大地の爆撃戦
8-004
――大地の爆撃戦――
ルドルス城塞都市から逃げ出したコタロウ達は、急いで聖都外縁村周辺地区の樹海の中に身を隠す。
できるだけ村に近い場所は避けて飛び続ける。戦闘になればどこまで類が及ぶかわからないからだ。
「あ〜っ、来ちゃったよ〜」
上空に瘤翼竜の影が見える。あわててグレイの巨人とエルローンは木陰にうずくまってもらい、付近の枝を切り取って二人の周囲にそれを被せて偽装をした。
幸い瘤翼竜はこちらに気づくことなく上空を通り過ぎて行ったようだ。
「どのくらい集まるのかわからないからね〜。見つかったらどうしようか?」
「その時はこの子がいるー」
「だけど武装していないんだろう、どうやって戦うのかな?」
「んーっ?どうしよう?」
首をひねるカロロ。こういったところはまだ幼いんだよな〜、と思うコタロウ。
それでもグレイの巨人とエルローンの飛行速度は瘤翼竜よりは早いし小回りも効く、逃げ出せるだろうと思うから安心はしていた。
この二人さえ安全なら問題はない。コタロウは必要とあれば穴でも掘って隠れているつもりだった。
やがて瘤翼竜が何頭もルドルス城塞都市の上空に集まってくると、口からファイア・ボールを吐き出し始めた。
城の周囲で爆発が起こり噴煙が立ち上り、一部で火災が起き始める。すると街から上空に向かってヘル・ファイアが打ち上げられた。
最初は一条、続いて何条もの光が浴びせられる。
「なんか街の狼人族の方々も反撃していますわね〜」
しかしそのヘル・ファイアも瘤翼竜の周辺で見えない壁が光り輝いて反射されてしまう。
「下からのこうげき、とどいてなーい。おにーちゃんの、まほーみたいー」
「瘤翼竜もシールドの能力を持っているらしいな〜」
もっとも、コタロウのように発射場所に向かって反射する盾の様なシールドではないようで、撃った者が犠牲にはなっていない。
翼竜はその発射場所めがけてファイア・ボールを打ち込んでいる。狼人族の兵士たちは大丈夫なのであろうか?
ところがヘル・ファイア一撃は翼竜の翼に当たるとその部分が消滅して血が飛び散る。
「GYAAAAA〜〜」大きな悲鳴がコタロウたちの所まで響く。
どうやらシールドは頭から胸付近までで、それ以外はカバーが仕切れてはいないようだ。流石に全長200メートルもの体を全部覆うほどの能力は無いのかもしれない。
それでも元々魔力による飛行であるから墜落することもなく離脱していく。
やはりあのときには、父さんのヘル・ファイアが翼竜の腹を直撃したので倒せたのかもしれない。無論、威力はそれなりなものだったのだろうが。
「あの調子だと下の住人にも相当な被害が出ていますわよ、皆さんを助けないのですか?」
「難しいところですね。兔人族は龍神ダイガンドを崇拝しているわけで、その下僕である瘤翼竜は彼らにとっても守り神なのです。表立って彼らを攻撃する事は、僕らの中立性を担保しないことは確実ですからね」
「でもおにーちゃん、エンルーをたすけたー」
「個人を助けることと、政府や集団を攻める事は違うからね。瘤翼竜を攻撃するのは彼らの友人を攻撃するのと同義だから」
「あれ?まずい!グレイの巨人、かっぱらったー」
木陰にうずくまっているグレイの巨人を見る。
「まあ、これは成り行きでしたからね〜」
エルローンさんが交渉などと考えなければ、こんなことも起きなかったんですけどね〜。と恨みがましく彼女を見る。
コタロウの視線に気がついたのか、エルローンはふいっと横を向いた。
あ~っ、この人も医院長さんの影響をしっかりと受けているのかな~?
