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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
57/221

暁の旅立ち

2ー028

 

――暁の旅立ち――

 

 冬が近づいている。この地域にはあまり雪は降らないが冬に採れる作物は減る。

 

 普段は冬を過ごすために丸々と太った獲物を狙って狩りを行うシーズンである。

 しかし突如現れた翼竜は大量の肉をカルカロスにもたらしたので狩りを行う必要が無くなってしまった。

 冬は人間に取っても獣や魔獣に取っても過ごしにくい時期ではなく、この地域では獣も冬眠はしない。

 穀物の生育状況もよく、多くの穀物や芋は農家のサイロに貯められており冬の間も流通している。


 メディナの畑で採れた作物も倉庫に保管され、野菜類はわらに包んで地面の穴の中に埋めるか干した物を保存している。薪も十分用意ができており冬の心配も無くなった。

 翼竜騒ぎが落ち着くに連れて街は元の穏やかさを取り戻してきている。しかしやはり十分な肉を確保し、収穫が終われば狩人は仕事をする必然性を失う。

 昨夜は久しぶりにメディナと愛し合った。しかし彼女とヒロの間に子供が出来ることはなく、人族と兔人族の間の混血は生まれないのだ。

 彼女は自らそれを望み、ヒロは最初から望みようも無かった、それ故にそれはお互いに納得ずくの事であった。

 

 ヒロはこの世界に落ちてきた異邦人である、彼女もまた異邦人であったのだろう。だが彼女を拾った両親は彼女の事を心から愛していたようだ。

 メディナが本当にヒロを愛してくれているのかどうかはわからない、ヒロもまた本当に彼女を愛しているのかはわからない。

 ある意味自分の居場所を探している者同士が居場所を作ろうと思っただけなのかも知れない。

 それでもヒロはそんな彼女を大切にしたいと思い、メディナもヒロを気遣ってくれる、それだけで良いと思うことにしている。

 

 今日からメディナはリクリアと一緒に狩猟ギルドに魔法コントロールの講習をしに行くことになっていたので休みのヒロが食事を作ると言い始めた。

「出来るの?いいのよ無理をしなくても」

 子供の頃から軍隊で過ごしてきたヒロは料理などしたこともなかった。それでも狩人生活で獲物の解体や野宿の食事などで調理の経験はある。後は見よう見まねだった。

 見てくれは悪かったが出来上がった朝食をメディナは美味しそうに食べてくれた。


 外に出ると息が白くなっていた。冬はもう始まっているのだろう。 

「それじゃ行ってくるね」

 そう言って彼女は街にある狩人ギルドに出かけていった。ヒロは彼女を見送ると家の中を見渡す。

 それほど長い時間彼女と過ごした訳ではないが、この家の温もりはヒロにはかけがえのない物に感じられていた。

 それ故にヒロには調べておかなくてはならないことが有る。

 

 兔人族との戦いを見た時に感じたメディナの非常に強力な魔法の力、リクリアを知っていた兔人族の巨人。

 残念ながら死んでしまった巨人からその事を聞くことは出来なかったが、リクリアが巨人と関係のある人間であることは明らかだろう。

 

  *  *  *

 

「おにーちゃん、勉強を見てー」

 来年からは大学に通うカロロである。行くとすればやはり王都にある王立イエール大学がなんだろうな〜。

 あそこには昔世話になった竜の娘のエルローンさんがいるから、また面倒を見てもらえるだろう。

 ちなみにエルローン嬢のアタックには、全く気づいていないコタロウである。当時はカロロ位の大きさでしか無かったから仕方がないとも言える。

 

 滑舌のせいで幼く見られがちだが、カロロもコタロウに劣らず頭が良い。無論コタロウのようなサイコパスではなく極めて常識人だ。

 いずれは目の覚めるような美人になると両親は確信している。無論、竜人族の基準では有るが。

 ちなみにコタロウは、竜人族基準でも格好が悪い、ブサイクとされている。

 

 人間性はすごく良いんですけどね〜。

 

「王都に行ったら、おにーちゃんに会えないねー」

「その代わりエルローンさんがカロロの面倒を見てくれるさ。ちゃんと家みたいにカロロの勉強部屋が有ると思うよ」

 コタロウの勉強部屋は流石に壊れているだろう、100年前の事だものな。

 王都の竜は娘とコタロウを結婚させたくて仕方が無いのでカロロを王都に呼ぶことにものすごく熱心で、随分前からカロロを王都の大学に入れるよう勧めてきている。

 エルローン嬢もものすごく乗り気で、妹のような竜が来るのをものすごく喜んでいる。

 カロロが来れば、もれなくコタロウが付いてくると思っているのだ。

 

