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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第八章 決戦の大地
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龍神の巣の攻防

8ー012


――龍神の巣の攻防――


「よし!撤退する、撤退ーっ!」

 龍の巣の中でボルダーが大声で叫ぶ。

 

 龍の巣に掛けられた掩体壕の中、爆発の光と舞い上がる埃に視界を奪われ状況把握が難しくなってきている。

 グレイの巨人や六本足のカラクリはそんな物は障害にならないようで、狼人族の動きは阻まれ始める。

 しかしゼンガーが見ていたのは目で見る戦場の景色ではなく、先程から起きる爆発音の回数をずっと数え続けていた。

 兔人族の優れた耳は巣の中で起きている事を目で見るように正確に捉え続けている。

 

 全員が巣の奥にまで来て分散してしまい、カラクリに押し込まれるような状態になって来ていて、これ以上の侵攻は難しいと判断した。

 ゼンガーは笛を取り出すと全力でそれを吹く。高いエネルギーを持つ超音波の笛は普通の音よりも遠くに届く。

 人間には聞こえない音も、狼人族にはもちろんカラクリ達にも聞こえて、)その音に一瞬動きを止めるカラクリ達。明らかに異質なその笛の音は騒音の中でも良く通った。

 巣の中のあちこちから同じような笛の音が聞こえる。各分隊の責任者にも同じものを渡してあり、彼らは分隊の仲間を確認しながら撤退を開始する。

 部隊は侵入してきた出口ではなく大聖堂に繋がるトンネルに入っていく。

 

「仲間を確保しろ!置き去りにするな!」

 部隊長のボルダーとゼンガーは大声で怒鳴りながら大聖堂に続くトンネルの入り口に控え、逃げてくる隊員の数を数えている。

 何人かは隊員に肩を借りながら逃げてくる。中には手足を欠損している者も、腹から大量出血をしている者もいる。

 

「ボルダー!3人足りない」

「うむ、私の数えでも同じです」

 戦闘による行方不明者3名である。しかしトンネルに向かってカラクリと巨人が押し寄せてくるので探しに行く余裕は無い。

 

「よし!ここも撤退する」

 50名の兵士に対して3名の行方不明、何名かの犠牲は元より織り込み済みであり、損耗率6パーセントは作戦としては妥当な犠牲である。これが戦争というものだ。

 無論戦争などという経験の少ないこの世界の人間では有るが、警備部隊長として損耗率の概念位は備えていた。

 トンネルの奥に歩を進めるが、やはりカラクリも巨人も追ってはこない。しばらく進むと隊員が集まってけが人の手当てをしていた。

 

「3名やられたようだ。重症の者はいるか?」

 腹部に大けがをしたもの、手足を吹き飛ばされた者が数名いた。いずれも爆薬の扱いに失敗した者の様である。

 爆薬と一緒に吹き飛ばされる可能性が高かったのだ。あれだけわずかな訓練でこの程度の犠牲で済んだのは僥倖と言える、即席の狩人部隊にしてはよく出来た方だろう。

 

 そう考え、それに耐える事が戦争をするという事なのだ。

 

 大聖堂まで戻ってくるがそこには誰もいない。おそらく僧兵は正面の戦闘にまわり、住人はみんな避難所に避難が完了しているのだろう。

 そこにまとまり休息を取って怪我人の様子を見る。点呼を取るとやはり3名足りない、おそらく戦闘から離脱出来なかった者達だ。

 正門での戦闘は続いており、今はまだそこに行くことは出来ない。皆に水を飲み食事を行うように言い自分たちも食事を取る。


「成功だったのでしょうか?」

「ワシにもわからん。その判断は天上神ヘイブが行うだろう」

 今回の作戦で竜の巣の掩体壕内部のシールド装置は破壊できたと思う。その破壊が成功していれば、掩体壕は外部からの物理攻撃で破壊出来る事になる。

 

『ドン』

 みんなで食事と休息をとっていると遠くで何かが当たるような音が聞こえ、振動が伝わってくる。

 

『ドン』『ドン』

「何かが当たっているような音ですな?」

「なんじゃろうな?外に出て様子を見るとするか」

 

『ドン』『ドン』『ドン』

 ゼンガー達が大聖堂から出て竜の巣を見ると、上空から燃え盛る星が尾を引いて落ちて来るのが見えた。

 

『ドン』『ドン』『ドン』『ドン』

 一つ一つは小さな物だが掩体壕に当たり爆発を起こし、それが振動となって伝わってくる。

 

