穏やかな街の灯
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――穏やかな街の灯――
ヒロはお茶を飲みながら竜が飛び立っていった後の台を見ていた。集まっていた人々や子供の解散して今は静かな物であった
ヒロが初めてこの街に来た時も竜はここで寝ていた。顔が少し腫れていたのはヒロのせいだ。
この世界で初めて遭遇した知的生命体が竜人族と言うのも良かったのか悪かったのか?
それにしても、その竜人族がこの世界でこの様な役割を担っているとは思わなかった。
何でも30年ほど前から狩人ギルドを束ねた郵便事業が行われるようになったらしく、事業はゆっくりとその範囲を広げて現在は全国組織になったらしい。
「それにしても竜のお母さんの発案で郵便事業が出来るとは、竜人様も見直さなくてはいけませんね」
「あら、違うわよ。確かに郵便事業は、猟に出かける以外は食っちゃねばかりしていた亭主に腹を立てた奥さんが、旦那に何か仕事をしろ言い始めたのがきっかけだけれど」
「違うんですか?」
「街や国を回って売り込みや調整をしなきゃならなかったのよ、そんなの竜のお母さんに出来る訳ないじゃないの」
「するとだれが?」
メディナはにっこり笑って空の上の方を向く。
メディナの視線をなぞって行くとそこには豚に太い尻尾を生やした、異様な物体が蝙蝠の羽を広げて空を飛んでいた。
「お兄ちゃ~ん」
カロロが大きな声で叫んで手を振る。
お腹をブルンと震わせてカロロの方向を見ると大きく軌道を変えてこちらに向かって来る。
バサバサと羽ばたきながらメディナの所まで尻尾豚が下りて来た。カロロの兄のコタロウである。相変わらず見事に豊満な体形であり、地面に降りた途端に弾みそうだった。
カロロがポーンと飛び上がると尻尾豚の頭に乗っかる、頭の上にカロロをのせたまま太目の竜がニッコリ笑う。
「こんにちわ、メディナさん少し遅くなりました、ヒロさんとご一緒でしたか」
父親の様に巨大な竜では無いが身長は2.3メートルで太い体躯の竜が笑顔で挨拶をする。
獅子族よりも大きい上に太さが半端なく、ものすごい圧迫感を感じる。
「ううん、少し早く来たのでヒロさんとお父さんの出発を見ていたのよ」
「ヒロさんとは先日の翼竜事件の時以来ですね、狩人生活にはもう慣れましたか?」
腰の低い話し方をする、竜人族としては子供という事だが、人間の範疇で言えば長老以上の経験と、若さが同居している竜の子供なのだろう。
先日と同じ吊りの半ズボンを履いている。今日は緑だ。これでも一応外出着なのだろうか?
『父親はすっぽんぽんでしたが』
『子供は人間に近い大きさだから人間の礼儀に従うんじゃないのか?』
親の方は服を着ていなかったが、子供は着るのが習慣なのかもしれない。まあ竜の親の服を実際に作れるかどうかは疑問だが。
広げていた翼はたたむと背中にピタリと納まって邪魔にはならないみたいだ。
「このコタロウさんが各地の街のギルドを飛び回って郵便事業を起こしたのよ」
「研究者で事業家なんですか?すごいな」
「何の話でしょうか?」
お兄ちゃんがにこやかに尋ねる。本当に大人の様に感じる。あの父親から良くこの息子が出来たな。
コタロウは頭の上に手をやると、カロロは尻尾をクルリと腕に回してその手のひらの上に立つ。
そのままカロロを席に持っていくと今度は椅子の上に尻尾をクルリと丸めて座り直した。
ものすごく息が合っている、年中こんな事をやっているのだろうか?
