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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第一章 落ちてきた男
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幼女とケーキ

1ー026

 

――幼女とケーキ――

 

 子供達を見ていたヒロはかつて過ごした自分の世界の絶望的状況に思いをはせる事となった。

 

 この世界の子供達はなんと生き生きしているのか、血色がよく肌が張っている、栄養状態が非常に良いのだ。

 将来への希望が張り裂けんばかりに跳ね回っているのではないか。

 この星の機械文明はヒロのいた世界に比べればはなはだ遅れているし、重工業もあまり発達してはいない様に見える。

 しかし家内工業による製品供給はそれなりに充実し、食料もそれなりに豊かな様だ。技術継承もうまく行われているらしく各種製品の質もそれなりに高い。

 戦争が無ければこの様に皆が豊かでいられるのだ。

 

「何を見ていらっしゃるの?」

 突然メディナの声が聞こえる。

「ひゃ、ひゃい!」

…噛んでしまった…。

 

「い、いえ…子供達がすごく元気だと思いまして」

「ああ…子供を見ていらしたのね」

「はい、なんか血色が良くて本当に健康的な子供達が多いと思いまして…平和なんだな~と思ったんです」

「そうですね~、争いのない世界はすごく素晴らしい世界ですものね~」

 小首を傾ける彼女、その仕草は破壊的に可愛い。

 

「この世界には戦争は無いのですか?」

「んん~っ、無いわけではありません、国境線付近での小競り合いは有るようですけど」

 メディナの話によるとこの地方はイスファーンと呼ばれ大小10余りの街の連合体らしい。

 それぞれが条約を結び、王都カルディナーンに連合議会を設けた連合国家の様な形態をとっているそうである。

 

 北側のノストラス地方、西側にはイーサット地方があり、それぞれここと同じような連合国家の様相を呈しているそうだ。

 それぞれの地方の国境付近では時々小競り合いが有って勢力争いを行っている。

 町にも警備を行う為の組織は有るようで、それが唯一の軍事組織に近い物だそうだ。騎馬軍団を組織して治安と国境警備を行っていると言っていた。

 

「敵が街に攻め込んで来ることは無いのですか?」

「それは有りませんね、竜人様がいますから」

 やはり竜人族か、ああいった生体兵器の能力はどの位の物なのだろう? 

「竜人殿が街の防衛に力を貸すと言う事なのでしょうか?」

「ちがーう、竜人族は戦争がキライだから、戦争になったらお父さんたちはみんなで逃げ出すのー」

…なに、そのチキンは?

 

「し、しかし、竜人族は街の守護神ではないのですか?街が戦火に焼かれることを拒まないのですか?第一相手国が竜人族を前面に押し立てて攻めてきたらどうするのですか?」

「竜人族は人間たちの戦争に手を貸した事はないのー」

「ヒロさんは竜人族と言う物を誤解しておられるようですね、彼らはとても平和的で心の優しい種族なのですよ」

…心優しい?先ほどの威圧感は半端なかったけど。

 

「竜人族は竜人族だけで生きられないー、人間と共存しないと寂しくて死ぬのー」

「そ、そんなにデリケートな種族なのですか?」

「デリケートと言うよりは社会的な種族であるにもかかわらず絶対数が少ないのです。食性の問題で多くの竜人族が一か所で住まう事は難しいのですよ」

 メディナの説明によると竜人族が獲物を狩る範囲に一定数以上の竜人がいると獲物が不足してしまうのでコロニーを作れないらしい。肉食獣の縄張りと同じで、竜を養える最低の面積は決まっているのだ。

 それ故に竜は分散して暮らさざるを得ず、社会性を満たすためには人間たちとの共存が欠かせないのだそうだ。

 

「竜人様は不死身の体をお持ちで有るが故に人の死にはひどくナーバスなのです」

「え?竜人殿は死なないのですか?」

 驚きの発言である。この世に不死身の肉体を持つ生き物が存在するのか。 

「死なないよーっ、お父さん、この街が出来る前から生きてるよーっ」

「本当に死なない訳ではありませんが、怪我をしてもすぐ直りますし、実際にかなりの長生きだそうですよ」

 

