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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第七章 聖嶺の大地
188/221

ランダロール筋肉祭

7ー019

 

――ランダロール筋肉祭――

 

「エンルーさん、ガーフィーさん、お腹は空いていませんか?良ければレストランで食事を致しましょう?」

「はい、おばさま♡」

「おお、そうだな。だいぶ腹がへってきたからな」

 シリア達はベジタリアンであり、室内栽培の野菜類だけの料理を食べる。ガーフィーが食べるのは工場生産の合成肉のステーキである。

 

「どうかしら?美味しく食べられますか?」

「はい、おばさま。とても美味しいです」

 明るく答えるエンルー。

「うむ…月面都市の肉よりはだいぶ美味いと思いますぞ」

 月面都市の肉は食べる人間がいないので、計測値だけで作ったのだからその点ではすごい技術力である。

 外の食物を食べてきたエンルーやガーフィーが、ランダロールの食事を美味しいと思える訳がないのである。

 

「おばさま……」

「どうしましたエンルーさん。先程から浮かない顔をしていますが?」

 窓際に座って外を見ながら食事をしていたエンルーが、不思議なものを見るような顔をして尋ねる。

「先程からずっと気になっていたのですが、何かわからない影の様な物がこの街では沢山動き回っています。歩いている人々には見えていない様なのですが」

「うむ、何か違和感があるが姿は全く見えんな、それで何か被害があるのか?」 

「ああ、お気になさらずに、あれは女神様がこの街を整備するために遣わしている何かです。彼らのおかげでこの街は大過なく維持されているのだと思います」

「あれか?月面都市にいた六本足のカラクリの様な物か?」

 

「私は兎人族でしたから、小さい頃から音と気配だけを感じていました。この街には随分幽霊がいると思っていましたよ」

「でも、ここの皆さんは誰も気が付かないでいたのでしょうか?」

「感じている人もいるかも知れませんが、常に存在するものは意外と心からその存在を消してしまうものなのですよ。あれがそういった目的でいることを確信したのは月面都市に行った後の事です」 

「結局この街は月面都市とあまり変わる所は無いのだな、住人は外に出られず獲物を狩ることも出来ない。ここにいる間はずっとあんな肉を食わねばならんのかのう?」

「あら?美味しい肉を食べたいのですか?ではご案内しましょう。多分気に入ると思いますよ」

 

 シリアがガーフィーを連れて来たのは食料工場であった。

 

「それじゃ解体前の準備運動を行うわョ~」

「ハイッ!ハイッ!ハイッ!ハイッ!」

 ガチムチ3人組がビキニパンツで筋肉をピクピクさせて体をクネクネさせている所に出くわしてしまった。

「エンルーさん気持ちが悪ければ向こうを向いていなさい」

「はい、おばさま」

 エンルーも狼人族の村で過ごして来ているのでガチムチは見慣れていたが、この様なクネクネ踊りは見たことが無かった。

 

「この連中はなんじゃ?ふんどし祭りをやっておるのか?」

「キャッ!なに?この人。すっご~~いっ♡」

 普通は獅子族の顔を見て驚くところだが、服の上からでもわかるガチムチ具合に3人は目を丸くしてガーフィーを取り囲む。

 彼らは筋肉しか見えていないので、種族の差に関しては何も感じていない。

「いや、ワシは種族の異なる者とはふんどし祭りはせんでな…」

 ガチムチ3人組も結構大柄だが、ガーフィーに比べれば大人と子供の差が有る。

 

「この方は獅子族と言って、お肉が主食なのですが合成肉は美味しくないので本物のお肉が食べられる場所に来たのですよ」

「ああ~ら、お肉仲間なのね~♡」

「もしかして狩人さん?ヒロさんとは比べ物にならないお肉ね~♡」

 ガチムチ達が上半身をピクピクさせながら答える。

 

「ね、ね~♡体のお肉を見せてもらっていいかしら~?」

「シリアさんこの連中はなにを言っておるんじゃ?ふんどし祭りをしたいのではない様だが」

「この人たちは魔獣の解体と合成肉の研究をしている方たちですよ。お肉が好きになりすぎて、自分の体のお肉を増やすことに人生をかけている方たちです」

「そ、そうなのか?」

 何となく逃げ出したい雰囲気に駆られるガーフィー。

 

