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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第一章 落ちてきた男
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栗の木

1ー020

 

――栗の木――

  

 アラークがヒロにチームを紹介してくれていた、なんでも地味だが堅実なチームらしい。

 

『栗の木』と言うそうで、なんとも地場産業を感じさせる。

 犬耳族ふたりのチームだそうだが、受付嬢もこのチームは修行を積むには良いチームだと言ってくれた。

 状況がわからない以上アラークを信じるしかないのでお願いをすると、明日の朝早くギルドに来るように言われた。

 

 次の日、狩人ハンターギルドに早めに顔を出すと既に『栗の木』のふたりは待っていてくれた。

 話を聞くとふたりとも以前はアラークの下で仕事をしていたらしい。

 しかし『獅子の咆哮』は大物狙いのチームなので稼ぎも大きいが危険も大きいそうだ。家族を持ったことにより二人は安全な狩りをすることにしたらしい。

 稼ぎは少ないが安全で長く続けられる仕事への転換である。

 

 アラークもこのふたりを高く買っていたらしく、もっとも堅実な狩りをするという事で彼らを紹介してくれたようだ。

 ふたりは犬耳族のマウラーとケストルと名乗り、狩人という仕事ながら温和な表情をした笑顔でヒロを迎えてくれる。

 とりあえず仕事の様子を見ることにしようという事になった。

 

 持ち物を確認し、不足しているものをギルドで購入してから出かける事にした。強力な魔法使いという事で、武器はナイフだけだがそれで良いだろうという事になる。

 街の周囲を巡回する乗合馬車にみんなで乗り込む。先日狩りの帰りに皆で乗った馬車だ。狩場の近くまで運んでくれて夕方にもう一度回ってくれるとの事であった。

 街から遠いところまで運んでくれるので狩りがとても楽になったと言う話だ。馬を持つ人間も少なくは無いが、経費が掛かるので結構大変らしい。

 

 目的の狩場となる森の近くで降りていくのだが中には獲物を持った狩人も乗ってくる。昨日獲物を狩ったが馬車に間に合わなかったのだろう。

 そういう時は獲物の臓物を抜いて道の近くで野宿をするらしい。夕飯はその獲物の臓物だそうで、解体して血を抜いておかないと肉が悪くなるそうだ。

 

 目的とする狩場の近くで降りて森に入っていく。猟師達は獲物を狩るとともにその辺りの情報をギルドに報告する。本来自分が狩る狩り場の情報を流すのは猟師にとっては不利な事であるが、人によって狙う獲物が異なるために、結構ちゃんと報告が上がってくる。

 そして農家からの依頼と合わせて狩人に情報を提供している。こういったシステムもまた狩人を一つの産業として成り立たせるために作られているそうだ。

 狩猟ギルドによって各地に猟師小屋も作られており、天気が急変した場合は避難所となったり野宿をすることもできる。いずれにしても猟師の基本は歩く事らしい。

 

「どうした?もう疲れたのか?」

「い、いやまだ大丈夫だ。」

 汗まみれで肩で息をするヒロを見て休みにする、マウラー達は汗ひとつかいてはいない。普通の行軍ではない山道を荷物を背負って走るような速度で移動していくのだ。

「すまない、あんた達の足を引っ張っている」

「まあいいさ、これも修行のうちだ。そのうち慣れてくる」

 足の遅いヒロの為に彼らは何度か休息を挟んでくれた。

 

『まずいな、体力の事が気がかりだったが、ここまで差が有るとは思っていなかった』

『貴官の体力は部隊内では標準的な部類に入ります、特別良くは有りませんが決して劣る物でもありません』

『あの二人の体力をどう評価する?』

『軍における平均値をかなり上回っています、おそらくこのような行軍を行った場合、同行出来る者は皆無だったと考えられます』 

…まったくなんだってこんな化け物だらけの場所に落ちてきたんだ。

 

『意見具申』

『なんだオーヴィス?いいアイデアでもあるのか?』

『私は高機動人型戦闘兵器ですが、その機動性ゆえにパイロットには相当な重力負荷がかかります』

『ああ、だがパイロットスーツのGキャンセラーが体を守ってくれている』

『スーツに付いているGキャンセラーを着用すれば、外にいても私がエネルギーを供給してあなたの体重を減らすことができます』

 そうか、Gキャンセラーを使って体重を軽くすれば、彼らについて行くことができるかもしれない。

『わかった、今の状況で俺がお前の亜空間内に入ることはできるか?』

『問題ありません』

 ヒロの動きが鈍ったのを見てマウラーが休息を宣言する。その目はいささかヒロに対して同情的だ。


「すまない…用を足してくる」

 マウラーは何も言わずに頷く。ヒロの基本的体力不足を確実に感じ取っていて、今後どうするかを考えているのだろう。

 ヒロは少し離れた場所に移動して彼らの視界に入っていない事を確認する。

『いいぞ、入れてくれ』

 するとヒロの周囲を暗黒が包む。OVISがヒロを亜空間の中に取り込んだのだ。

 

