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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
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神殿の兎人族

3ー004

 

――神殿の兎人族――

 

 祭壇に限らずこの神殿の掃除は行き届いている。管理人が見当たらないのに綺麗だ。

 

「ここは、あんたたちが掃除したのか?」

「当然だ、ここは神聖な場所だ。ここに来たものは必ず掃除をして帰る。むしろ待っている間中ずっと掃除をしていると言っても良い」

 床には変なシミの様な物も無い、ここで生贄の様な物を殺していた訳では無さそうだ。

 ヒロが壁のくぼみに近づくと、くぼみの床に有る模様が何か瞬いているように見えた。目のせいかと思って更に近づくとその瞬きは強くなり光っている。

 

「そこに入れるのは巫女シャーマンの資格が有る物だけだ」

「資格の有る者がここに入るとどうなる?」

「消える、神殿に取り込まれるのだ、そして祝福され巫女としての能力に目覚めるのだ」

 ヒロは窪みの石の床の模様に顔を近づけて調べるが特にかわった所は無い、光を発する石はそれ以上の事は、何も見いだせなかった。

 

『エレベーターかその類似の機構と推定、亜空間転移技術の応用である可能性が大』

『そうであればこの神殿の地下か、この近くに大掛かりな施設が有る事になるぞ』

『情報不足により断定は不可能』

 この神殿に呼び寄せられた時から高次の文明の存在は明らかだった。問題はその連中がなんの目的で接触して来たのかだ。

 

「中に入ったのはあなた達の娘だろう、神殿に引き込まれた事に対して不安は無いのか?」

「先祖代々我々はそうして巫女を得て来た、妻の母親も巫女だった」

 父親の言葉には不安のかけらもなく誇りに満ちていた。巫女を得る事はおそらくその部族においては大変な名誉な事なのだろう。

 彼らがどの位の距離を旅して来たのかは知らないが、服装の汚れからしても相当に難儀な旅であった事は伺える、ましてや子供連れの旅だ。

 

「巫女候補は先代の巫女の推薦で選ばれるが、血筋が強く出るのは間違いがない。だが血縁だけで選んでも神殿に拒否される事もある」

「俺がここに入ったらどうなる?」

「わからない、お前に資格が有れば神殿は選ぶだろう、そうでなければ何も起こらない」 

 つまり何者かが巫女候補を選択をしているという事だ。 

「あなた方の連れて来た巫女候補の能力が足りなければ、神殿はその子を選ばないと言う事か」

「そう言う事も稀には有るらしい、村の中の権力争いに利用される場合も有るようだからな」

 やはり、人の世界はどこもそういった傾向はあると言う事のようだ。

 

「巫女候補はどんな基準で巫女さんが推薦するのでしょうか?」

 コタロウが物腰低く尋ねる、まるでどこかの商人の様だ、こういう時はその丸い体が生きて来る。 

「巫女はアカデーナイと呼ばれる教育機関が有りましてな、龍神教の僧院と呼ばれる事も有ります。農業、造船業などの研究も行っている機関で、そこで巫女達の教育や選抜を行う部署があります。」

 コタロウはそれを聞いてニッコリする。やはり人が安定して暮らす事の出来る場所には学問の徒が生まれる事を聞いて嬉しいのだろう。

 

「龍神教の僧院?そこは宗教施設なのですか?」

「いえ、シャーマンそのものが台地ダリルから来た者たちによって広められた知識です。それ故に龍神教を名乗っておりますが、何故か教義は伝わっておりません。台地ダリルとの交易は有りますが、それだけです」

 カルカロスに現れた僧兵と彼らは関係を持っていないと考えて良さそうだ。


『通常宗教の布教とは侵略を目的としたものが多かったと言われています。龍神教にとってレスティーダは、侵略する意味が無いと言う判断なのではないでしょうか?』

『なんでお前はそんな事を知っているんだ?』

『過去の人類の歴史を知ることは戦争遂行の役に立ちますので、パイロットの教育過程にも有ったはずですが』

『俺は士官教育を受けていないからな、理由はどうでも良いさ。とにかくその龍神教とやらは彼らの間には広まらなかったという事だな』

 

「この神殿は龍神教の使途が作った物ではないのですか?」

台地ダリルの住人たちはそう考えているようですが、この神殿は太古の昔からここに有ったとされております。我々の知らない奇跡によって維持されており、彼等にも我々にもその様な奇跡は起こすことが出来ません」

 そんな昔から存在している建物がこれ程綺麗な筈はない。何者かによって維持されている事は間違いがないのだろう。

 

「龍神教の聖都となっているアルサトールという固定都市ベルファムも有るとは聞いていますが、交易も有りませんし我々とは関係を持っていませんので本当のところはわかりません」

 アルサトールか、聖都という事は龍神教の総本山でも有るのだろう。いずれは行ってみなければならないかもしれない。

 コタロウは既に行く気満々で尻尾がフルフルと振れている。 

 

「巫女は若い方がその力を発現しやすいのだ、古い巫女は子どもを集めて知識を与えながらその素養を計って行く。巫女としてふさわしい能力を発現した者が、巫女によって推薦を受けるのだ」

 

『なにか俺が軍事教練学校で受けて来た選抜基準に似ている様な気がする』

『おそらくはそれに似たような基準で選抜されているのかもしれません、高レベルの巫女がその能力の発露を見定めて推薦するのでしょう』

 

 ヒロも7歳で選抜され厳しい訓練と更なる選抜競争の中で生き残って来た。今となってようやくそれがどの様な意味を持っていたのかがわかるようになった。

 

「女は巫女、男は神官と呼ばれるシャーマンだ、天の声と意思を通じさせる事が出来て台地ダリルの場所を示す事が出来るのだ」

「それはとても大事な事なのでしょうか?」

 コタロウが満面の笑みで揉み手でもしそうな気配であった。尻尾がフルフルと振れっぱなしである。人類学者としては正に興味津々なのだろう。

  

台地ダリル大地グランダルの民の命の元となる、同時に大きな厄災となりうる物でも有るのだ」

 言っている意味が分からない。何が厄災となるのだろう?

