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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
42/221

外洋の遭難者

2ー013

 

――外洋の遭難者――

 

 狼顔の人間がコタロウによって消滅させられたので、村人は後片付けと怪我人の手当をしていた。幸い死者はおらず殆どの人間が切り傷か、打撲程度で済んでいた。

 

「それより竜人様、彼らは異形ではありますが、明らかに人間です、あの二人が浜に流れ着いたと言う事は沖で船が沈没したのではないでしょうか?」

 村人から傷の手当を受けていたバークがお父さんに進言する。ひどい目に合わされたとはいえ船乗りの矜持を心得た男である。

 

「ああ〜ら、それは大変だわ。お父さんすぐに捜索に出なくては」

 お母さんは背中の包みをほどくと地面の上にそれを開く。 

「さっさとお弁当を食べてから出かけましょう」

 あらゆる事に優先して食事を食べさせる竜の奥さんである。亭主と子供にはちゃんと食わしておけば、死ぬことはないだろうと考えるのが母親のさが、親の鏡である。

 

「コタロウちゃんも食べなさい、カロロちゃんは?」

「カロロお腹いっぱーい、お魚食べた〜」

「僕はいただくよ、あれじゃ足りないから」 

「そ~お、コタロウちゃんも一人前に食べてくれる様になってお母さんうれしいわ〜」

 コタロウは一応100歳を過ぎた竜で、大学の先生で竜の郵便事業のオーナーでもあるのだが…。

 がつがつと大急ぎでお弁当の肉を食べる竜人一家にいささか引き気味の村人たちである。

 

「よっしゃ、それじゃ捜索に出てみるか?」

「遭難者がボクらを見てヘル・ファイアを撃ってきたらどうしよう」

「ああ、海の上だし飛んでいれば簡単によけられるだろう。撃ったらどうせ動けなくなるから一発殴って連れてくればいいさ」

 かなり実務的な対応を考えているお父さんである。捜索範囲を打ち合わせた後、両親は海に向かって飛び出していった。

 

「そういえばこの先に嵐の海が有るんだったよね~」

「そうよ~、一年中強い風が吹いているんだから海も荒れているのよね」

 エルメロス大陸を囲むように存在する嵐の海域は実在することが広く知られている。

 それ故にこの大陸に住む人間の世界観は、平らな地面の周りを太陽や星々がめぐる地動説が信じられている。

 ところがコタロウの学んだ大学では地動説を信じる者はおらず、大地は丸く、天体の軌道を研究する学問も有った。

 しかし大陸から外に出ない一般人にとってはどちらでも良かったのである。それ故に民間人は直観にしたがって地動説を信じていた。

 

「その海に巻き込まれた船なのかもしれんなあ、だとするとかなり遠くに出ていたことになるねえ」

「そんな事は無いでしょう。泳いでこの国に流れ着いたんだから、そう遠くない場所で船が沈んだ事になるわよ〜」

 こんな事を話しながら沖の方に出ていく二人である。 

「これが漁師の捜索だと漁場と潮の流れで、大体の場所を教えてもらえるから場所を絞りやすいんだがなあ」

「あら、お父さんあれは何かしら?」

 海の間に白く砕ける波のような物が見えた。 近づいて見ると、それは大きな船の前半分で有った。

 

「これが連中の乗って来た船のようだね」

「かなり大きい木造の外洋船のようね」

 周囲を飛びながら浮いている人間がいないか探して回る。 

「木造船だったから壊れても沈まなかったんだね、半分だけだから良くはわからないけど、かなり大きいようだザンバルドに停泊している貨物船より大きい感じだね~」

「お父さんが降りたら沈むかもしれないから、浮かんだままこの船に取り付くのよ」

「そうだな、おやあれは?」

 船から伸びているロープに何かが絡まっている。どうやら人間の様に見える。

 

