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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第八章 決戦の大地
208/221

城塞都市の医院長

8ー009

 

――城塞都市の医院長――

 

「オーッホッホッホッ!さあ!皆さ〜ん、反撃の時ですわよ~!」

 なじみ深い、けたたましい笑い声がルドルス城塞都市に響く。

 

 瘤翼竜ギガンドーグの襲撃から丸2日経ち被害の調査と警備部隊の再編成が行われ、マリエンタール攻撃の準備は終わった。

 街の広場は瓦礫の焦土と化していたが瘤翼竜ギガンドーグの攻撃に対し光弾フェルガで反撃し、それなりの成果が上がったことに警備部隊の士気は高かった。

 

「龍神教は遂に瘤翼竜ギガンドーグを使ってまで我々を攻撃して来た。これまでは互助の関係にあったマリエンタールと聖都外縁村ザッサンであったが、その中心に位置するルドルス城塞都市に対する攻撃は狼人族に対する宣戦布告である」

 街の広場に集まった警備兵約2000人に対し激を飛ばすアッカータ外周都市警備部隊本部長のゾンダレス。

 聖都外縁村ザッサンの年貢をちょろまかして来たことは既に記憶の外である。

 

 瘤翼竜ギガンドーグの攻撃を受けながらも最小限の犠牲に留めたのは医院長の助言に従ったに過ぎないが、全ては自分の采配として喧伝している。

 無論、医院長はそっと陰に隠れて喜んで全ての責任をゾンダレスにおっかぶせている。 

 今回の戦闘に参加する者はこの中の500人程度であり、後方兵力として500人。残りは兵站要員である。

 これまでの間、各部隊長とも作戦要諦はしっかりと練られており特に伝達することは無かった。

 無論作戦計画を作ったのは医院長であるのだが、ゾンダレス以外の誰もその事は知らない。

 

「良いか!攻撃して良い相手は僧兵のみである。一般市民である市民コモンへの攻撃は一切禁ずる。相手が攻撃してきた場合は素手による反撃のみを認める。ワシの指示に違反したものは、その場で手足を切り落とすからそのつもりでおれ!」

 戦闘訓練を行ってきた大酋長グレ・シェリクのバオ・クーが皆の前で宣言をする。

 

「ワシらは観戦武官であり戦闘に加わることはないが、この申し合わせに違反するものを許すつもりはない」

 これまで彼の訓練を受けてきた者たちは震え上がる。バオ・クーが言葉通りのことを行うであろうことを疑う者はいなかった。何しろ彼はアー族の大酋長グレ・シェリクであり、一族の中で最強を誇るとされる者なのである。

 無論兎人族とて手足を切り落とされても死ぬことはなく、時間が経てば再生もする。しかし痛みと苦しみを受けることは変わりがない。

 

「槍で付く場所は肩、腹、手足のみである。胸、頭、首を突くことは即死の危険があるので一切禁ずる!」

 魔獣の再生能力の有る兔人族である。即死さえしなければ生き延びる可能性は限りなく高いからだ。

 この戦法を提案したのも医院長であり、十分な後方医療体制を整え最小の犠牲で戦闘を終わらせるつもりである。

 

 もっとも、今回の戦争そのものを裏から操っているのは、医院長その人でもあったのだが。

「オーッホッホッホッ!結果良ければ全て良しですわよ~!」

 かなり狂気に染まってはいるが、行動そのものはいたって理性的、合理的である。

 

  *  *  *

 

 その前日、コクラム台地の僧兵長ゼンガーが率いる50名の狩人部隊が夜陰に紛れてひそかに出立した。

 瘤翼竜ギガンドーグの空爆が始まると共に指定されていたシェルターに避難を行い戦力の温存に努めた。

 狩人経験者から選抜された精鋭たちは、空爆終了と共に隠れていたシェルターからあらかじめ準備されていた装備と共に出立し、タッテロッサ山の龍神ダイガンドの巣を目指す。

 

