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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第七章 聖嶺の大地
196/221

マリエンタール正門

7ー027


――マリエンタール正門――


 コタロウの両親をこちらに呼んだのは医院長である。実は医院長は今もカルカロスの街で普通に病院経営も続けているのだ。

 

 そういった状況なのでエルローンと顔を合わせるのはもう少し後にしようと思い、その場から離れようとしたところをゾンダレスに捕まった。

「なかなかに強引なお嬢さんですな」

 医院長からエルローンの情報を得ようと声をかけるゾンダレス。この竜人をどのように利用できるか、画策しているのは医院長だけではなかった。

 

「竜人族は数が少ないですからね。見つけた異性は強引にでも自分のものにするんですよ〜」

「なるほど男冥利につきますな」

 ハーレム状態なのかと考えるゾンダレス。かなり誤解が激しいような気もする。

「まあ、若いときだけの特権ですけどね。寿命が長いので子供が成人したら別れて何度も結婚を繰り返すんですよ」

「人生が長いということはそう云うことなのですか、私は一度で十分ですがね」

 ボソッと答える。政治家は色を好むのでは無いのだろうか?

 

「あなたも結構辛い結婚生活を送ってきたのですか?」

「いえいえ、それなりでしたが。それでも流石に今の女房と何百年も添い遂げるのは苦しいのでは無いかと…」

 本音である。周囲に女が沢山いればハーレムだが、竜人達はそこまで人数がいないのだ。

 こうして考えてみると竜人族の夫婦仲が良いのは、孤独の裏返しなのだろう。

 

「長すぎる人生のある種族ですからね、そんなに人口を増やしたら食料が賄いきれません、少ない個体で生活し続けるのは大変なのですよ」

 追いかけるエルローン、逃げ回るコタロウ、ふたりの間で邪魔をするカロロ。しばらくはこの狂騒が続くのかもしれないなと思うと士気に関わる。

「今は戦時中なんですけどね〜」とため息をつくゾンダレス。

 それに対してこの狂騒自体を喜んで眺めている医院長、コタロウが困っているのを見るのが大好きなのである。実に鬼畜な性格である。

   

「ああ~ら、医院長先生随分早いお着きですね~」

 背の高いエルローンが狼人族の頭越しに医院長を見つける。

(しまった、ゾンダレスと余分な話をしていて逃げそこねた)

「はあ〜い、エルローンさんも無事に到着されたようですね〜」

 素早く、さも当然という態度でエルローンを迎える医院長。この程度で動揺するようなヤワな神経はしていない。

  

「初めての場所で迷ってしまいましたわ。医院長さんにお会いできて良かったですわね」

 医院長がどうやってこの大陸に来たのかなどという些末なことは考えない。天然と言うべきか、おおらかと言うべきか?竜人族は細かい事は気にしないのだ。

 無論のことエルローンは、医院長がこちらの大陸で警備部隊を仕切っていた事など知る由もない。

「実はこちらは、今は戦争の真っ最中でしてね、あまりこういった所を貴方には見せたくは無かったのですがねえ」

 素早く話題を変える。元々この戦争のために呼んだなどと思わせることはしない。

 

「とんでもありませんわ、婚約者フィアンセが苦労して活動していらっしゃるのにわたくし一人が安穏としている訳にはまいりませんもの〜。その為にご両親をこちらに向かわせたのでは御座いませんの?」

 まあ確かにそのとおりでは有るが、エルローンがこちらに来ることは医院長にとっても想定外なのだ。

「コタロウさまには龍神ダイガンドの真実を暴いていただきまして、国民が目覚める事が出来まして大変に感謝しております」

 

 医院長の横でにこやかに話すゾンダレス。このバカ、余計なことを言うな。

 

「ああ~ら、夫の仕事をそんなに評価していただけるなんて、とてもうれしい事ですわ~」

「ちがうーっ、まだ結婚してなーい」

 既成事実化を進めようとするエルローンに最大限の抵抗を示すカロロ、絶対に渡さないとコタロウの頭にしがみついている。

「いえいえ、心は既に夫婦ですから。仔細な事にはこだわりませんわ。時に戦争って何なのですか?」

 

「は?龍神教総本山であるマリエンタールと狼人族の戦争ですが?」

「あらあら、戦争が起きていたら医院長さんがコタロウさんのご両親を呼びつける訳が有りませんことよ。ましてやコタロウさんが戦争の当事者になるはずもありません。何かの行き違いがあるのでは御座いませんか?ね、医院長先生?」

 エルローンの言葉に、その場からの離脱を図ろうとしていた医院長の動きがピタッと止まる。

 