「あれは…ずいぶん大きな体をしているね」

 絡まったロープから外してみるが、既に死んでいた。確かに狼の顔をしていて3メートル近い身長が有る。 

「あの子達の言っていた通りの人間ね、少し綺麗な格好をしているからお金持ちか、船長かしら?」

 二人は船の船体のあちこちをたたいて回る。浮いている部分の中に人が閉じ込められている場合が良くあるのだ。

 

「何か反応が有ったか?」

「このあたりから音が聞こえた様な気がするわ」

 船体に耳を付けて舟板を叩くと明らかにこちらの合図に反応していた。 

「どこらへんかな?」

「この辺かしら?」

 かなり舳先へさきの当たりから音が聞こえてくる。おそらく沈没した時に閉じ込められたのだろう。

 

「甲板が上を向いているからそこを破ってみるか」

 甲板を叩くと確かにその下から音が返って来る。 

「おお〜い、聞こえるか〜。これから甲板を破るぞ~」

 大声で怒鳴るとそれに合わせて板を叩く音が聞こえる。

「どうやら理解したようだな」

 おとうさんが甲板を突き破って大声で呼びかけるとか細い声が返って来る。

 

「出られるか~~っ?」

「明かりが見えま~す…そちらに…上がって行きます」

 破壊した甲板の下の方から周囲の物をのけるような音がする。 

「生きているのはお前さんだけかね~」

「…ここには私だけです~、甲板に生き残りはいませんか~」

 どうやらこの船で生き残ったのは彼一人だけらしい。もそもそと甲板の砕けた木材を動かして犬耳族の男が姿を表した。

 

「おお、良かった無事だった様だな」

 しかし犬耳族の男は竜の姿を見た途端に悲鳴を上げた。 

「かかか、怪物~~~っ!」

「なんじゃ?失礼な奴じゃな、竜人族を見た事はないのか?」

 男は慌てて元来た場所に戻ろうとして下に潜り始める。

 

「あらあら、逃げちゃだめよ〜」

 お母さんは爪を立てて男の周囲の甲板ごと男を掴み上げる。流石にお母さん、容赦がない。 

「ひいいいい~~~~っ、食べないで~~~~っ」

 男が叫んで必死でお母さんの手の中で暴れる。仕方がないのでお母さんは爪の先で軽く男の頭をどつくと白目を向く。

 

「か、母さん!何をやっとるんじゃい?」

「いえね、あのまま船の奥に逃げ込まれたら面倒だから…お父さんもさっきおっしゃってたじゃないですか?」

「いや、まあワシ…言ったけどさ〜」

 母さんの冷徹な処置にいささか気まずい思いをするお父さんである。

 

「私は先にこの人を連れて帰りますから、お父さんはこの辺りをもう少し探してくださいな」

「う、うん。わかったよ」

 お母さんは先ほどの死体と一緒に男を掴んだまま陸に向かって飛び去って行く。 

「やれやれ、あの男竜人族を見たことが無いようじゃな?」

 相当な田舎者なのかなとお父さんはぼやきながら、船の周辺の捜索を続ける事にした。

 

 お母さんが元の浜辺に戻って来るとコタロウが手を振っている、周りには怪我をした人たちの治療をしている医者も見えた。

 お母さんが二人を抱えたまま降りるとバークが深々と頭を下げて医者を呼ぶ。

 ひどい目に合わされた相手であっても救助された事を素直に喜んでいるのだろう。

「わ、ふたりとも同じ形の服を着ている、どうやら上級の船員じゃないかな?」

 コタロウの目がランランと輝いていた。どうやらコタロウには人の生死よりもその服装に興味があるようだ。

 どうしてこんな子に育ったのかしらと、いささか戸惑いを覚えるお母さんである。

 

「こちらの方は駄目ですね、既に亡くなっておられます」

 狼の顔をした巨人を見て兎耳族の医者は言った。

「こちらの方は意識がありませんが、すごいこぶが出来ていますね。どこかにぶつけたのでしょうか?」

「おほほほ、そうですか?船にしがみついて意識を失っておりましたのよ」

 お母さんの目が少し泳ぐ。カロロが白い目で見ていた事には気が付かない様子だった。

 

