地場の狩人
1ー022
――地場の狩人――
結局手ぶらで帰路に就く。本来は獲物を担がなくてはならないが今回はそれも無い。
考えてみるとこの『栗の木』のチームは普段はあの鹿程度の獲物で生計を立てているのだろう。大物を仕留めた事は良いとしても、それはふたりのプライドをひどく傷付けたのかもしれない。
道に戻るまでふたりは無言のまま歩いて行った。馬車の通る道に出ると石に座って食料の残りを食って馬車を待っている。
やがて馬車が見えるとその屋根に何頭もの獣を積んでいるのがわかる。朝よりは狩りを終えた者たちが多いせいだろう。乗り込むと我々が手ぶらなのを見て同情するような眼をする者も多かった。
しかしそれは珍しい事では無く、狩れる時もあれば失敗する事も有る訳でその事については誰も何も言わない。
手ぶらの人間がいる時には獲物の自慢話は控えるのがエチケットなのだろうか?俺は黙って椅子に座ったが、二人とも町に着くまで押し黙ったままであった。
しかしギルドに着いた途端にヒロの周りが大騒ぎになった。
ヒロが亜空間から大型魔獣を取り出すのを見たギルド職員が驚愕のあまり声が出せずにいた。取り出すと言っても簡単に言えば獲物を地面に置いたままOVISが横にずれるだけなのだ。するとヒロの横にいきなり獲物が現れた様に見える。
「こ、これは…伝説の空間収納魔法ですか?噂で聞いたことはありますが見るのは初めてです」
狩人ギルドの受付嬢が空間からいきなり現れた獲物の姿に驚愕の声を上げていた。
伝説に聞く?稀ではあってもこれを魔法で作り出す人間がいるのか?俺の魔法は純粋に科学の産物なんだがな。
「?」
よく見ると大型魔獣の首が変な方向にねじれている。マウラー達が首を傾けていた。
『帰る途中で生き返って暴れ始めたのでひねっておきました』
あ〜っ、これはふたりには言えんな〜。魔獣というのはそこまでしぶといのか?
「空間収納魔法…オリジナル魔法…他…いるのか?」
こんな物を魔法で作れるわけがない、OVISの真空エネルギー・ジェネレータが有ってこその亜空間だ。これを維持するのに使用されるエネルギーが個人的能力で賄えるわけがないのだ。
「あなたが作り上げた魔法なの?以前に他の町から来た狩人がそんな事を言っていたのよ詳細は知らないけど」
ギルドの受付嬢が教えてくれた、この情報は大きな意味を持っている、もしかしたら俺の様にあの戦争から落ちてきた兵士がいるのかもしれないのだ。
しかし俺の頭はそれを即座に否定した。
空間歪曲に巻き込まれて時空を飛ばされた者が、偶然にも同じ惑星に落ちるなど確率から考えてもあり得ないことだからだ。
とはいう物のヒロが飛ばされた時には戦闘艦に捕まろうとしていた、密集していたこともあるしありえない事でもないのか?
『ワープゲート崩壊時、半径10キロ以内に3隻の戦闘艦と数体のOVISが存在していました。同じエリアに飛ばされたとしても不思議では有りません』
『もし戦艦が落ちてきていたとすれば、俺のような人間の話がもっと噂になっていて良いはずだ。少なくとも科学的に大幅に進んだ能力を使えるんだぞ』
『あなたと同じ理由で目立つことを避けたのでは無いでしょうか?この世界の人間との肉体能力に差が大きすぎます』
『…ありえる話だな』
もっともこれだけ知的生命体のあふれる惑星に出会うだけでも天文学的な幸運が必要だった筈だ。
それを考えるとこの世界を侵略しようとしている敵の先鋭部隊である可能性も否定できない。
我々の星系で起きていたように、この星を侵略する為に情報を収集していると考えられなくもないのだ。
「どこの町…者…わかるか?」
「さあそこまでは…わかったらお知らせしますわ」
「おいおいこりゃあすげえな、こんな魔法が使えたら狩人生活が一変するぜ」
後ろから狩人達の声が聞こえる。
「あんた見たことのない種族だな、何族なんだい?あんたらの仲間はみんなこんなすげえ魔法を使えるのか?」
何族?犬耳族や獅子族の事を言っているのか?考えてみると俺は何族に当たるのだろう?まずいな、迂闊なことを言うと突っ込まれたときに答えられなくなる。
「俺はひとり…他は知らない」
「そうか、チームには入っていないのか?」
犬耳族の男に尋ねられる、俺の噂は知らないらしい、あくまでも仕事の上の話だろう。この世界では驚くほどに人種や異端者に対して寛容な精神を持っているらしい。
「『栗の木』…入っている」
「そうか、その気になったら声をかけてくれ俺たちは『銀槍』ってチームだ」
それ以上は続ける事もなく離れていった、多少興味を持った程度の様だ。
「わかった」
一応営業スマイルをしておいた。軍隊に置いては常に周囲に敵を造らないのが処世術だ。
ギルドの査定を待つ間もマウラー達は一言も口を開かず気まずい沈黙が続いた。
「査定が終わりました、今回の大型魔獣の討伐はチーム『栗の木』でよろしいのですか?」