 一応コタロウもカルカロスの町のコンブリッグス大学の教授なんですけれどね。

 カロロも入学に当たっては一応試験を受けることになっている。

 ただ実際に名士の子弟が落とされる事はなく、カロロも竜人族なので名士扱いだ。とは言えやはり勉強が出来ないと落第させられるのはどこも一緒だ。

 入学に当たってはそれなりの成績を示さないと、みんなに付いては行けないので勉強はしているのだ。


 カルカロスの街の学校ではその強力な魔法のためにいささか浮いた存在になってしまった事があった。

 少数民族の竜人族が差別されることは珍しくは無い。それでも何人かの友人は出来てそれなりに楽しい学校生活を送ってきたようだ。

 大学でも多くの友人を作って欲しいと思う。

 

「おにーちゃん、もう寝るー」

 勉強が一段落すると眠くなったようだ、年齢は大人でも竜の肉体的基準で言えばまだ赤ん坊で1歳児にも届いてはいないのだ、成長のためにも休息は欠かせない。

 ベッドに入って布団をかぶる。まだカロロは人間の様に寝ることを好む。大人になると、火事の中でも昼寝が出来るほどに寒さ暑さはあまり感じなくなる。

 

「カロロ大学に行くー、おにーちゃん時々来てー」

 家族から離れることへの不安が有るのだろう、竜人族は極端に数が少ない。

 寿命が確定できないほど長生きをする竜人族は、出生率が低くなかなか増えることもない。

 やはりカロロも同族であるコタロウに非常に甘えた性格をしている。 

「大丈夫だよ、ボクもイエール大学の講師をしているから時々授業をしに行くから」そう言ってあげる。

 カロロはにっこり笑って目をつぶる。しばらくすると寝息が聞こえてくる。

 

 コタロウの学友は全員寿命が尽きており、誰一人生き残ってはいない。

 

 悠久の時間の中で生き続ける竜人の寿命に付いてこれる人間はいない、必ず先に寿命が尽きるのだ。

 それは仕方がない事なのだ、それが竜人族に課せられた生き方であり呪いであるのかも知れない。

 大きく巨大な体は人との接近を阻み、迂闊に街を歩き回ることも出来ない。

 それでも竜は人との接触を望む、孤高の生き方など選択したくはないのだ。竜も社会的な生き物なのだから。

 竜は全生涯をかけて人と関わりを作り続けなくてはならない。カロロもまたそうやって生きて行くことになる。

 

 コタロウは小屋から出ると両親の元に行った。

 母親はまだ起きており明日の朝食の用意をしていた。吊るされた肉の塊を岩で出来たオーブンの中に吊るして下に敷いてある岩にブレスを吹きかけている。

 岩の扉を閉めて一晩置くと朝には肉が焼けているのだ。

 果物や野菜も置いてあるが加工はしていない。竜の口にはちいさ過ぎて加工しても仕方がないので丸のまま口に放り込むのだ。

 

「母さん、ボクは明日は朝早くからフィールドワークに出るからしばらくは帰らないよ」

「あらそう?頑張って研究をしてきてね、朝ごはんはたべるの?」

「いや、朝早いから、お腹すいたら適当な魔獣を狩って食べるよ」

 かなりワイルドな発言では有るが、フィールドワークでは結構こういう生活習慣なのだ。

 

 いつもの場所で丸くなって寝る。小さい頃はベッドを使っていたがこの大きさになるといつでもどこでもぐっすり寝られる。自分も随分鈍感になったものだと感じる。

 全長で20メートルを超える成人の竜が寝られるベッドなどは無いし、石の床を固いとも冷たいとも感じないのが竜である。

 ぐっすり眠ると夜明け前に目が覚める。大きく伸びをすると翼を広げてテコテコと飛び始める。

 しばらく飛んでいくと大きな木の上に降りて、太い枝の上に腰をかけた。

 下にはメディナの家が見える。コタロウは幹に寄りかかって再び眠り始めた。

 

  *  *  *

 

 ガルガスから聞いた話は非常に参考になった。同時にそれはリクリアの出自に対する回答とも思えるものだった。

 彼女の能力はこの大陸の人間とはかなり違うと結論付けられる、彼女は多分外の大陸の人間だ。

 