「ボクは戦争には参加しませんよ〜。食料の調達係ですから~」

 幸いな事にコタロウが話を引き継いでくれるので、これ幸いと医院長は再度離脱を図る。

「おやおや、勉強ばかりなさっていたコタロウさんが狩りを行うようになったんですか?いよいよ花婿修行ですね〜♡」

 ハートマークを目一杯背景に散らせて笑みを作る。

 

「ふぎーっ!お兄ちゃんは学校のセンセーが、ほんぎょーなの!」

「医院長殿、何かお互いにお話が食い違っているようですが?いかがなものでございましょうか?」

 離脱に失敗しゾンダレスに捕まってしまった医院長、背中を流れる汗が止まらない。

 

「竜人族の攻撃力は現在の社会では非常に強力な物ですからね。あの瘤翼竜ギガンドーグすら倒す能力が有りますから、戦力としての投入は出来ませんわよ。あなたも平らに均されたマリエンタールなど欲しくは無いでしょう」

「お願いしますよ医院長せんせ~、そんなに煽らないでくださ~い」

 コタロウが泣きそうな顔で訴える。

 

「りゅ、竜人様のお力とはそれ程なので御座いますか?」

「ご心配なく、わたくしたちは人間を殺すことは致しませんことよ。それは竜人族の戒律に反しますから」

 すんなりと否定するエンローラ、竜人族は戦争する場所からは逃げ出すのが鉄則なのだ。

 

「さ、さようで御座いますか?随分博愛主義な種族で御座いますね~」

 獲物を狩って食っているところからして博愛主義とは少し違うかもしれない。

「な~にを言っておられるのですか~?狼人族であっても、本来は高い道徳律をお持ちではないのですか?そうでもない連中がこの部隊には多いようですが?」

 医院長のその言葉を聞いて、こそこそと引き上げる狼人族が見受けられるのは気のせいだろうか。

 

「どうもこちらの方たちには剣呑な雰囲気がございますわね。本当に戦争を行っておられるのですか?そもそも戦争の大義とは一体何なのでございますか?」

「何も知らずにこちらに飛んでこられたと?」

「医院長先生は何も教えてはくださいませんでしたから」

 あれ?医院長さん、いつの間にか姿が見えなくなっている。

 

「大元は龍神教という兔人族の宗教が、上層部の地位の安泰のために強力な巫女を排斥し始めた事にあります。その宗主の裏にいるのが龍神と呼ばれる全長1500メートルの超大型翼竜なのですよ~」

「その超大型翼竜がいったいどんな悪さをなさったのでしょうか?」

「自分の能力を脅かす能力を持った巫女を追放し、能力の低い者を支配者として重用しているんですよ〜」

 

「それがなにか悪いことなんですの?自らの意に沿わない人間を排斥するのは権力闘争の基本ではありませんか?」

 権力闘争を是認する限りこの考えは間違いではない。しかしそのために排除される人間たちにとってはそうではない。

 要は誰が利益を得、誰に不利益を押し付けるかであり、弱い者、力のない者に不利益を押し付ける為政者に正義が有るかどうか?ということに他ならない。

 

「そういうことであれば、そうしないように責任者と交渉すれば良いことではありませんの?私達は戦争には加担いたしませんが、その調整を行ってきた記録はかなりあるようですわね。いかがですか?コタロウさん」

「ボクの専門外ですが、そういった事は有ったようです。ただその後双方が竜人の言うことに同意せずに逆キレして、竜人族に対して攻撃を行ったので双方の国を焦土にしちゃった事があったらしいですよ。それ以来竜人族は戦争が起きたら、何も言わずに逃げ出すようになったとのことです」

「あら、そんな事があったのですか?全然知りませんでしたわ〜」

 明るく答えるエルローン、毎日を大過なく過ごす竜人にとってはこれが普通の反応である。

 

「カロロも、初めて聞いたー」

「だから、竜人は戦争に直接加担しちゃいけないんですよ〜」

 コタロウの話を聞いた周囲の人間は全員が真っ青になっていた。確実に竜人族が怪物認定されたことに間違いはない。

 

「わかりましたわ、それならわたくしが交渉に伺いましょう。直接教皇さんに住人の弾圧をやめるように説得して見ますわ」

 そう言って飛び上がるエルローン、慌ててその尻尾を掴むコタロウ。気安く行かれて話をこじらされてはたまらない。 

 ところが流石に大洋を渡る能力の有るエルローンの飛翔能力である。軽々とコタロウをぶら下げて飛行を始める。

 

「ああ~らコタロウさんも同行してくださるの~?」

「違いますよ~っ、止めているんです~」

「おにーちゃん、あばれなーい」

 尻尾の動きにブランブランと振り回されるコタロウ、頭にしがみ付くカロロも大変である。

 

