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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
66/221

シティでの生活

3ー009

  

――シティでの生活――

 

 チャイムが聞こえたので玄関のドアを開ける。

 

 褐色の目、栗色の髪の若い女性がそこには立っていた、このランダロール市の市長レス・ダリアの娘ロージィ・ダリアである。年齢は聞いていないが、ヒロよりは少し年上らしい落ち着きが有る。

 

「おはようございます、昨夜はよく眠れましたか?」

 凛とした声で話しかけてくる、スラリとした姿勢は訓練校時代の教官を思い出させる。

 

「はいっ。この様な居住区をあてがっていただいて感謝しております」

 これまでの習慣から敬礼をしようとして思いとどまる、此処に軍隊は存在しないのだ。彼女は上官ではなくヒロが街に慣れる為のアドバイザーとして、ヒロに付き添ってくれているセラピストだ。

 病院を退院しこの街で生きていくための様々なルールを説明してもらい、宿泊施設としてこの部屋をあてがわれた。

 

 戦争のために育てられ、教育されてきたヒロであるがここに戦争はない。軍人以外の生き方を模索するために、そのリハビリを手伝ってくれる彼女はヒロの心の上官であった。

 ここに引っ越してくる前にまず小型の端末を渡され、それに登録をさせられた。これにより端末を使用せずとも、顔面認証と脳波認証で鍵や決済などが自動で行われる。

 以前から軍隊内部でも使用されてきた認証方式で、地下に作られた街全体が大きな宇宙船の中のようなものだと考えられた。


「現在市にはどの位の人間が生きているのでしょうか?」

「約5千人です、街は5つの区画に分けられそれぞれがトンネルで繋がっています、一つは病院や施政区の有るこのセンティア、そして工業部門の生産を行っているメカニティア、食料の原材料を生産しているフーディア、そして外部探査を行うための基地であるオフェーリアです」

 

「最後の一つは何でしょうか?」

「戦艦が埋まってしまっている場所です。市庁舎の裏手に通路が有りますが、現在は人は住んでいません。過去の資料などをサルベージするために整備を続けています」

 なるほど、そこは別のエリアとして区分されているのか。

 

「今でも使えるように整備を続けているのですか?すごく大変なことでしょう」

「飛ぶことはもう出来ませんが、現在私達が持っている知識の全ては戦艦から取り出したものばかりです。これがなければとても文明を継承することは出来ませんでした。それでも我々が得られた知識は微々たるものでしか有りません。

 OVISにせよ戦艦にせよその内部コンピューターには膨大な記録が残っている、戦艦の操縦マニュアルから整備マニュアルまで全てである。

 

「すると艦載無機頭脳もまだ無事に稼働しているのですか?」

「ええ、まだ思考ルーチンに衰えは出ていないわ」

 艦齢から考えて見るともうかなり老朽化しててもおかしくはない。艦載頭脳の寿命は2〜300年と聞いている、OVISも同じだ。

  

「そのうち行って話をしてみたいですね」

 おそらくヒロトであれば交信は可能であろうとおもう。ただし頭にチップを入れただけでは交信は出来ない、OVIS同様に艦載頭脳との交信には素質が必要なのである。

 ヒロト達パイロットは何千人もの人間の中から素養を認められ、多くのテストと訓練を受けた後にチップを頭に埋め込まれて初めてOVISとの交信が可能になる。

 そこからさらなる精神と肉体の訓練を続け、反射速度や思考速度を高め、艦載頭脳との交信速度に対応できたものだけがパイロットとなれる。

 それは戦艦でも同様であり、戦艦には常に2名以上のパイロットが搭乗していた筈だ。しかし流石にもう生きてはいないだろう。

 

 ここで言うパイロットとは操縦者のことではない、OVIS同様に戦艦もまた事実上の操縦者は艦載頭脳なのだ。数多くのクルーは艦を維持し故障のチェックや修理を行い、作戦の検討を行う。

 船長はパイロットとは別におり、クルーをまとめ艦を最適状態に保つのが仕事である。

 コルボロック第4惑星侵攻作戦は数十時間の戦闘時間でしか無く、全くの無補給で戦い引き上げる。操艦そのものは艦載頭脳が最適な状態で乗員を守って戦闘をしていた。

 

