お父さん降臨
7ー023
――お父さん降臨――
今回の探査訓練も終わり、探査車両は現在ランダロールへの帰路に就いている。
ガルガスは、なかなかに有意義な旅であったと思う。狭い車内での共同生活はそれなりにストレスを誘発するものでは有るが、意外とみんな協力的であった。やはり外で釣った魚や香草のサラダが喜ばれたのだろうか?
同行した若者たちも協力的ではあったが、ランダロール外の世界への情報の渇望ははっきりと見て取れた。
正直どこまで話して良いのかわからなかったので、直接的な外部世界の特徴は良しとして、政治体制に関しては言葉を濁した。
狼人族や兔人族の僧兵との直接的な体力差は大きすぎるので、敵対行動は避けるべきであり、何が敵対行動と認識されるのかをはっきりと注意しておいた。
途中で何度か翼竜の接近を感知したが、その都度探査車両を停止させ静粛を保った。
驚くことにガルガスの探知のほうが探査車両の探知よりも早い。どうやら天上神が直接イメージを送ってくるようだ。なぜそのような事をするのかはわからないが、とても助かっている。
それにしても翼竜が増えているという話は事実のようだ。遭遇確率から考えても単位面積あたりの生存数が多いように思える。ガルガスの頭の中の地図に翼竜の存在が重なって見えるのだ。
これが天上神の采配であるのであれば、それはそれで黙って受け入れるべきことだろう。少なくとも不利益にはならないのだから。
そう思った途端、何故かバルバラ医院長の仮面のイメージが現れ背筋が寒くなる。
「きっと気のせいですよ…多分」
なかなかにガルガスも鋭い勘をしているものの、状況判断能力は少し落ちるようである。もっとも人間関係を円滑にするにはそのくらいの方が丁度良いのかもしれない。
この探査車両の乗り心地は普通の馬車に比べて驚くほど良く、医院長さんの馬車にも驚いたが、この車両も十分に乗り心地が良い。そうは言ってもやはり狭い事は狭い。
ガルガスは狼人族であるから大地を固める空気の中でも問題なく生きていける。
そこで時々外に出て探査車両の屋根に上がることにしていた。走っている探査車両の屋根で寝転がると、風がすごく気持ちよかった。
探査車両の天井は亀の甲羅の様な滑らかな曲線を描き、決して安定しているとは言い難いので、転げ落ちない様に注意していないといけない。
翼竜が上空を通過するときには常にガルガスが外に出て目視で警戒していた。
そういったときに車内では呼吸装置を装備して不足の事態に備えている。
最初は甘く見ていたディブ達も、万一襲われれば探査車を捨てて逃げなくてはならないと言われ、上空を翼竜が通過するのを恐怖の面持ちで見ていた。
無論、驚異は翼竜だけでは無い。上空には魔鳥と呼ばれる肉食鳥もおり、人間をも襲いうる大型の鳥なので、全くの無警戒というわけにも行かない。
その点で兔人族の危機管理本能というのは非常に羨ましいと思う。
『どうですガルガスさん、なにか見えますか?』
外に出る時にゲイルに有線通信機を渡されている。コードがすこし短いが特に問題はない。
『今の所変わったものは見えません、山の麓は今は植物の繁栄期のようですね』
樹海を外れ今は朽ち果てた森の残骸の後を走っている。周囲には背の低い草やツタの類が繁殖してはいるが、高い木は育つことが出来ない。
したがって今は大きく開けた空を流れる雲を見ていると、いつか眠ってしまいたくなる。
そんな時に突然頭の中に何かを感じて跳ね起きる。
それが外的要因ではなく、自分の交感に対する警告であることに気がつく。
おそらく天上神がなにかメッセージを送ってきているのだろう、残念ながらガルガスはそれをイメージ以上のものとして感じることは出来ない。
ガルガスは瞑想に入り交感のイメージに集中する。
何かがこちらに近づいてきている…空を飛ぶ…翼竜よりも小さいが魔鳥よりは大きい…それも3体…。
『ゲイルさん何かが近づいてきます、翼竜より小さい物が3体です』
『こちらはまだ検出が出来ない。一応用心の為に待機体制に移行しよう』
『わかりました。私は目視で確認が出来たらすぐに探査車両に戻ります』
『頼むぞ、危険は犯すな車両に戻っていれば大抵はなんとかなる。最悪の場合は車両を捨てる』
