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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第一章 落ちてきた男
7/221

狩人ギルド

1ー007

 

――狩人ギルド――

 

 竜の顔はひどくはれ上がっていたし体中に擦り傷の跡が有る、絶対に間違いがない。

 

『まずい…これは絶対にまずい!』

 

 下りて来た竜に顔を見られない様にヒロトは背を向ける。

 もっとも考えてみれば殴ったのはOVISである。パイロットのヒロは顔を見られている訳ではない。

 犯人はOVISであると言う事にして、ヒロは知らん顔を決め込むことにした。

 

『OVISとパイロットの行動は共同責任です』

 なんか言っているが聞こえない、聞こえない。

    

(?、なんか今、ヒロの背中からオーラの様な物を感じたわ?)

 竜人が下りて来た時にメディナはヒロの背後にいる「何か」からの変化を感じとる 

(やはり何かいるようね、それが何かはわからないけど)

 殺気の様な物と言ったら良いのか…とにかく何か不可思議な波動のような物を感じ取った。 

…ゼッタイにコイツ何かある。

  

【これはギルガール殿、いったいどうしたのですかその顔は?魔獣にでもやられたのですか?】

 アラークが驚いた様な声を出す、ひどく腫れ上がった竜の顔はいったいどのようにして負ったと言うのか? 

 無敵の竜の青タンを見れば普通に驚くだろう、まあOVISに殴られたのだからあの程度で済んだのは幸いである。

 そのほかにも体中に細かい傷が沢山ついている。地面に激突した時の物だろうが、あれだけの木をへし折ってあんな物だとは。

 

【いや、ワシと同じくらいの大きさの人間の形をした怪物に出会ってな、そいつは空中に浮いていたので調べに行ったのだがいきなり殴られたのだ…】

 いやいや、いきなり殴っていませんって、何ですかこのオヤジは?

 怪物だと思っていたが意外にもこの世界の市民の一人だったようである。


『撃たなくて良かったですね…』

『ああ、知的生命体は尊重しような…』

 意気投合するOVISとヒロである。

 

【こっちも応戦したのだが…いやはやそいつは驚くほど強くてな…この通り傷だらけになったが何とか撃退した】 

 

 まあ流石に殴られて墜落する所を尻尾を掴まれて、逃げようとして暴れたら地面に激突したとは言えないだろう。

    

【ほう、人型をした超大型魔獣ですか、しかも飛行する魔力の有る?竜人族がかなわないとは恐ろしい怪物ですな】

【とりあえず何とか撃退は出来たのだが、やはり町に行って警告しておかねばまずいと思ってな、この近くに来た時に狼煙を見かけたのだ】

【それは災難でしたな、我々も気を付けておきましょう】 

 アラークはそう答えながら冷や汗を流していた。竜人でも手こずる、飛行する超大型魔獣など自分たちの戦える相手ではない。 

【あいつ、今度で有ったら仲間を呼んで全員でフルボッコにして燃やしてやるわ!】

 怒りの為か口から炎を漏らしながら両手のゲンコツをガシガシぶつけて怒り心頭の竜人であった。

 

 ウンこれはかなりヤバイ、絶対に知られないようにしよう。そう決心するヒロトである。

 

『お前当分そこから出るな、それと出た時は俺と目を合わすなよ』

『………了解』

 OVISは出力を落として活動を省エネモードに変更した。


(?、何だろう?今までヒロに感じていた異変がいきなり引くように消えてしまう)

 流石に鋭い兎耳族である。メディナはOVISの変化にいち早く気付いたようである。

 

【ん?アラーク、この者は新しいメンバーかね?見慣れない顔だな、耳はどうした?】

 竜が腫れた顔をヒロに近づける。

 

『やばい!ばれたか!ばれたのか?どうして気が付いた?』

 〇〇玉が縮みあがる、こんな所で火を吐かれたら助からん。

『落ち着いてください、この狩人達を知っている様です、ただの世間話と推測』

 竜に話しかけられてヒロの顔色が変わったのを見て、アラークが助け舟を出す。

  

