海からの脅威
2ー009
――海からの脅威――
コタロウが獲ってきた大物を前にしてみんな唖然としていた。
「どうやって食べるの?」
「ブレスで焼いても良いですけど、生焼きになるから石を熱くしてその上で焼く方がいいでしょうね、生で食べても美味しいですよ」
「魚を生で食べるのか?」
「新鮮で有れば肉は生が一番おいしいですよ、ヒロさん刀を貸してくれますか?」
「あ?ああ、いいとも」
荷物に入っていた大型ナイフを取り出して渡した。高い物では無いので布が撒かれている柄の部分まで一体に作られていた。
コタロウはじっと刃先を見て、おもむろに爪を立てるとナイフの刃先を研ぎ始める。しばらく研いでいると刃先が光る。…竜人族は爪で刃物が研げるらしい。
「それじゃ最初にエラを取ってワタを抜くよ」
ナイフは柄の部分の上に布も巻いているので、スプーンと違ってコタロウの爪でも折れる事は無い。最初に脳の部分を爪で一突きすると動きが止まる。
その後鱗を剥いた後に腹を裂いてワタを抜いて3枚に下ろす、デブの竜人にしては器用な物である。
「コタロウさんは結構こんな事をするんですか?」
「はい、竜人も人間サイズの時は人間と同じように生きてみたいと思っているのですよ、カロロにもね」
成長して体が大きくなりすぎると人間の街での活動は難しくなる。歩くだけで街を破壊しかねないからだ。それに強力な手爪があり、うかつに人と交わるのも危険である。
コタロウもこの100年間人間と共に生きて来たのだろう、この後どの位人間と共に社会性を維持して生きて行けるのか?
竜人族とは出産、育児すら人間の手助けが無いと育てては行けない脆弱な種族なのだ。
「大きな葉っぱが有ったら取って来て欲しんですが」
ヒロ達が葉っぱを集めている間お兄ちゃんは切った魚を海水で良く洗っていた。
おおきな葉を平らな石の上に数枚敷いてから3枚に下ろした魚から肉の塊を切り出していく。
「調味料は無いから海水を付けて食べてみますか?あるいは塩と香草でも良いかもしれません」
余分な部分が無くなってだいぶ小さくなった肉の塊を薄くスライスして海水に付けて食べてみる事にした。
パクっとカロロが口に放り込む。
「おいしいーっ」
「うん、これはうまい。魚の臭みが殆どないではないか。焼いて食べるよりずっと旨いぞ」
リクリアが躊躇なく肉を口に放り込む。兎耳族にしてはなかなか豪快である。
「そ、そうなのか?」
ヒロもこわごわ生の肉を食べてみる。正直言って竜が食べても毒見にはならないだろう。
その横ではメディナも魚を食べている、残念ながらそれ程美味しそうな顔はしない、元が草食動物だからな。
「あ、でも結構美味しい。もっと匂いが強いかと思ったけど大したことない」
「そうですか?それではうんと食べて下さい、もっと切りますから」
「ニンニクが有るけど一緒に食うか?」
リクリアがニンニクを小さく切ってくれた。モツを食べる時には匂い消しにこれとショウガを使う。いずれも日持ちがするので荷物にいつも入っている。
「あ、これに塩をつけて食べるのも美味しいね」
お兄ちゃんは残りの半身に串を差すとカロロに渡す。
「これの周りをゆっくりと弱火で焼いておくれ、全体の表面が焼けてきたら塩水に漬けて冷やすんだ」
「わかったーっ」
カロロは肉に刺された串を砂浜に立てるとその周りから弱いブレスを吹き付けると、たちまち魚の表面の色が変わって行く。魚を回しながらカロロは全体にまんべんなくブレスを吹き付けていく。串が燃え始めたのでメディナが海水をかけていた。
「これくらいーっ?」
「んん~っ、もう少しかな~?」
焼け具合を見てコタロウが言っていた。
「コタロウさん何を作っているのかしら?」
「お肉にローストビーフと言うのが有るでしょう、あれの魚版ですよ」
「ああ~っ、なるほど~」
メディナは納得していたが、ヒロには言っている事が全く分からなかった。ローストビーフとは何だろう?
