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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第一章 落ちてきた男
28/221

丘の上の魔法訓練

1ー028

 

――丘の上の魔法訓練――

 

 初等部を卒業した後、かつて疎遠だった友人たちとの仲も改善し、メディナはカロロとともに中等部の学校に進学した。しかしその直後に父親が猟の事故で突然死んでしまったのだ。

 家には畑が残されており、二人で食い繋いで行くことはなんとか出来る状況であったが、母親一人では畑を維持するのは難しかった。仕方なく家を手伝うためにメディナは学校をやめる事にした。

 

「ごめん、カロロちゃん。家の仕事を手伝わないといけなくなっちゃったの」

「メディナー、カロロいつまでも友達〜」

 そう言ってくれたカロロの言葉はとてもうれしかった。

 人間の寿命をはるかに超える竜は、その友人たちの死を長い時間をかけて何度も見取る事になる。それ故に友人となってくれた人間の事は、とても大切にする性質が有るのだ。

 

 メディナは畑仕事のほかに、作物を荒らす獣を退治するようになった。それは肉と毛皮となり家計の助けになった。やがてそれが大きな収入源になるにつれ、仕事の比率は猟師の方へと傾いていった。

 体力の無いメディナは槍で獲物を倒せないので、どうしても強力な魔法が必要であった。

 その時に以前に見たカロロのヘル・ファイアが自分に使えないかと考えるようになり、あれをうんと小さく出来ればすごく役に立つと思った。

 

 初等部の頃カロロは大きな魔力を持ち、竜人族であるという事により、学校のみんなはカロロを恐れ、彼女が孤立した時期があった。

 その時、同じように強力な魔力を持つメディナと仲良くなった経緯が有り、竜の巣でカロロと魔法のコントロールの練習をしていた。

 しかしそんな所でも、ヘル・ファイアの練習は危ないと言われて、お兄ちゃんに山の上に連れてこられたのだ。

 

 ヘル・ファイアは魔力量の多い獅子族以外は撃つのが難しく、一度撃つと体中の魔力を全部使用して放たれる魔法である。

 威力は高いが強さのコントロールが全く出来ず、撃った後は魔力不足で立つことも出来なくなる程に使い勝手の悪い魔法だった。

 しかしそれは魔力の制御が出来ていないからだとメディナは考えた。

 

 そもそも飛び道具である魔法で魔獣を傷つけても、なかなか死ぬことはなく逃げてしまう場合が多いのである。

 そしてヘル・ファイアは体が大きく魔力量の多い獅子族以外は使えず、しかも魔獣を体ごと消し去ってしまう程強力な魔法である。

 体が大きすぎる竜人族は、ブレスの魔法がヘル・ファイア並みの威力を持つので、必要は無かった。

 狩人であっても、緊急事態以外は全く使いどころのない魔法というのがこのヘル・ファイアの評価であった。

 

 ヘル・ファイアを最初に撃ったのはカロロであったが、その時もからだ相応に小さなものであった。

 それでも撃つ度にひっくり返ってお兄ちゃんに連れ帰ってもらっていた。

 やがてメディナも見よう見まねで撃てるようになったが、メディナは魔力のコントロールが得意だった為か、最初から威力は抑えられており撃てた。

 木の幹にこぶし大の穴を穿つ事の出来る程度だが、猟師としては十分な威力であった。

 

 カロロも何度かひっくり返った後に威力を押さえてようやく小さなヘル・ファイアを撃てるようになった。

 それを見て興味を覚えたコタロウも、何度か練習をしたらしい。その度にお父さんにぶら下げられて帰ってきたお兄ちゃんである。

 お父さんもやろうとしていたが、あまりにもうまくできないのですぐにヒスを起こしてあきらめてしまったそうだ。

 

 年を取った男は忍耐力が無くてはいけない。

 

 お母さんは結構喜んで練習している、女の方がこういったことに向いているのだろうか?そんな事を冷静に観察をしている魔獣研究者のお兄ちゃんである。

 そんな訓練を続けてきたせいでコタロウも魔法のコントロールはかなりうまくなってきたらしい。今では威力を押さえたヘル・ファイアを使えるようになっていた。

 