そこに給仕が注文を取りに来た兎耳族の美人の若い女性だ。
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
「はい、コタロウさんのお茶を追加してください」
「かしこまりましたケーキはいかが致しましょう?」
チラッとコタロウの方を見るとニコッと笑う。
「それもお願いします」
まあ、その時ヒロにはそれがどういう事を意味するのかはわからなかったのだけれど。
コタロウは椅子をどかすと以前と同じように尻尾を巻いて床の上に座った。
「郵便事業に関してはお兄さんが事業を始めたと聞きまして…」
「あははは〜ああっ、あれは家の母が言い初めましてね~」
やっぱり竜人族の奥さんが言い始めたと言うのは本当だったんだ。
「ご存じの通り、竜人族は街の周囲の大型魔獣を狩ることによって、周辺の住民の安全に寄与しているのですよ」
確かにあんな化け物みたいな奴がその辺をうろついていたら安心して暮らせないからな。
「毎日の様に大型魔獣を狩っていますがボクらは自分の食べる分だけを狩っています。大体1日1体です。つまり年間365体という事です」
1年で365体?1年はその日数なのか?
「大体街の中心から200キロ圏内で大型魔獣を探すのですが、彼らにはあまり天敵がいないので割合探しやすくて、結構サクッと狩れるのですよ」
あの怪物を、サクッですか?
「だから1日3時間位しか働かず、家でゴロゴロしているので母が怒っちゃいましてね。まあそれで家の中に居づらくなりまして、街の広場で昼寝を繰り返すようになりました。それを見て何か父に出来る事は無いかと考えたのが最初です」
何となく家の中に居場所を失った亭主の悲哀を感じる話だなー。
「当時ボクは王都カルディナーンの王立イエール大学で魔獣学を研究していましてね、そこの狩人ギルドと話をしてみたんですよ。そしたら面白いと言う事になりましてね、試験的にカルカロスとカルディナーンの間で始めてみたんですよ」
なんとこの竜は王都の大学の教授であるばかりではなく実業家でもあったのだ。ただの肥満の竜に見えるけど意外なほどに優秀なんだ。
そこに給仕が竜のコタロウ分のお茶とケーキを持ってきた。
コーヒーはいつものビール用のジョッキにホールケーキ一個だ。それにサラダ用の木製フォークが付いてきた。
目を点にして見ていたが、まああの手だから細かい動きは無理だろうと納得する。
「お切りいたしますか?」
「ああ、いいわ私が切るから」
メディナがホールケーキを半分に切ると、お兄ちゃんはフォークを使ってカパッと開けた口の中に放り込む。
「あむあむあむ、う~ん美味しい~」
そしてジョッキの中身を口に流し込む。優雅さはかけらもない。いやはや豪快なティータイムである。
「お兄ちゃん、コーヒー!」
「はいはい」
飲みさしのコーヒーをカロロに渡す。
「にが〜いっ!」
一口飲んだカロロは渋い顔をする。
「何度飲んでも変わらないね~、そのうち美味しいと感じるようになるよ」
「でも香りはいいーっ♪」
どうにも仲の良い兄妹と言うより完全に親子みたいだな〜、といささか複雑な感情を抱く。
ヒロのいた世界では子供に兵士の適性があると非常に喜ばれた、うまく戦争を生き残って英雄になれればそれは家族にも及ぶからだ。
逆に言えばそれくらいしか下級市民から這い上がる手段がないのだ。
生活の貧困は兄弟や親子の間にも影を落とす。適性の無い子供は生活向上の希望が見えないからだ。
それにしても考えていた以上に竜人族もまた人間であると思わざるを得ない。
『殺さなくて本当に良かったですね』
『お前が言うな、自慢出来る立場じゃあるまい』
OVISが話に割り込んできやがる、最近出番が少ないから拗ねているのかな?
