外部探査部隊のガルガス
7ー022
――外部探査部隊のガルガス――
時は、少し蘇える。
ティグラ達がベギム村に行っている間に、ガルガスはシリアと共にランダロールで来ていたが、すでに月面都市を見てきた後なのでさほどのカルチャーショックを受けることもなかった。
シリアは図書館で本の登録をすると言って図書館に行ってしまったので、ガルガスはランダロールの街を見て回る事にした。
ここでは食料の大半が工場で作られている事にすごく違和感を覚えたもののその理由は理解できていた。
「さあさあ、食べて頂戴〜。新種のクローンお肉よ〜っ。魔獣細胞は含まれていないから狼人族の人には物足りないかしら〜」
最初に食料工場に案内され、工場の生産工程を見せられる。一応街の人達には宇宙船の事は秘密だそうで、その話には触れないように言われていた。
そこを仕切っている裸エプロンのガチムチ3人組を見ても、アッカータで狼人族を見慣れているガルガスにはさして驚くものでは無く、そういう習慣としか思わない。
ガチムチ3人組に筋肉をピクピクさせながらお肉を出されたが、なぜ体をクネクネさせながら出すのかは全く理解できなかった。
もっともお肉そのものは月面都市のものよりは美味しく、解体場を見せられたガルガスはこの街でも美味しい肉を作るために、大変な努力をしているのだと感動させられた。
その肉を狩ってくるという、外部探査部隊の存在を教えられ、行ってみるとロージィに迎えられた。
「おや?あなたは先日お会いした方ですね」
月に出発する前にランダロールに来たときに、懲りもせずにヒロ達を脅しに来たものの返り討ちにあった人の中に一緒にいた人だ。
あのときは状況が理解できずにとりあえず武器を持っている人間をぶん殴っておいたがどうなったんだろうか?
「な、なんであんたがここにいるのよ?」
「はい、月から帰ってまいりました」
「なに?やっぱり本当に月に行ってきたの?そこで何か有った?」
「詳しいことは言えませんが、この星があなた方の母星であることだけはわかりました」
ガルガスの言葉に彼女はあまり驚いてはいない。おそらくその予想はあったのかもしれない。とはいえ、その詳細を話すのは市長の仕事であり、ここで軽々にガルガスが話す事ではない。
「それであなたはここで何をしているのよ」
「私は好奇心の赴くまま見学をしておりますが、あなたは今はここで仕事をなさっているのですか?」
「そうよ、あれだけの失態を犯したから左遷されているのよ。文句ある?」
ヒロに聞いた話では彼女は市長の親戚とか言っていた。親戚の情にほだされて市長はあのような行動をしたと聞いている。どうやら信用を完全に無くしたらしい。
「いえ、特には。そう言えばあの時に、私が殴った方は大丈夫でしたか?」
「あれは正規の警備隊だから、それなりに鍛えていて大丈夫だったわ。なんであんたあんなに強いのよ!」
「とんでもない私はこの通り大型化してはいませんから、とても普通の狼人族の相手にはなりませんよ」
普通って何なのよ!と心のなかで叫ぶロージィである。
「よう、あんたがガルガスさんかい?」事務所に入るとゲイルに迎えられる。
「はじめまして。外部探査部隊の仕事を見学できると聞いて伺いました」
「丁度いい、今回入った新人研修として5日程の探査に出る予定だ。シリアさんの代わりに同乗しますか?」
「はい、喜んで!」
躊躇なく申し出を受けるガルガス、なかなかに豪胆である。
「あんた、兔人族と狼人族の言葉はわかるらしいな、今回同行する連中は兎人族の言葉しかわからない新人だから宜しくな」
「はい、その手の状況には慣れていますから」
【ロージィその狼人族の人はだれだ?まさかあの竜の知り合いじゃないだろうな】
最初にヒロとコタロウを襲ったロージィの取り巻きたちだった。無論、ガルガスはそんな事は知らない。
ロージィと共に左遷され懲罰的部署ということで外部探査部隊に配属された。今回はその初任務ということなのだ。
探査部隊はランダロールから離れた場所に基地が有る。実は彼らから市民に宇宙船の情報を漏らさないための隔離処置なのである。
この世界にとどまっても市民はゆっくりと滅亡に向かっていくだろう、既に人口は減少傾向に至っているのだ。
自らの手で新天地を切り開くのは、自らの生活に不満が有る場合である。それがないのに現状の安泰な生活環境を捨て、街から出たがる人間はごく少数だ。この街を出る決断を市長がすれば、それこそ彼の命を狙う者すら出てくるかもしれないのだ。
【あのデブは今回は来ていないけど、この犬耳はものすごく強いから気をつけなさい】
ロージィは、以前の仲間に人間語で注意を行うが、意味がわからないガルガスはキョトンとしている。
「こらこら、出発前からそんな剣呑な話をしているんじゃない。彼の名はガルガス、こちらのふたりはディブとケンツ。彼は見てのとおり狼人族の市民だが、年齢はそれなりにいっている。
せいぜい外部でのサバイバル知識を学ばせてもらうんだな。それから彼は兎人族語はわかる、彼の前ではそれで話せ」