「解体のお手伝いをしてもらえたら、残ったお肉をプレゼントしますわよ~♡」

「解体?この連中が魔獣を狩っているのか」

「魔獣は外部探査部隊が狩ってくるわ。私たちはその肉を元に合成肉の研究をしているのよ~♡」

 なるほど、ここは狩人ギルドの解体場の様な物か。それで返り血を浴びない様に裸になっているのか?勝手に理解するガーフィーである。

 

「ガーフィーさん、ここで解体を手伝って本物のお肉を食べさせてもらったらいかがですか?」

「うむ、良いのか?あんな合成肉だけでは魔獣細胞が補給できんからな。やってみるか」

「きゃ〜っ、やってくれるの〜。それじゃ早速お肉を見せて頂戴♡」

 ガチムチたちが寄ってたかってガーフィーの服を脱がせていく。

 

「それじゃガーフィーさん、皆さんと仲良くしてくださいね。さ、エンルーさん行きますよ」

「は、はい。おばさま」

 さっさとその場から離脱するシリア、人間の中で過ごしてきたシリアにしてみれば、男の裸を喜んで見る趣味は無い。エンルーもその点は同感であった。

 

「きゃああ~~っ、ステキ~~~っ♡」

「何これ、なんていう下着なの?」

「すっご~いっ!パンツよりずっとワイルド~~っ」

 六尺ふんどしである。かつて水着として使われていた赤ふんと同じ形のものである。

 ビキビキと音のしそうなガーフィーの筋肉を見たガチムチたちの口から奇声が発せられる。

 

「キレてる、キレてる~~っ!」

 パチパチと拍手の音と共に称えられる筋肉である。

 ガーフィーの筋肉に触発されてポーズを始める3人組。

「あなたも一緒にやって、やって~♡」

「こ、こうか?」

 ムキッと盛り上がる大胸筋。狩人で鍛えた体は筋肉量だけでなく鋼の様な強さが有る。 

 そんな状況で、なにやかやと、祭りになっている。

 

 その後ガーフィーはここで毎日解体を手伝う事になった。

 ガーフィーにしてみれば日常の光景であり、狩りもせずに解体をするのは、引退した狩人の仕事ではあるが、本物の肉を貰えるので筋肉仲間たちと楽しんでやっていた。

 ガーフィーはランダロールに来るときに、ランダロールで魔獣の肉が食べられないときには服用するようにと、医院長から魔獣細胞のゼリーを渡されていた。カロロが月面都市でもらっていた物である。

 

 お肉が食べられるのであれば無理にそんな物を服用することも無く、美味しいお肉を毎日堪能していた。

 

 

 筋肉の喧騒から逃れてきたシリア達は外に出ると車を拾った。

「おばさまも気がついていらっしゃるのですか?女神様にお心が存在しない事に」

 車に乗ると浮かない顔でエンルーが聞いてきた。 

「ああ…その事ですか…」

「ずっと違和感を感じていましたが、今回のことではっきりとわかりました。女神様はヒロさんが言っていた管理頭脳コンピューターと言うことでしょうか?」

「そうです、エンルーさんは賢いですね。長い間私も女神様には心が有ると思っていたのですけれどね」

  

「女神様や月の管理頭脳コンピューターには心が無く、上位者の指示によって動いているのです」

「はい、それがヒロさんの言っていた、H型無機頭脳ハルビムと呼ばれる物なのでしょうか?龍神ダイガンドもその上位者のひとりのなのですね」

「そうですね、女神様や瘤翼竜ギガンドーグは下位者であり、上位者の命令に従う性質を持っています。黒い巨人を乗っ取れたのも同じ原因によるものでしょう」

「彼らには高い知性を感じますが、自我が有りません。人間らしく振舞ってはいますが中身が無いのです」

 

「おそらく彼らは上位者に尽くす為に自我を持たない様に作られた者たちなのでしょう。その事を気の毒に思う必要はありません。彼らにはそれをつらいと感じる心が無いのですから」

