大人になると背丈が10メートルを超えますけど〜。伝承ではどの位の大きさと言われているのですか?」

「翼竜よりはかなり小さくて全長で20メートルくらいと言われております」

 あ〜そうか、背丈は10メートルくらいだけど、全長は尻尾を含むもんな〜。


「あの天井の絵がそうなのですね、いつ頃の話なのでしょうか?」

「はい、記録がはっきりと残っておりまして今から514年前のことでございます。この絵はその直後に描かれたアルサトールにある天井画を元に、我が台地の絵師が複製を描き起こした物でございます。

 神殿の重要な仕事の一つに記録がございまして、その年に起きた事柄の他に台地の軌道や位置の記録もされております、これがないと台地を向かわせる方向がわかりませんから」


 確かに台地を好き勝手に動かして、砂漠や寒冷地に行かれたら上に住んでいる人たちの生活はひどく厳しいことになる。

 しかも他の台地の位置がわからなければ衝突の危険がある。必ずしも安泰というわけではなさそうだ。

 そうなると、お母ちゃんがここに来たのはお父ちゃんと結婚する前のことなんだ、お母ちゃんの言うとおりだな〜。

 ちょっとした行動が記録されて歴史に残ってしまうというのもいささか恐ろしい気がしないでもない。きっと今回のボクの今回の行動も、この台地に記録として残るんだろうな〜。

 

 それにしても、昔のお母ちゃんは想像以上にヤンチャなことをやってたんだな〜……帰ったらもっと聞いてみよう。


 話が一段落すると子供たちを救ってくれたお礼に祝宴を開くというのでそれまでの間神殿の案内をしてもらうことにする。

 巫女長のアンローラさんが案内をしてくれると言うのでついていくことにした。

 この部屋は神殿の一番大きな建物の中にあったようだ。本堂にはいると非常に大きな部屋で、正面の祭壇には龍神様の神像が作られていたが、それは竜人族とは違う形のものだった。


 竜人族は龍神が姿を変えて降臨した物だと言っていた、だから翼竜は眷属で、竜人族は龍神の降臨した姿らしい。

 大地の神殿を作ったのは天上神ヘイブであり、龍神ダイガンドと竜人は三位一体の者であると言うのが龍神教の解釈らしい。

 

 龍神の像の前には大きな鏡のような御神体が置かれていた。

 ここでは定期的にこの鏡を通じて龍神様の御神託が伝えられるとの事であり、巫女、神官が多数集まり巫女長と共に龍神様との交信を受けるのだという。

 その御神託を明瞭に聞かれる者が巫女長となるらしい。

 この台地では女性だが、男の場合は神官長と呼ばれるそうで、巫女や神官を多数輩出させられる血筋が名家と呼ばれるそうだ。

 その家が何軒も有って競い合っているらしい。つまり権勢を争っているという事のようだ。


 この巨大な台地を操縦するのであればそれなりの人数が必要になるのだろう、その仕事につける人間が多い組織が力を持つのはよく分かる。

 その操縦を行う部屋に案内されると数人の男女が丸くなって瞑想しているように見えた。

 中心に一人の人間がいてこの人が責任者だそうで進行方向を定めている。

 部屋には大きな地図が描かれており、自分のいる位置と他の台地のある位置が示されていた。

 他の台地との交信を行いながら自分たちの進む方向を決定しているらしい。


 台地に来る時に見えた神殿の分館にもこれと同じ様な部屋があり、そこでも台地の足の速度に司令を出しているそうだ。

 右に曲がりたければ左翼の速度を上げ右翼の速度を下げる。そうやってゆっくりと方向を変化させていくのだ。何しろ台地の大きさは前後に30キロ、幅が80キロも有るのだ。少し方向を変えるにも数か月はかかると言っていた。

 神殿を中心に回る時に外側程早くなる、その速度を微妙に調整する必要があるのだ。

 神殿分館にいる巫女や神官が瞑想をして、台地の足の速度を調整するように指令を出してしている。

 それを取りまとめているのがこの中央の神殿だそうだ。


「なかなか大変なものなのですね〜」

「はい、言い伝えによりますれば、我らがここに住むまでは台地のコントロールが効かずに迷走していたそうです。それを憂いた天上神ヘイブが我々兔人族に台地を、狼人族に大地を分け与えました。我らが操縦する台地により耕された土地を恵み与えることにより、狼人族もまた繁栄することが出来るようになりました」


 台地に兔人族を住まわせ、行く先をコントロール出来るようにした何者かがいたらしい。まさか竜人族のご先祖じゃないよね〜。

 このコントロールを半数交代で24時間休み無く行っているという、確かにこれだけの事を行うのであれば巫女が相当数必要になるだろう。

 

 この台地の命運を握っているのが彼ら神殿であるとすれば、その権威はかなり大きな物なのだろう。


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