「交易の為には村の場所がわからなければ出来ないでしょう?シャーマンはその場所を教えてくれるのですよ」

 彼女によると、巫女とは単なる占い師のような物では無く、情報収集機構のようなものらしい。

 

「お前が自らの資格を試すのは構わないし、他のどの部族もそれを止める事は無い。しかし今は娘が中にいる。試すのであれば我々が去ってからにしてほしい。我々の娘は入ってから三日経つ、そろそろ戻ってくる頃なのでな」

 入ったら殺すと言われるかと思ったが、どうやらここはそう言った施設では無い様だ。それならわざわざ軋轢を生む必要も無いだろう。

 

「わかった、そうしよう」 

 ヒロは窪みの前で外を振り返ってみると周囲を見下ろすような形になっている。

 ここに王の玉座でも置くと様になるかもしれない。そうも思ったが床には何かを置いていたような痕跡も見当たらなかった。

 とは言え荘厳な神殿と言う雰囲気で、100人を超える来訪者が居ても雨露をしのぐには十分で、寝泊まりが可能な大きさだ。

 

 窪みの有る場所から外を見ると明らかにこの窪みがこの建物の中心にある。ここに祭事の中心人物がいた事は間違いないだろう。

 窪みの前に立った俺の事を二人の兎人族はじっと見ている。

 今は情報収集を優先すべきだろう、この大陸の住人とのコンタクトが出来たのだ、このチャンスを逃す手は無い。

 

「色々聞かせてもらってありがとう、我々も巫女の帰還を待たせてもらって良いかな?共に祝福できればうれしいと思う」

「それは構わない、ここはあらゆる種族が祝福を受ける場所だ」

 ヒロ達と兎人族の夫婦は焚火の所に戻ると焚火を囲んで座った。神殿の周囲には十分な空き地があり、あちこちに焚火の跡が見える。

 おそらく巫女候補を連れて来た人間達は巫女が戻るまで神殿の中で寝泊まりをするのだろう。

 

「あなたはさっき飛んできたと言ったが、魔法を使って飛んできたのか?」

「そ、そうだが…それがどうかしたのか?」

「その飛行魔術とやらはどうやるのか教えてもらえないだろうか?無論種族に伝わる秘伝かも知れないが」

 おや?言い訳のつもりで言った事に食いついて来られてしまったようだ。

 

「いや、残念ながらこの魔法は魔道具を使用していましてね、皆さんの魔法だけで再現できるとは思えないのですが」

「とりあえずもう一度見せてはもらえないか?」

「わかりました」

 もう一度飛び上がって見せる。考えてみれば翼竜も竜人族も飛べるのだ、この連中とて飛べない事も無いのかもしれない。

 ヒロの飛ぶ様子をじーっと見ていた二人は手を胸の前に合わせると、精神を集中するように目をつぶる。

 

『まあ無駄だろうな、俺の場合はあくまでも科学の産物だし竜人族は飛行する種族だしな』

 そう思っていると二人の身体が数センチ浮き上がるではないか。 

「オイオイオイ、マジかよこの連中魔法の天才か?」

 そのまま数メートル浮き上がるが、二人ともすぐに降りて来た。体から湯気が上がりものすごい汗をかいている。

 

「ダメだな、出来なくは無いがものすごく魔力効率が悪い」

「魔力が全部熱に変わるのかしら、ものすごく体が熱いわ」

 ふたりして水嚢から水を飲むと、焼いていた肉をかじる。 

「すまんな、少し魔力を使いすぎたようだ」

「これでは実用化は無理な様ね」

 いやいや、お二人ともすごい能力だと思いますけどね。

 

「この魔法が実用化出来れば交通手段に革命が起きると思ったのだが、そうは行かないようだ。我々は娘をこの神殿に連れて来るのに1ヶ月を要した。翼竜が使役できれば1日で来れる、我々自身が飛べるようになればこんな苦労はしなくて済む」

「それでも一つの魔法の形を見いだせました。みんなで研究すればもっと飛べるようになるかもしれません。翼竜はあの大きさで飛ぶことが出来るのですからね」

 

 ふたりの様子を見るとかなりの長旅だったように見えるので聞いてみると、数人のパーティが同行していると言われた。

 山の上には食料となる植物も獲物もいないので、他のメンバーは山のふもとでキャンプを張っているらしい。

 彼らは5日分の食料だけ持って山に登ってきたようだ。

 上空から見た限りあまり道路などの交通インフラも整備されておらず、道なき道を歩いてくる事になるのだろう。

 魔獣などの危険もあるようだし、飛行魔術が実用化されれば交通革命になるだろう。

 

 ふたりは本当に感謝をしているようだった。ヒロはもしかして彼らの中に革命を起こしてしまったのかもしれないと、いささかの不安を感じてしまった。


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