 中は真っ暗だったが当然である。亜空間は空間に出来た泡のような物であり現空間との繋がりはない。したがって亜空間に外部からの光は入ってこないのだ。OVISがライトを点けてくれる。

 OVISの手のひらに乗ると、持ち上がってコクピットの前に来ると扉が開いた。中に入って服を脱いでGキャンセラーのベルトを装着して、その上から狩人の服を着て防具を着けなおす。

 丁度Gキャンセラーは隠れる位だ。外に出て何気ない顔をして二人の所に戻る。

 

『最初は重力を3分の2に設定します、慣れてきたら少しづつ重力を増やしていきます』 

…こいつ、あくまで俺を鍛えるつもりか?

 

 走り始めると体が軽く楽々と二人についていける、そんなヒロを見て二人とも驚いていた。

「どうした?いきなり元気になったようだが?」

 いくら体が軽くなっても体を動かすことに変わりはない、それなりに息は上がる。 

「魔法…体力強化…遅れ無い」

「そんな魔法が有るのか?初めて聞くぞ」

「魔法…自分オリジナル」

 それでも気を使っているのか、ふたりは頻繁に休息を取ってくれる。

 

 マウラー達は休息の度にハンドジェスチャーを教えてくれた。獲物を追う場合は音を立ててはいけないのでこれで意思を伝えるのが基本らしい。

 これは全ギルド共通なのでどこへ行っても使えると言われた。これがあればずいぶんコミュニケーションが楽になる。

 足跡を探し周囲の森の状況を確認すると、新しい獲物の痕跡が見つかる。

 森にはふたつの生き物がいると言われ、一つは普通の獣でもう一つは魔獣だと教えられた。魔獣は獣が魔獣器官を獲得した変異体だそうだが、元の獣よりも体が大きく食性の幅が広い、大変しぶとい生き物だと言う。

 

 槍で突き殺しても生き返って逃げ出すので確実に止めを刺す必要があるらしい。彼らが弓を使わないのは、矢を当てても逃げられてしまい、毒矢も効かないそうだ。

 魔獣は食性が獣よりも広いために森の中で魔獣と獣は共存していて、普通の獣より魔獣のほうが大きいので狩人の多くは魔獣を狙う。

 普通の獣は、雌と子供の狩猟は禁じられているが魔獣にその縛りは無い。生命力の強い魔獣は狩らなければどんどん増えて行くと言っていた。それこそが狩人が産業として成り立っている所以であろう。

 同じ種族なので交配は可能だそうで、同じ群れに魔獣と獣が一緒にいることもあるらしい。

 それが獣が魔獣に押されて絶滅しない理由だと思われている。

 

 この世界の肉の需要の大半を狩りに頼っているそうだ。

 完全な肉食生活では無いみたいだが兎耳族と熊族以外は肉を良く食べる種族で、この魔獣の肉を食べないと魔法が使えなくなるらしい。

 その魔獣を食らって大型化したのが大型魔獣グリックと呼ばれ、魔法を使い性格も狂暴になる魔獣だそうだ。

 肉食の魔獣は全てそうなるが、一定の割合で草食獣も大型化するらしい。

 その大型魔獣グリックを狩って食うのが竜人族だそうで、確かにあの大きさであればあんな大きな獲物でなければ生きてはいけないのだろう。

 

 この世界はあまりにもヒロの生きて来た世界とは違いすぎる、しかしそれは世界と共存する人間の姿かも知れない。

 自然を顧みず戦争の為だけの世界で生きて来た自分の世界とはいったい何だったのだろうか?

 もし帰れたとしても、そこに帰る意味などが、有るのだろうか?そんな事を考えながらヒロは狩人としての一歩を歩き始めた。


 狩場に入って丸1日が経ち、地面や木々を見ながら獲物を探す。どんな痕跡が有るのか二人はいちいち説明してくれた。

 言葉をまともにしゃべれないヒロにとってはOVISの翻訳機能だけが頼りだった。

 まさか二人ともヒロの背後に10メートルの人型ロボットが立っているとは思わないだろう、そう思うといささか苦笑してしまう。

 いずれにせよふたりは狩人のイロハを厳しくたたき込んでくれる。教官を得たヒロは逆に生き生きしてきた。

 

「あのさあ獲物に聞かれるとまずいから、そのサー・イエッサーと大声出すのは止めてくれる?」

 怒られてしまった…。

 