この竜のお兄さんも117歳だそうで俺よりはるかに長生きしている。
「竜は長く生きますから、そんなことでもしていないとやることが無いのですよ~」
成人が500歳で今117歳という事は人間に直すとまだ4歳くらいなのかよ?そう考えるとぷにぷにしていても当たり前なのかもしれない。
人間としてははるかな年寄りだが竜人としては幼い子供という状態らしい。
妹の方はメディナの同級生らしいが小さいときは人間より成長が遅いと言っていた、子供の時間は短いと言うが、竜の場合大人の時間が長いのだな。
「70歳頃から20年間かけて国中を飛び回りましてね、各地の国と取り決めをまとめて全国ネットワークを作りました」
「すごいものですね、ご両親はその時は一緒に?」
「いえいえ、竜人族は成人しますと人間の所に行って交渉するような事がやりずらくなりましてね、主に大きさの問題で…」
……なるほど…。
「まあそんな事でこの仕事が回るようになりましたが、その頃に丁度妹が生まれたので狩人ギルドに全てを引き渡して引退しました」
「それで今の大学で教鞭を取られているのですか」
「お兄ちゃん人類学と魔獣学の博士〜っ♪」
なに?この顔で博士なの?まあ100年も生きていれば博士位なるかもしれんが。
「まあそれもいつまで出来るでしょうか?学校の教室の天井が3メートルですから、身長がそれを超えたら講堂での授業になりますしね〜。それでも身長が4メートル位までが限界でしょう、入り口から入れなくなりますし」
そうか竜人族はその大きさ故に人間達の中で生きていくことが難しくなってしまうのだ。
「それでもあと100年位は出来るでしょうが…その先は…」
強くて大きいというのも大変な事の様だな~。
「大きくなると本を読むのも難しくなります。現在でも成竜は狩人ギルドに生活の手伝いを頼んでますし、赤ん坊を自分たちで育てるのが難しい状況なのです。主に大きさの問題で…」
結局のところ、郵便事業も竜人族が獣人の生活から社会的に遊離してしまわない為の事業と考えている様に思える。
お兄ちゃんはお茶のお代わりをもらっておいしそうに飲んでいたが、その顔は少し寂しそうに見えた。
「カロロも来年から大学行く〜っ、お兄ちゃんの授業受けるの〜♪」
「そうなんだ、また大学の友達が沢山出来るといいね」
「メディナも狩人の友達いっぱい〜♪」
すごく嬉しそうな顔をするカロロ、竜の表情は読みづらいけど、この竜の娘がすごく感情豊かなのはよくわかる。
「僕らに服はいらないですけど、人間と接する場合はなるべく服を着るようにしているんですよ、その方が親近感がわくでしょう。まあ大人になったら服を作るのも難しくなりますしね」
なんだかすごく切ない生き方になりそうだな。
そんな事を考えながら自分がいつの間にか人の心配が出来る程に社会性を身に着けている事に気付く。
7歳から軍の訓練校で訓練漬けの日々であった。社会とのつながりなどほとんど経験する必要もなかった。
それでも自分は運の良い方だと思っていた、まだ若いうちに戦争が起きる事がわかっていたからだ。
戦争に生き残れば士官学校に進み、卒業とともに上級市民となれるのだが、これが30年も訓練を続けた後、戦争で死んだのでは目も当てられない。
幸運なことにヒロは生き残り、元の世界ではないが別の社会が有る世界に墜落してきたのだ。
この幸運を無駄にしない様にヒロはこの世界で生き抜いていこうと改めて思う。
そして出来ればメディナの様に素敵な女性と出会って、穏やかな人生を送れれば良いと思った。
しばらく竜の兄妹と歓談をした後、メディナはこの二人と用事が有ると言っていた。どうやらここで待ち合わせをしていた所に俺がいたらしい。
ついでなのでお兄ちゃんに竜のコンテナを作った店を聞いてみた。
今の形に収まるまでいくつかの試行錯誤が有ったらしい、OVISが使える様にできれば獲物の運搬が楽になる。
今は大陸各地で作っているらしいが、統一規格が出来るまではこの街で作っていたらしい、コタロウにその店の場所を教えてもらう。
「ヒロさん、今日はありがとう。私はこれからコタロウさんと待ち合わせをしていたのでこれで失礼しますわ」
「今日は楽しかったです、どうもありがとうございました」
「今度またヒロさんとはゆっくりお話をしたいですね」コタロウがにっこり笑う。
「おにーちゃん、ヒロさんの事を是非ともけんきゅーしたいって」
「あははは…そうですかそのうちに…」なんと答えたら良いかわからず曖昧な答えを返す。
「それでは失礼致します」
お兄ちゃんがメディナを抱き上げると、カロロがお兄ちゃんの頭に乗ってしがみつき、そのまま3人で飛んで行ってしまった。
支払いをしようと思ったら竜人は顔パスで狩人ギルドに請求するからと言われた。どうやら竜人族というのは実は金持ちらしいのだ。