「まあ、ブレスと一緒で実際はあまり使い道が無いんですけどね」

 お兄ちゃんは常々そう言っていた、体力で大人の竜人族にかなう魔獣はいないからだ。

「それじゃあれを的にしてみましょうか?」

 遠くの空を悠々と飛行する鳥型の大型魔獣が見えた。

 

「300キロ位の大きさかな?」

 お兄ちゃんはくわっと口を開けるとゴオオーッと音を立てて光の槍を吐き出す。

 鳥の所を光がとおりすぎるとふっとその姿が消えていた。

 

「なんともない?」

「うん大丈夫、今ので10分の1位の威力ですかね?ブレスに比べて射程は長いですね」

 それでも十分獅子族のヘル・ファイア並みの威力が有りそうだ、さすが超絶竜人のお兄ちゃんである。

 

「カロロもうまくなったよ〜♪」

「カロロの方がこの点では先輩だからボクよりずっとうまくできるね〜」

「あの木を見ていてね〜♪」

 近くに生えている大きな木を示して狙いを付けて、口を大きく開けると光の粒が口の中に吸い込まれていく。

 ぶおん!と音を立てて口から光が飛び出す。木に当たってボン!と音を立てるとその幹に直径30センチ程の穴が開いている。

 最初に撃った時の10分の1くらいの威力だ。

 

「お母さんはどうなのかしら?」

「いやいや、もし全部のエネルギーが暴走したらどんな威力になるかわからないし、魔力切れを起こしたらお父さんでも担ぐのは難しいからね」

 大人の竜神のテストはどこかの孤島にでも行ってやらないと危ないだろうと全員が思っていた。

 

 そんな練習をみんなでやっていた思い出の場所に久しぶりにやってきた、お父さんの魔法制御の練習を行った事の有る場所である。

 おかげで、周囲の地面は穴ぼこだらけで、近くに残っていた木々も殆ど吹っ飛ばされていた。

 街からはそれなりに離れた場所であり滅多に人も来ない上に、周囲にここより高い山も無いので魔法を使っても比較的安全だからだ。

 今日はメディナが新しい魔法を研究するためにコタロウに頼んで連れてきてもらったのだ。

  

「いや~~っお父ちゃん、あれ程不器用だとは思わなかったですからね~~」

「お父ちゃん、まほうへたーーっ」

 全くひどい物であった。何しろ竜のお父さんは人の言う事を全く聞かないで、自分の思い込みだけで突っ走るので危なくて仕方が無かった。

 メディナはコタロウとお母さんの後ろに隠れてみているしかなかった。

 

「だけどお母さんはすごく魔法を器用にコントロールしていたわよね」

「お母ちゃん、てんさーい♪」

「そうですね〜、逆にお母ちゃんがあんなに器用だとは思わなかったですね」

「その代わりお父さんが拗ねちゃって困ったのよね~~」

 その場がジトっと暗くなる、どうにも使えないお父さんの様である。

 

「それで?メディナちゃんは今日はどんな魔法を練習したいのかな?」

「え〜っとね、防御の魔法なのよ、一度見ただけだけどなんとなくイメージが出来て来たのよ」

 メディナは以前ヒロと初めて会った時に見せられたOVISのシールドを魔法と勘違いしていたのだ。

 OVISの機体バリアーは純粋に機械的な物であったのだが、そんな事を知らないメディナはそれを魔法で再現しようと試みていたのだ。

 幸いこの魔法は何かを撃ちだす様なものでは無かったので、自宅で練習することも出来た。

  

「メディナー、うまくいった〜?」

「なんとかそれらしい物は作れたけどまだテストが出来ていないのよ」

 メディナは自分の魔法能力を仲間の狩人にすら秘密にしていた。

 それは自分が異端者として見られていた初等学校での反省から、他人に魔法を見せる事を躊躇していたのだ。

 子供の頃のトラウマはそう簡単に払拭できるものではない。

 