「どちらにしても町の病院に連れて行った方が良いでしょう。意識が戻らなければ私も治療が難しいですから」

「わかったわ、他に病院に行った方が良い方はいらっしゃいますかしら?」

「今のところ他の怪我人は私の方で処置できますから」

「待って、母さんこっちの大きな人の方も病院に連れて行ってよ〜」

 犬耳族の男を持ち上げて飛ぼうとするお母さんを止めるコタロウである。死んでると思ってもやはり病院へ連れて行こうとする行為に称賛の目が注がれる。

「あら?もう亡くなっているのに埋葬して差し上げないの?」

「新種だよ〜!絶対に調べたい個体なんだから~」

 

「「「…………………」」」

 

「お兄ちゃん、鬼のよー」

 コタロウに対する周囲の視線が、一瞬にして冷たいものに変わるのが感じられた。

「はいはい、わかりましたよ。かわいい息子の為ですものね~」

 二人を抱えて飛び上がるお母さんに、目をハート型にしてついていくコタロウ。 

「カロロはお父さんと一緒に帰って来るんだよ〜」

「おにーちゃんの、マッド・サイエンティストー!」

 カロロの叫び声を無視してコタロウはお母さんと一緒に街に向かった。

 

 

「竜のお母様、今回は海難救助ご苦労さまでした。生存者に関しては全力で治療を致しますのでご安心ください」

 医院長の挨拶に、如何にも釈然としない顔で首を傾けたまま竜のお母さんは帰っていった。

「けが人はすぐに治療室に運んで治療を開始しております、こちらのご遺体の方は地下の安置室の方へ送って1日以上保管をいたします」

 安置室?たしか地下の部屋は以前は氷室とか言っていなかったっけ?

 

「い、医院長さん。ふ、腑分けをしましょう、腑分け…」

「ダメですよ、身元を調査して、24時間以上置いて死んだことを確認しませんと」

 正規の死亡診断にこだわる医院長である。そうでなければマッド・サイエンティストと呼ばれる事になる。

 いや、この人は既にそう呼ばれていますが。

 

「そ、そうなんですか~~~っ?」

「あからさまに残念そうな顔をしないでください、人が亡くなっているのですよ」

「ス……スイマセン、つい興奮してしまいまして、是非腑分けには立ち会わさせてください。是非、是非、是非、是非!」

「わかりました、おいでください。好奇心こそは人間を発展させる原動力ですからね」

 コタロウの探求心を高く評価する医院長。

 流石に農業指導、衛生指導、漁師の健康管理など多岐に渡る支援を惜しまない人である。少しサイコな部分を無視すれば。

 

 狩人ギルド長の秘書である兎耳族のリシュリーが訪れてきた。どうやら噂を聞きつけたらしい。竜のお母さんが遺体を運んできたら噂にならない方がおかしいが。

「竜人様には、今回遭難者を救出していただきましてありがとうございました。身元を確認したいのですが宜しいでしょうか?なにか、特殊な人種だと聞き及んでおりますが」 

 しかし医院長のバルバラはリシュリーの前に立ちはだかりズンと胸を突き出す。

「申し訳ありませんが、治療中です。何かわかり次第そちらにご連絡いたしますわ」

 医院長の迫力にたじろぐリシュリー、医者にそう言われては引き下がらざるを得ない。 

 医院長にしても流石に今の段階であの大型の狼人族の事を話す訳にもいかないだろう、そうコタロウは思った。 

 

「猟師ギルドからの捜索依頼はまだ出ていないのですか?」

「はい、先行して竜人様に依頼を致しましたが、捜索依頼はまだ来ておりません」

「それではそれが出てから調べましょう、まだ本人の話が出来る状態ではありませんから」

 傍から見ればあからさまな情報隠蔽なのだが、医者にそう言われれば引き下がらざるを得ない。

「…判りました、それでは出直しましょう」

 

 残念そうにリシュリーは帰っていく、彼女にすれば狩人事故の情報は非常に重要な事項なのではあるのだが。


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