「わ、わかりました。よろしく頼みます」
コタロウにやられたのが相当に響いているのか結構素直に挨拶をする。
「今回は3日間の実技訓練の探索だ。シリアさんは何か図書館で仕事が有るので来られない。ガルガスさんがその代理だ。狭い室内で顔を突き合わせての訓練だから仲良くするんだぞ」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
ペコリと頭を下げるガルガス。流石に人の扱いには長けている。
「ロージィさんは一緒に行かないのですか?」
「私が?冗談じゃないわ。更衣室もない探査車両なのよ。臭い男なんかと一緒に行くわけが無いじゃない」
「探査車両はすごく狭いからな、女性にはいささか厳しい環境だから仕方がないですよ」
自分の乗っていた帆船も相当に狭かったのだが、探査車両はそんなに窮屈なものなのかな?と考える。
ところが、乗ってみると中は清潔でかなり待遇が良い、おまけに食事は帆船に比べればずっと美味しいのだ。
何しろ魔獣器官を持つ種族である。水の代わりに塩水を飲んだ所で平気で生き続ける事ができる。
「大人の狼人族はみな大きくて狼の顔をしていると聞いたんだけど?」
ディブに尋ねられるが、まだ彼らは大型化した狼人族に会ったことは無いようだ。
「大型魔獣と一緒で、魔獣の肉を食べるからです。私達は海辺の近くに住んでいるので魔獣の肉ではなく魚を食べています。そのため大型化せずに顔も変化しないままなので一般には、こういった体型の人間を市民と呼んでいます」
「あの…前に太った竜人と名乗る怪物に会ったんだけど、あの怪物にひどい目に合わされてさあ、ガルガスさんはなにかあの怪物の事を知っているんだよね?」
コタロウを怪物と言われた事にガルガスはいささか腹が立った。
確かに彼は狼人族よりも遥かに強い、しかしその心はとても優しく繊細なのだ。それをわかる人間は少ないのかもしれない。
「太った竜人?コタロウさんの事ですね。彼は怪物じゃありませんよ、とても優しくて理性的な紳士ですが、それがなにか?」
「我々が撃った銃弾を受けても傷一つつかない生き物だぜ。怪物としか言いようが無いじゃないか」
どうやら彼らはコタロウに向かって銃を撃ったらしい。
どんな状況であったのかは知らないが、おそらくあのロージィという人の話し方からして彼を獣という感覚で撃ったのではないだろうか?
彼らの本質的な性格を見抜いたガルガスは冷たい反論を行った。
「そんな事があったのですか?逆にお聞きしたいのですが、なぜあなたは彼に銃弾を打ち込んだのですか?そしてそれを行ったあなたは、なぜ今生きておられるのですか?」
そう言われたディブは言葉に詰まる。確かに自分の持っていた銃を砕いた爪を使えば、人間の体を簡単に切り裂けただろう。しかしあの怪物はそれをしなかった。背後から撃ったロージィの銃も、取り上げた後同じ様に砕いただけだった。
それを見た彼らは恐怖のあまり、動くことも出来ずに震えていたのだ。
「コタロウさんは見た目こそ、あなた方とは大きく違いますが、その内面は我々と変わるところのないとても理知的な人なのですよ。あまりにも強すぎるところは問題がありますけどね」
アッカータでも逃げだす時に、コタロウさんの尻に何本も槍が突き刺さっているのを見たが、それは勝手にはじき出されて傷跡すらなかった。
確かにここにいる人族の人達からすれば、信じられないような生き物かもしれない。
しかしこの大地に住む生き物は彼らに比べれば少なからず怪物であり、狼人族もまた同様なのである。
彼ら、人族はあまりにも脆弱に見える。今後この大陸で生きていけるのかどうか?とても心配になるくらいだ。
「ガルガスさんは大陸のどちらの出身なのですか?」
話が重苦しくなったのでケンツの方が話題を変えて振ってくれる。
「私は海辺にある干潟の横に作られた固定都市のアッカータから来ました。いや~っ、ちょっとトラブルに巻き込まれちゃいましてね~、当分アッカータには戻れなくなりました」
霊廟にミサイルを撃ち込んで爆破した仲間ですから、間違いなく大罪人でしょう。
「商人だったのですか?」
「いえいえ、測量技師でした」
「測量技師?狼人族が地図なんか作っているのですか?」
「はい、アッカータでは沿岸交易が盛んでしたから、地図には一定の需要がありました。わたしは沿岸部の街から街に移動して各街の地図を作っていました」
「狼人族が船を持っている?あいつらは機械も作れない原始的な種族じゃないか?」
残念ながら彼らの認識はこの程度の物らしい、固定都市の技術力はそれなりに高く、台地の科学力は更に高い。
「いえいえ、既に外洋航行用の帆船を作り、探査も始まっていますから」
まあ、その外洋探査を言い出したのは自分だし、失敗して遭難したところを、コタロウさんの両親に救われたのですけれどね。
感謝をしてはいますが、もう少し優しく扱って欲しかったと考えるのは、勝手なのでしょうか?
