落ちてきた男
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――落ちてきた男――
人生何が起きるかはわからないと言うのは平和な国にいる人間の言葉である。
軍に入る事しか選択肢の無かったヒロトにとって、人生とは90パーセント以上の確率で戦死する事であった。
戦争の目的はただ一つ、敵のせん滅である。それが叶わなければ人類そのものが生き延びる事は出来ないと教えられた。
軍隊ではすべての行動は敵と戦う為の準備で有り、戦闘で死ぬ事は人類全体の利益であり、個人の存在は塵芥に過ぎないとされていた。
それ故に敵を前にして友軍が次々と消滅し、一緒に訓練してきた仲間が大勢死んでいくの行くのを見ても、その事実を受け入れ何の恐怖も感じる事は無かった。死は当然の様に訪れる物であり、人はそれを感じる間もなく消滅するからである。
まさかこのような事態が起きるとは?これはマニュアルにもない事態である。
時空震に巻き込まれたヒロトは引き裂かれるような感覚を覚える。そして感覚がブラックアウトを起こし、ヒロトは自分自身が死んだことを自覚した。
……筈だった。
しかし暗闇の中にお花畑が見える事は無かった。
無重力の中に浮かんでいるいつもの感覚の中で遠くに光る星を見つめる。ヘルメットの映像では無い様だし脳内チップによる通信とも違う感じが有る。
何だろう……
光が近づいて来ると薄い服を着た少女であることが判る。顔はあまり良く認識できないが美人だと思った。
「天使か?俺を迎えに来てくれたのか?」
様々な物語に現れる天使と言う者であろうか?背中に一対の大きな白い羽が見える。
ヒロトは首をかしげる。
「俺を天国に連れて行ってくれるのか?」
ヒロトは少女に問いかける。死後の世界を信じてはいなかった、だが自分が死ぬ時には何かしらすがれる物が欲しいものである。
「いいえ、あなたはまだ死んではいません」
天使がやさしく答える、その声がまるで天上の鐘の様な響きに聞こえる。
「あなたは天使では無いのですか?」
「あなたの考える天使の基準が判りませんが…あなたはこれから新たな世界で生きていく事になります」
「新たな世界とは?俺は軍には戻れないのですか?」
夢を見ているような気分の中でヒロトは天使に問う。
「あなたは軍隊に所属し、戦争の絶えない世界がお望みなのですか?」
「いや…上級市民権取得資格と軍人年金の取得資格が有るのだが……」
…なんか天使が凄く複雑そうな顔をした。
「この世界には両方とも有りません、ご自分の力で生き抜いて下さい」
どうやら新たな世界ではこれまでのキャリアは継承されないらしい。
「なんだ…軍での努力は無かったことにされてしまうのか…?」
残念だという気持ちに浸されながら、ヒロトは意識の闇の中に落ちて行った。
………………………………………………
赤い光が点滅し警告音が響き渡る中でヒロトは目をあけた。
くらくらする頭を必死で回そうと頭を振る、どの位意識を失っていたんだろう?
「ううっ…OVIS、現状報告」
『現在、時空遮断力場展開中』
OVISの言葉を聞いて一気に目が覚めた。
不可侵の時空遮断力場内でも時空震による精神のダメージが起きた事をすぐに思い出す。
それ程激しい時空のゆがみが発生したという事だ、直径100キロのワープゲートの崩壊だ、さもありなん。
「くそっ!どの位時間が経った?」
長い間の軍人としての訓練がすぐに精神を初期化する。時空遮断力場作動中に失神するとは何たる失態だ!
