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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
37/221

怪物の上陸

2ー008

 

――怪物の上陸――

 

「それじゃ母さん、海岸に行ってみるよ」

 海辺にある小さな村ギヨンに住む犬耳族のトトウは、朝食の準備をしている母親にそう言うとザルを持って家を飛び出した。

 

「ああ、夕べの嵐の影響で波が強いから気を付けてな〜」

「早く行かないと他の子供達に獲物を取られてしまうからね〜」

 昨日までの嵐が嘘のように晴れ渡った白い海岸線に子供達がやって来る。

 ここには干潮の時には天然の生け簀が出来上がり、特に嵐の後には多くの小魚が閉じ込められているのだ。夕べは激しい嵐だったから岩に囲まれた入り江には閉じ込められた小魚が特に沢山いる筈だった。

 

 トトウが入り江に着いた時には既に近所の子供達は銛やザルを使って小魚を取る為にそこに集まって来ていた。しかしなにか様子がおかしい。

 普段であれば水たまりの中を駆け回っている筈の子供達が何かを見て集まっている。 

「どうした?何かあったのか?」

「トトウか、見ろよこんなに流れ着いている」

 折れ砕けた木材の破片やロープの切れ端などである。明らかに船の残骸であった。

「どこかで昨日漁に出た船がいるのかな?」

「まさか、嵐が来るとわかっているのに猟に出る家は無いよ。みんな船を浜に上げていたさ」

 トトウは漂流物を見るが、積み荷の破片の様な物まである事に気が付く。

 

「商船かなんかだな、荷物を捨てたか、沈んだかだな」

「昨日難破した船でもあったのかな?」

「この破片だと大きな船の物みたいだ、大人に知らせた方が良くないかな?」

「あれ?あれはなんだ?」

 海岸の波打ち際の近くに大きな二つの影を見つけた。

 

「遭難者かな?」

「荷物かなんかじゃないのか?大きすぎるよ」

 子供達はその影に向かって走っていく、もしかしたらすごく良いものかもしれないとも考えていた。はしゃぎながら子供達が近づいていくと影がピクリと動いた。

 何か嫌な感じがして子供たちは足を止める。ゆっくりと頭を上げたそれは人ではない怪物がそこにいた。

 

【ウオオォォォ~~~ッ!】

 叫び声をあげたそれは身長3メートル近い大きさのあるオオカミの顔をした生き物であった。

「うわあああ~~~っ、ウェアウルフだ~~~っ!」

 肉食の大型魔獣だと気が付いた子供たちは必死になって家に向かって走っていく、さすが犬耳族の子供は足が速い。

 

 体を起こしたオオカミ頭の人間は隣に倒れていた者に声をかけて体をゆする。

【おい、起きろ。どうやら俺たちは助かったみてえだ】

 隣に倒れていた男も目を開けて空を見る。かろうじて短いズボンは残っていたが上半身の服は全て脱ぎ捨てていた。  

【誰かいたようだったが……子供ガキか?】

【わからねえよ、あっという間に逃げ出しやがったからな】

【まあいい、大人を呼びに行ったんだろう】

 

 ゆっくりと体を起こすとノロノロと子供が去った方向に歩き始める。

 立ち上がったふたりの姿はやはり大きく、身長は3メートル近くあり隆々ととした筋肉の上半身にはオオカミの頭と毛皮に覆われている。

 全体の体形は明らかに人間の物であるが、尻にはオオカミの尻尾が付いていた。体の大きさ以外はこの大陸の人間と同族であることをはっきりとうかがわせる。

 

【しかし故郷から5千キロ以上離れているんだぞ、現地人だと言葉が通じるとも思えねえ】

【そうだな、友好的とは限らねえし用心しなくちゃならねえな】

 しばらく歩いていくと小川が海に流れ込んでいる場所に出る。 

【ありがてぇ、しばらくは塩水ばかり飲んでいたので、喉がカラカラだったんだ】

 ふたりはその場でたっぷりと水を飲んだ。すると今度は腹の方から大きな音が聞こえる。

 

