表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第一章 落ちてきた男
29/221

ヒロ 青春の卒業式

1ー029

 

――ヒロ 青春の卒業式――

 

 半年の研修期間が終わった。十分と言えるかどうかはわからないが、ヒロは狩りにおける様々な事をこの二人から学ぶことが出来た。

 

 OVISの力で何とか狩人を続けてきたが、良くも悪くもここから先は自分一人で生きていくことになる。

『栗の木』のふたりには本当にお世話になった。何も知らないヒロの為に狩り以外の様々な知識について教えてくれた。

 ここで別れる事になるふたりではあるがヒロには感謝以外の言葉は無い、この二人にはいずれ何らかの形でお返しをしなくてはならないだろう。

 

 その晩はささやかながら3人で祝杯を上げた。

 仕事仲間でも普段飲むことのないふたりがヒロの為に酒席を設けてくれたのだ。

 実のところ軍隊生活の中でアルコールの摂取の経験は少なかった。

 酒の文化は無論あったがそれは上級市民の物であり、下級市民には質の悪い酒が割り当てられていただけである。 

 そんな物を飲むよりヒロは訓練を行った。酒を飲み能力を鈍らせる事は兵士として生き残り、上級市民への道を狭めると考えていたからだ。

 実際人間と言う物は快楽を覚えるとより自堕落になって行くようで、多くの仲間がそのようにして去って行った。

 

『人間はたまには息抜きが必要です』

『兵学校時代にお前はそんな事一度も言わなかったじゃないか』

 

「それではヒロの独り立ちに乾杯」

 マウラーが杯を掲げる、こんな風に3人で飲むのは初めてだった。

 酒そのものはエールであり、食事と共にエールを飲むのはここでは普通の習慣の様であった。

 もっともエールのアルコール度数は低く、ヒロが飲んでも大したことは無かった。

 今日は嬉しい席だと言って強い酒を飲み始める。

 奥さんに叱られるのでたまにしか飲めないのが実際の所の様だ。今日はとことん飲むことにしたらしい。

 

 巨大ガス惑星を破壊するような作戦に参加していた自分が、こんなところで獣相手に戦う事になるとは思ってもみなかった。 

 しかしそれはそれで良い事だと思うヒロである。

 あの数時間の戦いで人類が戦争の為に50年間総力を挙げて築いてきた多くの物が消滅した。数百万の人間の命と共に、である。

 

 なんという無駄、なんという無念、なんという愚かな行為であった事か。

 驚くべき幸運に恵まれてヒロは新しい人生を送ることが出来る。

「今日は俺の新しい人生の始まりだ、とことん飲むぞ〜っ」

「おお〜っ、豪気だなヒロ。とことん飲んで酔っ払おうぜ!」

 

『注意、パイロットのアルコール摂取限界はまだデーターが有りません、飲みすぎには注意してください』

『うるさいな今日は死ぬまで飲んで明日から俺は生まれ変わるんだ』

 頭の中にOVISの声が響いてくるので脳波通信を送っておくが…口に出ていないだろうな。

 

「あ~ら、皆さんお珍しいわね~」

 突然鈴を鳴らすような声が聞こえる。 

「おお、これはメディナさんじゃないですか?」

「ヒロさんは今日研修を終えたとギルドできいたのよ、きっとここにいると思って来たの」

「メディナさんもヒロのお祝いに来てくれたんですか?ささ、どうぞ」

 ケストルがすぐに席を引いてメディナを迎える。

  

「なんにしますか?エールにしますか?」

「あたしはあまり飲めないので、皆さんと同じ物を」

 みんなが飲んでいるのはエールを蒸留した酒なのでそれなりに強い、それでもケストルは平気な顔でそれを注文する。

 兎耳族は一般に酒に弱いと聞いていたのでヒロは少し引っかかった、しかし酒の経験の少ないヒロはそんなものかとしか思わなかった。

 後にそれが大いなる間違いであることに気が付かされることになる。

 

「それじゃカンパーイ」

 メディナの参加で大いに盛り上がる4人である、マウラー達もメディナに憧れがあったので大いに喜んでいた。

 軍隊時代は禁欲的な生活を強いられてきたヒロであるが、女の子と酒を飲むのは初めての経験であった。 

 知ってか知らずか杯を重ねるヒロ、杯を開ける度にメディナが酒を注いでくれるのが嬉しくて更に酒が進む。

 つまみも美味しい、野菜も美味しい、酒も美味しい、しかもあこがれの美女が横にいる、ヒロの理性のタガはとっくの昔に外れていた。

 OVISが盛んに警告を発してくるがガン無視を決め込むヒロにはもう通信も届かなかった。

 その日はヒロに取ってこれまでの生活の中で最高の日であった。

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

「あれ?ここはどこだ?」

 ベッドで目を覚ましたヒロはすぐにはそこがどこだかはわからなかった。 

「下宿…ではない…」

『ここは町のホテルの一室です』

 OVISがすぐに返答をよこしてくる。どうやら記憶を失うほど飲んでしまったらしい。

 

「ん?」

 ベッドの横に何かが有る。

 嫌な予感を押し殺して横を見ると毛布の上から出ている耳がヒクヒク動いている。

「ゲゲゲッ!」

 耳がふっと動いてこちらを向く。

「ああ〜らヒロさん起きたの?夕べはすごかったわね~」

 毛布の中からメディナがニッコリと笑う。

 

『うわああああ~~っ!OVIS!!』

『夕べの戦果の報告をお望みですか?』

 突き放すようにOVISが言って来る。昨日は無視を続けていたから拗ねているのだろうか?