「ちゃんと言ってくだされば~、背中にお乗せしましたのに~」

 ホイッと尻尾を使ってコタロウを背中に載せる。流石に竜人の姉さん女房は強い。

 エルローンの背中にしがみつくコタロウ、その頭にしがみつくカロロ。

 尻尾までの全長はエルローン10メートル、コタロウ5メートル、ほぼ倍の大きさが有るので軽々と背中におさまる。

 

 ~♪親亀の上に子亀~、子亀の上に孫亀~、親亀コケたら皆コケた~♪

 

「な、なんなのですか?それは~」

「さあ〜?何なのでしょう?今いきなり頭に浮かびましたのよ」

 何でもいいから問題をこじらせないで欲しいと願うコタロウ。これでエルローンやカロロに何かあったらマリエンタールが平らに均されちゃいますから〜。

 

 マリエンタールと聖都村ザッサンとの間には約50キロの畑が連なっており、マリエンタールに向かって真っすぐな道が出来ている。ここを台地ダリルが通過した後、秋に雑草を焼き払えば種を撒くだけで十分な収穫が得られる畑が出来る。聖都外縁村ザッサンは非常に豊かな村なのだ。

 

 特筆すべきは台地ダリルは村の両側を十年ごとに交互に通過していく事だろう。それ故に村民は移住する必要もなく、マリエンタールの龍神教に感謝をし、お布施としての年貢を支払っている。

 作物の収集と運搬を代々担っていたのがゾンダレスの実家であった。それ故に強大な権力と財力を有し、私設兵まで保有していた。

ゾンダレスはその野望を懐に納め、龍神教と周辺部族との調整を行って来た。

 

「エルローンさん、いきなり街に入るとみんながびっくりしちゃいますから〜、門番さんに挨拶して下さ~い」

「そうですわね〜、いきなり訪問するのは礼儀にもかないませんからね〜」

 門の周囲に広がるザハ街区はマリエンタールの基盤整備に従事する狼人族の街であり、食料や生活必需品の集積基地でも有った。

 以前はここにも狼人族の警備部隊が多く駐屯していたが、現在は聖都外縁村ザッサンに移動してしまった。しかし未だにこの街を離れられない人間は多い。

 

 聖都外縁村ザッサンからの食料供給は未だに続いている為に大きな混乱は出ていないが、駐屯していた警備隊が引き上げたことによる治安の悪化は起きているようだ。

 上空から見ていると住民の動きは少ない。マリエンタールの仕事は現在は無いのだろう。逃げられるものは逃げ、逃げられないものは街にたむろしているのかもしれない。

 マリエンタールの門は封鎖されていたが、小さな門を開けて検問を行っていた。

 

 その前に派手に舞い降りるエルローン。門に並んでいた狼人族が一斉に逃げ出し、兔人族の守衛が腰を抜かしていた。

 頼むからもう少し穏やかに、目立たないように行動してほしいと頭を抱えるコタロウ。

 守衛が呼子を吹き、電話をかけている。僧兵たちが集まって来てエルローンを取り囲んで銃を向ける。

「みなさ〜ん、危険はありませんから落ち着いてくださ〜い」

 コタロウが前に出て叫ぶ。コタロウを知っている者はいるかもしれないが、エルローンは初めてのはずだ。怖がるのは無理もない。

 

「りゅ、竜人殿。これは一体何事なのですか?」

 幸い前回コタロウを見ていた僧兵がその中にいた。

「いや〜っ、教皇さんとお話をしたいと思いまして〜」

「こちらは竜人様の親御様でございますか?」

「ああ〜ら、親だなんていやですわ〜。私コタロウさんの婚約者ですのに〜」

 ぐいっとコタロウを引き寄せるエルローン。

「ふにゃーっ、くっつくなーっ」

 全身を使ってエルローンを押し返すカロロ。なんか僧兵達の顔が微妙にほっこりしている。

 

「現在街全体が警戒態勢に入っております。その要求を受け付けるのは難しいかと思われます」

「ああ〜ら、随分つれない事をおっしゃるのね〜。ちゃんとご連絡いただけているのかしら〜?」

「私達にはそんな権限はありません。警備部の上層部に連絡するだけです」

「上層部が無視をしたらどうなさるの?あなた達が命をかけて私を追い返すのかしら?」

「ひえええ〜〜っ!」

 本音の悲鳴が聞こえて、僧兵たちは一斉に遠ざかって銃を構える。

 

「え、エルローンさんそんな脅迫をしちゃいけませんよ〜。この人達だって生活が有るんですから〜」

「巻き込まれるから、逃げたほうがいいよーっ」

 ポンッと口から炎を上げて見せるカロロ…完全に脅しをかけている。

 電話をかけている僧兵が必死の形相で電話を使ってこちらの様子を訴えているようだ。

 

「カロロちゃんも煽らないで〜」

 既に泣きそうな顔をしているコタロウ、こうなるから嫌だったんだよな〜。


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