【腹が減ったな、獲物はいるかな?小型の兎でもこの際我慢するんだがな】

【何もなければその辺の草でも食え】

【よせやい、いくら食えてもまだそこまで飢えてはいねえさ】

 水を飲んで少し元気が出たふたりはさらに歩き続ける。

 やがて人家が見える場所に来た。数件の家が近くにまとまっている、村の一角なのかもしれない。

 

【ちゃんと加工された板を使った建物だぜ、よかったな野蛮人ではなさそうだ】

【しかしやはり作りは小せえな、干潟の街アッカータの市民コモンが住む家みてえだな?】

【さっきの連中は犬耳の子供ガキだったが、大人でもこの大きさだと大した連中じゃあねえな】

【この大陸は全部が市民コモンだとすれば、制圧出来れりゃ俺達の根城に出来るかもしれねえぜ】

 

  *  *  *

  

「母ちゃん大変だ魔獣がこっちにやってくる!」

 流れ着いた怪物を見ていた子供たちが、叫び声をあげながら各々の家に駆け込む。

「お父さんは狩人を探しに行ったよ。ご近所さんにも話をしたし、みんなで集会場に逃げ込むんだよ」

 子供といえども大型魔獣が現れた時には何をしたら良いのかしっかりと教え込まれている。それが魔獣とともに生きるということなのだ。 

 母親のタウトが、小さな弟を胸に括り付けていた。集会場までは少し距離があるから全力で走って逃げていくのだ。

 

 この村は犬耳族が多い、大型魔獣と言えども兎耳族や犬耳族の足に追いつくのは難しいはずだ。

 村にある集会場は丈夫な丸太の柵に囲まれた高台にあり、嵐や津波、魔獣などの災害時にはみんなが逃げ込むために作られている。

 そこには狼煙用の花火も備え付けられている。うまくすればこの村の危機を周囲に知らせる事が出来るのだ。

 

 ゆっくりと大きな魔獣がトトウの家を目指してやってくる。 

「駄目だ母ちゃん裏口から逃げよう!」

 窓から様子を見ていたトトウが叫ぶ。

「よし、母ちゃんから先にいくから、遅れるんじゃないよ!」

  

 漂流者達がドアの有る側に回ると小さな玄関が付いている。彼らが中に入るには随分小さい。裏に回ってみようとしたら突然何かが飛び出していくのが見える。

 尻尾の有る人間が小さな子供を抱いて走り出した。一緒に飛び出した子供が一瞬こちらを睨んでから親の後を追っていく。 

【おいっ!待てっこらっ!】

 怒鳴ってみたがその声を聞いたせいか周囲の家からも次々と人間が飛び出して逃げていく。

 

【ちっ、逃げられた。素早い奴らだ】

【我々とよく似た尻尾を持ってやがったな、やっぱり同族の幼体のような連中だな】

【思ったよりも足が速いな、アッカータの市民コモンよりもかなり体力的には有るみたいだぜ】

【まずくねえか?あれだけ慌てて逃げ出したんだ 明らかに俺たちを敵と思っているぜ】

【まあ慌てる事はねえ、あの連中なら敵じゃねえからな。それより食い物が有るかどうか探そう】

 ふたりは家の周囲を回って窓から家の中を覗く。やがて食堂に食べ物が有るのが見えた。

 

【ありがてえ、食い物だ。これで草を食わねえで済む】

【あの連中でも群がって来られたらやばいからな、家の中にいて周りを囲まれたら面倒だ】

 などと思いつつも体をかがめて家の中に潜り込んで部屋の中を見回す。朝食の用意をしていたようでテーブルの上にはパンと肉が置いてあった。 

 量としては全く足りなかったが少なくとも少しは元気が出る。

 そうやって家々から食べ物をあさっていると少し離れた所から何かが打ち上げられて空中で破裂をする。

 空に紫の煙の塊が出来、続いて黄色の煙の塊が打ち上げられる。

 