【あまり脅かさないでやってくれませんか、余所者の様で竜人殿の事を見ておびえておりますぞ】

【そ、そうか?それは悪い事をしたな】

【いや、我々がこの男のいるところに魔獣を追い詰めてしまってね、ところがこの男強力な魔法で魔獣を倒してしまったのだよ】

【頭が無くなっているな、アンタの得意なヘル・ファイアにしては少し威力が足らない様だが?】

【いや、ヘル・ファイアを使ったらこいつの体が無くなっているよ】


『何だ?ヘル・ファイアとか言っているな』

『あなたがさっき撃った熱線に似た兵器と推測、この魔獣が消し飛ぶそうです』

 

【それもそうだな、威力を抑えられれば使いどころも多いのだろうがな】

【絶対絶命の時しか使えんよ、あんたのブレスも同じだろう】

…お互いに物騒な言葉の応酬にしか聞こえない。 

 猟師達は怪物の足にプレートの様な物を縛り付けると、竜は後ろ脚でその怪物を掴んで飛び上がって行った。

 どうやらプレートが怪物の所有権を主張する証明書の様な物らしい。聞いて見ると街には怪物を解体処理する施設が有るらしい。

 

【獲物…どうなる?】

【狩猟ギルドが有ってな、解体をしてくれる。それと魔獣は賞金も出るそれらはチームで山分けするのだ】

【いつも竜…運ぶ?】

【いや、一応契約が有ってな、あんなデカイ物は俺たちじゃ運べないからのろしを上げるんだ、近くにいれば運んでくれる、報酬は肉の半身だ】

 運ぶだけで肉の半分か?高いのか安いのか?

 

【もし竜が捕まらなければ皮と薬の原料になる臓物を取って後は捨てる、そう考えればウィンウィンの関係なのさ】

 あの竜も怪物ではなく原住民と親交のある者だった、何か誤解が有った様だが殺さなくて本当によかったとヒロは思った。

 

『殺していればこの世界全体から追われる事になる危険が有ったと推測』 

 頼むよ~、あまり追い詰めるような事を言わないでくれ~。

 

 狩人達は怪物と戦う為に捨ててきた荷物を拾って戻ってきた。全員リュックの様な物をしょっている。

 樹海を2時間程歩いていくと街道の様な場所に出る。街道の横には川が流れていた。

 空を見ると太陽が傾きかけていた。 

 休息を取った時に兎耳女は水筒を俺の方に差し出した。

 

 サバイバル訓練を思い出す。教官に言われた鉄則では知らない場所で迂闊に物を口に入れない事だ。

『未知の細菌や寄生虫の危険が高いとされていますが、これは過去の惑星探査チームにおける事故の事例です』 

 一瞬躊躇した。しかしいずれはどこかで水を飲まなくてはならないのだ。

 駄目だったら後で薬を飲んでおこうと思い水筒から水を飲む。意外と美味しい水であった。

 その水筒からそのまま水を飲むメディナ、それを見てヒロは少し赤くなってしまった。

 

【とりあえず小腹が空いたな、お前も食うか?どうせ狩りの余りものだ】

 バスラはリュックの中から干し肉を出すと一切れを咥えて残りをヒロに差し出した。

 

『携帯用レーション。この星の動物の肉と推定、アミノ酸の性質が合わなければ腹を下す恐れがあります』

 さっき殺した獣と同類の肉の加工品のようだ、食えるのだろうか?

 ここの連中の外見は明らかに人間種に近い。そうなればこの肉も食える可能性は高いだろう。

 レーションはまだ残っているがOVISの中だし、ここの生き物が食えなければ飢えて死んでいくだけだ。

 いささかの嫌悪感を押し殺してかじってみる。かなり塩辛いが味は悪くない。

 もっとも相当に固い。口の中で唾液を含ませてゆっくりと噛むと良い味が出て来る。意外とアミノ酸の形質は同じなのか。

  

(この男の手は畑仕事をしたことのない手だわ、傷が無くまるで娘の様にきれいだ)