ガルガスはコブの有った所を無意識に擦る、狼人族の彼の頭にはすでに傷跡の痕跡すら無い。
「意外と言うか…狼人族はもうそこまで技術が発展してきているのか」
「海岸沿いには私の知る限り、大小80程の固定都市も有りましてね、それぞれが技術を競っていますから」
「そんなに街が有ったら、戦争にならないのか?」
この人族というのは戦争をしたがる種族なのだろうか?
ランダロールで長い間暮らしてきたシリアさんは、船からサルベージした人族の資料を研究していて気がついたそうだ。
ランダロールの先祖の人族たちは、歴史を通じて絶えず世界各地で戦争を起こし続けて来たと言っていた。
信じがたいことだが、彼らは他種族を受け入れる寛容さが低いらしい。それ故にランダロールで彼女は図書室に引きこもるようになっていったのだ。
「同族殺しは禁忌ですし、そもそも何故戦争をしなくてはならないのですか?そのぶん畑を作った方が効率的ではありませんか?」
「いや、飢饉が起きた時に食料の調達に困ることが有るだろう」
「だからといって飢えている他の街の食料を奪いに行くのですか?」
やはりこの種族は他の種族の生存を脅かすことに、躊躇が無い種族のようだと感じた。
「そもそも食料はひとつだけではありません。私の育った所は港町でしたから、魚が主食でした。肉がなければ穀物を、穀物がなければ草を食っても私たちは生き延びられます。私達は肉を食わずに魚や穀物を食べていたので、彼らの様に巨大化はしません。おかげで軟弱者と呼ばれていますけどね」
「しかしそんな体で巨大な狼人族に攻められたらひとたまりも無いんじゃないのか?」
なんだろう?彼らの価値観の基本に有るのは、強いものは弱いものを虐げて良いというのだろうか?確かにシリアさんも同じ様な感想を持ったと言っていた。
弱いものは保護し、育ててやればいずれは強くなり部族の利益となる。そんな可能性を摘み取り、弱いまま虐げるのが彼らの価値観であるらしい。
「彼らにしてみれば私たちは子供の様な物です、そんな人間と戦うのは彼らにとっては不名誉とされていますから。それに私たちには進んだ道具を作る知恵が有ります。彼らには有用な存在なのですよ」
「……そんな物なのか?」
おそらく彼らは納得していない。自分たちが誰かによって守られているという事すら、自覚していないのかも知れない。
「みなさんの街程進んだ技術はありませんが、私たちは鉄を作り、木と組み合わせた道具を作ります。風を利用した船と、魔獣を使役した馬車で陸上交易も行っています。
海の側と陸の側から測量を行って地図の精度を上げるのです。それによって交易は更に活発になるのです。皆さんの業務にその仕事は無いのですか?」
「いや、地図の作製はこの車両でも重要な仕事の一つです。それが無ければ私たちも何処に言ったらよいかわかりませんからね。ただ台地の移動によって狼人族の村は30年程で移動してしまいますからね」
ゲイルによれば街と言うのは数百年単位で存在して欲しいらしい。さもなければ安定した交易は出来ないだろう。
「我々は狼人族の文化を低い物と考えがちだが、既に外洋帆船まで作る能力があったとは驚きですね。いずれは固定都市との交易ルートを作りたいと考えているのですがね」
「はい、我々も早くランダロールの技術文化まで追いつきたいと思っています。人々はもっともっと豊かになれますから」
ガルガスは夢を見る様な面持ちで未来を思う。しかしその未来はそれ程遠い未来ではないのだ。
人類の歴史を見ても大航海時代から500年足らずで核兵器を開発し、ロケットを打ち上げている。
技術、文化はある一定のレベルに達すると急速に進歩していくのだ。
無論当時の人類と同列には語れない。この世界には大地を固める空気が存在し、それを台地が浄化しているのである。それにはまだしばらく時間がかかるし、その為に人口はそこまで増えてはいない。
一方、エルメロス大陸は嵐の海の為に外洋航海船の発達が阻害されている。
しかし、ふたつの世界が接触したときに一気に技術文明は進歩を加速させるかもしれない。
それはおそらくセオデリウムが浄化された後だろう。それがどの位の時間がかかるのかはわからない。
その時までガルガスが生きている事はあり得ないが、それでもその時を夢見ること位は許されるだろう。
いつの日にかランダロールのような世界が来ることを夢見て、ガルガスは今できる事を行うだけであった。
しかしガルガスには知るよしも無かったが、この後2000年程でセオデリウムは浄化される。そしてそれは、コタロウが十分に生き延びている時間帯だという事を。