『それが事実であれば、細胞のエイジング機能が無い生物であると推定、旧世界においては爬虫類の一部にエイジング機能の欠如した物が存在していました。竜人族がその流れを汲んでいるのかもしれません、いずれにせよこの世界は人類の旧世界との相似が大き過ぎます』

 

 OVISの注釈を待つまでもなくこの世界と人類世界との相似にはヒロも気が付いていた、確かにこの星の生き物には謎が多すぎる。 

 そういえばカロロが成竜の大きさになるのに500年かかると言っていた、成人年齢の4倍生きると考えても2000年以上の寿命か。

 ものすごい長生きだろう、そう考えれば出生率の低さも理解できる。兄妹の年齢差が100歳近いのもうなずける話だ。

 

『やはり調査が必要と考えます、細胞のサンプルが有ればそれも可能です』

『少し待て、それがわかったところで現在の状況を変える事にはならない』

 とはいうものの、確かにこの世界はあまりにも謎が多い、しかしここに住む人類にとってはこれが普通なのだろう。

 普通であれば特に波風を立てても仕方がない、良くも悪くも今のヒロにはこの世界で生きて行くより選択肢は無いのだ。

 

『しかし肉体構造がそっくりな知的生命体が、2000光年の距離を隔てて同時的に自然発生する可能性は天文学的にありえない確率です。それにもかかわらず同系列のDNA生命体がここに存在している事自体が何者かによる采配が無いとは言い切れません』

 なんだ?今日のOVISは嫌に饒舌だな、余程この事に関して調査をしたいのだろうか?人工知能であるOVISにこんな主体的な発言をする物だったかな?

 

『何よりこの星は人類が移住するのに最適な惑星と考えられます。テラフォーミング無しでの移住が可能です、人類宇宙軍との連絡が取れれば…』

『却下!この問題はそれ以上取り上げるな』

『…了解』

『確かにこの星が我々の人類と無関係であるとは到底思えない、しかし重要な事は今を生き抜く事だ。いずれ調査の機会も訪れるだろう』

 

 OVISの言いたいことはわかる。この星の生き物が食えると言う事はアミノ酸が同系列であることを意味しているからだ。

 すなわち生命体が人類と同じ種類のDNAで構成されている証拠であり、人類が入植しても無改造に生きていける惑星であるという事だ。

 かつて人類が入植した星ではアミノ酸形態が異なる星もあり、かなり大規模な生態系の改造を試みた事例も有ったと学んでいる。

 

 もしアミノ酸系列が異なっていれば、ヒロがこの星の物を食うことは出来なかったであろう。非常用食料などあっという間に食い尽くしてしまう。

 そう言う意味では最初にバスラから出された干し肉を食ったのは大きな賭けであった。一瞬躊躇したヒロではあったが、干し肉を差し出したバスラが人間以外にはとても見えなかった事が大きかった。

 あれを食った時点でヒロはこの星で生き残れる確信を抱いたのだ。

 

 ヒロは戦士コースだったので戦闘以外のあまり多くの事を学んではいない。士官コースに選ばれたものは戦略研究の為に更に多くの事を学ばされるはずだ。

 その中には宇宙における生命発生理論なども有ったはずだが、一般戦士コースにはそんな物は無い。ただひたすら戦闘プランと命令に従って狂いの無い行動を要求されただけだった。

 OVISにその様な知識がプリントされていたことに驚きを覚える。何故そんな知識が必要だったのだろう。

  

 そんな事を考えていると店員がお茶とケーキを持って来て3人にお茶の入ったカップとケーキを置いていく。

 カロロに取ってはテーブルが高すぎるので、いつものように尻尾をクルリと丸めてその上に座る、器用な物である。 

「なんだ、これは?」

 ヒロの前にはお茶の入ったカップと、何か黄色いパンの上に白い半練り状の物が塗り付けてある食物が置かれた。

 

