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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
81/221

ランダロール基地

3ー024

  

――ランダロール基地――

 

 作戦司令室の薄暗い部屋ではレーダーの他に幾面もの外部モニターが点灯されていた。いくつかのものは小型のドローンを介した映像だが、神殿を映している常設のモニターも幾つか有った。

 

「OVISは移動したのかな?」レス・ダリアが口を開く。

 

「なんとも言えません、OVISは亜空間に潜んでいますから、仮に移動してもゆっくり移動されたらその痕跡を見つけるのは難しいでしょうね」

「まあ、パイロットはこちらが押さえているからね、安否の確認ができるまで移動するとは思えないが…」

 作戦司令室は戦艦の艦橋をベースにデザインされており、各自のコンソールと司令官席は正面の大型のモニターに向かって配置されている。

 正面のモニターには神殿周囲が映し出されているが、今は動くものを何も確認できないので当直の人間2名だけが監視にあたっている。

 

「OVISパイロットが神殿のエレベーターに入って以来、こいつは亜空間に入ったままですね」

「あれはどの位の間エネルギーを補給しなくていられるのだろうかねえ?」

 パイロットの確保はあくまでもOVISを入手する手段に過ぎない。エネルギー切れで動かなくなればその方が手っ取り早い。

 

「ああ、先日自分も気になって戦艦の記録を調べて見たんですが、OVISの整備マニュアルってやつですね」

「ほう、よくそんな物が見つかったね」

「いや、シリアさんがデーターを整理していて、分野ごとのインデックスを作ってくれていましたからね」

 

「シリアさん?ああ、あの図書館の司書をやっている人か」

「それによるとエネルギー源は水素で機内に製造装置が有るらしく水から作れるそうです。おそらく我々の知らない間に時々移動して水を飲んでいるんじゃないんですか?」

「そうか…そうなると燃料切れの期待は薄いと言うことのようだね」

 レス・ダリアはいささかの落胆を感じながらそう思った。

 

 そこに来訪者が現れる、作戦司令室であるから入室できる人間は限られている。入ってきたのは姪のロージィであった。

 

「やあ、ロージィ先日は大変な目にあった様だね、もう具合は良いのかい?」

「やっと気分が落ち着きましたわ、本当にひどい目に会いましたことよ」

「あのパイロットを食品工場に連れて行ったら、外部探査部隊が持ち帰った獣に襲われたそうですね」

 担任将校が軽い感じで聞いて来たが、ロージィにとってはとんでもない体験だった。

 死んでいると思っていた獣が、実は生きていていきなり暴れだしたのだ。当人にとっては生きた心地のしない経験だったらしい。

 怪我がなくて良かった物の、これで少しは大人しくなってくれると良いのだがと思うダリアである。

 

「マース・ルーの胸にツノが刺さって大怪我をしたとか?」

「いいえ、胸の筋肉が厚かったのでアザになっただけで肋骨も折れてはいませんよ」

 あまり触れられたく無い事に突っ込まれていささか気分を害するロージィである。

「パイロットは血まみれになって病院に担ぎ込まれたと聞いていますけど?」

「いいえ、返り血を浴びただけでどこも怪我はしていませんでしたよ、もっともふたりとも獣の血を浴びたので精密検査を受けましたけれどね」

 どうやら噂に尾ひれが付いているのか、被害が100倍くらいに誇張されているような気がする。

 

「そんな目に会ったのか、それにしても君に怪我が無くて本当に良かったよ」

 本当は嬉しいと思っているくせにと思った。確かに無傷ではあったが、その後ロージィはチェーンソーで首を切られた獣と、床に広がった血の海を見せられたのだ。

「この次は彼を外部探査部隊の見学に連れて行く予定ですけど、私は絶対に探査車には乗リませんからね」ブウッと頬を膨らませた。

 