「そうですね、今はOVISとのリンクが切れていますけど、戦艦の無機頭脳との交信は可能かもしれませんね。あれは今は特定の人間とのリンクをしていませんから」

「リンクする人間がいないのですか?」

「いえ、適格者はいますしチップを埋め込んだ人間もいますけど、飛行できない現在はリンクを確定する意味もありませんし」

 リンクシステム自身は無事に稼働しているようだ、確かに土に埋まった状態で船を独占的にリンクする意味はない。

 元々は『エネミーズ』の艦載頭脳に対する思考侵食に対抗するためのリンクシステムだ。その心配のない現状ではリンクで使用者を特定するよりは多数の人間がリンク出来る方が良いだろう。

 

 現在ヒロにあてがわれた住居は寝室と居間に小さな厨房を設けたアパートだ。軍隊時代に比べれば破格の待遇と言えた。

 食事は外にあるレストランと名の付いた給食センターだ、ただしほとんどの場所はセルフサービスでパッケージ化された食事をとることになり、軍隊時代とほとんど変わることは無い。

 

 自分で食事を作ることも出来るが、その時は少し離れた場所にあるスーパーと呼ばれる売店で食材を買うことになる。実際には食材を販売する場所が限られるので大人の大半はレストランを使用するらしい。

 いずれも顔面と脳波認証で全てが決済される、使いすぎないように注意されたがこれも軍隊ではおなじみのシステムだ。

 

 ヒロのOVISは戦闘艦にドッキングされてはいたが、空母の様な物ではなく単に生活サービスを提供する場所でしかなかった。食事は艦内の食堂で食べていたが現在の様なパック食配膳であった。

 一応毎日異なる食事が出たが、味気は無いが食事にあれこれ悩むことも無い。それでも味、質、量共に一般市民階級よりはだいぶ良いものが提供されていた。これが国民が軍隊を目指す大きな理由となっていた。

 

 この地下都市全体のことをランダロール市と呼び、今アパートの有る場所は中心市街でセンティアと呼ばれているエリアらしい。全体が2キロメートル4方位の大きさが有るという、地下施設としてはかなりの大きさと言えるだろう。

 

 全体の構造としては幅60メートル、長さ2キロのトンネルが30本横に並んだものと考えて良い。

 1本のトンネルには幅16メートルの道路が真ん中に作られ、その両脇には建物が作られていて街を形成している。道路の天井は15メートル位の高さが有り、天井そのものが光る発光板になっている。200メートル位ごとにトンネルを横に繋ぐ道路が出来ており、街は碁盤の目のような作りになっていた。

 

「街は山の中に作られているのでもっとも浅い場所で天井から15メートル、深い場所で80メートルの被覆があります」

 

 完全にトンネルの中の様だ。土圧に対抗するためにトンネルを連結する様な構造になっているのだろう。

 こうしてみると施設全般は軍の中継基地に非常によく似た作りだとも思えなくもない。戦艦やOVISが補給を行うために使用される基地が人類の活動圏内にはいくつも作られ、そこでは補給以外にも隊員の休息に使われる。

 

 軌道上に作られた中継基地の多くは巨大であり、補給、メンテナンス以外に艦の製造も行われていた。基地というよりはかなりの大きさの人工の都市であり、その機能維持のために多くの軍人以外の人間が住んでおり数十万人規模の居住能力があった。

 捕獲された彗星を原料としてあらゆる物が生産され、人々の生活を支えていた。

 

 ここにおいても食料生産工場の集積されたフーディア、工業生産諸点のメカニティア、外部探査基地のオフェーリアとはそれぞれトンネルで通じており、住んでいる住民を支えている。

 中継基地と異なり地下であるが故にそれらは水平に分散しており、それぞれが独立した街になっているらしい。

 

「市としての人口は5千人位ですけど、フーディアに千人、メカニティアに千人が居住しているからセンティアに居るのは3千人程度なのですよ」

 どうりで街の道路にはあまり多くの人出はなく、食事時だけが少し混み合い、それ以外は閑散としている。自宅で仕事をする人間も多いらしく、あまり外出する必要もないそうだ。

 

 道路にはひっきりなしに無人の運搬車両が走り回っている。これがフーディアやメカニティアから売店やスーパーに様々な品物を納品しているらしい。

 レストランで出された食事は戦艦の船内食よりはかなり良いものが提供され、この市には十分な物資が供給されている事を示していた。

 