どのくらいの距離を飛ばされたのだろう?あるいは時間的にすら飛ばされているのかもしれない。その様な考えが頭を駆け巡る、取り返しのつかない事態になっていなければ良いのだが。
『機内時間で約20分5秒経過』
『冗談じゃない!すぐにフィールドを解除しろ!』
『外部の状況がわかりません、外部観測装置が破損状態にあります』
『外部観測装置の破損だと?』この時ヒロトは最悪の状況を覚悟した。
スタグネイション・フィールドの最大の欠点は、フィールド展開中は外部の状況が全く観測できない事にある。
そこでフィールドに小さな穴を開け外部の観測装置と接続しているのだ。
無論観測装置もフィールド内に格納されるが一定時間ごとにその装置の部分を、ごく短時間だけ解放して外部の状況を観測するのだ。
戦艦の場合これが10個ほどにもなるが、OVISの場合はこれが一か所だけなのだ。
フィールド内部の時間を完全には止められない理由がここにある。時間を完全に止めると観測機械との通信も不可能になってしまうからだ。
何しろカメラに映った画像を表示するのに、外部時間では1日近くが過ぎてしまうのだ。
しかし時空遮断力場を使用すると言う事は、それを使用しなければ機体を守れない危機的状況にあると言う事に他ならない。
その危機的状況は多くの場合一時的な物である。しかし観測装置が壊れたという事はその状況が継続している可能性が有るという事を意味していた。
例えば機体が恒星の中に突入していたり、ガス惑星に墜落していた等と言う事態も十分にあり得る事である。
元々ほとんどの作戦は恒星系内で行われる、つまり中心にある恒星やガス惑星に引き寄せられる可能性は非常に高いのだ。
この様な極端に悪い外部状況であれば、フィールドを解除した途端に機体は消滅してしまうだろう。
つまり観測装置が壊れた理由がわからなければフィールドを解除することも出来ないのだ。
『現在当機は作戦遂行不可能であるとの判断がなされました。よってパイロットの生存が第一優先事項となります』
OVISの声が聞こえる。作戦決行が失敗に終わった現在、OVISの第一目的はパイロットの安全確保に変わったのである。
フィールド展開直後から機内に有る外部時間計はものすごい勢いで回転を続けている。
そんな葛藤をしている間にも、外部時間計は一千万倍の速度で進行しているわけで、その数字はどんどん跳ね上がって行く。
『解除した場合の安全の確認が取れません、現在はパイロットの安全が最優先となります』
何ともありがたいOVISの判断である。ヒロトの安全が最優先であるが故にヒロト自身の指示を待っていたのだ。
戦闘作戦中はヒロが死んでも作戦行動を継続するOVISだが、今はヒロトの安全を気遣っている。ありがた迷惑な話だがこのまま引きこもって宇宙の終わりまで付き合う訳にも行くまい。
『構わん、このまま未来に連れていかれれば帰る場所すら危うくなる、死んだらそれまでの事だ』
もとより死は一瞬の事であり、生き延びられないのであれば死を感じる暇も無く消滅するのも、それはそれで幸いである。
『了解、スタグネイション・フィールドを解除します』
フィールドが解除されても何の変化も感じられる事は無かった。しかし外部時間計の数字は止まっていたのでそれがわかる。その数字を見てヒロは愕然となる。
『+512』
外では作戦から500年が経ってしまったらしい。
それだけあれば10回以上の作戦が行われているかもしれない、果たして人類は『敵』に勝利しているのだろうか?
勝利していなくとも人類さえ滅びていなければまだ帰る場所はまだ有るかも知れない、そう思うしかないのだ。もっとも帰ったところで軍人恩給が貰えるかどうかは怪しいものではある、そんな事も漠然と考えていた。
まあいい、状況を確認の上、最悪の場合はそれなりの手段が有る。敵地攻撃を行ったのである。生き延びた所で敵がこちらを生かしておいてくれる筈もない。
『オーヴィス現在の状態を報告しろ』
『現在当機は水の水中にあります、水温14度、気圧10気圧』
10気圧?標準重力であれば100メートルの水中か、この程度の水圧ならOVISは問題なく耐えられる。
水中が丁度生命発生に向いている環境だ、植物が発生している惑星であれば酸素が有るかもしれない。
酸素が有れば外に出られる。それにしても500年か……元隊復帰は無理だろうな……そして上級市民への昇格も怪しい。
フィールドに包まれている限りOVISは恒星の中に突っ込んでも無事でいられる。その代わりフィールドが解除されなければ、宇宙の果てまで飛ばされても乗員にはわからない。
少なくとも即死は免れた様だし、考えうる限りもっとも幸運な惑星に墜落したとも言えるかもしれない。
『母星からの距離はどの位だ?』
『情報が不足しており現在地は不明』
要するに時空震に巻き込まれる寸前にフィールドを発生させたので、現在地の情報が取れていないと言う事だろう。
『よしわかった、直ちに浮上してこの星の状況を確認し可能であれば救援を要請する』
『了解』
『周囲の状況を見せてくれ』
ゆっくり浮上しながら外部モニターで周囲を観測する。
『なんだ、あれは?』