 上空からの監視に備え山道を大きく迂回して近づいていく。

 山のふもと部分は台地の通過路と街の緩衝地帯であり、台地が通過したことの無い固まった大地である。

 背の低い草木しか生えていない緩衝地帯と同様に山にもまた草木は少なく、背の低い藪に隠れながら時間をかけて龍神の巣に近づいた。

 狩人で構成された部隊は獲物を追う猟師そのものであり、気配を消し身を隠しながら目標に接近したため、到着するまで2日間を費やすこととなる。

 

「ゼンガー殿、もっと背を低くお願いいたします」

 部隊長のボルダーがゼンガーに注意する。大きな体躯、精悍な顔つきの狼人族のボルダーは長年狩人の親方をしており、猟師としての能力は兔人族僧兵のゼンガーでは足元にも及ばない。

 しかし今回起きるであろう戦闘は対人戦になる。それ故にゼンガーの指導のもと彼らに対人戦の訓練を行って来た。

 

 もともと狼人族警備隊は銃を使用しているため、使用する槍は銃剣が正式装備であった。しかし実は銃剣術の訓練は受けてはいなかったのだ。

 無論射撃訓練を行ってはいるが都市部の白兵戦において長い銃はあまり有効ではなく、塹壕戦に至ってはシャベルが有効な武器であった時代すらあるくらいだ。

 そこでゼンガーは銃剣術のバリエーションとしての短槍術を彼らに教えた。

 

 長銃と背嚢を持ち地面に伏せながら龍神の巣を覗き込む。

 これから先はタイミングが重要である。ゼンガーは医院長から渡された通信機を握りしめる。

 当初の計画では3日目の朝に、マリエンタール正門への襲撃を行う予定であった。問題は狼人族の警備部隊に対しグレイの巨人がどのくらい反撃を行うかである。

 シールドを装備する巨人を倒すには、光弾フェルガ2発の同時攻撃が必要であると医院長に言われていた。

 したがって、グレイの巨人との戦闘は物資、可動人員の損耗が大きいので極力回避するように言われている。

 

 天上神ヘイブの観測によればグレイの巨人は100体程存在し、エルメロス大陸侵攻に50体出撃しているので、残る50体が残存していることになる。

 狼人族の中で光弾フェルガを使用できるものは約半数であるが、威力をコントロール出来るものは1割にも満たない。

 正面戦闘であれば人数も多く、光弾フェルガを撃って動けなくなろうとも後方に引き下げる事は比較的容易い。しかし狩人部隊は龍神の巣への特攻部隊であり、そこで動けなくなる事は死を意味していた。

 そこで狩人部隊では光弾フェルガをコントロール出来る者を優先して配置していた。

 

 幸いなことに猟師にとって光弾フェルガは危機回避の最終手段である為、コントロール出来る者が比較的多くいた。

 体力、魔力共に獅子族を大きく上回る種族である。こんな戦闘民族に戦争などして欲しくはないのだが、背に腹は変えられない、というのが医院長の判断である。

 同時に、正門への攻撃を陽動として兔人族の兵士と巨人を集中させようとしているのだ。

 そういう意味では医院長の作戦には合理性が高い、とは言え正門側の戦闘ではそれなりに犠牲者も出るだろう。

 

(その犠牲に見合うだけの物がこの戦争に有ると良いのだが)

 

 ゼンガーは、台地における龍神教支配の歪みの中であがいてきた半生を思い起こす。

 幼馴染のティグラとの再会もあるいは必然だったのかもしれない。

 この戦争は台地にとってはダイガンド支配からの開放であるが、聖都外縁村ザッサンにしてみればそこまで重要なものではない。

 支配者が変わろうと多少の年貢を納めれば安定した台地の運行が約束され、移動する必要が無かった。

 

 そう考えるとあの医院長の掌で転がされている感じは否めない。 

 コクラム台地でも虐殺を回避した狼人族である。願わくばこの戦闘での犠牲者が少ない事を願ってやまなかった。

 

