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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
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領主会議

2ー025

 

――領主会議――

 

 森の葉が落ち、寒さが厳しくなり始めた頃、ヒロは領主からの招集を受けた。何でも金バッジ相当の人間は全員集められたようである。

 

「私がカルカロスの街の領主をさせていただいておりますミルバドと申します、本日は金プレート所持の狩人の皆様にお集まりいただきありがとうございます」

 兎耳族の腰の低そうな男が、そこに集まった金プレート所持の狩人達に挨拶をする。

 この街の領主というのは地主ではない、したがって権力の基盤というのは決して強いものではないのだ。

 それでも多くの街の人が支持をしてミルバドの家系は代々領主を受け継いで来ている。

 

 無論それなりの財があり、土地も所有しているが街の経営に対する支持がなければ簡単に失脚するような脆弱な体制でしか無いのだ。

 体一つで大型艦砲に匹敵する攻撃力を持つ獅子族に、同様の力を持つ大型魔獣グリックが存在する。

 内乱が起きて領主交代を要求すれば、簡単に領主職を投げ出すだろう。そのくらい大変な職責なのである。

 

 もっともそんな事が起きれば、それこそ内乱を起こした側の内部に権力争いが勃発するのが歴史の常である。

 普通の政府であれば反対勢力を殲滅して、市民を弾圧すれば済むことだがここには竜人族がいる。

 そんな内乱を起こせば竜人は街を捨てて逃げ出していってしまう。

 それこそが実質的な抑止力として存在しており、そこそこの施政を行うミルバドは領主としての仕事をなんとかこなしているのである。

 

 先日の大翼竜来襲に関して街の方として対処を行う為の会議と言う事になったらしい。

 集まって来たのは殆どが獅子族で、みんな2メートル超えの大男ばかりだった。中に一人犬耳族の初老の男がいたが、これも獅子族に負けずに大きな体をしていた。

 その中でヒロだけが完全に子供の様であり筋肉の塊の中に埋もれていた。

 会議場は30席程の会議室で室内の作りは豪華と言うほどでもないが、作りが良いのは見て取れる。

 

「本日金プレートを所持しておられる皆様にお集まりいただいたのは先日街の上空に現れた大翼竜ギガンドーグの事についてであります」

 そして最初の大翼竜ギガンドーグの目撃から海岸に現れた狼の巨人の事におよび、この大陸以外の来陸の存在が明らかになった事が伝えられた。

 そのこと自体は驚きを持って受け止められた物の狩人に取ってはどうでも良い事であった。

 

 大陸外からの侵攻であれば対処するのは警備部隊の仕事で有り狩人の仕事では無いからだ。

 金プレートを持ちうると言う事はヘル・ファイアの魔法が使える事を意味するが、個人の能力など軍事侵攻に対しては何ほどの物でも無い。 

 そもそもあの嵐の海を突破してエルメロス大陸に乗り込んで来たとしても、とても戦争など出来るものではない。

 無論それは今の話であり、いずれはもっと船の性能も上がるのかも知れない。

 

 ただ巨人は発射したヘル・ファイアをコタロウのシールドが反射し跡形もなく消滅してしまったので、正体は掴めていないとされたが、その危険性は皆に認識されていた。

 漂流していた犬耳族の男は聖テルミナ病院に連れて行ったら、バルバラ医院長に何故か拉致されヒロ達には何も知らせてくれない。

 リクリアと戦った兎人族の男の遺体もバルバラの元に運ばれたが、それは秘匿されてしまった。

 わからなくもない、これまで外敵の侵入のなかったエルメロス大陸に対する侵攻である。街の警備程度の軍隊しか持たない国ではとても対抗できないので、人心を考えても対策は密かに行われることになるだろう。

  

「ただそれよりも大きな問題がありましてな、あの巨大な翼竜をガルギール殿がヘル・ファイアで粉砕しましたからな」

「おお、そのおかげで街を上げての保存食作りで今年の冬は安心して暮らせるようになりましたぞ」

「問題なのは回収できた肉はその翼竜の半分以下でしかなく、臓物類はほとんどがうち捨てられたままなのです」

 

「そうですな、軽く見積もっても2000メートル四方には四散しましたからな」

「おかげで血のシャワーを浴びせられて、いやあカミさんに洗濯の事で怒られてしまったからな」

 がっはっはっと笑う男達、冬の食料備蓄が出来たので余裕である。

 

「左様、あの怪物の推定重量は2万トン、その半分以上がその付近にばらまかれたのですぞ」

 回収できた肉の数量はおよそ5千トン、通常の動物の肉の量は体重の4割程度だから大体計算が合う訳だ。その話を聞いて犬耳族の男の顔が青ざめた。

 

