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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
49/221

実在する神

2ー020

 

――実在する神――

 

「ぐおおおお〜〜っ、な、何だこいつらは〜?」

 

 ようやく翼竜の墜落現場にたどり着いたガーフィーはリクリアとメディナの戦いを見て感嘆の声を上げる。

 臆病で、魔法力が弱く、運動神経が悪く、逃走のみに特化した、6種族の中で最も弱い種族だったはずの兎耳族がこれ程の戦いが出来るものなのか?

 逃走の為に身につけていたジャンプ力を戦闘のために使用した場合の戦闘方法は全く初めての経験だった。

 

「リクリア殿〜っ、何者ですかな〜っ!その者達は〜!」

 吠えるような大声が、山中に響いた。

 

「ちっ!増援か!」

 リクリアと戦っていた僧兵はいきなりガーフィーに向かって炎弾を打ち込んだ。

 

「うおおお〜〜〜っ!な、何をする〜〜〜っ!」

 ガーフィーの周囲で炎弾が爆発を起こし、バタバタと這いずりながらなんとか炎弾を躱した。

 

「やめろ!そいつは関係ない!」

 リクリアが叫ぶと僧兵めがけてカマイタチの攻撃を仕掛けるが、僧兵はやすやすと躱してリクリアに槍を突き込む。 

 ガキッと空中で槍を受け止める。ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッと打ち合いながら地面に降りると再びジャンプをして間合いを取る。

 

『コイツ獅子族より強い?』

 もとより誰かと、全力で戦ったことの無いメディナである、獅子族より巨大でジャンプ力の有る相手など見たこともなかった。

 僧兵の打ち出してくる魔法を左腕に開いたシールドで受けると、間髪を入れず槍を引いて撃ち込んでくる。穂先をシールドで受けるがはずみでふっとばされてしまう。

 

『力は強い!体重もある!だけど思っていたより遅い!』

 ふっとばされながら相手に電撃を食らわせる。躱すことも出来ずにまともに浴びてしまうが、それでも顔をしかめただけで反撃をしてくる。相当にタフな肉体をしている、まるで魔獣のようだ。

 

 魔法による攻撃がそこいら中を飛び回る中、ヒロはその場を動くことも出来ずに死んだ兎耳族の横に膝を付いていた。

『オーヴィス彼女たちを支援しろ、非殺傷兵器は無いのか?』

『有りません、私は戦艦を相手に戦闘をするように設計されています、搭載兵器を使用すれば目標は必ず死にます』

『グラビティは使えないか?』

『これ程の速度で動き回る者には不向きと判断、あれは兵器ではなく当機の浮遊装置です』 

 

 多分彼らは嵐の海の向こうからやってきた人間だ、できるだけ生きたまま捕らえたい。

 そもそもなんだって奴らはリクリアの顔を見た途端に突っかかっていったんだ?彼女を知っている者達なんだろうか。

 そう言えば彼女が自分の事をあまり話したのを聞いたことがない。メディナのことがすごく気に入っているみたいだったが、彼女が昔のことを話したのはあれだけだったような気がする。

 

「ウガアアア〜〜ッ、貴様ら喧嘩は止めんかああ〜〜っ」

「くそっ、うるさい奴め!増援を呼ばれたら面倒だ。」

 僧兵のひとりがガーフィーに向けて再び炎弾を打ち出す。

 

「馬鹿者!同じ攻撃がこの『銀槍』のガーフィーに効くと思うてか!」

 ガーフィーは両手を掲げると炎弾の前に風の防壁を張る。強力な暴風の渦が出来てその風が炎弾を弾き飛ばす。

 

「炎弾は竜人族のファイア・ボールと同じものよ、炎の空気に渦を与えて飛ばす魔法であれば、風によって簡単に防げる」

 まあ竜人様のファイア・ボールは温度も渦も桁違いに強いからこんな物では防げないがな、と心のなかで思う。

 

「避けろ、リクリア!金プレートの狩りを見せてやる!」

 ガーフィーはリクリアの相手の僧兵に向かってカマイタチを放つ。巨大な風の刃物が僧兵に向かっていく。

 

「くっ、早い!」

 僧兵は空中で身を翻すがわずかに遅れ、腹の一部を切り裂かれる。

 

「どけいリクリア、20年魔獣を狩ってきた男の拳を受けてみい!」

 兎耳族をも凌駕する速度で飛び出すと、その岩のような拳で僧兵の顔をぶん殴る。

 

