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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
41/221

コタロウの涙

2ー012

 

――コタロウの涙――

 

 お父さんは貿易港ザンバルドに有る漁業ギルドに顔を出す…いや顔を突っ込むと歓迎の笑顔で迎えられる。

 

 ザンバルドはカルカロス街に隣接する貿易港であり、エルメロス大陸内の海洋交易を行う港町である。

 外洋航路を航行出来る大型船が何隻も停泊しており、貿易量の大きさを示していた。カルカロスを中継点に、大陸の奥にある街への物流拠点となっていた 

 ザンバルドの港はオーリアスから浜を2つ離れた場所にある大きな港である。

 その先にあるロムサンヌ漁港までがカルカロスに所属する海岸線であり、その先は岩場が続き漁港はない。

 

「今の所未帰還船はおりませんな。まあ交易船は殆どが出港しておりませんし、漁船も浜に上げておりましたからな。本日寄港予定の船舶も有りませんから、これからどちらの港に行かれますか?」

 熊族の漁労長が笑顔で出迎える、熊族にたがわぬ2メートル以上のたくましい大男だ。

  

「ああ、陸に沿って順番に港を回って行くつもりだよ」

「ありがとうございます。なに漁師は頑丈な熊族が多いですからな、船が壊れても泳いで帰ってきますで」

「ふむ、それではまた帰りに寄るとしよう、とりあえず隣の漁港から回っていくよ」

「帰りにお寄りください、樽一杯の小魚を用意しておきますからな」

「あ~、飲み物の魚ね…」

 竜にとってのイワシやアジは人間に取ってはシラス位の感覚なのだ。

 

「ロムサンヌ漁港まで浜に沿って飛んで頂ければ、何かあれば救援旗を広げているはずですから、そこで要請を聞いてください」

「ああ、そうすることにするよ。ま、なにも無ければそれに越したことは無いしね」

 このザンバルド港からロムサンヌ漁港までは100キロ程である。

 それ以外にも砂浜から船を出す漁師は多く、ギルドに加盟していない個人の方が情報が行き渡らず遭難の危険性は高いのだ。 

 

 天気を見ることは猟師にとっては生き残るために必須の能力なのである。

 ただ個人のボートでは陸が見えなくなるまで沖に出る事は無く、海が荒れればすぐに戻るのであまり遭難することは無い。 

 ただし海に出ても陸地は地球の丸みの下に隠れてしまい、陸が見える範囲は5キロ程度までである。

 それを超えても高い木や崖が有ればそれは見えるので、猟師はそれを見ながら自分の位置を確認しながら沖に出ていくのだ。

 

 いずれにせよあまり早い時間では、安否の確認すら難しいだろうから遅く訪れたお父さんの判断は間違いないのだ…多分。 

 海岸線に沿って飛行していく。時々人を見つけると降りて行って話を聞き、港に寄って組合に顔を出す。今の所、今回の嵐による被害は出ていない様だ。

 ロムサンヌ漁港まで行ったが遭難者の届け出は出ておらず、それ以外の場所でも救援旗は見えなかった。一応海岸線に沿って低空を飛行して戻っていくが、やはり遭難情報は無い様で安心した。

 ザンバルド港に戻ると背中に風呂敷を背負ったお母さんが昼寝をして待っていた。

 

「あら、お父さんご苦労様。お弁当を持ってきたけど、まだ帰って来ていないと言われたのでここで待っていたのよ」

「おお、かあさん。これまでの所遭難者の情報は無かったぞ」

「そうですか~?良かったですわね~」

「竜神様ご苦労様でした、午前中に上がった小魚ですが一杯どうぞ」

 漁労長がお父さんの前にピンピンと跳ねる小魚の詰まった大きな樽を持って来た。

 

「おお、これはご馳走様」

 お父さんは片手で樽を持ち上げると魚の一気飲みを行う。 

「う~ん、こののど越しがたまらないね~」

「奥さんもおひとつどうぞ」

「ありがとうございます、お相伴にあずかりますわ」

 お母さんも両手を添えてぐびぐびと飲み干す。やはり竜にとって小魚は飲み物の様である。 

 そこに犬耳族の伝令が飛び込んで来た。かなり必死に走ってきたようで、息が上がっていて汗まみれである。

 

「浜に大型魔獣が出ました〜っ!竜人様お助けを〜〜っ」 

「なに?それは一大事だ、どこの浜だ?」

「ギヨン村の浜でございます〜、今頃は、村の元狩人が見張ってございます」

「なに!ギヨンといえばカロロのいる浜の隣ではないか?」

 娘の危機と知らされて、お父さんが鼻息荒く尋ねると口から炎がぶわっと漏れ、周囲の人々が一斉に離れていく。

 