「大型魔獣1万頭分近くの肉があの付近に残されたと言う事か!まさか大懐嘯が起きると?」

 大懐嘯とは魔獣も間引きが十分でないときに起きる現象で、大量の魔獣が餌を求めて大移動を行う現象である。

「いえ、ケルマーン殿その逆でしょう、大型魔獣の大発生が懸念されます。

 聖テルミナ病院のバルバラ医院長の指摘によりますと、あの大翼竜ギガンドーグは間違いなく魔獣で有り、そして広範囲にその肉がばらまかれたことを意味します」

 大型魔獣グリックは普通の魔獣が魔獣の肉を食うことにより魔獣器官が肥大し、体が変化を起こすことにより生まれる事は広く知られていた。

 

「ちいっ!なんてこった。大き過ぎる獲物に浮かれて肝心な事を見逃していたぞ!」

「来年の春以降大型魔獣の大発生の恐れが有ると共に、普通の魔獣の減少が予想されます」

「俺達を呼んだ理由はそれか…?」

 流石に狩人はその意味を直ちに理解できた。大型魔獣グリックが増加すれば普通の魔獣が彼らに食い殺されてしまうからだ。

 今回手に入れた肉のしっぺ返しを次の春に受ける事になる。自然の摂理は甘いものではなかった。

 

「防衛策として冬の間にあの地域での魔獣の狩猟を増やしていただきたいと言う事です。肉を食べた個体をなるべく狩っておきたいのです。それと共に大型魔獣発生率の統計を取りたいのです」

 肉を食べた魔獣は魔獣器官の肥大が始まるので解体をすればすぐにわかる。統計を取れば春の魔獣発生数を予測できるし、魔獣を狩っておけば大型化の阻止も出来るのだ。

   

「竜人殿にも支援は要求致しますが、どの位の数がこの近くで発生するかわからないのです。したがって来春以降までに新規のチームの訓練と増員に対してご協力をお願いしたいと言う事なのです。

 そのために街外れに狩人ギルドの訓練所を新設したいと思いますがそ、の訓練所の教官をお願いしたいのが一つ、もう一つは冬の間訓練を受ける若者を集めていただきたいのです」

 

「我々が教官をするのか?」

「はい、獅子族の皆さんにはなるべく多くのヘル・ファイアの使い手を育てて欲しいと言う事を、訓練所ではチームワークによる戦いの訓練をしたいと思っています」

 これ自体は珍しくもない、狩人というものはチームに入って修行するのが普通のことだからだ。

 

「しかし我々としてもヘル・ファイアは迂闊に使える魔法ではない、撃ったが最後動けなくなってこちらがやられる可能性の高い技だ」

 ヘル・ファイアの使用は体内の魔獣細胞の枯渇を意味する。それは回復までに1週間以上の時間を要することを意味していた。

 それはその間狩りが出来ない事を意味するのである、そんなリスクを犯さなくてはならないほど切羽詰まった場合だけに使用できる魔法だ。

 

「はい、ですから極力チームによる訓練を重視し、出来ればケルマーン殿にその教官をお願いいたしたいと思っております」

 その席に唯一列席していた犬耳族の男の方を見て言った。

「わ、わたしがか?」裏返った声が聞こえる。

「おお、ケルマーン殿であれば適任でしょう。この街の犬耳族の英雄ですからな」

 誰かと思えばアラークである。

 

「い、いや私など…」

「謙遜なさるな、ワシら脳筋の獅子族では若い者達の教育は難しくてな、貴殿の様に機知にとんだ対応はとてもおしえられんでな」

 そんなやり取りがあって話し合いは終了した。そして解散した直後にヒロは領主に呼び出された。

 

  *  *  *

 

「私が訓練所の魔法担当の教官に?」メディナが目を丸くする。

「コタロウさんが推薦したらしい、どういういきさつなのかは知らないが俺にも同じような依頼が来たが…まあ俺の場合は魔法は使えないからね」

 獅子族に対して魔法コントロールの訓練を施して欲しいとのことらしい。ヘル・ファイアを使う度に狩りすら出来なくなるのでは如何ともし難いからだ。

 

「そっか~、あの翼竜が今そんな問題を引き起こしているんだ~」

「どうする、やってみるかい?この冬に狩人ギルドでは街の近在の魔獣の猟を推奨しているみたいだが」

 翼竜を解体した場所には既にその残骸は骨だけになっているみたいだ。肉食獣ならず草食獣までも肉を食うので、あっという間に肉はなくなってしまっていた。

 

「冬の間でも猟はしているわ、ただ獲物の影が薄くなるから街の近くにいるものだけを狙うことになるわね。一番の問題は寒さよ獅子族、熊族、猫耳族は明らかに動きが鈍るわ。犬耳族だけは寒いほうが元気が出ると言われているわ」

「そういうものなのか?」

「だから夏のようには頻繁に猟をすることは出来ないわね」

 