翼竜は何故か探査車両を狙うそうだが、外に逃げた乗員を襲ってくることは無いらしい。元々彼らは草食の筈であり、訳のわからない翼竜の持つ習性だそうだ。
腰のポシェットから双眼鏡を取り出し飛翔体がやってくる方向を睨む。探査車両はすでに停止しているので揺れることのないのが助かる。
やがて3つの点が見えてくるが、やはり翼竜ではない。
接近するものは敵ではなく安全な物だと先程から頭の中で何者かが繰り返し呼びかけている。明確な言語では無いがその様な感覚がはっきりと伝わってくる。
3つの点はまっすぐ探査車両を目指して近づいてくる、こちらを認識しているのは間違いがない。魔鳥より大きなそれは、同様に魔鳥より速い。
『どうした!ガルガスさん。飛翔体の正体は掴めましか?』
『まだ詳しくはわかりません、しかし危険はないと天上神が伝えて来ています』
『それって、大丈夫なのですか?』
『こちらのモニターにも拡大映像が捉えられている。小型の翼竜にも見えるが、こちらをめがけて飛んできてるのではなのか?』
既に新人たちの声は上ずっている。飛んでくる物が明らかにこの車両を目掛けていることがわかったからだ。
あれは…カルカロスで見慣れていた竜人だ。3体のドラゴンがこちらに向かって飛んできているのだ。
「何だ、あの怪物は?翼竜とも違う、見たことは有るのか?」
ゲイルも車内モニターで姿を確認しているのだろう、その正体について聞いてきた。
同じ様にモニターを見ていたディブ達は真っ青な顔をして震えている。
初めて外に出てそれまで自分たちが思っていたような強気の気分を完全にへし折られているのだ。
なぜだろう?こちらの大陸にコタロウさん以外のドラゴンはいないはずなのに。
そしてドラゴンがこちらを見つけて飛来してきた時にはっきりとわかった。これは多分、あの医院長がカルカロスから呼んできた竜人だ。
「冗談じゃない!やられてたまるか!」
「あっ、バカやめろ!」
ディブはゲイルの静止も聞かずに屋根に有る無人の銃座のコントロール席に座る。天井に仕込まれた銃座が上昇し、着陸体制に入っていた竜人達を目掛けて射撃を行った。
屋根に登って状況を確認していたガルガスのすぐ横で旋回銃座を発射したのである。正気の沙汰ではない。
激しい音と共に銃座から発射された弾丸は竜人の腹めがけて吸い込まれていく。
「グワッ!」竜人は腹を抱えてうめき声を上げる。
「お父さん!どうしたの?」
銃の射撃をまともに腹に受けて地面にひっくり返る竜人である。
「やったぞ!見ろゲイルさんあんなヤツこの銃にかかればイチコロじゃないか!」
「このバカ!何をやったかわかっているのか?銃座を降りろ」
ゲイルに肩を掴まれるがディブは銃座にしがみついて離れようとはしない。
「こんな奴なんか怖くなんか無い!文明の力さえあれば奴らを全滅させられるじゃないか」
次いで構わずもう一頭の竜人を撃とうと銃座を旋回させる。
「なんてことするのよーっ!」
怒ったもう一頭の竜人は飛び上がると、銃座目掛けてその腕を突っ込んでくる。
驚いたガルガスが頭を下げるとそのすぐ上を爪が通り過ぎる。少しでも遅れたら首がなくなるところだった。
「ひやあああ〜〜っ!」
銃座が破壊されその壊れた部品を頭から浴びたディブが悲鳴を上げる。
そのディブを銃座から引っ剥がすと銃座の格納スイッチを入れる。幸い格納装置は壊れてはおらず格納できた。
ゲイルは銃座から引きずり下ろされたディブを思いっきりぶん殴った。
「いたたた、何すんじゃいこの腐れ外道が!」
竜のお父さんが腹を抱えて起き上がるとその腹から銃弾がボロボロと転げ落ちる。
「あら、お父さん生きていらしたのね」
「なんちゅう事言うんじゃ?この程度で死ぬわけがなかろう。それにしてもコイツは何者じゃ?いきなり礫を撃ち込みおって、いてこましたろか!」
「す、すみませ~ん。うちのアホが先走り過ぎまして〜、ご無事ですか〜?」
ガルガスが必死の思いで声を出すと、竜人もガルガスに気がついたようだ。
「ああ〜ら、犬耳族の方がこんな所にいらっしゃったのね〜。お怪我はありませんでした〜?」
無事ですよ〜、もう少しで頭が吹っ飛ぶところでしたけどね〜。
あらためてよく見ると、ガルガスの前に立ったドラゴンは水色の羽と背中をしていた。
「こ、コタロウさんのお母さん…?」