【逃げた方が良くねえか?ありゃ狼煙だぜ】

【逃げてどうするよ、どのみち原住民と接触はしなくちゃならねえんだ】

【それもそうだな、おい見ろよここは燻製庫の様だぜ】

 小さな小屋がいぶり臭い匂いを出しているのに気が付いた。中に吊るされている沢山の肉を発見する。それを持ち寄ると、家の庭にどっかりと腰を落ち着けて肉を食い始めた。

 

【ここの連中も肉を食っているが大型化はしていねえようだな】

【魔獣がいねえんだろうか。それとも奴らは肉を食っても大型化しねえ体質なのかもしれねえな】

【もしそうなら俺達にとっちゃ小人の国に来たようなもんだな、意外と制圧は楽だろう】

【もしかしたら俺たちを魔獣と勘違いしたのかもしてねえな、それこそ怪物を見たような顔をして逃げ出していったものな】

 

 

「大型魔獣が2頭現れたとの事だが?」

 海辺の村にギヨンに住む獅子族の元狩人のバーグは顔をひきつらせた。

「どうもウェアウルフの様だ」

 バーグは苦々しい顔をした。肉食の大型魔獣2頭ともなれば獅子族のバークとて相手に出来る物ではない。

 

「無茶言うな、ワシはもう狩人は引退したし、そもそも大型を狙えるほどの実力も魔力も無いんだぞ」

 それでも獅子族として子供達の前で無様な真似は出来ないというプライドはある。

 しかし大型魔獣がいったい何故こんな海辺の村に現れたのだろう?ここ何年もまともに大きめの魔獣も現れていない、せいぜいがイノブタ程度の魔獣だ。

 その程度であれば引退した猟師でも狩る事は出来ただろう。老後は故郷のこの村で壺を焼いて過ごす予定だったのにとんでもない物が出て来よった。

 

 海辺の街では漁師になるかそれが嫌なら山の方で狩人をやるしかない。

 年を取って仕事が出来なくなれば村の周辺で小物を捕るか、小舟で沿岸の小魚を捕るかである。

 バーグの場合は、幼少時に叔父から焼き物の作り方を教わっていたので、その工房を譲ってもらい老後の仕事にしたというのに、こんな所でこんな災難に出くわすとは…。

 カミさんと二人で食べた朝食に思いをはせ、わが身の不運を嘆くバーグである。

 

『すまんなカミさん、せめてお前は長生きしてくれ』

 倒せなくとも村人に被害を出さない様にするくらいは出来るかもしれない、それだけが望みだった。

 大型魔獣の監視を行いながら村人たちを逃がすことを優先していなくてはなるまい。

 今頃は隣村に向かって誰かが走っている筈だからあとは時間稼ぎだ。

 そこには熊族の猟師が大勢いる。臆病とは言え獅子族に負けない体力を持つ熊族の村人がどの位集まってくれるだろうか?鋤や鍬ではあまり武器にもならない。

 

「猟師であれば銛は使える、それだけが頼りだな」

 幸い今は昼だ。風は海から陸に吹いており、必ず風下から近づける。昔使っていた槍はもうない、有るのは漁師小屋に置いてあった銛だけだ。 

 獅子族のバーグには犬耳族程の耳も鼻もない、しかも俊敏性では犬耳族にはるかに劣る。勝っているのは体の大きさと力、少多い目の魔力、それに勇敢で折れない心だ。

 それらすらも犬型の大型魔獣の方が優れている、どう考えてもバーグに勝ち目はない。

 漁師には熊族も多いが、彼らは臆病で狩人には向かないのだ。

 それでもバーグが様子を探っている間に村人達を集めておくようには頼んである、本当に大型魔獣であれば何人かの犠牲を覚悟のうえで槍を突き立てるしかない。

 

「いや、今あるのは銛か…」

 バーグは苦笑しながら銛を握りしめた。

 物陰に身をひそめながら用心深く目標に近づいて行く。何者かが村の家々の間を動き回って家の中を物色している。 

「なんだ、あれは?」

 家の中から四つ足で出て来た狼は家の前で立ち上がったではないか、その身長は3メートルは優にあった。

 

 だがその大型魔獣を見たバーグは戦慄した、その怪物は5本の指を持つ手を持っている、人間の体の上に狼の顔を乗せた巨人だったのだ。


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