 その時家の外でバサバサ…ドスーンと音がした。何が来たのかはその音だけでわかった。

 

「メーディナー」

 カロロを頭に乗せたコタロウの訪問である。

 

「コタロウさん何ですか、あれは?メディナを教官に推薦したそうですね。メディナに獅子族の教官をさせるつもりなんですか?」

「いや~っ、狩人の強化訓練と言うのは、言われる通り獅子族の訓練なんですよね~」

 やはりメディナが過去にカロロと一緒に行ったような魔力コントロールの練習をさせたいらしい。

 少なくともヘル・ファイアを撃った後に戦闘が出来る程度に魔力を残さなければ非常に危険だ。

 その事は以前アラークと共にウェアウルフを討伐したときに強く感じられた。

 

「判りますけど~、コタロウさんがやれば良いじゃないですか」

「ボクは駄目ですよ、竜人族だもの。あんまりそこいら辺に関わるべきじゃ無いですから〜」

「大学で教師やっているのに?」

「ボクが何かやっても竜人族だからと言う気持ちになりますからね~」

「獅子族が兎耳族の言う事なんか聞きませんよ」

 どう考えてもあの尊大な性格と巨大な体躯の獅子族が小柄なメディアのコーチなど受けるわけもないだろう。

 

「そんな事ありませんよ、領主は兎耳族だし街の要職の半分以上は兎耳族なんですよ」

「そうなの?」

「兎耳族は体力も無いし魔法も弱い、その上臆病だけど実務に関しては非常に優秀なんですよ」

 …まあ…何となくわかる気がする。

 

「メディナ、すごくゆうしゅうー」

「この訓練と言うのは魔力をコントロールして、獅子族がヘル・ファイアを撃っても動ける位の魔力を残すことに有るんだよね」

「いや、それって竜のお父さんと同じことになりそうで怖いわね」

「もちろんそれも有りますが、才能の有る犬耳族にメディナさんの様な威力の小さいヘル・ファイアを撃てるようにしたいと言う事もあります」

 犬耳族であればそれなりに練習をすれば小さなヘル・ファイアを使えるようになるかも知れないが、獅子族は果たしてメディナの言うことを聞くであろうか?

 

 見るからに脳筋な獅子族の集まりである。アラークはまだましな方だが、色々と話を聞くとやはりかなりの脳筋集団であることは間違いがない。 

 そもそも魔力を根こそぎ奪うヘル・ファイアの試し打ちなど、そうそうできるものでも無い。

 いずれにせよ竜人との取り決め通り、街の近くでの大型魔獣の討伐は街の責任である。

 冬の間にかなりの数の大型魔獣が生まれる可能性が高く、それに伴って魔獣の数が減れば街の食糧問題にもなる。

 

「それならせめてリクリアと一緒にやりたいわ」

「ああ〜っ、それは良い考えですね〜。リクリアさんは今怪我をしておられますから、狩人の仕事も出来ませんし、ボクがギルドに推薦しておきますよ」

 そんなこんなで、メディナとリクリアの冬の仕事が決まってしまった。

 

「冬が明けたら大々的に大型魔獣狩りが始まる事になるわね」

 狩人の訓練はメディナならうまくやれると思う、ここでヒロがやらねばならないことはあの翼竜が何処から来たのか探る事である。

 翼竜そのものが脅威であることもさることながら、あの狼顔の巨人と兎顔の巨人もまたこの大陸に取っては大いなる脅威だ。

 船で来られなくとも翼竜で運ばれてきたら阻止することが出来ない。

 

『意見具申、当該巨人に対する推認』

『ほう、どんな事だ?是非聞かせてくれ。』

『魔獣の存在についてのこれまでの言説では、魔獣器官を持った動物が、同種の肉を食うことにより魔獣器官が肥大化すると言われています』

『ああ、それが大型魔獣グリックの発生要因だと言われている。それが今回の騒動の原因だ、魔獣器官を持つ翼竜の肉が森中にばらまかれたのだからな』

 

『しかし、この大陸の住人は肉を食べても大型化はしません』

『当然だ、連中は魔獣器官を持っていない。だから肉を食って魔獣細胞を補給しているんだ……と、そういうことか』

『おそらく共通の先祖を持った種族が、魔獣器官を持つものと持たないもので大陸を分かたれたと考えるべきだと思われます』

『あの死んでいた兎耳族の女が原種で、兎顔の巨人が魔獣の肉を食って大型化した者だとすれば完全にその理解が成り立つな』

 

 そうなると竜人のお母さんが助けてきた犬耳族の男は、狼顔の種族と同じ者で肉を食わなかっただけの違いということになる。

 あの男は病院を退院した後何処に行ったのだろうか?

 彼に聞けば嵐の外の国のことがわかるだろう。やはり医院長に問いただして調べておかなくてはならないかもしれない。


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