「がはっ!」

 ふっとばされた僧兵は白目を向きながらも体制を整えて立ち上がる。かなり訓練を受けた兵士のように見える。

 すかさずリクリアが止めを刺そうと僧兵に向かって突っ込んでいく。

 

「やめい!無用な殺生をするな!」

 ガーフィーの怒声に一瞬動きを止めたリクリアに、意識を取り戻した僧兵は槍の穂先を跳ね上げる。

 

「ぐわっ!」

 リクリアの左手が切断され血しぶきとともに宙を舞う。

 

「この馬鹿者が〜〜っ、情けをかけた相手に斬りつける奴があるか〜〜っ」

 腰の刀を抜くとひとっ飛びで僧兵に詰め寄り一刀のもとに首を跳ね飛ばす。

 ボタッと音を立てて僧兵の首が地面に落ちる。その音を聞いてガーフィーははっと我に返った。

 

「し、しまった〜〜っ!ワシとした事が〜〜っ、無駄な殺生をしてしまった〜〜っ!」

 

「おのれ!よくも我が同胞を!」

 メディナが相手をしていた僧兵が大きく飛び下がると槍を捨て両手の平をこちらに向けると光の粒が現れる。

 

「おのれ!ヘル・ファイアを撃つつもりか?」

 ヘル・ファイアは巨大魔法なだけに相手を撃ち漏らせば、撃った者が動けなくなる。

 同胞を失くし、その事をわかった上での必死の魔法である。

 

「我が同胞のかたき、思い知れ!」

「逃げろ、メディナ!オーヴィス、シールドを張れ!」

 

 その時、僧兵の前に大きな肉の塊が天から降ってきた。体の正面にシールドを展開したコタロウである。

 グワッと放射するヘル・ファイアを正面からシールドで受け止める。しかし受けたエネルギーはそのまま反射して僧兵を跡形もなく蒸発させてしまった。

 シールドから反射したエネルギーが周囲に飛び散るが、OVISがシールドを展開させ周囲の人間を守っていた。

 

 ヘル・ファイアを正面から受け、硬直したように動かなかったコタロウだったが、目からボロボロと涙を流し始めた。

 

「あああ〜〜っ、ま、また新種サンプルを破損してしまった〜〜っ」

「おにーちゃん、それはやめーっ!」

 体の正面半分を焦がしながら、涙にくれるコタロウである。流石にあの至近距離では少しエネルギーがシールドから漏れたらしい。

 この世界の住人は狩人のせいか殺すことにためらいがない。しかし反対に人を殺すことには物凄い嫌悪感を持っているようだ。

 

「おにーちゃん、怪物の様子を見に来たのー、そしたらメディナ達戦ってるー」

「ふたりを止めようとしたんですけどね〜、せっかくの新種発見だったというのに…」

 相変わらず人を死なせたことよりも、また新種サンプルを失ったことを嘆く竜人である。

 実はこの人も相当なサイコパスなんじゃないかな?もう少し人を殺したことを悔やんで欲しいものなのだが。

 

「リクリア!すまん、ワシの失策だ!」

 ガーフィーは背嚢から緊急医療用品を取り出すとリクリアの腕に止血をおこなう。

 

「あんたいつもそんな物を持っているのか?」

「当たり前だ、特に今回は初心者が勢子の中にいるんだぞ、事故が起きても手当が遅れることは有ってはならん」

 乱暴者に思えたガーフィーだったが、やはり銀槍のリーダーである。ちゃんと狩人の矜持を持った人間であった。

 

「リクリア、大丈夫?」

「心配するな、こんな傷はすぐに治る。メディナ、お前ならその意味はわかるだろう?」

「?…どういう事?」

「それよりワシはリクリアを担いで聖テルミナ病院に連れて行く、なに30分もすれば着く、それまで我慢してくれ」

 OVISを使えばもっと早く着く。そう言いたかったが、ガーフィーの顔を見ているとそれも言えなかった。

 

「…腕を…」メディナは切り落とされた腕をガーフィーにわたす。

「おう、わかった、しばらく我慢をしておれ、すぐに手当をして繋げてもらうからな、後のことはよろしく頼む!」

 とはいえ、この世界では腕の再結合手術は無理だろう、そう思うヒロであった。

 

 ガーフィーはリクリアを担いで街に向かって全力で走り始めた。こんな時は彼らの獣の体力は頼りになる。

 その横でコタロウは下を向いて地面に「の」の字を描いていた。

 

