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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第八章 決戦の大地
218/221

総本山の女神

8ー019


――総本山の女神――


「オーッホッホッホッ!医療用品を積み込んでくださいな、マリエンタールへ救援に行きますわよ~」

 城塞都市に、いつもの頭から突き抜けるような医院長の狂笑が響く。 

「なんだって俺たちがマリエンタールの救援に行かなきゃならねえんだ?戦争をしている相手じゃねえか」

 警備部隊の一人が医院長に突っかかってくる。命知らずな男である。

 

「災害が起きた時には諍いは一時中止して助け合うのが人としての道じゃございませんこと?」

「冗談じゃねえ、こちとら命がけで戦ってきたんだ。そんな命令聞いてたまるか」

「『窮鳥懐きゅうちょうかいに入らずんば猟師もこれを討たず』という言葉をご存じありませんか?」

 仮面の上からも医院長の表情がヒクヒクと動いているのが感じられた。

「知らねえよ!俺は狩人じゃねえんだ。兎人族が何人死のうが知ったことじゃねえ」

『………………ピキッ!』

 

『ボクサーツ!』 ズカンッ!

 

「さあ、他に手伝ってくださる方はおいでですか?」

『撲殺』の魔法により、頭に大きなコブをこしらえて倒れている男を踏みつけにして、仮面を取った医院長がにっこり笑う。

 そこにいた全員が必死に馬車に医療品を運び始めた。

 竜神の落下により起きた大地震によってなし崩し的に戦闘は終結し、そのまま任務が救援部隊へと変わった。

 ゾンダレスの素早い対応によって、現在は地震による落下物や建物の倒壊による怪我人などの救出や手当に、全ての人間が当たっている。

 

「あれ~っ?」

「なんかすごい被害が出ているようですわね~」

 城塞都市の様子を見るために帰ってきたコタロウ達の前に、半分平らに均された街があった。

 数日前に空爆があったばかりである。建物にも道路にもあちこちに大穴が空いている上に、崩れた建物の瓦礫があちこち大量に散らばっている。

 

 キャンプ地として使われていた広場には怪我人が並んでおり、至る所に医療テントが作られていて炊き出しも再開していた。

 当初から戦争を意識して極力住人を減らしていたのが功を奏し、子供や年寄りなどの怪我人は少なかったようだ。

 元々若い狼人族は相当な怪我でも死ぬことはないので、その点は安心していられる。 

「おう!竜人の兄ちゃんと姉ちゃんじゃねえか」

 いつもお肉を食べていた炊飯所の男が声をかけてきた。

  

「地震のせいですか?だいぶ被害が出ていますけど」

「退避壕の出口のいくつかが潰されたみたいで今掘り出しているよ。地下炊飯所も被害が出てな、これからは外で飯炊きをすることになるな」

「被害はひどいのでしょうか?」

「いや、こっちの街は翼竜の爆撃の時程じゃねえさ。それよりマリエンタールの方が龍神様の墜落地点から近かったらしくてな、揺れの被害が激しいってこった」

 コタロウがいたのは城塞都市から少し離れた森の中であった。マリエンタールはあれよりもっと揺れと風が大きかったのだろう。

 

「医院長さんはどちらにおられますか?救護所ですか?」

「いや、こちらの医薬品の半分をもって馬車でマリエンタールに向かっていった。しばらく前のことだ」

 さすが医院長、行動が早い。普段は全く信用できないが、人命に関わるときの動きだけはいつも素早い。

 

 なんでもマリエンタールでは退避壕に入っていた人間が建物の倒壊などで出られなくなっているらしいとの事であった。

 震災被害における最大の問題点というのは、建物等の倒壊物が道路に落下して救援物資が滞る事なのである。

 しかしルドルス城塞都市は大柄な狼人族が住んでおり、広い道路で区画整理がされていた。

 さほど大きくはない都市であり、なおかつ戦時中という命令系統が’整備された状態の時である為に、警備部隊による道路復旧は始められていて馬車の走行には問題がなかったようだ。

 

「どうしましょう?ここでは私たちはいなくても問題は無さそうに見えますけど」

「マリエンタールの住人は避難していなーい」

「そうだね〜、あっちの方が大変な事になっているかもしれないね〜。医院長もいることだしあっちを手伝いに行こうか?」

 そんな話をしていると、コタロウを大食いキャラと勘違いをした炊事班の男が声をかけてくれる。

 

「おう!飯を食っていくかい?」

「いいえ、ここしばらくの間森の中で自給生活で過ごしていましたから大丈夫です」

瘤翼竜ギガンドーグに襲われなかったのかい?」

「はい、森の中を逃げ回っていました」

 途端にかわいそうな者を見る目になる。爆撃でひどい目に合った自分を重ねているのかもしれない。

 調理済みの獲物で食っちゃ寝の生活をしていたとはとても言えない。

 