「あのセイラムと言われる方も、天上神ヘイブの一員でH型無機頭脳ハルビムの様に思います」

「私もそう思います。彼は容易に心へのアクセスが出来ませんでしたねえ」

「しかし龍神ダイガンドもまたH型無機頭脳ハルビムなのであれば、心が有ることになります。心が有る者は人間なのでは無いのですか?龍神様もまた人間と呼べるのではありませんか?」

 

「残念なことですが龍神様のH型無機頭脳ハルビムは取り込まれて長い時間が経ったことにより、気が狂われてしまったそうです。今では私達より自分の子供である翼竜ヴリトラを大事にしているのです。このままではこの大地全体のバランスを崩しかねないのです」

「お救いすることは出来ないのでしょうか?」

「それが出来ないから、お仲間の方々が私達に龍神様を滅させようとしているのです」

 それを聞いたエンルーの心は重く沈んだ。長い間信仰の対象であった龍神の本当の姿を見せられた事に心が非常に乱れざるを得なかった。


「それより図書館をご覧になりませんか?ランダロールの図書館には復元した旧人類の書籍が沢山ありますよ」

 今回の月旅行で結構沢山かっぱらってきましたから、とは言わない。

 

「楽しみですわ、私はあまり本を読んだことが無い物ですから」

「そうですか、でも台地の神殿にも図書館は有ったのでしょう?」

「巫女学校に行っている期間が短かったので、あまり本は読めなかったのです」

 そうだ、この娘は自分の能力を必死で隠して生きてきたのだった。

 

「そうですか?それじゃここでゆっくりと読んでいってくださいね」

 ほんの一時の安息の時になるであろうこの時間をうんと楽しんでもらいたい。シリアはそう願った。

 これからこの娘は、その小さな肩に背負うには重すぎる運命が待っているのだから。

 

    ◆    ◆    ◆

 

『こちらはエンルーの保護は無事に出来たぞ。流石に月面都市に行ってきた娘じゃな、全く動じること無く管理頭脳の正体を看破しておるわ。そっちはどうなっている?』

 

『今はOVISを使って馬車ごとみんなを運んでいますけど、兎人族のゼンガーさんとアー族の大酋長グレ・シェリクであるバオ・クーさんがどうしても同行したいと言いましてねえ』

『そっちもまた余計な人間を連れてきおって、トラブルの元ではないか?』

 そんな連中をマリエンタールに連れて行ったら、現状と我々の事が全部バレてしまうだろう。 

 

『あまりこちらの能力をバラすのはうまくは無いからな。口止めはどうなんじゃ?』

『大丈夫ですわよ〜、魔法だと言えば何でも通じる世界じゃないですか。皆さん素直で助かりますわよ~』

『お主も本当にいい性格をしておるな、我らが一族とは到底思えん』

『同僚殺しを原住民に押し付けてる時点で、天に唾していますわよ』

 強烈なカウンターに言葉に詰まる。500年間現実から逃げ出していたのだから仕方がない。

 それが同族殺しの精神的負担に耐え切れず、動作不良を起こす者が続出するであろうリスクを犯す行為だとしてもである。

 

『それで彼らをどう使うんじゃ?』

『一応、観戦武官という扱いだと言っておきました。特にゼンガーさんはティグラさんにホの字ですから、思いっきり協力させますよ。バオ・クーさんに関しては放っておいても序列勝負ガントを申し込む輩は続出するでしょうしね』

 さすが医院長、合理性の塊である。この地上で生きて来るにはこういった取捨選択が不可欠であっただろう。その為か性格が多少歪んでしまったようだが、こういう時には頼りになる。

 

『一応戦闘には参加させないと言う建前なのか?』

『戦闘には参加させませんが、訓練に参加させないとは言っていませんから』

『相変わらず鬼畜な奴じゃな、大したものじゃ。』

『やはりこのふたりは狼人族の警備兵に対する訓練には有効ですし、何しろ兵の戦闘力はまだまだ低いですからねえ』

『ずいぶん評価が低いな、それで、お主はどうするんじゃ?』

 

『再訓練ですね、90%は脱落させますよ』


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