「おにーちゃん、しっかりするのー、まだ遺体が2つも有るよー」

 カロロもだいぶコタロウの精神的侵食を受けているように思える。

 

「それよりヒロ、あの巨人はやっぱりあなたの?…それとも何なの?」

「オーヴィス、姿を表わせ」

 ヒロの後ろにOVISが姿を表す。

 その気配にこちらを向いたコタロウは、みるみる目を輝かせる。鼻息が荒く手がワサワサと動いている。

 

「ひ、ヒロさん、ヒロさん、この巨人は……?」

「やっぱり…ヒロが使役して…?いる巨人なの?」 

「ああ、俺の相棒の巨人だ、魔獣の頭をふっとばしたのも、シールドを張ったのもコイツの力だ」

 OVISをなんと説明すれば良いんだろう?宇宙の果てで星間戦争をやっていたらこの星に落っこちて来たと言ってもリアリティが無いしな〜。

 

「ヒロさ〜ん、やっぱりこの巨人はヒロさんが操っていたのですね〜?」

 どどどどっとコタロウが近寄ってくる。

「いや…その……」

 初対面で親父さん、殴っちゃったからな〜。

 

 背後からカロロが尻尾でパコーンとコタロウの頭をひっぱたく。

「だいじょーぶー、お父さんにはないしょー。おにーちゃんもわかったー?」 

「も、もしかしてカロロさんはこの巨人は俺だと気がついていたの?」

「うん、なんとなーく。話し方の癖、ヒロさんそっくりー」

 意外なほどに観察力の鋭い妹だ、コタロウさんより良い学者になるかもしれないな。

 

「わ、わかっているよ〜。ボクの大切な観察対象だもの、絶対に他の人にはそんな事言わないから〜」

 コタロウは頭をさすりながら答える。

 

 頼むよ〜…ホント…こっちの命が掛かっているんだからね〜。

 

 というか、コタロウさんが結構足繁くメディナの所に来ていたのは、俺の観察が目的でも有ったのかよ。

 

「それなら、この遺体は俺が医院長の所に持っていくよ」

「そうですか?いや…このままではまずいでしょう。ボクが街に行って遺体袋を持ってきますよ」

 腹に大穴が開いた死体に、首がちょん切れた死体だ、いくら狩人の街だとは言っても獣じゃ無いんだから、このまま運ぶ訳にも行くまい。

 

 コタロウとカロロが飛び去っていくとメディナとヒロが現場に残される。

 ふたりはとりあえず死んだ僧兵の首を元の位置に戻し、手を組んであげる。次いで兎耳族の女性もその横に寝かせて手を組む。

 ふたりで手を合わせ死者に祈りを捧げる。彼らが何故翼竜に乗りこの地に来たのかはわからない、だがリクリアを見るなり襲いかかった以上、彼らはリクリアと繋がりのある人間だということだ。 

「僧兵ってリクリアさんは言っていたけど、それってなにかしら?」

 メディナがポツリとつぶやく。

 

『僧とは宗教の修業者のことではありますが、宗教同士の覇権争いが起きたときに敵対勢力との抗争に際して武力手段として存在する兵士のことを指します』

『丁重な解説ありがとう、要するに人類宇宙軍ような存在のことか?』

『守護対象を「人類」とするか「信仰する神」にするかの違いだけです。ただし多くの場合は神ではなく「宗教権益」が守護対象となります』

 

「宗教に係る軍事組織の一種だ、自らの信じる神を守る為の兵隊のことだよ、カルカロスの街にはそんな人間はいるのか?」

「有るわよ警備軍という組織で警察活動を行うわね」

「宗教的な軍事組織は無いのか?」

「無いわよ、この街に限らず地物万物に魂が宿るというのが私達狩人の考え方だから」

 

『狩猟民族は獲物を狩って糧を得ています。それ故に獲物や大地に対する感謝の気持ちから多神教になるのです、彼らは絶対神を持たないが故に宗教対立が起きにくいのです』

『宗教対立が起きないから、その宗教を守る兵隊が存在しないということか』

『その上、この国には目に見えない神ではなく、実際に自分たちを守ってくれる神が現存していますから、宗教対立は起きにくいでしょう』

『あるのか?そんな物が?』

『あの竜人の一族です』

 

 目に見えない神様よりも、そこに居て助けてくれる存在のほうが神様よりありがたいと言うことか。


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