「レストランの食料は集中調理がなされているのよ、研究施設も有って味の研究にも怠りはないわ」

 スーパーなどの買い物には無人のタクシーを呼ぶことも出来た。長い時間を船内や中継ステーションで過ごしてきたヒロにとっては、いつもと変わらない日常的な風景である。

 テーブルの上にある自分の手を見る。日に焼けた手はすごくこの場所には不釣り合いであった。

 

「今日はこれから食品工場を案内することになっているわ」

 端末の予定表を確認しながらロージィ・ダリアが告げた。

 

「フーディアに行くのですか?」

「いえ、フーディアは糖質のデンプンや人工肉の生産を行っています、これから行くのはそれを加工する調理工場と生鮮野菜の栽培工場でセンティアに有るものよ」

「はい!よろしくお願い致します」ヒロは直立して敬礼を行う。

 それを見たロージィはふっと笑みを漏らす。

 

 すでに自分が軍人ではないと知らされていても、7歳の時から10年間育てられた習慣はそう簡単に抜けるものではない。

 その瞬間にフラッシュバックが起き、ヒロの足元が崩れ落ちる感覚を受ける。

 あの敵のあふれていた星系での戦闘を、次々と破壊される友軍の姿を、銀色に輝く巨大な球体を、そして球体同士が衝突してそこに現出したビッグバンの光景がヒロの脳髄をかき回した…。


 PTSD(戦争後遺症)か?


 瞬間的にその言葉を思い出す。訓練校の座学で習った事がある。生死をかけた精神的緊張状態が続くと発症する心の病だ。

 あの戦闘の時は何も感じなかったが、『エネミーズ』の持つ圧倒的な科学力と工業力を目の当たりに見せられたヒロの心には、その恐怖がしっかりと植え付けられていたらしい。

 人類宇宙軍は壊滅的な敗北を喫したという事実が、ヒロに強い敗北感を与えていたのだ。絶対に勝てるわけのない『エネミーズ』の存在を心の深くに刻みつけられていたと言うわけだ。


「ヒロさんどうしました?気分が悪いのですか?」

 動きを止めたヒロに異常事態を感じたのだろう、心配そうにヒロの顔を覗き込む。

「いや、少し嫌なことを思い出してしまったものですから」

 その言葉でロージィはヒロの状況を理解したようであった。


「大丈夫ですよ、ヒロさんここに『エネミーズ』はいませんから」

 ロージィ・ダリアが優しく声を掛けてくれる、そうだここには戦争は無いのである。しばらく深呼吸を繰り返すと落ち着いてくる。

 10年以上に渡り死ぬ為の訓練を続けてきた者が、戦争が無くなった途端にPTSD(戦争後遺症)を示すとはバカバカしくて話にならない。

 死ぬために生きてきた自分と違い、ここに住む人たちは今を生き抜くために戦っているのだ。

 

 彼らはこの200年間を掛けて地下都市を作ってきた。先人たちはそれこそ血のにじむような努力の末に現在の安定を獲得している。

 人口も6千人程に増えてきていると言っていたが、今後の人口増加に備えて地下都市の拡張を行わなければならず、新たな市民は歓迎するそうだ。

 何れにせよヒロはこの世界で生きていくために出来る事を探さなくてはならない。今のところはまだ戦闘時の意識が継続しているので大きな障害は出ていないが、時間とともにフラッシュバックは頻繁に起きてくるのかもしれない。

 

 社会活動への円滑な参加が重要な治療法になるそうだ。なるべく早く社会生活に慣れることが良いと言われた。

 その日の活動は中止して休むことも考えたが、動かないことのほうが動く事より精神的に良いとも思えない。ヒロはそのまま工場に向かった。

 工場はトンネルの突き当たり部分に作られていて、トンネルの両端はこの様な工場施設のエリアとなっているらしい。

 まとまった空間を確保できるので、現在は使用されていない場所も含めてトンネルは全てこの形態になっているらしい。

 

「センティアにおける工場は生鮮食料品の栽培と食品加工に限定されているのよ、工業製品や素材としてのでんぷん質や人工蛋白は他のエリアで作られているわ」

 要するに自家菜園と厨房だけを持った家というのがセンティアの街の概念らしい。その自家菜園に相当する植物栽培工場に到着する。トンネルを3スパンも使った大きな工場であった。

 

「いらっしゃ~い、あなたがヒロさんね?、見学者は大歓迎よ~っ♪」

 ヒゲの剃り跡も濃いガチムチの大男が、ビキニパンツに裸エプロン姿でヒロの前に現れた。

 

………いかん、PTSDが再発しそうだ。


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