 この竜の兄妹だけは例外で元々が魔法力が高いので、メディナの魔法能力を異常とも不思議とも思っていなかった。

 当時はその強力過ぎる魔法故にカロロも学校で浮いた存在になっていた、そのカロロの友人になってくれた事をコタロウはとても喜んでいた。

 そういった諸々の理由から、この3人で人に見られないこの場所までやってきて様々な魔法の練習をしており、それは今でも続いている。

 

「この間魔獣を狩った時に見たヒロの防御の魔法よ、あんなの見た事が無かったわ」

「防御の魔法か、うまくできたらすごいですね〜。魔獣に襲われても死ぬ人が少なくできますよ」

「大体イメージはつかめているんだけど、まだ大きく広がらないのよね~」

 メディナは両手を正面に広げて構え、その前に何か水の様な揺らめきが現れる。

 

「小石を拾ってぶつけてくれる?」

 お兄ちゃんが小石をぶつけるとコツンと跳ね返る。

 

「へええ~っ、おもしろ~い!」

「まだ両手の範囲位なのよね~」

 だいたい直径50センチくらいである。ヒロがOVISを使って作り上げたシールドに比べれば微々たる大きさである。 

「これを考え出したのはすごい人だと思いますよ、こういう魔法の使い方は初めて見る物ですね」

 本当は機械的に作られたシールドを、魔法で再現するメディナの方が凄いのだがそんな事には気付いていない。

 

「それじゃ少し離れて石を投げてくれる?」

「わかった、それじゃシールドをだしてくれますか?」

 お兄ちゃんが石を拾うとメディナの方を向く。メディナが両手を広げて正面に構えると目には見えないがわずかな空間のゆがみが現れる。

 

「投げて!」

 竜が石を放るとメディナの手前で石は何かに当たったように下に落ちる。 

「うまくいったみたいですね」

「石が途中で落っこちたの〜♪」

「うーん、でも結構魔力の消耗が激しい気がするわ、今度は全力で投げてくれる?」

「いいですよ、体の正面から少し外してください。万一当たると危険ですから」

 メディナが体の正面から少し外してシールドを構えると、今度はお兄ちゃんが振りかぶって石を投げる。

 

 石は轟音を上げてメディナに向かって飛んでいく、もし人間に当たれば体に穴が開いてしまうほどの威力だった。

 ゴツンと言う感触が有って、石が粉々になって吹っ飛んでいく、まるで透明な盾がそこに有るような感じだ。

 石のぶつかった反動がメディナの体にかかって体が横に吹っ飛ばされる。 

「わっ、メディナちゃん大丈夫ですか?」

「いたたたっ」

 倒れたメディナはお尻をさすって立ち上がった。

 

「メディナすごーい♪」

 いやいやこの場合凄いのは石を粉砕出来るお兄ちゃんの力でしょう。

 しかし石がシールドに当たった時の反動は完全に体の方に伝わってきていた。これでは普通の盾を構えているのと変わらない。 

 

「ブレスやヘル・ファイアはどうかしら?」

「う~ん、範囲も狭いし今の状態で試すのはまずいでしょうね~、それで魔力の消費量はどんな感じなのですか?」

「結構大きいわね、持ち歩かないで済む分良いかもしれないけど長い間使うのは難しいかな?」

「そうですね、少なくとも体の前半分くらいは隠せるようにしないと実用にはならないでしょうねえ」 

 さすがにこれではヘル・ファイアやブレスを試す訳にもいかないだろう、じっと防御幕の状態を観察するコタロウである。

 

「ん?何をやっているの?」

 コタロウは足元の棒きれを拾うと先っぽでシールドをたたいてみるが、音がしない。

 前足の爪を出してシールドに突き刺してみる。そのままシールドに刺さっていくが、途中から刺せなくなる。

 さらに押し込むとメディナがよろける。

「ふ~む、そう言う事か…」

 コタロウはそれを見て何かを感じたようである。

 

「何かわかった事でもあるのかしら?」

「いえ、何か壁のような物が有るのかと思いましたが、どうやら違うようですね」

「え?そうなの?」

 メディナ自身は直接シールドに触ったことは無かった、自分で出しているのだから当然である。 

「これはどうやら空間の歪みの様な物だと思います」

からが、ゆがむのー?」

「そうだよ、ボクらの使う魔法は基本的に空間の歪みを利用しているからね」

 この世界に空間の概念は無く、からと言う物を哲学的概念として理解しているだけである。無論メディナにはその様な教養は無かった。

 

