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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第二章 穏やかな日々
33/221

戦慄のヘル・ファイア

2ー004

 

――戦慄のヘル・ファイア――

 

 獲物を発見出来たが、未だに獲物の確認は出来てはいない。

 

 幸いなことにうまく風下から近づくことが出来た様だ。とにかく相手の数を確認しなくてはならない。猫耳族のキャルトが木に登り枝を伝って獲物を確認すると、ウエアウルフ成体が2頭だと合図を送って来る。

 音を立てないように近づいていくと、数頭のウエアウルフが寝ているのが見える。

それ程大きくはないが300キロ以上は有る個体だ。

 

 観察しているとふっと頭を上げて周囲をうかがう、こちらの気配に気が付いたようだ。しかしすぐに頭を下げる。気付かれている訳では無いようにも思える。

 アラークが各自に確認した数をジェスチャーで尋ねる、この場合は耳による獲物の気配を探っているのだ。

 犬耳族のバスラとヤスドが4と答えるがリクリアとメディナは6と7と答えて、かなり数に齟齬がある。

 

(子供だな)とアラークは考える。

 成体は2頭しか見えない様だ、では残りは何処に?

『後方から2体が急接近しています』OVISが警告を発した。

「しまった!はめられた。後方に気配がある、あれは囮だ!」

 ヒロが大声で叫んだ途端に後方の藪の中から巨大な狼が飛び出してきた。

 

「ちいっ、最初から気付かれていたのか!」

 流石に皆ベテランの狩人である。突然の襲撃にも慌てる事無く体を躱して防御態勢を取る。

 しかしこいつは威嚇動作も吠え声も出さない、完全に殺しに来ている。1頭のウェアウルフが狩人の中で暴れれば、連携など取れるわけも無いし距離も取れないから槍も突き込めない。

 当然ながら乱戦となるが足元の下生えすら動きを阻害する。アラークはその場で狼の牙を槍で受けている。その隙にバスラ達が横から槍を突くが急所には当たらない。

 キャルトが樹上から風の魔法を放つが、ウエアウルフの厚い毛皮には全く効き目が無い。多少の怪我は気にすることも無く狼は暴れまくる。

 

「右側から別の1頭が来ます!正面の2頭も動き始めました!」

 4頭目のウエアウルフが飛び出してきた、こいつは500キロ近い大きさの怪物だ。

 ポーンとリクリアが飛び上がり現場から脱出する。すでにメディナの姿は見えない。リクリアの様に脱出したのだろうか?

 

『オーヴィス、随意に攻撃を許可』

『乱戦に付き同士討ちの危険性大』

 こんな状態では攻撃が出来る訳もない。

 大きなウエアウルフの口の中に炎の塊が見える。冗談じゃない、竜人族の使うファイアボール並みじゃないか。乱戦の中に爆弾を放り込むつもりだ。

 その時逃げ出したと思っていたリクリアが槍を構えて突っ込んできた。

 

「グアッ!」

 槍は大型の狼の腹に突き込まれ、発射されたファイアボールは狙いを外したが、乱戦のすぐ横で爆発は起こり全員が吹き飛ばされる。

 

『いまだ、攻撃しろ!』

 しかし運悪く狼の火線上にバスラがいた。OVISは周囲に有る木に向かって低容量の光弾を何か所にも打ち込む。

 周囲で一斉に爆発音が上がり、一瞬狼の動きが止まる。

 

「撤退だ!全員撤退!全力で逃げろ」

 アラークの指示に従って全員が同じ方向に逃げ出す。リクリアだけが別の方向に逃げたようだ。

 ヒロは他のみんなに出遅れてしまった、このチームに所属していないので全員の暗黙の行動がわからないのだ、それはリクリアも同じだったのだろう。

 結局ヒロが殿しんがりを務める事になる。OVISがヒロの後ろについてシールドを張っている。

 

 それにしても森の中とは言え狩人達の走る速度がウエアウルフと変わらないとは、恐るべき身体能力である。

 だが大型の狼が次々とファイアボールを放ち、それが狩人達の周囲で爆発を起こす。

 見向きもせずに逃走を続ける狩人達に向かって他のウェアウルフも追って走る。キャルトも木の枝を伝って逃げていく。

 

 バンバン!と、狼の周囲で爆発が起きる。いつの間にか木に登ったリクリアが魔法を放って狼の足止めをする。OVISもそれに習って搭載兵器で迎撃をする。驚いたことに狼は巧みにその攻撃を避ける。

「くそっ、なんて勘のいい連中だ!」

 狼たちは狩人達を逃がすつもりは無い様だ、しつこく追ってくる。おそらく獲物としてではなく、自分たちの生存を脅かす敵として殺しに来ているのだ。

 

 突然側面から強力な光線が狼達に浴びせられる。光る訳でもなく細いその光はOVISのセンサー故に見えた光だろう。ヒロにだけはその存在がわかった

 光は先頭にいた狼達の足を撃ち抜き動きを鈍らせる。それに合わせてほんのわずかな時間ではあったが、少しだけ距離が開いたのをアラークは見逃さなかった。

 

「ワシの後ろに回れ、撃つぞ!」

 最初の打ち合わせでこの言葉を聞いたときは急いでアラークの後ろに回るか地面に伏せる様に言われていた、あれを使うらしい。

 アラークが仁王立ちになって口を大きく開ける。その後ろからナシリーヤとヤスドがアラークを羽交い絞めにする。

 その口の中に光の粒が集まっていくが、そこを目掛けて狼たちが大きな口を開けて噛みかかってくる。

 