「そうかい、無事でよかったな~」

 涙ぐんだ目でそう言ってくれる。お尻のお焦げが少し残っていたので、言葉通りに受け取っていたのだろう。

「それじゃボク達はマリエンタールに行きますね」

「おう!またメシを食いに来てくれな」

 コタロウ達はパタパタとマリエンタールに向かって飛んで行く。

 上空には何機かグレイの巨人が’こちらに向かって飛んでくるのが見える。天上神ヘイブから帰投命令が出ているのだろう。

  

 マリエンタール市街では、医院長が救護所を開いて活動を開始していた。

 その近くではゾンダレスが警備部隊に対して指揮を行っている。町に隠れていた市民は武装を解除され狼人族警備部隊と共に街の片付けを行っている。 

「あ〜ら、コタロウちゃん。炊飯所はいま準備中ですから〜」

 安定の医院長クオリティである。医院長の中でもコタロウは一年中お腹を鳴らしている、大食いキャラのイメージしか無いのだろう。

 

「いえいえ、食事は済ませてきました。ボク達は街の様子を見に来ただけですから」

「戦闘よりも地震の被害の怪我人が多くてね〜人手が足りないんですよ〜」

 怪我人を見ているのは狼人族の衛生班の者たちで、兔人族もその中に混ざっている。

 

「これはこれはコタロウ殿、現在建物内にいる兔人族の民間人を捜索しているところですが、建物に設置された避難場所にこもって人間はこちらを恐れて出てきません。ですので索敵は限定的です。これから神殿に行って教皇に降伏を宣言してもらおうと思っているところです」

「ボク達も同行してよろしいでしょうか?」

 無いとは思うけど、狼人族があの教皇さんを手荒に扱ったら死んじゃうかもしれない。見張っていたほうが良いだろうな〜と考えた。

「いいわよ〜。なるべく早く降伏を徹底させてね〜。街が片付かないから〜」

 医院長さんにしてみれば勝者がどちらでも良いのだろうな〜。どのみちこの人のてのひらの上だし。

 

 ゾンダレスも同意した。教皇が教義を振り回して何かを言っても竜人がいれば説得力が落ちる。そんな狙いが見え見えである。

 一分隊の兵士を連れて大神殿に向かうので、その上空をコタロウ達がトコトコとついていく。

 神殿に着くと狼人族が神殿内の片付けをしていた。奥にあったレリーフは壊れて床に瓦礫が散らばっており、天井には穴が開いていて、なんとなくグレイの巨人が付いて来なかった理由がわかるような気がする。

 ちょうど瓦礫の片付けが終わり、教皇が神殿長に抱えられて出てきたところだった。

 

「これはこれは教皇様、ご無事で何よりでした」

「貴様!ゾンダレス、この様な無法を行うとは。龍神様の怒りに触れ地獄の炎に焼かれるが良い」

 教皇の言葉にゾンダレスは勝者の笑みを浮かべていた。

 戦争を行うのは個人ではなく政府である。政府が戦争を宣言し、国民を使って殺し合いを行うのである。

 したがって政府が降伏または休戦を宣言しないと国民の戦争は終わらないのだ。 

 

「その龍神様は崩御いたしました。戦いは終わりましたので神殿長殿は街中の市民と兵士にその旨をお伝え下さいますように」 

「その旨は承知致しました。市民には手を出さないでいただきたい。それと教皇様を救護所に運んで手当をお願いしたい」

「了解致しました」

 

 神殿長の要求にニッコリと笑うゾンダレス、そして教皇の椅子を見る。あの椅子に座って龍神教を支配する時が来たのだ。

 ゾンダレスが椅子に座ろうと歩いていくと、薄い着衣を着た兔人族の女性がその椅子に腰を掛けたまま浮かび上がってきたのだ。

 驚いたゾンダレスは後ずさる。

 

「あれ〜っ、女神様じゃありませんか〜。今日は兎耳が有るんですね〜」

 コタロウが能天気な声を上げる。

「コタロウさん、ご存知の方ですの?」

「はいエンローラさん、ランダロールを仕切っていた女神様です、あそこでは兔耳じゃありませんでしたけど」 

「こ、コタロウ殿この方は一体どなたですか?」

 ゾンダレスが上擦ったような声を上げる。

 

「私は神殿の女神です。本来は神殿と龍神ダイガンドは別のものでしたが、ダイガンドの出現により私は行動を封じられておりました」

「龍神ダイガンドの力の及ばない場所では、今でも活動をなさっていますよ。台地ダリルの巫女システムの要になっている神殿の女神様ですから」

「幸いこの度龍神ダイガンドの崩御により、この地においても活動できるようになりました。皆様には深く感謝しております」

 女神とはこの星の各地に有る管理基地を運営する、管理頭脳エヌミーズの仮初の姿である。ランダロールでは人間の姿をし、ここでは兎人族の姿をしている。

 

「あ、貴方は龍神教の女神でいらっしゃのですか?」

「教皇などと言うものは龍神ダイガンドが施政を行うための傀儡でしたから。500年ぶりにようやく元の状態に戻る事が出来ました」

 ゾンダレスはこの女性が何者なのか必死で考えた。内乱のドサクサに紛れて龍神教を乗っ取りに来たのだろうか?