「まるで雨じゃな、天上神ヘイブの攻撃だろうか?」

「わかりません。しかしこんな事が出来るのは天上神ヘイブをおいてほかにはいないでしょう」

 流星の攻撃は正確に掩体壕を狙い、少しづつそれを削っていく。

 おそらく天上神ヘイブは周辺への被害を最小限に収めるためにあのような小さな攻撃を仕掛けることにしたのだろう。

 シールドの無い今、各個の被害は小さいが大量に攻撃を受ければいずれは崩壊してしまうだろう。

 

 ふと気がつくと物陰からこちらを見つめる兔人族の姿が見える。逃げ遅れた住人かもしれない。正門での戦いを見て大聖堂を目指して逃げてきたのだろう。 

「大聖堂に入れ!そこは危険じゃ」

 ボルダーが大声で怒鳴ると、ぱっと兔人族は姿を消す。

「何をやっておる、避難民を脅かしてどうするのだ!」

 ゼンガーがそう言って、一足飛びに彼らのところに飛んでいく。

 ボルダーと違いゼンガーは兔人族の僧兵なので、救援を頼めると避難民は考えたらしくその場に留まっていた。

 

「外は危険だ、大聖堂に入れ。お前たちは私が守る」

「あ、あんた狼人族の仲間じゃないのか?」

 数人の大人と子供だった。いずれも市民コモンであり一般市民であることは明白だった。

 

「狼人族は明らかに自分より弱いものには手を出さん。安心して来るが良い私がお前たちを守る」

 その言葉になんとなく不安そうな顔をしていたが、それでも他に選択肢はなくゼンガーについて大聖堂の奥に入っていった。

 

  *  *  *

 

 龍神の巣に降り注ぐ流星の攻撃は正面の戦線からもはっきりと確認ができた。正門の後方から戦況を観察していたゾンダレスは、これが天上神ヘイブの攻撃だとはっきりと確信できた。

 明らかに兎人族の兵士、特に僧兵たちの動揺は激しく、後ろを向いて竜の巣を襲う流星雨を恐ろしいものを見るような目で眺めていた。

 

「よし、今だ!攻勢を懸けろ!光弾フェルガを連続して敵陣地に撃ち込むのだ」

 そう伝令に指示を出そうとしたところ、横にいた医院長に止められた。

「馬鹿おっしゃい。兎人族兵士達を皆殺しにしたいのですか?」

「い、いやしかし、この機を逃せば陣地の突破は難しいのでは」

「あなたは強いものは弱いものを殺すのが、当然の権利だとお考えなのですか?」

「いえいえ、殺さない為に我々には序列勝負ガントという習慣があります」

 いきなり問われたゾンダレスは狼狽して答える。

 

「狼人族の序列勝負ガントは同族同士の決闘でございますよね、狼人族に勝てる兔人族がいるとでも?第一貴方に負ける狼人族の若者がいるとも思えませんが?」

 ゾンダレスの弱みをズバッと突く医院長、相変わらず性格が悪い。 

「わ、私はそれ以外の実績を示して今の地位におりますれば」

序列勝負ガントというのはお互いに殺し合わないための便法ではありませんか。同族殺しを防ぐための知恵であったはずです」

「しかし兔人族側もこちらを殺すための武器を使用しているではないですか、我々も身を守るための行動が必要になります」

 

「今後、兎人族との交渉を一切行わないのであればそれもよいでしょう。マリエンタールは龍神教の総本山ですよ、そこの兎人族を全滅させますか?兔人族がいなくなって困るのはあなた方も同じでしょう」

「そ、それは極端に過ぎますれば」

「仲間や友人を殺された相手には世代を超えた恨みを残します。マリエンタールが無くなっても兎人族と龍神教は残ります。無用な殺りくは厳に慎まなくてはなりません」

 マリエンタールに限らず兔人族と狼人族は相互交易により成り立っている。単独ではこの大陸で生き延びることは出来ないのだ。そこを突かれたゾンダレスは絶句せざるを得ない。

 そもそも彼の目的はマリエンタールの統治であって兔人族の壊滅ではない。

 

「さ、左様でございますか?ではどのような作戦がよろしいのでしょうか?」

「貨物運搬用のトラックが有るでしょう。土嚢を載せて無人のまま全力で相手陣地にぶち当てなさい。2台目には兵士を乗せて突っ込み、炎弾フィア衝撃波バルンガを撃ち込んで手前の陣地を確保するのです。狼人族の炎弾フィアであれば迫撃砲並みの威力が有るはずです」