「つまり風の魔法は空気を歪ませることによって風を起こし、その歪ませ方によってさまざまな効果を作り出しているんですよ。炎系は空間の温度を上げて炎を作り出しているのであって、何かが燃えている訳じゃ無いんだよね」

「ん〜?よくわからない」

 メディナの反応にニッコリとほほ笑むコタロウ。 

「すごーい、お兄ちゃん、学者さんみたい〜♪」

 いえ、一応大学の先生やってますけど…カロロの言葉にそっと涙するコタロウである。

 

「んん〜と、こうですかね〜?」

 精神を集中させるとコタロウの前にもシールドが浮かび上がる。 

「おお~~っ、お兄ちゃんすごいです~っ♪」

「ボクもみんなと一緒に魔法制御の練習をしましたからね〜」

 得意げに鼻を鳴らすお兄ちゃんである、ぽろっと鼻から炎がこぼれ落ちる。

 

「僕ならカロロちゃんのヘル・ファイア位だったら火傷をする程度で済みますからね」

「おにーちゃん、うっていいの〜?」

「いいとも、さあこいっ!」

 体の前にシールドが張られる。少し背景がゆがむのでそれとわかる。

 少し離れた場所からカロロがヘル・ファイアを撃つ。体が小さいうえに少し威力を抑えているが十分細く貫通力は高そうだった。

 ばしっ!と音がしてコタロウの前で強い光が火花のように飛び散るとシールドに波のような波紋が広がる。

 

「ほおおお~~っ、こうなるわけか~」

 コタロウはそれを興味深げに見ていた。 

「それじゃ次はブレスだよ」

「わかった〜♪」

 次いでブレスを吐き出すとシールドが波打って同じように炎を跳ね返す。 

 それにしてもメディナのシールドは直径50センチ程度なのにコタロウのシールドは全身を包んでいる。

 あ〜っ、これはもう完全に体に溜め込める魔獣細胞の大きさの違いだな〜、とコタロウは思った

 

「私のシールドはどの位持つのかしら?」

「メディナちゃんはそんなに体が大きくないし、一応木の前で試してみようか?」

 木のある所まで来て木の前にメディナのシールドを張る。彼女自身は横によけて射線に入らないようにした。 

「いいわよ、カロロちゃん」

「はーい♪」

 カロロがシールド目掛けてヘル・ファイアを撃つとさっきと同じように火花のような光が出て波紋が見える。

 コタロウがそれを見て首をかしげる。

 

「カロロ、今度は全力で売ってごらん」

「はーい♪」

 ズバーッと強力な光が出るとシールドからものすごい火花が上がると同時に後ろの木の幹にボスッと穴がえぐれる。 

「ふーん、やっぱりね。ヘル・ファイアの方が強力だと空間の歪みが壊されて突き抜けちゃうんですね〜」

「いりょくは、すごーくおちてるの〜っ」

「ボクが獅子族のヘル・ファイアを食らったら少し危ない位かもしれないですね」

 

 その後はお兄ちゃんのファイアボールやブレスでのテストもしてみた。

 どちらも直接当たらないように防ぐことは出来ても輻射熱はかなり貫通してくる、竜が放つ全力のブレスを浴びたらシールドは無事でも中の人間が黒焦げになりかねないという事がわかった。

 

「これでシールドの使いどころがわかったわね」

「新しい魔法作った、メディナすごーい♪」

 これまで知られていなかった魔法の使い方を新たに作り上げたのであるから、確かにメディナという娘は只者では無かった。

 しかし彼女は兎耳族であるだけにこの成果もあまり大っぴらにはしたくなかった。何より彼女には出生に対しての大きな秘密が有ったからだ。

 

「でもこの魔法をふたりが使えばすごく強力な武器になるわよ」

 まあ殺してもなかなか死なない竜にシールドの魔法が必要かどうかはわからないが。


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