 

「しかし戦いは終わり、龍神教はその支えを失いました。復興するためには誰かが教皇の代わりにその任につかねばなりません」

 その任を担えるのはゾンダレスを置いて他にはいない……筈であった。

「そのための人選は既に終わっております。そちらを御覧ください」

 龍神の巣に通じる通路の方に人の気配を感じ、そこには数人の人間が歩いて来るのが見えた。

 

 スリットの入ったイブニングドレスを着たティグラとリクリアが先頭を切り、その後ろにエンルーが続き、それを守るように僧兵のゼンガーとセイラムが付いてくる。

「あれ〜?ティグラさん達は、またその服を来ているんですか〜」

 どうもこの衣装は二人の勝負ドレスであるようだが、無論、エンルーちゃんは普通のドレスである。子供にあの格好をさせたら痛すぎるだろう。

 一行が教皇の椅子に近づくと、すっと女神が椅子から立ち上がりエンルーに椅子を譲る。

 

「さ、エンルーさん行きなさい」

「はい、おばあ様」

 ティグラに促され、エンルーが椅子に座るとその前にティグラとリクリアが立つ。

「ま、待ちなさい勝手に何を言っているのだ?」

 ゾンダレスが前に出ようとすると女神がその行く手を阻む。

 その体をどけようと手を出すが、その手は女神の体を突き抜けた。驚いて後ろに下がろうとして、段差に躓いてひっくり返った。

 

「私はセイラムと申します。この大神殿の管理者です。このエンルーさんが龍神教の新しい教祖となります。皆さんひざまずいて下さい」

 セイラムが前に出て宣言を行う。

「な、何を言っておる、龍神様を滅ぼした逆賊共が、自らを正当化するために語っておる偽物が!」

 教皇が声を荒げる。しなびたナスのような顔をしているが、なかなか元気なようだ。

 

「何じゃここは、ずいぶん豪勢な建物じゃのう」

 そんな騒然とした雰囲気の中、天井の方からのんびりとした声が聞こえる。上を見ると壊れた天井から竜人夫婦が顔をのぞかせているではないか。

 それを見上げた教皇は驚愕の表情をする。かつて龍神を生んだとされる伝説の竜人がそこにはいたからだ。

 

「ああら、コタロウちゃん。カロロちゃんも無事でよかったわ~」

「あ、おとーちゃん、ぶじだった―♡、どこもこげてなーい?」

「おじ様、街の方の戦争は終わったみたいですね〜」

 コタロウをカタリと断罪した教皇である。本当は竜人の存在など信じてはいなかったのだ。ところが天井の絵と同じ本物の竜人が現れたのだ。

 

「りゅ、竜人様の再降なのか?」教皇はガクガクと震えている。

「竜人様?コタロウ殿の親御さんなのか?」

 この人達は竜人といえばコタロウとエンローラしか見ておらず、天井に描かれた竜人など空想の産物だと思っていたのかもしれない。

 

「エンローラちゃん。コタロウの面倒を見てくれていたのかい?すまないねえ」

 お父さんが天井の穴から中に入ってくるとそこにいた全員が恐怖の表情で二人を見上げる。実際、建物の中に入ると二人は驚く程大きいのだ。

「いいえ~、婚約者ですもの、当然の権利ですわ~」

 いやいや、いま言葉の使い方間違っていませんでしたか〜? 

 あっさりとコタロウの思いを無視してにっこりと笑うお父さん。むき出しの歯を見た皆さんはドン引きをしている。


「なんじゃ〜?この絵は、母さんそっくりじゃないかね?」

 あ〜っ、その絵には気が付かないでほしかったな〜、と思うコタロウである。

「やですよ〜、お父さん。私はこんなに若くはないですから〜」

 不死身の竜人に子供の時以外に若さは関係有るのだろうか?そもそもお母さんの本当の年齢は?というと、実はお母さん自身知らないのである。

 

「信仰している龍神さんのお友達のようですよ」

「おお、ワシらの仲間の誰かがこっちに訪ねて来たのかな?」

「そのようですわね〜」


 お母さん、貴方ですよ。貴方自身ですから〜。コタロウは心の中で悲鳴を上げる。

 

 別にとぼけているわけではなく、500年も前のことなので、殆ど覚えていないだけなのだった。

「あのセイラムと名乗ったちっこい子供は何でございましょう?」

 ゾンダレスがそっとコタロウに聞いてくる。

「新しい龍神様です。もうダイガンドは名乗りませんが、女神さまの上司の位置づけです」

 おそらくゾンダレスには事の本質は理解できていないだろう。それでも人知を超えた女神の存在と、龍神と同列の存在に畏怖を覚えずにはいられなかったらしい。

 

「お心のままに」

 そう言ってゾンダレスと神殿長はひざまずき、そこにいた兵士や住民もそれに従った。


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