 医院長の目的は既に達した。この先は双方の損害をできるだけ少なくして戦闘を終結させるだけだ。そのためにはこれ以上のヘル・ファイアの使用をさせてはならなかったのだ。

 

 そのための作戦にしてはかなり過激である。炎弾フィア程度の爆発力であっても手足くらいは吹き飛ぶかもしれないが………うん、首さえ飛ばなければ多分死ぬことはないだろう。

 極端なまでの合理主義を貫く医院長の思考だった。

 

 医院長の指示により即席でハンドルを固定する仕掛けを作り、トラックの荷台に土嚢を乗せる。運転席周りにも土嚢を縛り付け、兔人族の機関砲台めがけて全力で突進をする。

 陣地にぶつかる直前でアクセルを固定すると運転手は飛び降りた。

 土嚢を積んで重くなった車体は機関砲では止まらない。前面展開をしていた機関砲ぐるみ土嚢で出来た陣地をふっとばし、その上に乗り上げて止まった。

 そのすぐ後ろから同じように土嚢を積んだトラックに身を隠した兵士を乗せて突進させ、炎弾フィアを乱射しながら周囲の機関砲を吹き飛ばしていく。

 

 正面の土嚢に乗り上げてトラックから降りた狼人族めがけて後方の機関砲台から銃弾が浴びせかけられる。

 それに対して炎弾フィア衝撃波バルンガカマイタチ電気ライデンなどあらゆる魔法を使って対抗する。

 機関砲を相手に素手で戦闘を行う狼人族であり、その戦闘能力の高さは驚異的であった。

 

 前方の砲台を潰した事により後方の狼人族が突入し、前列の砲台陣地と後方の砲台陣地の間で機関砲と魔法による戦闘が始まる。

 手を吹き飛ばされた者、腹に大穴が開いた者が続出し、衛生兵部隊が後方に引きずっていく。医院長の指示で後方部隊に医療専門部門隊が救護所を作っていた。

 それは無論兔人族側の同様では有るが、絶対数は少なく幼体であるために体力的な弱さも有った。

 首さえ飛ばなければ必ず生き延びさせてやる、とは医院長の言葉である。全く救いにはなっていない。

 

 戦闘とは敵を殺すことが目的ではない、負傷させることにより後方の負担を増大させ戦闘の継続を断念させる事にある。負傷ではなく戦死してくれたほうが後方の負担は少ないのだ。

 人類の戦争では、より多くの敵と味方を殺した指揮官が有能とみなされる。『一将功成りて万骨枯る』とはそれを体現した言葉である。

  

  *  *  *

 

『ドン』『ドン』『ドン』『ドン』

 先程から間断なく続く衝突音である。天上神ヘイブの行う隕石弾の衝突が続いているのだ。

 兔人族の子どもたちは不安そうに大人にしがみついている。

 

「一体何が起こっているのでございますか?」

天上神ヘイブとダイガンドの戦いじゃよ、ダイガンドはこれ以上存在してはならないのだ」

「ば、馬鹿を言わないでください。天上神ヘイブとダイガンド様は一体のもの。お互いが殺し合うなどありえないことではないですか?」

 マリエンタールの住人は全員が竜神教総本山の信徒であり僧侶でも有る。こう考えるのも当然なのだろう。

 

「今、天上神ヘイブは龍の巣にかかる屋根を破壊している。我々がそれを守る仕掛けを壊してきたからな」

「あ、あなたは僧兵なのでしょう、なぜそのようなことをなさったのですか?」

 わからぬだろうな、ダイガンドは自らの安全のために、能力の高い巫女候補を台地ダリルから放逐し続けてきた事など理解できるわけも無い。

 

「屋根が破壊されたらダイガンドは丸裸になる。おそらく天上神ヘイブの御使いとの一騎打ちになるやもしれん」

「そ、そんな馬鹿な!」

「GYAOOOOU〜〜!」

 ダイガンドの咆哮が響き渡ると共に屋根が崩れ落ちる音が聞こえる。同時にゼンガーの通信機が鳴る。その通信で医院長からゼンガー達は全員に龍の巣に通じるトンネルに避難するようにと伝えられた。

 おそらくこの大神殿の上空が戦場となるのだろう。

 

「全員トンネル内に退避!ここは戦場になる」

「と、トンネルとは何でございますか?」

「龍の巣に繋がるトンネルだ。そこの方が安全だからな」

「大聖堂にそんな物が有るとは伺っておりませんが?」

「当然じゃ、これは龍神教幹部だけの秘密だからな」

 

 ゼンガー達は民間人達を連れてトンネルに避難を始めた。


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