 メディナはずっとヒロの事を観察していた。よそ者ではあるが余りにも脆弱である。

 その割には明らかに強力な魔法を駆使できる。この男をどう見るか考えあぐねていた。

 文民なのだろうか?こんな場所にいながら武装をしていない。もしかしたら仲間がいるのかもしれない。

  

 しばらくすると馬車がやってくる。

 数人が乗り合っており、屋根に獲物と思しき獣が乗っている。それにみんなで乗り込んだ。

 どうやら巡回馬車の様な物らしく、この世界では狩猟がひとつのビジネスとして成り立っているようだ。

 街に着く頃にはすっかり暗くなっていた。

 

【ここがカルカロスの街の狩人組合だ】

 広場に面した場所にある建物で、横に何か工場の様な場所が併設されていた。

 強い血の匂いを感じるので、おそらくは解体場なのだろう。

 屋根から降ろされる獲物を見ると既に臓物が抜かれていた。狩ったその場で狩人達が処理をするのだろう。 

 広場には石造りの台の様な物が作られていて、そこに先ほどの竜が寝そべっている。それを見たヒロトはさすがに足元がよろけた。

 

【よう、ごくろうさん。】

 アラークが竜に挨拶をしている。かなり砕けた態度のようだ。まるで旧知の友人の様にも見える。 

【ああ、獲物は組合の方に渡しておいたよ、報酬を受け取れるだろう】

 竜の方も親し気に挨拶をする。周囲の誰も竜を避けたりはしない、図体が大きいだけで人ごみの中に紛れてしまっている。姿形こそ違うが普通の市民の様に見える。

 

 ギルドの中に入っていくと受付が有り、そこに座っていた兎耳娘が声をかけてきた。

【アラークさんお帰りなさい竜人様が獲物を運んでこられたわよ、大型魔獣グリックですねお手柄でしたわ」

【いや、今回あいつを倒したのはこの男だ】

 アラークが俺を指し示すと、周囲から【おお~っ】と言う声が上がる。

【そうなんですか?それじゃ今回のプレートは?】

【こいつが金のプレートだ】

【おお~っ】と言う声が【うおおおお~~っ】と言う歓声に代わる。


 なんだ?どういう事なんだ?


【プレート…なに?】

【そちらの方は狩人登録はなされています?】

【いや、どうもよそから来たらしくてな、言葉が通じないのだ】

【そうですか?それじゃ登録だけでもしましょう、プレートの受け取りに必要ですから】

 受付の前に座らされて名前と年齢を聞かれ身体的特徴を書かれる。

 プレートに何かが刻印された物を渡される。

 

【そのプレートを見せればこのギルドでの獲物の買い上げや賞金の支払いが行われます。無くさないで下さい狩猟許可証ですから、それとこれが今回の金プレートです】

 受付嬢が金色の小さなプレートを渡してくれる。 

【なに?…これ】

【あなたが単独で大型魔獣を倒したと言う証明です、服とか鎧に縫い付けておいてください。それとこの近辺で狩りの経験がない人は最初はどこかのチームで修業した方が良いでしょう、その金色のプレートが有ればどこの狩人チームでも喜んで入れてくれますよ】

 受付の女性はにっこりと笑って説明してくれた。かなりの美人なのでその笑顔に少しドギマギしてしまう。

 

 金色のプレートは真鍮で出来た幅1センチ長さ5センチ程度の物で両側に穴が開いており、やはり数字らしきものが刻印されていた。

【そいつは自分の鎧か服に縫い付けておくのだ、狩人としての箔が付く】

 アラークに言われて彼の鎧を見ると金色が3枚ついていた、ヤスドの胸には銀色が5枚付いている。

 どうやら勲章の様な物らしい。

 

【金色は単独で大型魔獣を倒した場合で、銀色は3人以内のチームで倒した場合だ、その下には銅色も有るがな。とにかく狩人の勲章だ】

【それとこれが今回の獲物の買い上げ代金と報奨金です】

 受付嬢はアラークの前に硬貨を積み上げる。この世界にはまだ紙幣は無い様だ。 

【これにサインをお願いします】

 アラークはじゃらじゃらと金を皮袋に入れるとサインをして席を立つ。

 サインを見ると滑らかな筆致で描かれている。狩人であっても普通に文字が書けるらしい。

 