「なんじゃ?お主はワシらを知っておるのか?」
暗緑色の竜人が口を開く、竜のお父さんである。ふたりとも頭になにか帽子のような物を付けている。
「どちらでお会いしたのかしらねえ?まあ、カルカロスの方であればみんな私の事は知っておいででしょうけど」
「い、以前、難破船から救って頂いたガルガスと申します。その節はお世話になりました〜」
「ああ、あのときの犬耳族の方でしたのね、ご無事で良かったわ〜。動かなくなっていたから、てっきりコタロウちゃんに腑分けされていたのかと思っていましたけど」
「…………………………」
「母さんや、そんな事を言ったら、コタロウはまるでサイコパスのようではないか?」
いや、動かなくなっていたのは、お母さんの爪の一撃だったんですけどね。
ちなみにコタロウさんは誰に似たのでしょうか?純正、混じりっけなしのサイコパスでしたけど。
「ああら、ごめんなさい。そう言えばいつの間にこちらにいらしていたの?」
「ここが私の故郷ですから、コタロウさんが連れて帰ってくれましたのです〜」
「な〜んだ、最近コタロウちゃんの姿が見えないと思ったらこんな所に来ていたのね〜」
「母さんや、コタロウもなんかの塔を探しに行くとか言って出て言ったじゃないかね」
「そうでしたっけ?そう言えばカロロちゃんも一緒に行くとか言ってましたものねえ」
なんというか、すごく緩い夫婦だな〜っ、と思うガルガスであった。こんな夫婦に育てられたから、コタロウさんの性格はあんなに穏やかなのかな〜?
「申し訳ありません、うちの新人がパニックを起こしまして、バカを致しました。お怪我はございませんでしょうか?」
ゲイルが下から出てきて竜人達に頭を下げる。
「なんじゃい?お宅の若いモンはパニックを起こすと見境なく人を撃つ趣味が有るんかい?」
ぐいっと頭を上げると、眼光鋭く見下ろして脅しをかけるお父さん、貫禄十分である。
「私の方でちゃんとシメておきましたのでどうかご容赦の程を」
「お、おい。大丈夫か?」
ゲイツに殴られて銃座の横でノビているディブの事を、ケンツが泣きそうな顔で介抱していた。
「こちらに来られたのはコタロウさんと会うためですか?あの海を渡って来られたというのでしょうか?」
「うろ覚えでしたが若い頃に来た事も有りましてね〜、医院長さんにこちらに来るように言われましてねえ」
?…医院長に言われた?……医院長はこちらの大陸にいるはずだが?
「医院長さんが?おふたりは聖テルミナ病院のバルバラ医院長の指示でこちらに来られたのですか?」
「そうですよ~、昨日突然言われましてね~。コタロウちゃんが困っているから手伝いに行けって」
昨日?医院長がそう言ったのか?
どういうことだ?医院長はこの旅の間ずっとガルガスに同行していたはずなのに。
「医院長さんは昨日、カルカロスにおられたのですか?」
「ええ、いらっしゃいますよ。なんかコタロウたちのために特別な馬車を貸し出したようですけど、すぐに戻ってきてちゃんと病院の運営をしておられますから」
疑問には思ったが、医院長はアレな人であることを思い出し、理解できないことは考えない。そんなことも有るだろうと考える事にした。
意外とガルガスも同調意識の強い思考の出来る人間のようだ。
「いや~~っ、なんか神殿の様な建物のある所に来るように言われたんじゃが、道に迷ってしまってな~~」
「お父さんが近道だとか言って、受信機の指示に従わないからじゃないですか〜」
「その頭の物は受信機なのですか?」
「ええ、なんか頭に付けておけば医院長さんと話が出来ますし、こちらに来ればカロロやメディナさんとも話が出来ると言われたのですが、まだ出来てはおりませんね~」
耳に付ける無線通信機なのだろうか?あるいは外付けで交感の出来る機械だろうか?いずれにせよガルガスは何があってもあまり驚かなくなって来ている。
「仕方なく周囲を探っていたらお主たちを見つけてな、道を聞こうとやってきたら、いきなり攻撃をされたんじゃ」
「誠に、申し訳ありません」ゲイルは平身低頭である。
医院長の指示という事であれば神殿と言うのはランダロールの神殿の事だろう。彼らをそこに案内すればよいのではないのかとガルガスは考えた。
「我々もそこに帰るところです。よろしければこの車両についてきてください」