「正門の方で何やら動きがあるようです」

 正門の方を伺っていた者からの連絡がある。高台に位置するとは言えマリエンタールの反対側の事である。音も光もここまでは届かない。しかし光弾フェルガが撃たれれば流石にこの場所からでもわかる。

「ゼンガー殿、連絡はまだですか?」

 ボルダーも戦闘前の緊張を隠せない。

 

 しかし、狩人は獲物が必殺の圏内に入るまで待つことを知っている。はやることなくその時を待っていた。

 

  *  *  *

 

 正門の前に陣取った狼人族兵士は、ザハ街区側の狼人族の住人が住む建物に隠れていた。

 マリエンタール市街側には幾重にも土嚢が積まれ、兔人族の僧兵と民兵が兵器を据え付けて陣取っているのが見える。

 その後方には認識阻害を行っていない巨人が立っており、狼人族の警備部隊を威嚇していた。おそらく市内には多くの巨人が認識阻害を掛けて待機しているのだろう。

 

 ザハ街区の側の正面にも土嚢を積み、兵士達がマリエンタールと対峙している。

 戦いが始まれば、槍とナイフによる戦闘を思い浮かべるが、実際は兵士の殆どが光弾フェルガ炎弾フィアの魔法を使用できる。

 つまり大型化した狼人族は、全員が単体で大砲や迫撃砲を携行している戦闘員の様なものである。市街地戦になっても衝撃波バルンガカマイタチのような制圧攻撃の出来る広範囲魔法までも使用できる。

 しかし狼人族と違い、兵士だけが大型化している兎人族では攻め込まれた場合の劣勢は言うまでもない。それゆえに正門前の防衛が最優先であり、僧兵の大半がそこに集中していた。

 

 ゾンダレスは白旗を掲げた共の者1名を連れ、正門の前に歩いて近づく。

 マリエンタールの土嚢の裏には市民コモンの兎人族兵士が控えており、僧兵が思ったほど多くないことを示していた。

 しかし兔人族の前には見慣れない黒い丸太の様な物が土嚢の上に据え付けられていた。

 よく見るとあちこちの土嚢に同じ物が置かれている。たぶんあれが医院長の言っていた機関銃と言う武器なのであろうとゾンダレス判断した。

 

「止まれ!」

 ゾンダレスの前にふたりの僧兵が進みだしてくる。ひとりは手ぶらでもう一人は槍を持っている。

 

「狼人族、アルサトール外周都市警備部隊、本部長ゾンダレスである!」

 ゾンダレスが名乗りを上げると手ぶらの方が応答をする。

「アルサトール守備隊、僧兵部隊長ラオールである!」

 無論お互いに既知の間柄では有るが、形式上名乗り合うとそれぞれの挨拶の形を取る。ゾンダレスの敬礼に対し僧兵は合掌である。

 

 ゾンダレスは持ってきた紙に書かれた宣戦布告の文章を読み上げる。

 本来は使者を立てるのが普通である。戦争の少ないこの世界ではあるが諍いが無いわけではない。

 狼人族には序列勝負ガントが解決手段であるが兔人族にその習慣はない。医院長に相談したところ宣戦布告を勧められたのでそれを真似することにした。

 その際は酋長ゲルドが出向くべきだと考え、ゾンダレスが来たのである。

 

 読み上げた口上の文章を相手に渡すと、ラオールはそれを確認して紙を丸めて付き添いに渡すと合掌をする。ゾンダレスもそれに合わせて答礼をするとそのまま自陣に帰って行った。

 これで儀式は終わったとゾンダレスは思った。 

 そのついでに正門前の布陣の確認が出来たことは良い事だった。彼我の土嚢間の距離は約300メートル、これだけの距離が有ると炎弾フィアは届かず、光弾フェルガも拡散し威力が落ちる。

 

 いずれにせよ既にルドルス城塞都市とて少なくない被害を受けているのだ、もう引くことは出来ない。


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