五体投地
3ー013
――五体投地――
子供達と一緒にもしゃもしゃと夕食を食べていると、既に食事が終わったらしい数人の男がコタロウの前にやって来る。
「グルルゥ・・お前が今日連れて来られたよそ者か?」
先頭の男がコタロウの正面に立つと唇をめくり上げて牙を見せて、グルルル・・と唸り声を上げる。それを見た子供達がそそくさと逃げていく。
「何じゃお前ら食事の邪魔をしに来るんじゃない」ティグラが露骨に嫌な顔をした。
「ボクに何か用でしょうか~?」
コタロウはお肉を食べながらにこやかに答える。男は唸り声を上げながらその犬の顔をコタロウに近づけてクンクンと臭いを嗅いだ。
「ガアウッ!」突然吠声を上げる。
「やめんかボロック、種族違いの客人じゃぞ」
「いやいや、なんですか?ボクは食べても美味しくありませんから」
もらったお肉をそっと背中に隠すコタロウである。
「グルルル、おまえ…強いだろう…」男はドスの聞いた声でつぶやいた。
「い、いや何を言っているんですか?この人怖い…」
全く怖がっているようには見えない笑顔で答える。
「ガルルル、力神の元で俺と序列勝負をしろや、他の奴は手は出さねえ」
グワッと牙を剥き出してコタロウに迫る。
「あ〜っ仕方のない奴だね〜」
ティグラはうんざりしたような顔をする。どうやらこの男はよそ者が来る度に喧嘩をふっかける人のようだとコタロウは判断した。
「いやいや、なんですかいきなりそんな事…もしかしてふんどし祭りですか?あれは同族同士でやる物でしょう」
カルカロスの街でもふんどし祭りを好んで行うのは犬耳族である。序列を重視する犬系種族の本能であろうか?
獅子族と猫耳族はそれほど序列を重視しないので、トラブルが無い限り行われることは少ない。熊族、兎耳族は最初から争う事はない。この種族が犬耳族の親戚筋であればこれも理解できる趣向である。
「グアララッ!ふんどし祭り?なんだそりゃ~?」
「お前さんの故郷にも序列勝負が有るんかいのう」
「は、はい。それが趣味の人もいましたからね〜」
「大して文化的には差が無いねえ、受けるなら素手でやりな」
「いやいやいや、素手じゃまずいですから」
素手と言われてもコタロウの爪は刀を折る事の出来る竜の爪である。とても素手とは言えないだろう。
「ガアアアッ!どうした、やるのか、やらんのか?」
大きな口を開けて牙を見せつけて挑発する、ボロックといえば身長は3メートルを超え、隆々とした筋骨たくましい体をしている。
見た目で言えば、はるかに身長が低い上にポヨポヨした体である。そのコタロウを見て強いと判断したボロックも決して只物では無い様だ。
もっとも単に弱い者イジメが趣味な人間なのかも知れなかったが。
「え~と、この場合ボクはどうしたら良いんでしょうか?」
「ガルルル!簡単だ、広場の真ん中で俺にのされりゃ良いんだよ」物騒な宣言をサラリと行う。
多分死ぬほど殴ってもコタロウがのされる事は無いだろう、しかし決闘を受けたら受けたで問題になりそうな気がした。
「やだな~っ、他には何か手段はありませんかねえ?」
「そうだねえ、お前さんそんなに強そうには見えないしねえ、それが嫌ならこの男に恭順の意思を示せばいい」
「なんですか〜、それ?この人の靴でも舐めれば良いんですか?」
「なんじゃそりゃ?それがお前さんの国の習慣かい?ここでは五体投地じゃな、腹を見せて地面に寝そべるんじゃ」
「いやいや〜?五体投地と言えば普通はうつ伏せじゃ無いんですか?」
「ここではそれが普通じゃ、お前さんよそ者じゃから争いをしたくなければさっさと負けてしまえ」
かなり大雑把なふんどし祭りのようだ。
「それじゃそう言う事で」
ポフンと仰向けになって腹を上に向けると、お饅頭の様なお腹がボコンとせり上がる。
わっと一斉に子供達がお腹に群がって来る。
「な、なんですか〜?これは〜」
「お前さんは群れの客人としてその規律に従う事を誓った訳だ」
「あ~っ、そういう事だったんですか~」
「グフウッ!」
ボロックはコタロウを一瞥すると行ってしまった。
そんな事はお構いなしに小さな子供達はコタロウの腹の上で転げ回っている。
「むふんっ!」お腹に力を入れるとぽ〜んと子供達が跳ね上がる。
キャッキャと笑って転げまわる子供達、ここでもコタロウは子供達には人気が有るようだ。