『これはなんだかわかるか?』

『ケーキと呼ばれたものと推測、黄色いパンの上に半練り状の物質が塗られています、食用と推測』

『…見た目のままじゃないか?』

 データーの中に無いのだろう、まあ知らない物を教えろいうのも無理がある。

 とりあえず周りを見るとカップにはスプーンが、ケーキにはフォークが添えられている。

 ん?なぜかカロロのスプーンとフォークには布が巻き付けられている。

 

「カロロさん、そのフォークは何故布を巻いてあるのですか?」

「カロロの手でフォーク握ると折れちゃうのー」

 彼女が手を上げて見せるとその手には鋭い爪が生えており、人の手程に器用に動きそうにはない。 

「竜人族の爪はすごく鋭くて鋼のナイフを切れるのよ」

「まさか!」

 生き物が爪でナイフを切り裂くだと?それも子供の竜の爪でか? 

 

「だからあまり細かい作業は出来ないのー、それで竜は人間との共生は欠かせない要素なのー」

 確かにそれでは何かを作ろうと思っても材料をボロボロにしかねない、それは社会を作っても文明を発展させる方法を持たないことを意味していた。

 竜人族の親父がケーキを作るために厨房に立つ姿を想像できないのだ。

 

 カロロはケーキにフォークをぶすっと差し込むと、大きく口を開けてケーキを放り込んむ。

 もしゃもしゃと食べた後、両手でそっとカップを持ってお茶を口の中に流し込む。

 確かに相当に不器用そうな動きをしている。 

「おいしいーっ!」

 実に幸せそうな顔をする竜の子供である。

 ああ、そう言う事かとヒロは納得する。

 

 如何な強力な力と体が有っても孤独に生きていれば獣と変わりがない。人として、文明人として生きる為には人の手助けがどうしても必要なのだ。

 だから竜は人々が殺し合うのを好まない、自分が人間として有り続ける為には世の中が平和でなければ困るのだ。

 強力な力が有ったとしても人を支配できる訳では無い、人を統べるのは人の力に拠らざるを得ない、人が戦争を望めば竜がそれを止める事も加担する事も出来ないから逃げ出すしか無いという事なのだろう。

 

 メディナはケーキをフォークで小さく切って口に運ぶ。このパンはすごく柔らかく作られている様だ。

 もぐもぐと食べた後にお茶を一口含む。どうやらこれが食べ方のマナーの様だ、ヒロは同じ様に小さく切って口に運ぶ。 

  

「甘い!」

 なんだこの甘みと柔らかさ!パンに見えた物がパンでは無く口の中でとろける程に柔らかい。

 しかも白い練り物に見えた物はすっと舌の上で溶けて消えて強烈な甘みを残し、その後に甘い香りが口中に広がるではないか。そこで口に含むお茶の苦みが口の中の甘みをリセットしてくれる。

 軍隊ではこの様な食物は置いておらず、街に出てもあまり見た事は無かった。

 なんて素晴らしいんだ、この世界の食事の多様性は?科学技術でははるかに凌駕する人類連合は、食の分野ではここまで遅れてしまっているのか?

 

『生活の余裕と技術の進歩は関係が無いと思われます、生活の余裕こそが様々な文化を作り上げているのではないでしょうか』

…OVISに言われるようでは人類に未来はないのかもしれないな。

 

「ヒロ、美味しいー?」

 カロロはヒロの食べる所をじっと見て嬉しそうに聞く。

「はい、とても美味しいです、こんな物を食べたのは初めてですから」

 そう言うヒロを見てカロロがにっこりと笑う。そのテーブルの上の皿にはケーキがもうない事に気が付いた。

 

「カ、カロロさんよろしければもう一皿いかがですか?」

「いいのー?嬉しいーっ♪」

 メディナと同い年らしいが、異形の怪物である竜の娘であるにも拘わらず、しぐさや表情は如何にも人間らしく見えるから不思議だ。

 同じ物を頼んであげるとすごくうれしそうな顔をする。

 

 美味しいものは人を笑顔にする様だ。


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