受付嬢が書類を持ってやってきた。
「いや違う、討伐はこのヒロ一人だ」
マウラーは明確な声で俺に手柄を譲る。
何故だろう3人だから銀プレートをみんなでもらえばいいだろう、俺は元々そのつもりだった。
「マウラー…止め刺した」
「あんな物は討伐とは言えない、獲物を運んできたのもヒロじゃないか」
「わかりました、ではヒロさんの金プレートですね。それとこれが今回の査定金額です、ここにサインをお願いいたします」
受付嬢が書類を渡して金を積み上げる。マウラーは皮袋にざらざらと金を入れる。
周りの狩人達の好奇の目を避けるようにギルドを出るとすぐそばの酒場に入る。
とりあえず酒を頼むとマウラーが切り出した。
「今回の大型の権利は全部ヒロにある、これがお前の取り分だ」
マウラーは査定金額を書き込んだ書類を見せる。ふたりの獲物の魔獣とは桁がふたつ違っていた。
「いえチームだから…当初の取り決め通り」
ヒロは金プレートだが見習いである。見習いはチームメンバーの半額が普通の取り分なので最初からの約束であった。
しかしそれはふたりで出来る仕事をふたり半で行う事を意味しており『栗の木』にとっては単なる出費でしかなかった筈だ。
彼らが期待したのはヒロの将来であり、こんな事では無かったのだ。
「本当は最初の獲物もあの魔獣に食われる所だった、いやそれよりお前が発見しなければ俺たち自身が襲われていた可能性もあった」
「でも…みんなで倒した」
「お前は獲物を自分で見つけ、自分で倒し、自分で運んできた、俺たちがいなくてもお前は今でも一人前以上なんだ」
帰りでの彼らの沈黙の意味がわかった、そして彼らが銀プレートの受け取りを拒否した理由もだ。
「わからないのか?俺たちは地元のチームだ。地元で俺らの力に見合った獲物を狩りそれで家族を支えていく狩人なんだ」
自力以上の評価を受ける事は彼らに余計なプレッシャーを与える事になる。プレートなどは迷惑以外の何物でもないのだろう。
それが彼らの生き方であり、それはそれで良いと思う。誰しもが英雄になれる訳でも無いしなりたいとも思っていないのだろう。
しかしヒロは軍人だ、自分の判断で自分の生きる術を考える必要のなかった軍人なのだ。
軍隊とは、全てが命令の元で行われ、教官の言うとおりの訓練をこなし、こなせない者は脱落し、そして必要な全ての物が支給される世界だ。
軍人は自らの命を人類に捧げるのだ、命令を復唱し、命令通りに行動せよ、そして命令通りに死地に赴く。
自己を殺し機械の一部になる事こそが求められる全てであり、そこに個は必要が無かった。
この世界に落とされて初めて気が付いた、自分の後ろには人類軍と言う大きな組織が存在してきたことを。戦っているのは人類軍で有り自分はただの歯車の一つに過ぎなかったのだ。
しかしこの世界にそんなものはない、歯車が単独で生き延びる事は出来ないのだ。
そして歯車をやめた時に、生きるのに必要な報酬は自分自身で稼がなくてはならないのだ。
この世界で生きていくのであれば、サバイバルの基本通りまずは情報収集からだ、獲物の事、ギルドの事、ここ世界の成り立ちを学ぶまでは教官の指導を必要とする新兵なのだ。
あの戦いで死んでいればこの様な事も考える必要はなかった、だが幸か不幸か生き残ってしまった。
生き残ってしまった以上この世界で生きていく術を考えなくてはならない、俺はもう軍人では無いのだから。
『あなたの後ろには人類軍の作った私がいます、あなたがこの世界で生き延びる事が出来るよう全力でサポートをします』
『ああ、今の所お前だけが頼りだ、しっかりサポートをしてくれ』
…こいつこんな機能付いていたのかな?戦闘と啓蒙以外でのサポートなど期待できないと思っていたのに。
「俺この世界…知らない…ふたりに教えて欲しい」
ふたりは顔を見合わせていた。
情けない話だが軍人とは組織から外れたら一人では生きて行けない人種なのだ。
「なんだ金プレートの勇者様がこんなチンケな連中を相手にしているのか?」
酒場中に響くような大声が響いた。
「ぎ、『銀槍』のガーフィー!」
大きな獅子族の男が前に出てきた。それを見たマウラーの顔が引きつるのがわかる。
アラークにも負けない大きさと鍛えられた肉体の獅子族がこちらを見下ろしていた。
さっきの男が『銀槍』と言っていた。どうやら親玉に報告したらしい。
「『獅子の咆哮』に入れなかったようだな、それで『栗の木』に拾われたのか?」
「ガ、ガーフィーやめてくれないか?今打ち合わせの最中だから…」
マウラーがうろたえたような声で反論する、この男はこの世界ではかなり顔の効く男なのかもしれない。
「おお、これは失礼!今日も大型魔獣を仕留めたうえ収納魔法まで使える御仁だ、こんな連中と分け前の事でもめるならうちに来ないか?」
俺の目の前で牙を見せる獅子頭の男、こいつもアラークに負けず劣らず迫力のある顔をしている。