細かい塵の様な物がまとまってボールの様に動いている。
『水生生物の集団と推定』
生き物がいるのか?…何という幸運なんだ…食えりゃいいけどな…。
浮上してみるとどうやらそこは海の様であった。
『ここは海かな?』
『水中に多量の塩分を確認、海と考えて良さそうです』
『うまくすれば救援が来るまで生き延びられるかもしれないな』
500年と言う時間は小さくは無いが決して大きいものでは無い、星間戦争など一生に一度位しか作戦行動は起こせるものでは無いのだ。
今回の作戦もその準備に50年以上をかけ、パイロットは徴用された時からこの作戦の為だけの訓練を受けてきた。
故郷のその空域の全ての人類がこの作戦の為に動員され、その生産能力の大半をこのために当ててきたのだ。
ヒロト自身救助はあまり期待していなかった。軍隊においてはパイロットは消耗品でしかない。
一つの作戦の為に訓練された人間は次の作戦に使えるわけでも無く、遭難したとしても捜索して救助するメリットがあまりないのである。
だからと言ってパイロットにその様に説明する訳にも行かず、建前としてサバイバル訓練を受けさせる。
実際居住可能な惑星に不時着できる可能性など万に一つもなく、マーカーを起動して自らはフィールドに入って救助を待つしかなかった。
そもそもワープに巻き込まれ未知の空域に跳ね飛ばされる事故と言うのは想定しておらず、そう言った事故の場合は見捨てられるのが普通である。
何光年と言う空域捜索など出来るものでは無く、マーカーそのものもせいぜいその恒星系の内部位しか届かないのである。
それを理解していたヒロトは、偶然にも生物のいる惑星に落ちてきた事は奇跡の様な幸運だったと思えた。
夢の中の天使が新しい世界と言っていた言葉を思い出す。もしかしたらここは本当にその世界なのかもしれない。
『大気は呼吸可能か?』
『気圧は約1005ヘクトパスカル、酸素分圧は20パーセント、気温20度、人類の生存には最適です』
これ程人類の生存に最適な星は無い、人類軍の調査隊が見逃していたのだろうか?それとも敵支配宙域の植民性だろうか?
人類が入植していなければ『敵』《エヌミーズ》の入植地である可能性が高い。
『信じられない幸運だが、見方を代えれば敵のど真ん中と言う事になるな。現在はどこに向かって飛行している?』
『陸地と思われるものが近くにありますのでそこに向かっています』
海上を低高度で飛行していくと樹海に包まれた陸地が見えてきて、海岸の近くでは飛行物体が観測される。
『飛行する生命体と推測、先ほどの様な水中生物の捕獲が目的と推察』
『思った以上に住みやすい場所なのかも知れない』ヒロトはそう思った。
海中の生物に飛行する生物である、食用の植物も見つかる可能性が高い。
『ものすごく豊かな自然が有るな、これなら俺も生きていけそうだ。何かしらの文明が有ればもっといいがな』
今のところ海の上に人工物は見当たらない、知的生命体はいないのかもしれない。
まあ何もなくてもこのOVISが無事であれば畑を作って自活できるところまでは生きていけるだろう。
幸いエネルギー源の水は豊富な惑星の様だ、有害な細菌だけが心配の種だ。
『前方より飛行物体接近』
陸地の上を飛んでいくと近接レーダーに反応が有る、OVIS位の大きさの飛翔体だ。
『飛行物体?人工の物か?』
まあミサイルではあるまい、しかし結構な大きさが有るようだ。
『いえ、飛行軌道が少しぶれています、生物と推定、飛行速度は200キロ程です』
『生き物にしては早いな』
速度からして鳥か?だとすればかなり大きな鳥という事になる。
『こちらを発見したようです、軌道を変えて接近中、接触をしますか?』
『そうだな、鳥ならば食えるかもしれないしな』
やがて接近してきた飛行物体を見て驚いた。
トカゲだ……トカゲが空を飛んでいる!
『翼を持った大型のトカゲの様な形状の生物と認定されます。おとぎ話の中では竜と呼ばれる生物に酷似。発見者の名前を付けますか?』
ヒロトザウルスとか?いやいや、そういう問題では無いだろう。尻尾を含めた全長で20メートル以上あるトカゲに蝙蝠の翼を付けた生物だぞ。
飛んできた怪物は鱗のある外皮にやや小さめの翼、鋭い爪と長い尻尾を持ったまさに竜と言うにふさわしい外見をしていた、
『体に比べて翼が小さすぎるな、あんなので飛べるのか?』
『体周辺に空間のゆがみが測定されます、それで浮力を作っているようです』
『生物が空間をゆがめているのか?当機の浮遊装置と同じ原理か!』
『当機と同様のグラビティ推進と推定、生物器官が真空エネルギーを制御していることになります』
『なんだそれは?本当に生物か?』
すぐに怪物は?ヒロトの目の前に飛んできて止まる。
『なんでこの大きさの生き物が空中に浮かんでいられるんだ?』
人型のOVISと尻尾を除いた竜の身長は同じくらいの大きさが有る。
それが並んで睨み合っているのだから傍から見ればシュールな光景だろうとヒロトは思った。
作品は毎週月・水・金の午前中の更新を予定しています。
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