 ばっと跳ね起きると、すっぽんぽんのままなのに気が付いた。

 

 速攻で土下座である。

 

「すいません、すいません、つい出来心でして」

 米つきバッタの様に頭を床にこすりつける。

「いいのよ~っ、ホテルに連れてきてあげたら速攻で押し倒すんだもの~~」

 シーツを体に巻き付けてベッドから起き上がるメディナ、背中からのオーラが半端ない。

「ひえええええ~~~っ!!」

 心で悲鳴のヒロである、意外と自分が小心者であることにこの時初めて気が付いた。

 

「すいません、すいません、酔っていて何も覚えてないんです」

 再び米つきバッタのヒロである。

「ああ~ら、あんな情熱的な一夜を覚えていないなんて残念だわ~~」

 完全にメディナの手の中で転がされているヒロ。

 

「それよりもうお日様は高いわよ~、朝食でも食べに行かない~?」

 すぐにメディナは着替えを始め、慌てて後ろを向くとヒロもパンツを履いた。

 チラリとメディナの着替えを覗くヒロ、メディナの裸身はすごく綺麗だと思った。

 それに気が付いてニッコリ笑うメディナ、それを見て真っ赤になって股間を押さえる。ヒロはまだまだ青春であった。

 

 ふたりで朝食を食べに行くとその日のうちにこの事は街中に広まっていた。

 なんだろうこの情報伝達速度は?女の人たちはこちらを見てにこにこ笑っているし、男たちは殺意のこもった視線を送って来る。 

「うう~~~っ、みんなの目がきついよ~~っ」

 メディナが町の若者に人気が有ると聞いてはいたがこれ程の物とは思わなかった。嫉妬と羨望のまなざしがヒロの心に突き刺さる。

 

「実はね~、あたし『獅子の咆哮』をやめようと思っているの」

 そうメディナは切り出した。 

「何か嫌の事でもあったんですか?」

「ううん、そんな事は無いけど…私の家に畑が有るんだけど~、狩人やっていると畑の手入れが出来なくて…」 

「………………?」

 

 ヒロはまだこの世界の状況にはあまり詳しくは無かった。しかしマウラー達も家に小さな畑を持っていてそれで収入を得ていることは知っていた。

 メディナもそんな家の一つなんだろうと思った。

「できればあたしとつがいを組んでもらえると助かるんだけどな~」

 

『この場合の「つがい」とは狩りの相棒と言う意味ではありません、生活を共にし子供を…』

『うるさい、黙れ!』

  

 それがどういう事を意味するのか、流石に鈍いヒロでもわかった。

 この時ヒロは17歳、メディナも17歳、どちらもこの世界では結婚適齢期の真っただ中であったのだ。 

「お、俺でいいんですか?まともに獲物も追えない初心者ですよ」

「もう半年の修行を終えて獲物の狩り高もこの街ではかなり高い方なのよ、知らなかった?」

 フルフルと頭を振るヒロ、何しろ基準となるものが分からないのだから判断のしようがなかった。

 

「い、いや。魔法を使えても俺なんかすごく頼りないし、ほらっふんどし祭りでバスラに簡単に負けちゃったし」

「ヒロはすごくしっかりしてるよ、マウラー達の指導にしっかり従ってどんどん腕を上げてきているじゃない」

 本当は俺の力じゃない、俺の後ろに隠れているOVISのおかげなんだけど。

 

『えっへん』

『…………お前、どこからそのキャラ引っ張って来たんだ?』 

 

 そういった負い目もまたヒロの心には残っていた。

 はっきり言えば今の自分の本来の力でこの目の前にいる女性の期待に応える自信が全くなかったのだ。

 

『千載一遇のチャンスです、男にしてくれた美少女を幸せに出来ずして人類軍の戦士と言えますか?』

『いや、その辺は覚えていないから…彼女は本気なのだろうか?』

 これまで全く女性との交際の経験もなく口を利いたことも無いのだ、相手が何を考え何を求めているのか想像すらできないのだ。

 

『彼女の方は動悸が早く血圧が普段よりやや高いようです、意中の男性とのつがいを求めていると推定、やはり夕べの情熱的…』

『やめいっ!それ人類範図のデーター使ってないか?』

 違う世界の違う種族のメンタルだろう、それが人類と同じはずがない。たぶんOVISの勘違いだ…と思うのだが…。

 

『据え膳食わぬは男の恥とも言います。この際しっかり押し倒すべきです』

『いやそれ、記憶が無い時にやっちゃったらしいから…』

 そう、やっちゃったんだよな〜、OVISの証言もあるし。 

『それでは、男としてちゃんと責任は取りましょう』

 一体何なんだこいつは?完全に俺を追い込んで来る。

 

 軍隊時代も女性兵士と結婚して軍を辞めて行く者は大勢いた。彼らは下級市民に戻ってつましい生活を過ごしているのだろう。

 むろん上級市民の生活そのものが、果たして本当に言われてきたような物であったかどうかはまったく分からない。兵士を鼓舞するための作り話である可能性すら否定はできない。

 何しろ上級市民に昇格した人間をヒロは知らないからだ。

 

「私ね、ヒロさんとなら一緒に畑を耕して、暮らしていけると思うんだ~」

 メディナのとてつもない笑顔はヒロのハートを完全に打ち砕いた。


お読み頂いてありがとうございます。

今回で序章を終わり、ヒロの落ちてきた世界の状況と登場人物紹介が終了いたしました。

次回からは新しい章に入り、突如現れた翼竜やこの世界の謎が徐々に明かされて行きます。

ご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