 目もくらむような光がアラークの口から発せられると大きな光の塊となって前方の狼たちを飲み込んでいく。

 熱に晒された大気が爆発的に膨張を起こし暴風の様に周囲に拡散される。発射した光の反動を受けたアラークをナシリーヤとヤスドが後ろから支える。

 

 ヒロの全身を包むシールドが起動され光の渦から守られる、展開されたシールドが光に触れて波うちはじかれた光が火花の様にほとばしる。

 ヒロだけが少し遅れて光の巻き添えを食ってしまったようだ。

 光の渦が消えると森の中に大きな空洞が現れる、みんなを追ってきた狼たちは骨も残さず消滅した。

 

『なんだこれは!まるで戦闘艦の大型レーザー砲並じゃないか』

『戦闘艦の搭載砲並のエネルギーと計測、生物個体で扱えるエネルギーではありません』

 

 生体レーザー砲を撃ったアラークはナリーシャの腕の中で崩れ落ちる。

 尻もちをついたアラークは苦しそうに肩で息をしている。先程とは見る影も無く憔悴しげっそりとやせ細っている。

 

「全員無事?周囲を監視しなさい!ほかに敵はいる?」

 ナリーシャが怒鳴る。日頃アラークを立てている彼女だが、やはり獅子族の戦士である。

「周囲に大型の魔獣の気配は有りません」

 木の上からメディナが飛び降りて来た。

 

「メディナはちゃんと逃げられた様ね、良かったわ」

「はい、逃げ足だけは誰にも負けませんから」

「ひやああ~っ」

 べキッと音がしてリクリアが落っこちてくる。

「いててっ、くそっ枝が折れてしまった」

 枝を伝って戻って来たようだが、枝が折れたらしい。結構たくましい女性だったからな。 

 

『本当は枝に飛びつき損ねて落っこちた様です』

『枝を伝うのは猫耳族程得意ではないといくことか』

 

「狼たちはどうなった?」

「蒸発したようです」

「破片を捜せ、討伐証明が必要だ」

 木に横たえられたアラークが指示を出す、動き回る元気も無い様だ。

「あんた、これを」

 ナリーシャが干し肉と水筒をアラークに渡し、少しでもエネルギーを補給しなくてはならない。その間にヒロたちは狼の破片を捜した。

 

「こいつはやはり子持ちだったか」

 バスラが木の陰に隠れていたウエアウルフの子供を引きずり出して来た。怯えて尻尾を丸めながらも果敢に牙を剥いて抵抗の姿勢を見せている、やはり野生の生き物だ。 

「殺すのか?」

 リクリアがいささか戸惑う様な表情を見せる。

「こいつらが大人になればさっきの連中の様に村を襲う。見たくなければあっちに行っていろ」

 今は可愛い子供の様に見えるが今殺さねば今度はこちらが殺される番になる。

 

「リクリアこっちへ」

 メディナがリクリアを別の場所に誘う。その間にバスラは子犬たちに槍を突き立てる。子犬は悲鳴すら上げずに絶命する。

 結局燃え尽きた狼達も足の先は燃え残り、何とか頭数分の確認は出来た。それらの荷物をOVISに預けるとナリーシャがアラークに肩を貸して歩き始める。 

 ウエアウルフ討伐依頼をだした農家に辿り着けたので、アラークとナリーシャは一晩そこで休ませてもらう事にして、残りはギルドに戻って報告を上げた。

 4頭の大型魔獣を8人で討伐したことになるのでギルドに報告した所、アラークが金バッヂに残り全員が銀バッヂと査定された。まあ妥当な所だろう。

 

 4頭の大型魔獣の討伐にその子供は4匹である。報酬としてはかなり大きな物になった。とりあえずアラークが戻ってくるまでギルドに預けて置き、アラークが戻って来た時にみんなで分ける事にしてその日は分かれた。

 

「あんた、なかなかやるじゃないか」

 リクリアがメディナに囁きかける。 

「なんのことかしら?」

「物陰に隠れてウェアウルフにフェルガを撃ち込んだろう、いやここじゃヘル・ファイアと呼ばれてるね」

「勘違いでしょう、私はさっさと逃げていたから。あれはヒロの魔法でしょう」

「そうかい?わかったそう言う事にしておこう、だがアンタの事は気に入ったよ、しばらく一緒だがよろしく指導をたのむよ」

「いいわ、わたしに出来る事はするわよ」

 

 リクリアはメディナの撃ったヘル・ファイアの存在を見抜いた。物凄く勘が良いのか、あるいは制御されたヘル・ファイアの存在を知っているのだろうか?

 いずれにせよ気をつけないと彼女の秘密がチームの全員にバレてしまう。それ以上リクリアが追求してこなかったのはありがたかった。 

「どうしたメディナ、彼女と何か有ったのか」

「いえ彼女が想像以上に身軽なので驚いたのよ、彼女には兎耳族のジャンプ力と犬耳族の力があるわね」

 リクリアの首筋から肩に掛けてはかなり濃い毛が生えている。兎耳族にしては随分毛色が変わっていると言えるだろう。

 

「そうだね、兎耳族にもああいった種族がいるのだろうか?それとも彼女だけの形質なのだろうか?」

「兎耳族でも人によってはあれくらい鍛えている人はいるわ、まあ…体毛の方はあまり見たことは無いけど…」

 リクリアの体格や魔法能力にしても、兎耳族の基準からは大きく逸脱している。彼女がナガレの狩人をしているのもそれが理由なのかも知れない。

 

 かつて学校で囁かれた言葉がメディナの心を突き刺す。 

「メディナの魔法、魔獣みたい…」


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