* * *
医院長の警告にゾンダレスは直ちに反応した。瘤翼竜による空爆は予想された事態であり、その為の訓練と準備はして来た。
警報が発せられるとサイレンが鳴り、対空砲火陣を除くすべての人間を退避壕に避難させた。
ルドルス城塞都市周辺に割り当てられた対空砲火陣、担当兵は直ちに位置に就く。
退避壕に繋がる場所に土嚢を積んでその中にふたり一組で待機する。
訓練を行ったティグラは出撃していってしまったが、その訓練の成果は確実に出ており動きは手順通りにこなされている。
「お、おい。頼むぜ撃ったら確実に運んでくれよな」
「心配するな、こっちだって命がけだ。仲間を見捨てる狼人族はいない」
光弾を発射すれば射手は動けなくなる。照準を担う相方が素早く射手を避難壕に引っ張りこむ役目を負っているのだ。
対空砲火の訓練を行ったのはティグラであるが、警備部隊の再編を指示したのはゾンダレスでありそれを実行したのはその部下である。
この組織は意外なほどに優秀であり、狼人族の序列体制はこういったときに発揮される。
隊員の配置替えを早急に行うとともにそれぞれの指揮系統が確立された後にティグラ、バオ・クー、ゼンガー等の訓練を受け精強さを増している。
最初に予想されるのが翼竜による空爆であったから、それに対抗しながら兵力を温存しなくてはならなかった。
非戦闘員の避難はコタロウの尽力によりかなり進んでいた。ごく一部の生活要員だけが残っており、彼らは直ちに退避壕に避難している。
もっとも退避壕が確実に炎弾を防いでくれるかどうかわからない。
大急ぎで退避壕を大量に作ったのであるが、流石に狼人族の体力は大したもので、固まった土の中に広い空間を用意できている。
ゾンダレスは城塞都市の官邸地下にある地下司令部で待機をしている。他の狼人族の村と異なりここにはマリエンタールから供給された先端技術の通信装置が有りこの場所からの指令が可能なのである。
サイレンが鳴ってから程なく爆発音が聞こえ部屋が振動をし始める。
「始まったようだな」ゾンダレスがつぶやく。
各部隊の指令がここには揃っていた。部隊ごとに避難場所は決まっており攻撃終了後の反撃プランは既に出来ていた。
「医院長殿はどうされたのだ?」
「馬車の避難をされています、非常に重要な馬車なので放置できないとの事でした」
「そうか、まあ医院長殿であれば問題は無かろう、他の指導員の方々は?」
「バオ・クー殿とゼンガー殿は、戦闘には加わらないそうですが部隊には同行すると言って各部隊の避難豪に隠れております」
医院長殿によれば翼竜が竜人様の故郷を攻撃する為に出撃したそうで、ティグラ殿とリクリア殿はそちらの迎撃に向かったそうだ。
どの様な手段で迎撃するのかは知らないし、医院長殿がどの様に馬車を守るのかも知らない。しかしゾンダレスにはゾンダレスの仕事が有りその為の準備はして来た。
やがて対空攻撃部隊が瘤翼竜に対して攻撃を始めたようだ。城塞都市は爆撃を受けてはいるが、被害がどの程度なのかはまだわからない。
「成程、これが瘤翼竜による空爆と言う物か」
退避壕から外を覗いていたバオ・クーがつぶやく。
「出口からお離れください。あなたは観戦武官ですから怪我をされては私が困ります」
正面攻撃部隊の司令官であるテンガラルが声をかける。彼はこの攻撃が終わったら退避壕を出てマリエンタールに急襲を掛ける事になっている。
外では瘤翼竜の炎弾による爆発が続いている。
「慌てるなよ、おまえは瘤翼竜に狙いを付ける事だけを考えていろ。危ないと思ったら俺が引きずって走る。俺を信頼しろ」
膝をついて上を向き、光弾の発射体制に入った射手に、その後ろから支える相方が声をかける。既に射手の口の中には光の粒子が集まってきている。
相方が頭を射手の背中に頭を付け、しっかりと抱き着いて目をつぶった。その瞬間に強烈な光が上空に向かって放たれる。
しかし上半身に当たった光弾は瘤翼竜を囲む透明な壁によって阻まれ壁を光らせるだけでダメージを当てられない。
土嚢を積んで作った掩体壕の中から他の隊員も次々と上空に向かって光弾が打ち上げられる。
光弾の魔法は体中の魔獣細胞を一瞬に使いつくし、撃った者は動くことも出来なくなってしまう。力が抜け背後にいた相方にぐてっと倒れかける。
瘤翼竜は光弾を撃った方向に顔を向けると炎弾の魔法を撃ちだした。
しかし相方は魔法を発射した射手を担ぎ上げると全力で避難豪に駆け込む。中に待機していた者がふたりを奥に引きずり込んだ。
今までふたりがいた場所で爆発が起きて土嚢がふっ飛ばされる。
「避難し損ねた者はいるか?」大声で叫ぶ者がいる。
対空陣地では次々と炎弾が爆発を起こす。しかし幸いなことに射手は皆避難に成功しており被害は出ていない。
「やはり聞いた通り瘤翼竜の頭は光弾を反射するようだ、次は翼を狙え」
交代で射手が外に出て光弾を撃つが、確かに翼竜の上半身を外すと本体にも当たるようだ。翼にあたると大きな悲鳴を上げる。
「GYAAAAA〜〜〜」
しかし、瘤翼竜が増えてくると炎弾の攻撃も激しくなり、射手もうかつに外に出られなくなる。
* * *
「オーッホッホッホッ!派手に炎弾を撃ち込んで下さいますわね〜」
ルドルス城塞都市の外に馬車を移動させてきた医院長は、馬車の上に立って爆撃の様子を見て奇声を上げていた。
エルメロス大陸の名誉のためにも少しは遠慮してもらいたいものだ。
医院長の馬車に気がついたのか、1頭の瘤翼竜が上空に飛来して馬車に向けて炎弾を撃ち込んだ。
派手な爆発音と共に立ち上がる土煙が馬車を覆い尽くす。
「そんなもので私を倒せるとお思いですの?オーッホッホッホッ!」
御者台に足をかけ上空の翼竜をにらみつける。相変わらずネジのぶっ飛んだ医院長であるが、馬車は傷一つなく無事である。よく見ると馬車の周囲にはコタロウと同様のシールドが張られている。
シールドの強度を確認した医院長は馬車から飛び降りると、爆撃の中を城塞都市に向かって走っていく。
「ひええええ〜っ!」『ドカン!』
「ありええ〜っ!」『バカン!』『ズカン!』
悲鳴を上げながら爆発の起きる戦場を走り抜ける、流石は不死身の医院長である。