 周囲を探っていたマウラーは獲物の痕跡を発見するとそこに四つん這いになって、鼻を付けて臭いを嗅いでいる。頭にある耳と尻尾のせいもあって本物の犬の様な錯覚に陥る。

 足跡の特徴からこれはエルカスだと告げられた。鹿の様な草食魔獣で、物によっては体重が200キロにもなるらしい。 

「まだ新しい、そう遠くには行っていないだろう。」

 マウラーがそう判断しているしケストルも同じ意見の様だ。3人で狩る獲物としては手ごろな獲物らしい。

 魔獣とはいえ獣の特性はちゃんと残っており、好きな食物もそのままだそうだ。ただ獣と違い、元の性質の食物以外の物も食べ、毒が有ろうが平気で食う。それ故に狩りに毒は使えないのだ。

 ものすごい悪食だなと思ったが魔獣とはそう言った物らしかった、それで繁殖率が高いのだから始末が悪い。


『注意、この世界の原住民は全般に毒に対する耐性が強いかも知れません』

 魔獣が毒に強いのであれば原住民にも同じ特性が有ってもおかしくはない。

『そうだな、新しいものは少しだけ食べて毒の有無を判断しないといけないな』

 アミノ酸は問題なく適合してはいるが、食物アレルギーや毒性はまだまだ未解決の問題だ。生き抜くためには多くのことを学ばなくてはならないだろう。

  

 ヒロはOVISに周囲の探索を命じてみた。

『周囲500メートル以内体重20キロ以上の生き物を感知できるか?』

『………………』

 しばらくして返答が有った。

『2頭感知』

『了解、位置情報を教えてくれ』

 OVISのセンサーが獲物の方角と距離を教えてくれる。

「どうした?何か見つけたか?」

「右の方から……気配を感じる」

 マウラーは風の方向を見ると耳をヒクヒクさせ、空気中の匂いを嗅いでいる。ケストルも同様の事をしている。

 本当に犬の様だなと思った。間違いなく二人の鼻は獲物の臭いを嗅ぎ分けているのだろう。

 

 マウラー達はそっと頭を下げると静かに移動を始めるが、下生えをうまく回避して殆ど音が出ない。

 ヒロも音を立てないように何とかふたりの後についていく。しばらくして獲物が草を食べているのが見えた。

 確かにシカのような恰好をした動物だが、かなり大きく、100キロ以上は有りそうだ。頭に角が生えており細くて長い足をした足の速そうな獣である。

 ふたりは俺にここを動かないように指示して俺から離れていく。待機と言う事なのだろう二人は俺に獲物の倒し方を見せるつもりらしい。

 

 ヒロの軍人としてのキャリアは先日の戦いで終わった。これからがヒロの新しいキャリアの始まりだと考えることにした。上級国民への昇格は既に2000年光年かなたの事でしか無い、ヒロにはもう帰る場所もないのだ。

 あれから時は500年経ってしまってはいるが、ヒロにとってはわずか数日前の事に過ぎない。

 

 ヒロのこれまでの人生は、戦争の為の訓練と待機の人生だった。

 兵士というものは戦いの為に訓練して、訓練して、訓練して、それから戦場に出る。その後は、待機して、待機して、待機する。それからやっと戦争だ。

 一回の戦闘で95%以上の兵士が死ぬ。あの苛烈な戦いはその果てのほんの一瞬だ。生き残れば英雄、死ねば何もない、それがヒロ達兵士の人生なのだ。

 訓練しても戦場に出られるとは限らない、そのタイミングの問題もある。戦場に出ることなく退役すればただの人だ、苦労は報われない。

 

 ヒロは言われた様に腹ばいになったまま、じっと動きを止めて獲物の動きを見ていた。獲物が餌を食べながら、しきりに耳を動かしている。

 これからあのふたりはどう動くのだろう?ヒロはひたすら待機を続けた。獣は頭を上げて周囲を見る。やはり不安を感じているみたいだ。

 突然やぶの中からケストルが、槍を構えて弾丸の様に獲物に突きかかるのが見えた。早い!人間とは思えないスピードだ。

 

 獲物は3メートル位ポーンと飛び上がって逃げようとする。物凄いジャンプ力だ。ところが飛び上がった方向からマウラーが飛び出してきて槍を獲物に突き通す。

 獲物はマウラーと一緒に倒れこむが、必死にもがいて足を地面につけて立とうとする。その獲物に今度はケストルが襲い掛かる。

 一瞬早く獲物は血を流しながら飛び上がってヒロの方に走って来た。手負いとは思えないスピードだった。

 

「ヒロ!逃げろ!」マウラーが叫んだ。

 獲物はヒロに気が付いていないのか?あるいはヒロが弱そうに見えたのか?角をこちらに向けて突っ込んできた。


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