「外部探査部隊は死んだことを確認して運び込まなかったのかな?」

「彼らによれば、確かに電気銛を打ち込んで心臓が止まっていることを確認していたそうでが、野生の動物の生命力が強すぎたということでしょう」

「それより驚いたのがヒロトの方よ、獣が暴れた時に躊躇なく解体用のナイフを掴んで急所を刺し貫いたのよ。あの子の手を見ましたか?日に焼けて細かい傷だらけでしたでしょう」

「ああ…ドクターも言っていたが、この世界で狩猟生活をしていたと言う予想の裏付けになるだろうね」

 

 人間はこの世界では外気内では生きていけない。ヒロトが狩猟生活をしていたということは、有毒ガスの含まれない場所が有ることを意味しているのだ。

 

「なんか子供だと思っていたら、あんな事が平気で出来る人間でしたからねえ。まるで歴戦の剣闘士じゃあるまいし、あんな大きな獣をナイフひとつで倒してしまうなんて信じられますか?昔の兵士はみんなあんな能力が有ったのかしら?」

「さあねえ、当時の兵隊の事を知っている人間はもういないし、どんな訓練をしていたのかという記録も残ってないからねえ」

 戦艦が落下してから既に200年が経過している。当時を知る者はみんな墓の下だ。空気の事は別にしても、あのパイロットがこの世界で狩猟をして生き延びてきたのならそれなりの時間を過ごしてきた事になる。

 

「あのペットの怪物と一緒にさまよっていたのでしょうか?かなり知能の高い怪物でしたね、獲物を解体して火で焼いて食べるとか、あの怪物に対する認識をもう少し変えなければならないでしょう」

「そうだな、あの怪物も謎の存在だよ、これまでの資料では見たことがないしね」

「もしかしたら逆かも知れないわよ、ヒロトはあの怪物に狩猟技術を習ったのかも知れないし、そうだとするとヒロトがあの怪物のペットと言うことになるわね」

 ひとしきりヒロトに対する愚痴を垂れ流すと突然話題を変える。ヒロトが街に来てからずっとみんなが頭を悩ませている事だった。

 

「神殿は何故パイロットの記憶を消したのでしょうか?」

「わからない、神殿そのものの存在が謎なのだ、結局この200年間その謎は解けていないからね。ヒロトがいきなりこの地下都市に送られてきた理由も不明だ」

「私はずっと監視していましたが、まさか神殿のエレベーターが作動するとは思いもよりませんでしたからね」

 

 レス・ダリア自身が理解できない事であった。いきなりパイロットが市の病院に転送されて来たと医師の報告を受けたときは非常に驚いた。

 何故そんな事になったのか、全くわからない事だった。それでもOVISを入手し外部の世界の情報を得る絶好の機会だと思ったのだ。

 ところが転送時にヒロの記憶を消されてしまったので手の打ちようが無くなってしまったのだ。

 

 それでもなんとか神殿で待機しているOVISを手なづけたいと考えてはいるので、ロージィにヒロトの世話を命じたのは、あくまでもOVIS奪取を強引に進言されたからにすぎない、我ながら甘いと考えざるを得ない。

 彼がこれまで住んでいた場所がわかれば、そこに移住が出来る可能性がある。毒のない大気があれば人類はもっと発展できる。彼からその情報を引き出せると思ったのだが事故なのか、システム上の欠陥なのか?今はそれも出来なくなってしまった。


「叔父様、神殿は一体誰が作ったのでしょうね?」

「それは未だにわからない、これまでこの地下都市が神殿と関わることはあまりなかったからね」

「おや?見てください。件の怪物が飛んできましたよ」

 作戦司令室の大型モニターには、コタロウが足に獲物をぶら下げて、神殿の方に飛んでくる映像が写っていた。

 

「翼竜と接触して行方不明になっていた怪物じゃないか、どうやら無事だったようだね」

「飼い主であるパイロットを探しに来たのでしょうか?」

「多分そうだろう、なかなかに忠義なペットのようだ」

「なにか大きな獲物のようなものを足にぶら下げていますね、昼食でしょうか?」

「それにしてもブサイクな獣ですわね、あんなにブクブク太って、お腹がプルンプルンしていますわよ」

 コタロウは獲物を放り出すと枯れ枝を集めてきて火を起こした。

 