「焼けたよ〜」
「熱が残っていると中まで焼けちゃいますからね、急いで水で冷やすんだよ」
「冷気の魔法で冷やしてもいいのかしら?」
「その方がいいけどメディナちゃん出来るの?」
「一応ね、前に少し練習したから」
メディナが手をかざすと熱かった魚の温度が急速に下がって行く。…すげ〜、俺のカミさんマジ万能。
「凍らさない様にね、味が落ちるらしいから」
「らしい?」
「実は僕の舌はそんなに味を楽しむようには出来ていないので、そこまでの違いがよく判らないんですよ」
…違いが判らないのに、コタロウは僕らの為にこんな料理を研究してくれているようだ。
生焼けの魚をスパスパ切るとメディナがニンニクやショウガを刻んで塩と一緒に上から振りかける。その間にヒロは海岸に漂着していた木を集めて来る。
メディナがワタを抜いた魚を串刺しにして塩を摺り込むと火の周りに刺す。カロロがポンと火の弾をぶつけると枯れ木が燃え上がる。
「さあ、それじゃ食べようか?」
コタロウの料理をみんなで手づかみで食べ始める。
「おいしい〜っ」
カロロが嬉しそうな声を上げる。
「生の魚ってあまり匂いがしないのね」
「本当だ、生の魚の肉がこんなに美味しいとは思わなかった」
ヒロもメディナもこの料理がとても気に入った。コタロウがまとめて魚を口に放り込む。とても幸せそうな顔をして食べている。
焼いた魚も食べると流石にお腹が一杯になる。
「お腹いっぱい〜」
カロロがお腹をぷっくり膨らませて延びている。残った魚をコタロウがポイポイと口に放り込む。流石に胃袋は底なしの様だ、あのお腹には無限の貯蔵能力が有るのだろう。
砂浜に寝転がっていると大きなお腹がポコンと張り出す。子供たちが面白がってその上から砂を掛けてくる。程なく巨大な砂山が出来上がる。
お腹の上でカロロがポーズを取っている、なんとも穏やかな気分になる。
「お父ちゃんは誰か遭難者を見つけているのかなあ?」
空を見上げたコタロウがポツリと漏らす。
そこに犬耳族の子供が走ってくるのが見える。
「竜人様!竜人様はいらっしゃいますか〜?」
子供は走りながら周囲に必死に呼びかけている。
「どうした子供?竜人殿は既に帰られたぞ」
「ま、魔獣です。大型魔獣が現れました、村に狩人はおりません、どうかご助力を!」
必死の形相で子供は訴える。こんな小さな漁村に大型魔獣が現れたらどうしようもないだろう。
「なに?それはどこだ?」
「隣村のギヨンです、狩人様ですか?退治していただけますでしょうか?」
「よし、わかった今行こう!」
リクリアは立ち上がると自分のナイフを取り上げる。
「まってくださいリクリアさん、いくらなんでもおひとりで大型魔獣を相手にするのは無理ですよ」
砂に埋まっていたコタロウが立ち上がる。
「わっ、砂山が動いた!」
いや、一応竜の子供ですけど。
「父さんは遭難者を探してメルビル港のギルドの方に行っているよ」
「りゅ、竜人様のコタロウ様ですか?ボクらを魔獣から助けてください」
メルビル港はこのオーリスの浜から少し離れた場所にある。おそらく父さんはそこで情報を得てからその先に有る漁港を回っていくから多分半日は帰らないだろう。
「大型魔獣は何頭?どんな種類なの?」
「ウェアウルフが2頭です、海から上がってきました、今村人は集会場に避難しています、ボクはこの近くの洞窟に避難してきました」
「ウェアウルフという事は確認しているの?ただの犬系の魔獣かもしれないよ」
「立ち上がった時の大きさは3メートルありましたし、狼の顔をしていました。そんな魔獣はウェアウルフしか知りません」
それであれば肉食系の大型魔獣であることには間違いがない。2頭ということであればコタロウでも不意を打たなければ難しい相手だ。
「わかりました、ボクが行きます。ヒロさんは後方からのバックアップ、メディナさんとリクリアさんはヒロさんのバックアップで出来る限り戦闘には加わらないでください」
「なんだ?私を信じていないのか?」
「リクリアさん、槍も持たずに大型魔獣に挑むのは死にに行くようなものです。どうかボクのわがままを聞いてください」
「いや!しかし…」
「リクリアさん、竜人様は自らは簡単には死ぬことが無く、人間より遥かに長く生きる存在です。それ故に知り合いの死に耐え難いメンタルを持っています。どうか竜神様の前で寿命以外で死ぬことだけは避けてください」
「そ、そうなのか?」
「カルカロスの街では子供でも知っています、リクリアさんは竜人様のいない街で育ってこられた様ですね」
メディナの少し悲しそうな表情が竜人の置かれた立場を示していた。
『竜人とはそんなにデリカシーのある存在なのか?あの親父を見ていると何も考えていないように見えたんだがな』
『人を外見で判断してはいけません、世界の真実を見失います』
……コイツますます説教臭くなってきているような気がするな。
「わかった…コタロウ殿の作戦に乗ろう、だが私をそんなに甘く見ないでもらいたいものだな」
「申し訳有りませんリクリアさん、でも今回の相手はボクひとりでもなんとかなると思いますから、それとカロロはここにいるんだよ」
「やだーっ、お兄ちゃんと一緒に行くー」
ぱっと飛び上がるとコタロウの頭にしがみつく。
「仕方ないなあ、危ないと思ったらすぐに逃げ出すんだよ、君はここで待っていなさい」
コタロウは犬耳族の子供にそう言うと、背中の羽を広げてトコトコと飛んで行った。
「とりあえずこんな格好じゃ話にならないから着替えるぞ」
メディアとリクリアは大急ぎで水着の上から服を着てコタロウの後を追う。
ヒロもシャツを着ると、その上から重力制御のベルトを装備する。
これをつけなければメディナ達のスピードに追いつけない。我ながら情けないがこれがこの世界でのヒロの現実だ。
「待ってください、オイラも一緒に行きます」
犬耳族の子も一緒に走ってくる。驚くことにリクリア達の速度に全く遅れることがない。