『推定、リクリアは1回目の翼竜の出現時にそれに乗ってきた可能性が大』

 ヒロにとって重大な問題はそこではなく、メディナのことである。兎耳族としては異常な強力さを見せた彼女の魔力である。

 

 考えたくはない、だが考えざるを得ない。彼女もまた外の大陸の人間であるかも知れないということを。

 先日の戦いを見る限りにおいて、メディナも魔獣器官を持っている事は明らかだ。おそらくコタロウさんもその事に気がついている。

 いや、その事に付いて彼女は非常に気にしているようだが、それは如何ともし難い。

 

 それ故にこの国で唯一孤立した存在であるヒロを伴侶に選んだのだ。

 

 ある意味で自らのコンプレックスを舐め合う相手として選ばれた事になる。

 しかしその事で彼女を責めることは出来ない。人類宇宙軍から切り離されたヒロの心を埋め合わせてくれたのは他ならぬ彼女だったからだ。

 

 明け方近くにそっとベッドから出たヒロは用意してあった書き置きをテーブルの上に乗せる。

 彼女が捨て子であったと言うことは聞いている、それでも両親は愛情を注いで育ててくれたらしい、素晴らしい両親であったとも思う。

 彼女の出自と巨人の関係を調べる事により、彼女のこれまでの過去を精算できる様にしてやりたいとヒロは思う。

 

 どの様に連れてこられたのか?どんな理由が有ったのかはわからない。

 それでもこの事を調べられる能力の有る者はこの大陸ではヒロだけだと思う。もし向こうの大陸に両親がいて、彼女が望めば帰してやりたいとも思う。

 いや、綺麗事は言うまい。彼女にはヒロの元に残って欲しいし、向こうの大陸に行っては欲しくはない。

 それでも外部からの侵攻の危険性の有る現在、敵の状況を調べる必要はある。

 しかしそれに彼女を付き合わせる訳には行かない、ヒロは一人で行かなくてはいけない事なのだ。

 

 用意していた荷物を持ち音を立てないように家を出る。猟師の訓練を経たおかげで音を立てずに移動する事が出来るようになってきた。

 外はまだ暗く、空が薄っすらと明るくなってきていてヒロの目でも周囲が見える。空気は冷たく落ち葉が舞っていた。

 家からしばらく離れた所でOVISを呼び出す。

 

『出発するぞ』

『了解、食料その他の備品はの忘れ物はありませんか?』


 まるで母親の様な発言をする、そう言えば俺にも両親はいたんだよな。

 何故か遠い昔のような気がする。家にいるより軍隊に行くことを選択した時点で家族の事はあまり考えなくなっていた。

 両親もまたヒロに求めたのは上級市民になることだけだ。そうやってヒロは育てられてきた。

 

『ああ、ハンケチ鼻紙は用意できている、周囲に人の気配はないか?』

『いえ、背後の木の上に一人おります』

「なに?」

 後ろを振り向こうとした刹那「うわっ!」と言う声とともになにかが落ちて地響きを立てる。

 

「あたたたた」

「コタロウさん!」

「いや〜、うたた寝していたら落っこちちゃいましたよ〜」

 どうやら木の枝の上でヒロの家を見張っていたらしい。

 

「なんでこんな所で寝ていたんですか?」

「だって、昨日ガルガスさんの話を聞いたじゃないですか〜、ヒロさんの性格からすれば今日あたり出かけると思いましてね〜」

「今朝出かけるとは限らなかっただろう」

「いえいえ、そうしたら明日もまた来ますよ、絶対にメディナさんに内緒で出かけると思いましたから」

 コタロウはOVISを見上げてそう答える。

  

「ボクの飛行力では嵐の海を渡るのは難しいですがこの巨人さんなら出来るのでしょう?」

 いまのコタロウは街への外出の際に着るズボンを履いていない、便乗する気マンマンである。

「はい、コタロウさん位でしたら問題はありません」

「おい、オーヴィス!勝手に答えるな」

「当機の目的はパイロットの安全を守ることにあります、コタロウさんが同伴することによりパイロットの安全は格段に上昇すると考えられます」

 

 ヒロはあまりOVISに信頼はされていないようだ。


 次回から新章に入り、大陸の外の世界の話になります。

 ヒロとコタロウとOVISの凸凹コンビはどのような世界を発見をするのでしょうか?

 ご期待ください。

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