「うわっ、爪で腹を割いて内臓を引きずり出している」

 それを見ていたロージィが口を押さえて目を背ける。

「なんか口から炎を出して岩に吹きかけていますな」

「鉄板焼にして肉を食うつもりでしょうか?あれはレバーの様ですね」

 大きなレバーを生焼けにしてカプッと食べるコタロウである。それを見た全員が嫌な顔をする。

 ランダロールは地下都市である。獣のモツなどこんな場所で食べられる訳もなく、生焼けの内蔵など食べたいと思う人間もいない。

 

「美味しいのでしょうか?」

「さ、さあ?今度外部探査部隊の人間に聞いてみるよ」

「ヒロトはあんな獣と一緒に生活をしていたのかしら?」

 いかにも嫌そうな顔をするロージィ、日に焼けた傷だらけの手を持つヒロトである。多分こうやって生き抜いて来たのだろう。

 

「それより別の来訪者のようです」

 担当将校はカメラを切り替えるとそこには兔人族が映し出されていた。

 

「この連中も洗礼に来たのかな?」

「そうでしょうね、神殿は原住民にとっては重要なシステムの様ですからね」

 兎の顔をした大男に、兎の耳を持った人間の顔をした子供たち3人が神殿に向かって登ってきたのだ。

 

「何?あの子たちかわいいじゃない」

「おっ、兔人族の1人が怪物に飛びかかったぞ」

 モニターの中では飛びかかった兔人族がコタロウの腹に弾き飛ばされるのが写っていた。

 

「あの腹はなかなかに弾力に富んでいるようですね」

「あの兔人族は洗礼に来たんだろうね、神殿の転移装置に入って3日間過ごすのが儀式らしい」

 その転移装置が、今回はパイロットをこちらの医務室に送り込んできたのだから訳がわからない。

 

「神殿が彼を我々と同じ種族だと認識したんだろうかねえ?」

「そう言えばランダロールにも兔人族の人がいましたわよねえ、あの人はどうして此処にいるんですか?」

「図書館のシリアさんだろう、あの人は外部探査部隊が保護してここに居着いただけだ、何でもお家騒動か権力闘争の犠牲者だそうだ」

 惑星は違っていても人間関係はあまり変わらないということらしい。

 

「おやおや怪物と兔人族が和解をしたようですね、手を握り合っていますよ」

「怪物と兔人族の事なんか興味はないわ、それよりOVISはどこに行ったの?あれに逃げられたら私がリンク出来ないじゃないの」

「ロージィ、もう少し待ちなさい。とにかくあのパイロットを手なづけてOVISのコントロールを手に入れるんだ」

 

「本当にイライラするわね、なんの権利が有って神殿はあのパイロットの記憶を消しちゃったのかしら?」

「まあ、人間の脳のことだ、いずれ記憶は戻るだろうからね。その時こそ君の出番だ」

「わかっているわよ、パイロットのくせにあんな野蛮人だとは思わなかったから少し驚いただけよ」

 

 かなりイライラした様子で司令室から出ていくロージィ。あんな物を見せられた後だからな、まあそれなりに意思の強い娘だから気を取り直してやってくれるだろうと思う。

 あのパイロットが相当に過酷な状況の中で生き抜いてきたという事を改めて認識をした。生き物を殺すことに対しては普通それなりに躊躇するものであるが、彼は一切のためらいを持たずに正確に急所を貫き通す覚悟と能力を持っている。

 意外と難物かもしれないとレス・ダリアは考えるようになった。

 

「兔人族と一緒に神殿に入っていきます、おそらくこのままエレベーターに入るのでしょう」

「そう言えばこの神殿は一体誰が管理しているんでしょうね?200年以上前から有るはずなのに傷んだ様子が無いんですよね」

 

「ああ、実はよくわからないんだ。監視カメラやドローンで常に監視をしているんだが、いつの間にか壊れた所が直っているんだ。残念ながら神殿に関しては殆ど何もわからない状態だ」


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