「お子様が来ておられるのですか?」

「おとうさん、慌てなくてもコタロウちゃんがいるでしょう。ちゃんとカロロちゃんを守ってくれますよ」

 相変わらずニコニコとして鷹揚なお母さんである。 

「よし!今行くぞ、お主ワシの頭の上に乗れい!」

 お父さんが頭を低くするとぱぱっと飛び上がってしがみ付く、さすが犬耳族である。ぶおんと飛び上がり村人の指示を受けてまっしぐらにコタロウのいる場所に飛んで行く。

 

    ◆    ◆    ◆


「あ、おとーちゃん、きたーっ」いち早くカロロが父親の羽音に気付いた。

  

「なんじゃ、こりゃ〜〜っ。だれぞヘル・ファイアの魔法でも使いおったのか〜〜っ?」

 お父さんは地面に付いた焼け焦げた跡を見て何とも言えない表情をする。 

 浜のあちこちで傷ついた人々が医者の手当を受けている。大部分が熊族の漁師のようだ。

 何故かコタロウが隅っこでうなだれていた。その横にはメディナもいる。一緒に来たあの大柄な兎耳族の娘を介抱しているように見える。

  

「な、何が起きた?あの二人の前に出た所までは覚えているが、うっ……頭が痛む」

 リクリアが頭を抱えている。狼男の前に飛び出したリクリアを救うためにカロロが頭をひっぱたいたからだ。

「あの二人はヘル・ファイアの魔法を使ったのよ。幸いコタロウさんの魔法で弾き返したんだけど、弾き返されたヘル・ファイアの直撃を受けて、あの二人は助からなかったわ。リクリアさんはそれに巻き込まれて吹き飛ばされたのよ」

 その隣でカロロが知らん顔をして横を向いていた。

 

「そうか……あの二人を助けられなかったか」

「リクリアさんあの二人になにか言っていたけど、何を言っていたの?私にはわからなかったけど…」

「いや、なんでもない。故郷の方言だ…」

  

「おお、竜人様だ、竜人様が来てくださった〜」

「竜人様、ありがとうございます。息子様に助けていただきました」

 竜人の飛来に、大型魔獣の恐怖を忘れて村人達は喝采をしていた。竜人は大型魔獣の脅威からみんなを守ってくれる存在なのだ。 

「だいぶ被害がでたようだね、魔獣はコタロウが倒したのかな?」

 お父さんの所にメディナが駆け寄ってきた。

 

「竜神様、家屋の被害は多少でましたが、幸いなことに村人の中に死者はでませんでした。」

「メディナちゃんも無事で良かった、カロロも無事なのかい?」

「はい、みんな無事です。ただ…その…その事でコタロウさんがひどく傷ついてしまいまして…」

「何じゃろう?コタロウが何かすごく大きな失敗をしたような雰囲気なんじゃがんじゃが…。」 

「うう、僕の…僕のせいで…」

 何やら嘆いているようだ。いったい大型魔獣に何が有ったのだろう。

 

 カロロがお父さんの所に飛んできて説明をしてくれる。どうやら現れたのは大型魔獣では無く知性の有る狼の顔をした巨人だった様だ。 

「巨人がコタロウを見てヘル・ファイアを撃って来ただと〜〜?カロロは良く無事だったの〜?」

「お兄ちゃん魔法でそれを跳ね返したら、二人とも消えちゃった〜」

「跳ね返した?ヘル・ファイアをか?」

 ヘル・ファイアがえぐった地面の跡を見て何となく状況が見えてとれた。

 

「あ~〜〜っ、これはまずいの〜。事故とはいえ人を殺してしまったのか〜」

 心の優しいコタロウである。今はさぞ心を痛めている事だろう、と言うかコタロウはいつの間にそんな魔法を覚えたんだ?

 息子の成長にいささか心穏やかではないお父さんである。

 

(今度その魔法を教えてもらおうっと)

 

「新種だったんだよ~っ、せっかくのサンプルを壊しちゃうなんて……ああ~っボクはなんてダメな学者なんだ〜〜!」

「なんじゃ〜〜っ!お前。人を殺してしまって嘆いているのではなかったのか〜〜?」

「え?ああああ~~~っ、そういえばあれは人だったんだ~~~っ!」

 相手が人だったと言う意識が全くなかった様である。お父さんはコタロウの頭をひとつぶん殴っておいた。

 

「おとうちゃ~~~ん」

 涙目で父を見上げるコタロウである。

 

「うん……お前の嗜好が少しゆがんでしまったのは、子供の頃十分に遊んであげられず勉強ばかりさせていた、ワシにも責任が有ると思うよ」

 いやいやお父さん、コタロウは村人を壊滅の危機から救ったんですよ。

 そもそも勉強していたのはコタロウの趣味で、お父さんは放置していたのではないのですか?

 

 そこにお母さんがお弁当を持って追いかけて来た。

「どうしたの〜、コタロウちゃん涙目になっちゃって」

「うむ…いや動物愛護の精神を少し問うていたのでな」

 いや、それを言うなら博愛精神でしょう、狼人間は動物じゃ有りませんから。

 

 カロロがじ〜っとお父さんに抗議の眼差しを送っていた。

 


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