「ボロックはこの村の酋長で序列最上位の強者じゃからな、勝てばこの村では強者としてもてなされるが、他の挑戦者がたくさん挑戦してくるぞ」
「やだな~、そう言う事だったんですか~?」
犬系の種族は特に群れの序列意識が強い、それが故に狩りの時には統率の取れた動きが出来る。
故郷の犬耳族は流石に喧嘩の序列だけでは動かないが、それでも上位と認めた者にはしっかりと従うのだ。そういう意味で、彼らは生まれながらの軍隊教育を受けている様な種族であった。
子供達を腹の上で遊ばせながらコタロウはそんな事を考えていた。
「この村では外から来た人間全員に酋長が序列勝負を挑む習慣が有るのですか?」
「そんな事は無いよ、この村では酋長と序列勝負を望む若者は多い、順番と実績を無視してお前さんに序列勝負を挑んだのはその実力を感じたからじゃよ」
「いや〜〜っ、それは光栄ですね〜〜」
またまた新しい研究テーマを見つけてニッコリ笑うコタロウである。
「おばあさん、この子達も大人になると大人の様な顔に変わるんですよね~」
「ああ、そうじゃが、お前さんの故郷では顔が変わらんのかね?」
「ええ、変わりません。お婆さんは兎人族とは違うのですか?干潟の固定都市に住む兔人族の大人方は兎の顔をしていましたが」
「いや、ワシは兔人族じゃよ、台地の民はみんなこの様な顔をしておる。固定都市は大地に有るからな、魔獣も多いし彼らと戦うには体が大きくなければ生き抜けないのじゃ」
ティグラは、この大陸の兔人族は魔獣器官を持っているから、大型魔獣が襲ってくると言っていた。その点は大型魔獣と普通の魔獣の関係と同じようだ。
大地には大型魔獣もは多いから、自らの身を守って魔獣と戦うのには大型化した体が必要なのだとも言う。
エルメロス大陸の人間には魔獣器官を持つものはいない、それが故に大型魔獣が人を襲うことはあまりないのだ。ここでは状況が違っているようだ。人間が魔獣器官を持っていれば大型魔獣は魔獣器官を求めて人を襲ってくる。
思っている以上にこの大地は過酷な土地のようだ。
「ワシは以前に台地から追放されての、この世界で生きていける程には強くなるために肉を食ったのだ」
「肉を食べたので大型化して今の姿になったのですか?」
「ああ、そうじゃ、だがワシは兎人族の誇りを忘れたくは無かったのでな、途中で食うのを止めたらこの姿でおさまったのじゃ」
どうやら肉食を行っても途中で食べるのを止めれば、変化の途中でもそれが維持できるということらしい、これは新しい発見だ。
魔獣は魔獣器官を持っており、魔法を使い、強い再生力を持っている。
それが故郷にいる人間や獣とは大きく異なる所である。人間達は魔獣の肉を食う事により体内に魔素を溜め込み魔法を使うエネルギーを獲得している。
しかしこの大陸に住む人間は魔獣器官を持っているが故に肉を食わなくとも魔法が使えるらしい。
本来体力や魔法力が小さな兔人族が、肉を食って大型魔獣に変化するのもまたこの世界における生き方なのだろう。
「兎人族のまま生活をしている人たちもいるのでしょうか?」
「ああ、台地の民は皆兎人族じゃが、僧兵として選ばれた者…と言うよりは僧兵階級の人間が家畜である魔獣の肉を食って大型化して外敵に備えている」
するとカルカロスの街に翼竜に乗ってきた兎顔の人間がその僧兵だったわけだ。ではあの兎耳族の人間はその司令官クラスの人間でおそらく台地の民だったのだろう。
「僧兵とは要するに武力組織と言う事なのでしょうね」
「外敵から台地を守ると言う事になっておるが、実際は神殿の守護組織じゃ。住民を支配する為の暴力装置じゃからな」
ティグラが戦士に忌避感を感じるのはなにやら社会的背景の事情が有るらしい。
いつの間にか子供達はコタロウの腹の上で寝てしまっている。親が寝ている子供達を連れに来た、既にコタロウを異種族として見る者はいない。
仲間としての儀式を通過した者は仲間として扱われる様だ。
「今夜はワシの家で寝るか?シャーマンの家は集会場も兼ねておってな、お前さんの寝る所位は十分にあるぞ」
「ありがとうございます、今夜はそうさせていただきます」
普段から屋外の石畳の上で寝ているコタロウである、どこで寝ようと何とでもなるがティグラの心遣いがうれしかった。