【よし、とりあえず飯を食いに行くぞ】

 外に出ると先ほどの魔獣が解体されたようで、丁度竜に肉が渡されるところであった。

 皮を剥がれ、手足の付いた肉の半身で長さが3メートル以上ある。

【やあ、今回は助かった、また頼むよ】

 アラークが声をかける。竜の顔はだいぶ腫れが引いてきてはいるようだがまだ歪んでいて痛々しい。

 

【ああ、今日は散々な目に合ってまだ狩りが出来ていないんだ、カミさんに怒られる所だったからこちらの方こそ助かったよ】

 立ち上がると身長が10メートルはある竜である。片手で肉を掴んでぶら下げている。

 怪物の半身とは言えかなり大さが有るがそれも竜に比べれば大したものでは無い。この竜は毎日こんな物を食っているのだろうか? 

【家族…いるのか?】

【ああ、カミさんと子供がふたりいる、食べ盛りだからなワシも結構大変なんだよ】

 この竜にも家族がいるらしく、なんか近所の親父の様な答え方をされる。

 つくづくヒロはこの竜を殺さなくて良かったと思った。

 

 家族か…俺は作戦を生き残れれば上級市民として家族を持てたのだろうが……俺は元の世界に帰れるのだろうか? 

『先程の食事による拒否反応アナフィラキシーは出ていません、あなたはこの惑星での生存は可能であると考えられます』

『人類連合を捨ててこの世界で生きて行けと言うのか?』

『帰れなければ選択肢はありません』

 もう少し優しい言い方は無いのかねえ?

 

【とりあえず酒場に行くぞ】

 アラークが酒場に向かって歩き始めるので後を追う。

 

『パイロット、この星系の位置がわかりました』

 上空を見上げると満天の星空である。どうやら位置計測が終わったらしい、一体どの辺りまで飛ばされたのだろうか?

『そうか、母星からの距離はどの位だ?』

『2030光年±3光年です』

 一瞬全ての時が止まったように感じた。

 

「にせん……!」

 その報告に愕然となるヒロと、体中の力が抜けるのを感じた。

 

【どうしたのヒロ?】

 歩みを止め星空を見上げたヒロをメディナが見つめる。

 足元が揺れ頭がぐるぐる回るような感じを覚え、よろけるヒロをメディナが支えた。

【大丈夫?気分でも悪いの?】

 

『ああ、地獄に落とされた様な気分さ!』

『ここは空気が有り食料も確保できる見込みが有ります、地獄よりは生存が可能です』

 ハンマーが有ればOVISをぶち壊したいと思った、地獄で人は生きていないだろう。

 

 ワープゲートの崩壊は恐ろしいほどの空間のひずみを発生させた様で、通常のワープ航法での航行範囲を大きく逸脱している。

 人類統合政府の直径は100光年程度、今回のエヌミーズ基地までの距離はその外延部から50光年である。

 両者の行動範囲から大きく離れた場所に吹っ飛ばされてしまったと考えて良いだろう。

 OVISに超光速通信機は積まれていないし、非常用ビーコンはせいぜいが恒星系内部程度しか届かない。

 仮に積まれていても2千光年も離れていては通信も届かない、通信範囲はせいぜい10光年が限度なのだ。

 

【どうした?何かあったか?】

【いや……】

 気力を振り絞って平気な顔をしていたが頭の中は嵐の中のヨットのように揺れていた。

 

 帰還の望みは絶たれた。救助は絶対にやっては来ないのだ。



作品は毎週月・水・金の午前中の更新を予定しています。

 

この世界には数種類の種族の人間が共存しておりますが、獣人という言葉は存在しません。

使っていたとすれば筆者の書き間違いです。

竜人族を含め総称は人類であり、すべての人々は人間と呼ばれています。

したがってヒロは、人族の人間というと言う呼称になります。


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